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1st. love:Cherry Kiss!

BL・GL要素はありませんので安心してお召し上がりください。

 シャワーの音で鼓動の強さはごまかせない。ボクは状況を飲み込めずにただ熱さに打たれ続けていた。このままじゃ大変なことになる。まず、自分がどこにいるのか把握しなくちゃ。

 湯あか一つ見当たらない浴槽はジェットバスになっていて、真っ白くて広い。四人ぐらい入っても余裕がありそうだった。全面を飾るタイル地の壁もまた白くて、清潔そうな印象を与えていた。蛇口は黄金色で、ざっとお風呂全体を見渡すといかにも高級な感じがした。

 このお風呂はどこにあるのか、それがきっと重要なんじゃないか。記憶を巻き戻してみる。そもそもこんなところに連れ込まれたのは――。

『まだかかるのか?』

「ひゃっ、そ、そんなことないですっ」

 声が裏返ったことについてはふれないで。

 今お風呂場の外から声をかけてきた人に、誘われたのがきっかけだった。誘われたというか、誘惑されたというか……いや待って、どっちも意味がおんなじだ。やっぱり相当ボクはパニックになっている。でも、それも仕方ないんだよ。だって、

『背中を流してあげてもいいんだぞ?』

「ちょっ、それは大丈夫ですからっ」

 ボクがあわてて返事をしたこの人に、いきなり唇を奪われたんだもの。

 あんまり説明してる時間はないっていうか、きっとあとで十分釈明の時間があるから(この状況を守れるとは思えないし)その時にするとして、

『ああ、じれったいなぁ』

「わーわーわー!」

 ……ボクにはもう猶予がないみたいだ。余裕は最初っから持ち合わせていないんだけどね。ってそんな冗談言ってる場合じゃない、どうにかしてこの場を切り抜けないと──。

『もう我慢ならん、開ける』

 そんな、強引すぎる……!あ、でもきっと力はボクの方が強いはず、この扉を押さえて、必死に訴えれば(この場は)何とかなるかもしれない――。

「おそいぞ、君。私はもう待ちくた……のぼせてないか心配になったところだぞ」

 否定するのが遅いと思います、あまりにも。姿をさらされたボクは最後の抵抗でタオルを腰に巻いた。

「あ、あの、もうちょっとしたら上がりますから、それまで待っててくれますか、すぐに向かいますから」

「うん、それなら──いや、風呂場でそのままっていうのもオツではないか?」

 いやだからオツとかシチュ萌えとかそういうんじゃなくてですねってちょっと目を輝かせてどうしたんですかっ、鼻息荒いですよ……!

「かまわん、いただく」

 なまめかしい肌色をさらしたその人はボクを抱き寄せ(ボクは最速で腰を浮かせた)そのままボクの胸に埋める。そして、

「ひゃんっ」

「なに、くすぐったいか?」

 ナニをされているかはご想像におまかせします。恥ずかしすぎてとてもじゃないけど言えない。というかここもその、『気持ちいいポイント』だったりするんだ……って感心してる場合じゃない。火照りが止まらなくて倒れそうになりながらも、愛撫する身体を押しのけた。驚いた表情を浮かべ、舌なめずり。怒らせたのかもしれないとボクの脳が危険信号を発する。涙目になりながら、訴えた。

「本当に、待ってください、ボクにだって心の準備が……」

 これは効いたんじゃないか、とボクはその人の表情を見て思った。輝かせていた瞳を伏せ、一言謝る。

「少しやり過ぎてしまった、可愛い子を見るとすぐこれだ、普通だったらお縄ちょうだいだ、分かった。大人しく待っているよ」

 苦笑い一つ。ボクはその表情に謝りながらも内心では安心したのだった。でも、分かっている。ばれるのは時間の問題だと。むしろなぜ気付かないのか不思議なくらいなのだから。

 これ以上の籠城は無意味だと判断したボクはさっさとお風呂から出た。下着を身につけ、一応ブラも付ける。パッドのごまかしはもう効かない(むしろ喜んでいたような気がする)ので、それは挟まなかった。ワイシャツを着る。素肌に当たる若干の冷たさが心地よかった。その裾をフックに噛ませないように気をつけながらスカートを履く。ソックスは履こうかどうか迷って、結局やめた。どうにしろ脱がされるので気を遣わなくてもいいかなとは思ったけど、そうした方が喜ぶような気がしたからやってみた。いや、喜ばれても困るんだけど。

