11th. love:式日
「あーあ、今までは俺が一人占めできてたのによう」
教室に入るなり、純平の第一声がそれだった。両手に花というか、ボクもまあ花のほうに入るんだけど、とにかく彼の声はひどくつまらなそうだった。
「純平君は授業中に一緒だからいいでしょー。あ、美緒もこの教室で勉強しましょうか」
それは学年的な問題で無理です先輩。純平も手を振る。
「美緒ちんがここにきたらうるさくてかなわねぇや」
どーせうるさいですよー、と舌を出す先輩。清華さんはといえば、居心地が悪そうにそっぽを向いていた。やっぱり彼女と純平とは何かがあったのか、あまり彼女の態度は自然と思えなかった。
「あ、そろっと行きましょうかお姉様」
「そ、その名前で呼ぶな、恥ずかしい」
「だってお姉様はお姉様であるからしてお姉様なんですもの」
頭がこんがらがる説明をして先輩は清華さんを連れて行った。そのあと、純平が愚痴のような独り言をつぶやいた気がしたけどすぐに忘れてしまった。そのときは、他愛のないことだと思ったからだった。
昼食時、純平はボクを誘わずに先に行ってしまった。こういうときは大体部活の集会がある日だ。特別機嫌の悪そうな素振りもなかった。今日はまた清華さんがサンドイッチを作ってくれたというので中庭にむかう。今日も晴れ、外で昼食をとるには絶好の日だった。
指定席に着き、腰をかけようとしてボクの動きが止まった。うつむく彼女は返事をしない。何かあったらと思い、下から彼女の顔をのぞく。ただの昼寝だとわかって安心の溜め息を吐く。たいしておなかは空いていなかったから、ボクは彼女が起きるまで待つことにした。
「……起こしてくれてもよかったんだぞ」
あまりに気持ちよさそうに寝ていたものだから、彼女を起こすことができなかった。そのことは清華さんには言わず、言葉を濁らせて適当に理由をつけた。
まだ予鈴には十分時間があるからゆっくりサンドイッチをほおばる。丁寧に作られたそれは文句のないおいしさだ。おいしくないと思えたら、それはきっとボクの舌が間違っている。ふと視線に気付くとじっと清華さんがボクを見つめていた。恥ずかしくて赤くなる。
「集中できませんよぉ、そんなに見つめられたら」
くすくすと微笑する彼女の瞳は綺麗に細められて、はっとするほど綺麗だった。気付けば、ボクも彼女の顔をじっと見つめていた。
「むむ、確かに気が紛れてしまうな」
そう言われてからそのことに気付き、視線をそらす。恥ずかしさをごまかすようにストローをくわえた。ちょっとだけ飲み、口を離す。このままチャイムがこなければいいのに、そう愚痴をこぼすと清華さんはふと真顔になった。
「そうだな……そうだ、今日はさぼろうか、具合が悪いとかなんとか言って。気にするな、内申になんか響きはしない」
思い立ったが吉日とでもいうようにまだ食事中のボクを引っ張り、中庭を出る。ボクは残りのパンをあわてて口に入れて飲み込んだ。具合が悪そうにするんだぞと念を押される。いざ、職員室へ。
……これでいいのかボクの高校生活。坂を下りるボクたち、後ろめたさのなさそうな清華さんに、ちょっとそれのあるボク。こうやって清華さんのペースで進んで、たまにはボクのペースで進んでいく日常。これからも続いていくと思ったらそう、とても。
とても楽しいじゃないかと思えた。