22th.love:おひるねのじかん〜UFO
昼食が終わって、ボクたちは河川敷を散歩することにした。なだらかな斜面を清華さんは走るように降りていく。楽しそうな表情はまるで少年のようで、心からの笑顔をボクに向けてくれた。ボクも真似して駆ける。彼女に追いつきそうになったとき、バランスを崩してしまった。彼女がそれを受け止めてくれる。清華さんに抱きとめられながら、ボクは彼女の肩におでこをぶつけた。彼女の髪からはふわりといい匂いがした。
川の水はあまり綺麗とは言えず、また防護柵で守られていたので遠目から眺めることしかできない。でも今日の晴天のおかげで右手、下流側に目を凝らせば河口はすぐそこで、海の向こうにはうっすらと島を見ることもできた。よっぽど晴れないと見ることは難しい。夏には二人で海に行こうかと提案する。彼女は喜んで頷いた。せっかくなら遠くへ行こうと清華さんが言う。
「もっと北に行くとな、こことは比べものにならないほど澄んだ海が広がっているんだ。私は一回しか行ったことがないから、今度は律と一緒に行こう」
未来の話をすることがすごく楽しい。そういう話ができることがすごく嬉しい。ボクたちは何も、先の見えない現在を生きているわけじゃないんだ、と信じることができたから。
散歩の途中で足を止め、二人は雑草の芝生へと腰掛けた。洋服が汚れるからと用意周到な清華さんがシートを下に敷いた。二人が腰掛けるとちょうどいい狭さだった。肩を寄せ合い、向こう岸を見つめる。無言の、密度の濃い時間が流れる。話しかけようとすると、彼女は静かに寝息を立て眠っていた。
彼女の香りを感じながら、ボクは彼女の髪をなでた。さらさらで、首元にかからないぐらいの長さ。ボクのほうが長くて、お互いに似合っていた。ボクは彼女が起きるまでずっと、ゆっくり彼女の髪を梳いていた。
清華さんはボクに身を委ねてぐっすりと眠っていた。彼女が目を覚ますのに一時間ぐらいかかった。ボクも途中でうつらうつらとしながら、彼女の寝顔とこの街の景色を眺めていた。目を覚ました彼女は背伸びをするともう一度寄りかかり、胸が高鳴るほど甘い声でつぶやいた。
「心地いいな、律の側は……もうちょっと、こうしていたい」
ボクは肩を寄せて、頷いた。しばらく経って、ボクの手を優しくどけた。立ち上がり、繰り返し背伸びをする。ボクはシーツをたたんで、彼女にならった。ここでぼんやりしていてもよかったけど、さすがに手持ちぶさになってしまう。
ボクは次どこに行く予定なのか質問をした。彼女から帰ってきたのは意外な言葉だった。
「律は、ゲームセンターに行ったことはあるか?」
純平に誘われて──強引に引っ張り出されて──何回か行ったことはある。そう答えると清華さんはあごに手を当てて、頷いた。
「私は行ったことがないんだ、だから案内してくれ」
ボクは承諾する。せっかくなのでアミューズメントパークへ行くことにした。アーケードゲームばかりでは飽きてしまうだろうし、第一ボクが得意じゃない。運良く歩いてすぐのところに複合型の施設があった。外観は決して新しいとは言えないけど、昔から人気のある場所だ。自動ドアをくぐると、清華さんは耳を塞いだ。ボクは苦笑いしながら店内へ入っていった。人でごった返していたので、二人は手を繋ぐ。片手で耳栓をしながらそわそわと彼女は視線をさまよわせていた。
とりあえずベタに、UFOキャッチャーから遊ぶことにした。あれが面白そうだ、と指をさしたのはお菓子の詰め合わせが置いてあるそれだった。
「清華さん、色気より食い気ですか?」
「むむむ。それは失礼だと思わないかね?」
失礼しました。ボクは外観を眺める。箱形の景品はくぼみができているが、それが上になるように置かれていた。一旦倒して、それから横にクレーンの爪を引っかけなければ取れない仕組みのようだ。ひとまず、ボクがお手本を見せる。お手本、といっても取れる保証はないんだけど。
お金を入れて、ゲームスタート。どうやら決定ボタンを押さなければ自由に方向を調整できるようだ。ボクは運良く横に倒されている箱へ狙ってクレーンを持っていった。彼女は横に行き、そこから案内してくれる。彼女の目は真剣に箱を見つめている。口元はゆるんでいるから待ち遠しくてわくわくしているんだと思う。
二人納得したところに置けたら、決定ボタンを押す。クーレンがゆっくり下へ降りる。もう一回ボタンを押すと、そこからは動かすことができない。うまい位置に持っていけたと思った。爪が箱を掴もうと開く。片方の爪が引っかかる。もう片方は……。爪は箱の上を滑っていった。掴んだほうも箱の重さでバランスを崩して外れる。むー、とボクは思わずうなってしまった。
今度が私がやってみる、と清華さんが言った。ボクは順番を渡してあげて、かわりに横から指示することにした。窓にかじりつくように箱を見つめる。そのうち箱が逃げ出しそうな気がする。彼女が楽しそうならそれでいいんだけどさ。決定ボタンを押し、タイミングを計ってもう一度押した。
爪が開き、今度は両方がそれをとらえる。クレーンは揺れながらも、出口まで搬送して、爪を開いた。がたん、と景気のいい音がする。彼女は景品を手に取るとボクに見せつけてくれた。本当に子供みたいに笑う人だ。ボクはいい子いい子と頭をなでてあげる。つま先立ちをして、髪を梳くように。心地よさそうに彼女は目を細めた。いつもの凛々しい顔よりこっちの顔のほうが似合っている。けど、それはボクにだけ見せる表情であってほしい。そう願った。