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17th. love:黒猫と新たなセカイ。(B)

 二つの鳴き声が交互に響く。何か会話をしているようだけれど、ボクにはそれが何でどのような会話なのかは分からなかった。ときおり鋭い鳴き声がした、それは黒猫のものだった。ブチの方はまるでのらりくらりとかわすようにゆっくり鳴く。

 ボクは彼らの会話(きっと口論なのだろう)から意識をそらし、顔を上げた。なぜ、この世界には何もないのだろう。世界は広い野原で、生存する動物はボクと猫二匹しかいないような気がした。少なくことも、この場にはそれぐらいしかいない。ボクが何を選択すれば、このような世界が生まれてしまったのだろう?──いや、その考えは意味のないことなんだ。だって、ボクにできることは選択することだけなのだから。

 しばらく時間が経って、黒猫が戻ってきた。あきらめの表情を浮かべ、ときおり鼻を鳴らす。……ちょっと待った、今猫の表情が理解できるように……!?

「やれやれ、引き渡す気はないそうじゃ」

 毛繕いをしながら、黒猫は語る。ボクは自分が猫に近づいているのではといやな想像をはじめてしまう。

「ただし、この世界では……おい、聞いとるのか?」

「ねえ、ボク猫になってたりしませんよね?ひげが生えたり」

「……馬鹿は休み休み言えと、親から教わらんかったのか?そもそも、人間は変化できんのじゃ。そういった能力について、人間は著しく制限を受けておる。高い思考能力と引き替えにな」

 話がそれたじゃないか、と黒猫は立腹した。

「やはり、おまいさんは元の世界に戻って猫としおりを見つけ出さねばならぬようじゃな」

 どうやら、この猫としおりはこの世界ものとして存在してしまっているらしい。そうなってしまうとボクのいた世界とは関係性がなくなる。ボクの世界に戻ればこの世界の扉は再び閉ざされ、選択されなかった可能性として極限まで圧縮され、やがて消える。まるで空想の話だ。ボクはその説明を鵜呑みにするばかりで、理解までできなかった。

「考えるな、感じろ」

 黒猫はいつかの言葉を繰り返した。でも、そうしたらここに残った猫はどうなるのか。この世界と一緒に消えてしまうのか。

「そうじゃな、猫はそれを選択したんじゃ。それをわしに否定することはできん」

 そう言って、ひとつ溜め息を吐いた。そして、ひとつ考えを思いついたボクを牽制するかのように釘を差した。

「言うとくが、おまいの世界には戻せんぞ。関係性がないとはいえども、多重存在は認められておらん。もししたところで向こうにいる猫がこの世界に閉じこめられるだけじゃ。猫が戻れるのは、猫がそれを望み、向こうのそれと同一化することを認めた場合のみじゃ」

 ボクはぼんやりと猫を見つめる。ふと猫はこちらに向き、ボクを見つめた。小さく一鳴き、目を細めた。この世界にとどまりたいという意志。なぜそれを選んだのだろう。きっとそれはブチネコにしか理解できないのだろう。ボクは、背を向けた。

 元の世界に戻る道の途中で、ボクは聞かずにいられなかった問いを口にした。

「この世界にくる意味はあったんですか?」

 どうじゃろうな、と黒猫はとぼけた。

「少なくとも、答えは提示したはずじゃ。……ここまでは、わしにも予想はつかなかったのじゃがな。真実に辿りつくことは容易じゃない」

 ここにこなければ、きっと元の世界での在処を知ることはできなかった。きっとそういうことなのかも知れない。やがて、草原は狭苦しい裏路地に変わる。一つ言わなければいけない事実があったのに、結局言えずじまいのまま──。

 ……ふと下へ目線を向けると黒猫がボクに寄り添っていた。どこか見覚えのある猫に、ボクはついていくことにした。

 商店街へ戻り、通学路を学校へと向かう。足元を見ると土汚れがついていることに気付いた。ボクはそれを手で払い、足を進めた。猫はそれを気遣うかのようにボクのペースに合わせて進んだ。まるでボクを知っているかのように、ボクを見つめる細い目。土のことに違和感を感じながらも、猫の後ろを歩く。

 学校に着き、猫は校舎の中に入っていった。夕暮れを過ぎた校舎に人気はない。ボクは猫の動向だけに集中した。中庭に続く扉の前で立ち止まり、ボクの方を見て鳴き声を上げる。それは廊下によく響いたけれど、ボクは気にしなかった。ボクが扉を開けてやると、猫は中庭へ立ち入る。歩みは今までで最もゆっくりになった。注意深く、鼻をひくつかせていた。

 木陰に眠るように、猫はいた。胸が上下して、心地よさそうな寝息。黒猫がブチネコを鼻でつつき、起こした。二匹は一度見つめ合い、そのあとブチネコはしおりへ目を向けた。黒猫はそれを口にくわえ、ボクの元へ戻ってくる。ボクはそれを受け取った。確かに。猫たちは玄関へ戻ろうと歩み始めた。もうここにとどまる理由も、ボクをここに導く理由もないのだろう。最後にボクは玄関まで案内してやった。

 猫を見送ると、夕日が沈もうとしているところだった。ボクも帰らなければいけない。下校の時間をとっくに過ぎている。しおりを鞄の中にしまって、歩みを進める。とん、と肩をたたく優しい手。

 振り向くと、そこに清華さんがいた。

「どうしたんですか?こんな遅くまで残って」

「むむ、それは私のセリフだぞ。私は部活でちょっと居残りをしてたんだ」

 背伸びをする彼女につられて、ボクも同じように背伸びをした。広げた手が、お互いを探す。自然に手を繋げるようになったボクたちはもう立派な恋人だ。はた目から見ればそれは仲良しな女の子二人組なのかも知れないけれど。

「で、律は何をしていたんだ?」

 うまく答えられないかわりに、美緒先輩のなくしたしおりを彼女に見せた。それをみた途端清華さんはボクの髪をくしゃくしゃとかき混ぜる。ボクがずっとこれを探していてたように思われたのかも知れない。でも、ボクはどうやって見つけ出したのか、うまく過程を説明することができなかった。だから、中庭で猫と一緒にあったことだけを教えた。猫はもうどこかへ行ってしまったことも。

 猫のことを叱ってやろうといきまいていた彼女が意気消沈する。ボクは苦笑して、しおりを片付けた。清華さんに渡してもらおうかと思ったけれど、それはやんわりと拒否された。

「私は律のそういうところが大好きだ」

 頬は赤らめていたけれど、はっきりとボクに告げてくれた。ぎゅっ、と手を強く握る。照れるボクも、彼女にありがとうを告げる。別れが惜しかったから、それを紛らわせるためにたくさん話をした。部活でどんなことをやっているのかも聞いた。人物画を描いていると聞いたけれど、モデルは教えてくれなかった。今度またボードゲームで暇を潰そうとも話をした。今までで一番話をしたのかも知れない。楽しい時間は早く過ぎると分かっていた。けれど今はさらに分かっていることがある。だから怖くない、ただ、空白でこの時間を過ごしてしまうのもったいないと思ったから。

 二人で過ごす時間は短い。けれど、これで終わりじゃない。夜だって、明日だって、いつだって。ボクは彼女といられるんだ。苦しみが二人を分かつまでは。


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