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14th. love:道草。

「えっと、早く捜索しなきゃいけないんだけど、ボクおなか減っちゃって……」

 とりあえず、食堂へ行こうと清華さんが促す。あれ、食堂は閉まっているんじゃないかな?

 清華さんだけが先に食堂に入り(部屋は開いていた)、ボクたちは扉の前で待っていた。数分後、彼女が戻ってきた。

「厨房を使う許可を特別にもらった。残り物なら使ってもかまわないそうだ」

 厨房で働く方の一人が清華さんと知り合いらしい。ボクは心底感謝して食堂へと入っていった。私も手伝います、と元気娘が手を挙げる。なぜかそれを制する純平。訴えが彼からしか出なかったため、彼女は清華さんと調理室へ入っていった。

 近くのテーブル席に着いて、調理の様子を眺める。手元は見えないけど、順調そうな清華さんの横で、頭を抱えたりやたらせわしなく動き回ったり爆発音を連発させたりってあれ?何が起こっているんだ現場では。しばらくするとすっかり肩を落とした美緒先輩が戻ってきた。

「どうしたの?」

「君は兵器を作っているのか、と言われてしまいましたです……」

 だからいわんこっちゃない、と純平が肩をすくめる。ボクと清華さんは彼女が料理下手だと知らなかった。

「下手ってレベルじゃねーぞ、調味料で致死毒物が作れるって噂だ」

「そんなのあるわけないじゃないですか!」

 確かに具合を悪くされた方がいるらしいですけど……とさりげなく怖いことを言ってくれる。ボクは彼女には申し訳ないけど、心の中で胸を撫で下ろした。

「お前は調理師免許より危険物取り扱い免許を取ったほうがいい」

「むー今に見てやがれですよじゅんじゅんが!」

「その名前で呼ぶのはやめろっ」

 じゅんじゅん?思わず聞き返してしまう。思いっきり睨み付けられました、はい。いいじゃん、減るもんじゃなし、と純平の頭をなでる美緒先輩。気付けば純平がしてやられている! いよいよ賑やかになってきたところ、香ばしい匂いがテーブルへ運ばれてきた。

「ほら、君たちも手伝ってくれ──ああ、美緒君はいいや」

「美緒はそこまでドジじゃありません!」

 立ち上がる先輩に苦笑する清華さん。野菜炒めとボクにはご飯。箸は人数分。みんなで手を合わせた。一口入れて、やっぱりおいしいと頷いた。絶賛する元気娘に対して大柄な男はひとつ頷いただけだった。

「うん、みんな満足そうな顔していて嬉しい限りなんだが──肝心な目的を忘れているわけじゃないよな?」

 一番はっとしていたのが美緒先輩だった。本人がこれでどうするんでしょう。

「まさかお姉様、餌で釣ろうと……!」

「いやそんなつもりは全くないからな。あと基本的にはこれは律のために作ったんだからな」

 はた、と二人の箸が止まる。いや、気にせず食べてもいいから。というか問題はそこではないと思うのですがいかがでしょう。

「とりあえず手分けして探そう。みんな携帯電話はあるよな?」

 何かあったらそれで連絡すること。それから、探す場所の分担を決めた。美緒先輩は校舎の三階と四階、清華さんは二階と一階、純平はグラウンド周辺、ボクは中庭。反対意見が出なかったので食事が終わったあとそのように行動することに決まった。

 食後(食堂のおばちゃんには深く感謝しておかなければ)、廊下で美緒先輩と清華さんと離れ、純平とは玄関で別れた。一人になり、その心細さを思い知る。ついボクは人の背中に頼ってしまいがちだから、いつかはちゃんと一人でしゃんとしていたい。それだと清華さんがつまらないと愚痴るかな。それでも、いつかは。

 中庭に人気はなかった。動物は網に囲まれて育てられているウサギぐらいなものだ。ざっと見ただけでは分からないので、隅から探すことにした。草を手で払い、ネコが隠れていないか調べる作業は思いのほか大変だ。気配がもっとわかりやすいとか、やたら大きくて自分の背より高いとかだったらわかりやすいのになぁ、でも戦えるのかなぁそんなやつが現れて。そんなややどうでもいい妄想を広げながら捜索を続けるが、それらしい気配はなかった。白と黒のブチネコ、身体の色は緑に交わらないから、比較的見つけやすいと思う。もう一周してみたけれど、ネコ一匹すら見つからなかった。念には念を押してもう一回調べたあと結局成果はなかったとして清華さんに連絡した。これから彼女と合流する。

 清華さんは二階、ボクの教室にいた。ボクの席に着いて、住宅街の見える窓のほうを眺めていた。声をかけると、彼女が振り向く。なんで、悲しみを帯びるように目を細めているのだろう?状況を聞くと、彼女もまだ猫を見つけられていないようだった。すぐに広がる沈黙に耐えられなくて、ボクは口を開いた。

 どうかしたの、と短く訊くと清華さんは別に、と返した。

「ほんのちょっと……律のクラスメイトがうらやましくなってな」

 目を細めたまま、頬を緩める。まるで泣いているようだった。

「私も君と同じクラスがよかったな」

 そんなこと言ってもしょうがないか、と苦笑いでごまかす。一つ学年が違うだけなのに埋まらない大きな穴。それは無いものねだりだとわかっていても、彼女にとっては欲しくてしょうがないものなんだと思う。

 そんな彼女が急に愛おしくなって、ボクは座っている清華さんを後ろから抱きしめた。

「じゃあ、逢えない時間が不安にならないように、一緒にいられるときはずっと近くにいましょうか」

 ……こんなこと言えちゃうやつだったけ、ボクは。清華さんは耳たぶまで真っ赤にさせてうつむいた。そんな彼女の肩に顔を置いて、頬をくっつける。

「あの、こないだはあんなこと言っちゃいましたけど──キスしませんか?」

 もう数え切れないキス。けれど、学校では我慢していた。見境なくそういうふうにするのはどうかと思ったからだった。でも今は人もいないし、何より彼女にそうしてあげたかった。身体を離し、手で優しく振り向かせる。上目遣いの彼女が新鮮で、どうにかなってしまいそうになるのを押さえる。どちらかともなく、瞳を閉じた。そのまま、近づいていく、そっと。

 着信音。

「ごふっ!?」

 ヘッドロックをかまされ、意識が飛びかける。顔面がまんべんなく痛い。清華さんの頭蓋骨は何でできているんだ?彼女は電話をとり、しきりに頷いた。電話を切り、顔をさするボクにいきまいた。

「純平が猫を見つけたらしい、すぐ姿を眩ませたというが校門の方へ行ったそうだ」

 そう言ってボクの腕をぶんぶんと振る。勢いについていけなくなっているボクに気付き、急に視線を落とす。かと思えば、小さく頬に口づけをくれた。

「さっきは、ありがとう」

 ボクは返事のかわりに彼女と手を繋いだ。途中で合流した美緒先輩にそれを見られて結局三人で手を繋ぐことになった。でも悪くない。ボクの近くに彼女の笑顔があるのなら。


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