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23th.love:離れたくない

「こっちに手相占いがあるぞ!やってみるか?」

 ボクは彼女の気のすむように、と笑って返事をした。一見怪しげな機械。なぜかキャッチコピーが『しかし地獄行く』だった。いい結果が出そうにないですよこれ。けど占い師が監修したもので、なかなかの評判らしい。ボクたちは並んで順番を待った。なんか懐かしい感覚だな、と清華さんは言った。

「一度だけ遊園地に行ったことがあってな、半日ぐらい順番待ちで終わったんだが、それでも、待っているだけでも楽しかったなぁ」

 遠い目は何を見つめているんだろう、彼女の横顔を見ながらそんなことを思った。やがてボクたちの番が来て、機械と対面した。顔の大きなおばさんが虫眼鏡を持って睨んでいる。よくこんなディティールで流行るな、とむしろ感心してしまった。ボクは左手、彼女は右手を指示された場所に置いた。

 結果は横から出てくる紙の中に書いてあった。おみくじみたいに細長いそれを受け取って、機械から離れた。このままの関係を続けることはとても難しい、とまるでボクたちのことを見透かしたかの内容がそこには書いてあった。変化していくことを互いが認められたら、その関係は一生途切れることはない、とも書いてあった。ボクは静かにその言葉を噛みしめた。清華さんはどう思ったのだろう。彼女は何も言わず、その紙を財布の中にしまった。


 気を取り直して、今度は二階へと向かう。二階はゲームセンターではなく、ボーリングとダーツ、それとビリヤード場が設置されている。下に負けず劣らず盛況で、ボクたちはたまたま一レーン空いていたボーリング場で遊ぶことにした。点数表に表示するための名前を書き、シューズを借りる。清華さんはボーリングの経験があるという。一方のボクはやったことのあるものの、あまりの下手さに絶望してから一回しかやっていなかった。

 三回やって清華さんの完封勝ち。すっかり鼻の高くした彼女に機嫌を悪くした(ふりをする)。

「ちょっとぐらい手加減してくれたっていいじゃないですか」

「手加減されて勝ったところで嬉しいのかね、君は」

 ……もっともすぎてぐうの音も出ません。ボクは彼女からボーリングの特訓を受けるため弟子入りすることにした。

 彼女のおかげでだいぶ上達した。スコアが三桁に届くだなんて、今までのボクにはありえないことだった。今までつまらないと思えなかったものが楽しくなっていく、その感覚もなかなかいいものだった。二人ともいい気分で施設を出た。日が傾き始め、人々も帰り路にゆっくり向かっているように見えた。ボクたちも例に漏れず、これから駅へ向かう。ボクはバスで帰るつもりだったけれど、彼女を駅まで送るぐらいの余裕はあった。

 別れなんて下校のとき、いつも交わしているはずなのに今日はなんだか言いにくい。彼女もそうなのか、手を繋いだままうつむいているし、ボクもどこか気恥ずかしいのと何を言えばいいのかわからないのとで黙って駅へと歩みを進めていた。

 歩くと結構な距離があるはずなのに、思いのほかすぐに着いてしまった。何か言わないといけない。簡単な一言でいいはずなのに、それが思いつかない。口火を切ったのは清華さんのほうだった。

「あのな、律、できたら……もうちょっとだけ、あとちょっとだけ一緒にいさせてくれないか」

 ボクが迷っているうちに、自宅の近くまで向かうバスが出て行った。寂しそうに眉尻を下げる彼女を突き放すこともできずに、ボクは一緒に電車に乗ることにした。

 胸を撫で下ろす彼女を見つめる。いつもの強さは感じられない。そのことに違和感を抱きながらも、ボクは同じ車両へと乗り込んだ。混んだ車内の中、ボクたちだけが取り残されているような気がした。

 流れる街を眺めて、時間も経たないうちにボクたちの降りる駅へと着いた。あっという間に空は低くなっていき、今にも機嫌を損ねそうだった。ボクが別れを口にしようとすると、先に彼女が口を開いた。

「あ、あのな、今日は……今日も……ええと」

 胸の高鳴りは、きっと彼女が言いたいことに気付いてしまったからだろう。でも、あえて黙っていた。

「今日は、まだ、一緒にいたいんだ……」

 頬を真っ赤にさせてうつむく彼女が愛おしい。意地悪をして、ボクは黙り続ける。ちゃんと言ってくれるまで、わからないふりをする。

「だから、私の家に来ないか……?」

 首をかしげる彼女。声は震えていて、今にも泣きそうだった。ボクの心臓は、きっと清華さんと同じように、強く、強く、繰り返しボクの心へノックしている。ボクは彼女の手を強く握り返して、笑った。

「いいですよ、ごちそう期待してますからね」

 彼女はあわてたように何回も首肯して、ボクを彼女の家まで案内し始めた。彼女の家は駅にほど近い住宅街にあった。学校からは遠く、ぎりぎり歩いていけるような距離だ。きつい坂になっている住宅街の、一番高台のところに彼女の家はある。一戸建ての家は急に変わった天気のせいかどこかくすんで見える。彼女が鍵を取り出し、玄関を開ける。清華さんに促されお邪魔するとどこかひんやりとした空気に包まれた。玄関の照明をつけるとその空気は気のせいだということに気付く。