 洗面所を出て、さらに広い部屋へ移る。相当にいい部屋なんじゃないかな。一見したところ、とても『ソレ』のためのホテルだとは思えない。誰かを連れて行って、『ここは一流ホテルの一室です』とか言いながら目隠しを外しても納得されるに違いない。アジアンリゾートを意識した室内は木目調の家具で統一されていて、とにかく一つ一つが大きい。テレビもそうだし、ベッドもダブルベッドが二つだなんて、贅沢すぎる。きっと一つで済むのだろうけど。ベッドには天蓋が付いていて、ちょっとしたお姫様気分だった。そして、その人はそこで待っていた。

「さっきはすまなかった」

 そう言いながら、ボクをすぐ隣へと寄せる。もう裸身ではなくて、タイトなズボンと少し癖のついたワイシャツという姿だった。けど身体は密着していて、その人の熱が伝わってくるようだった。

「たまに自分が見えなくなってしまってね。怖かったかい?」

「少し」

 ごめん、と言いながら髪を指ですくい、匂いをかぐ。その仕草がとても自然で、気持ち悪いとは思わなかった。お風呂に入らなくてもいいのかと訊くと、子猫に逃げられてもね、と意味深に微笑む。どうやら逃がすつもりは本気でないようです。くさいかな、と服の匂いをかぐのを、ボクは首を振ってやめさせた。独特の、いい香りがしている。香水か何かだろうか。ボクにはよくわからなかった。

「やさしくするから」

 その言葉に重ねるように言葉を告げた。

「あの、その前に言わなきゃいけないことがボクにはあるんです」

 さて、目の前の人が待ちの姿勢に入った。どういう風に切り出そうか正直迷う。どう言ったところで何らかの釈明は必要だと思う。でも、謝罪するのはむこうだ。だって、無理矢理こんなところまで連れ込んだわけだし。

「……で、言いたいことって」

 よし、とってもかわいい声を出そう。

「じつはボク……オトコなんです」

「ふーん、ん?」

 あ、今度は思考が停止しているよ、いや逆なのかも。オーバーロードで応答しないみたいな。

「あ、あの、大丈夫ですか?」

 目が点だ。手を振っても反応がない。もう一回呼びかけようとしてところ、反応が戻ってきた。

「私はオトコの胸を舐めていたのか」

「そういうことですね」

 でも問題ないと思います、だってあなた女性だし。

「残念ながら、私は男に興味がないのだよ……さて、話を聞かせてもらおうか」

 ん、表情がなんか凍ってませんか?その問いに彼女は答えない。というか、さらりとカミングアウトしましたね、ボクもそんなあっけらかんとした性格だったら幸せだったのかも。

「大体にして、なんでそんな格好してるんだ?」

 うわー、すごい眉間に皺が寄ってるよ。あれだね、何処かのスナイパーも顔負けなぐらいだ。今のうちにスイス銀行に振り込んでおこうかな。そんなことを漠然と考えていて、答えにつまずいてしまった。

「早く答えんか」

「いやー、簡単に言えるようなことじゃないっていうか、うまく説明できないっていうか」

「うるさいだまれ……じゃないとっとと吐け」

 確かに黙ったら答えられないね。と言って彼女を怒らすのも困るので、正直に話すことにした。

「ようは、ボク、オンナなんです」

「……遺言はそれだけかね」

 ほらやっぱり理解しない。そりゃそうかもしれない。身体が男である以上、素人目には認めたがいことではある。学校でもまだ理解してくれない人はいるし、今日初めて会ってそんなことを言われたところで誰もが同じ反応をすると思う。

「面倒な言い方をすると『性同一性障害』っていうやつで、自分では女として生きてるつもりなんですけど、身体はこのまま育ってしまったというか。やっぱり違和感はあるんですよね」

 そう言いながら、胸やおなかをさすってみる。まな板と言うより胸板だし、男としてのソレはちゃんと付いている。でも、別に手術まですることはないと思っている。

「むむ、私は申し訳ないことを言ってしまったか……?」

 いつの間にか眉尻を下げた表情に彼女はなっていた。ボクはそれに首を振る。余計なことだけど、その前の険しい顔とのギャップがかわいらしいと思った。

「ううん、そんなことないです。女装ができれば性自認に関しては満たされますし。……やっぱり変ですよね?」

「確かに理解は難しい。でも、受け入れられないわけじゃない」

「ありがとう」

 ボクは短く答えを返した。下手に同情されたら縁を切るつもりだった。

「それに」

「それに?」

「こういうのも、ありだな」

 いや、ちょっと待って、受け入れるってこっちの話ですか?ボクは素直に話せばこの状況から抜けきれると思ったのに、なんで押し倒すんですかっ、ちょ、首元にキスしないで、制服を脱がさないで……!


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