 ボクはダイニングへと通された。三人掛けのソファに座る。適当に観てていいから、と清華さんはテレビを点けた。ボクは何を話しているのかわからないニュースキャスターのまじめ顔をぼんやり観ながら、きっと昔はこのソファに三人で座っていたんだよな、と考えていた。ボクは彼女をそこまでよく知っているわけじゃないから、なぜ彼らがばらばらになってしまったのか推測することしかできない。そんなことをしても意味がないと気付き、詮索することをやめた。

 彼女は大きなネズミのような絵柄の入ったエプロンをして戻ってきた。

「ネズミ?」

「むむ、カピバラだ。全国のカピバラファンに謝れ」

 謝れと言われても、どう見てもネズミと大差ない気がする。

「あーやーまーれー」

 ごめんなさい……。それでよし、と頷く彼女。何が食べたいか尋ねられて、ボクは逆に何を作ってくれるのか尋ねた。彼女が悩んでしまう前に、冷蔵庫の余り物から作ってくれてかまわないと答え直した。わかった、と間延びした返事が聞こえてくる。

 鼻歌を歌いながら調理にはいる。最近凛々しさよりかわいらしさのほうが目立ってきた。きっとボクといると気がゆるむのかもしない。リラックスしてもらえるならボクにとってはそれほど嬉しいことはない。ボクは彼女が調理する様子を見つめていた。その途中、律、と声をかけられる。なに、と返すとしどろもどろに彼女が返事をした。

「その、あんまりこっちを見るな、恥ずかしい」

 怒られてしまった。ボクは仕方なくテレビの画面に戻る。ニュースは終わって、ゴールデンタイムの番組に変わっていた。ボクはかあさまに遅くなるとメールを送った。数分後、了承の返事が返ってきた。にしても、『今日は朝帰りかしら、きゃっ(ハートマーク)』じゃないですよかあさま。そこは止めるべきでしょう親として。

 やがてダイニングに炒め物の香ばしい匂いが漂ってくる。もう少しでできるからな、とボクに微笑んだ。何か手伝いをしようかと申し出たが彼女は首を振った。

「今日の律はお客様なんだから、ちゃんともてなさせてくれ」

 そう言われると背中がこそばゆい。ボクは再び退屈なテレビへと向き直った。テレビを消して、オーディオをつけてくれと言われたので言われたままに操作する。枯れた癖のある男の声はボクもよく聴いたことのあるものだった。今は一旦活動を停止しているけど、彼らの音楽はいつまでも愛され続けている。

「私が好きな音楽の種類、覚えてる?」

 テーブルに配膳しながら、彼女が尋ねた。

「ただ古いだけのものとか、ただ新しいだけものにはあまり興味がない……だっけ」

「うん。彼らはしっかり流れに乗り新しい音楽を作りながらも、オールドのよさを決して忘れることがない。それってすごいことだとは思わないか?」

 ボクは強く頷いた。そういう音楽を作って、いまだに有名なのは彼らぐらいなものだったから。

 どう考えても、清華さんの料理がまずいわけない。当然のように夕食はおいしかった。しっかりとした味付けがされていて、彩りも鮮やかだった。残り物で間に合わせたとは思えなかった。もちろん、冷蔵庫の中を確認したわけじゃないから定かなことは言えないんだけど、それを考える必要もなさそうだった。

 ボクは彼女の言葉に甘えておかわりまでして、料理を平らげた。食器ぐらい洗うよと強引に手伝った。時々肩が当たるのがくすぐったい。洗ってる途中、じっと彼女に見つめられた。指の腹でボクの鼻をなぞる。泡がついていたらしい。ボクらはどちらとともなく笑った。なんか今のこの時間が幸せだった。好きな人と二人で一緒にいれること。もっと近づきたかった。ボクは、彼女の肩を抱いた。

「あの……」

「いいぞ、して」

 理性をつなぎ止める。こういうとき、ボクのアイデンティティは脆いものになる。奪ってしまいたい乱暴な感情と、胸をかき乱すような痛い切ない感情が同時にボクを奪う。女の子でも、こんな気持ちに襲われるのだろうか。

 ──彼女は目を閉じて、静かにボクの唇を待っていた。ボクは顔を傾け、瞳を閉じた。柔らかく冷たい感触が痺れに感じる。ゆっくり、繋がりを感じる。唇を離してから、ずいぶん長いキスができるようになったなと思った。ボクたちの息はひどく荒い。ただ、微笑みは消せない。不意に感情が溢れ出してきて、それを抑えることができなくなった。なんでそうしたかったのかはわからない。同情でも、喜びでもない。ボクは彼女の胸に顔を埋めて、ただ泣いた。

「……落ち着いた?」

 うん、と返事をして、自分でもわかるぐらい子供っぽい声だったことに気がついて苦笑した。彼女から離れて、自分の腕で残りの涙を拭った。ボクはどうして泣いたりしたんだろう、それを彼女にうまく説明できない。別に説明なんかいらない、と清華さんは苦笑いで答えてくれた。

「なんかして遊ぼうか、それとも帰る?」

 こんな情けない顔のまま帰るのもどうかと思ったので、もう少しいさせてもらうことにした。今更、帰る理由も見つからなかった。なぜか親が公認している状態だし。清華さんのご両親にもちゃんと説明できると思った。

 清華さんはオーディオの電源を消し、ボクを二階へと案内した。……正直に言えば、少し緊張している。


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