第13話 怪物 海藻 トゲ
前に、畜産業は存在しない事に触れたと思う。
同じ理由で、魚の養殖も存在しない。
でも海藻の養殖は存在する。
植物も魔力を過剰に持ってしまうと魔物になる。木がトレントになる例が有名だ。でも、何十年もかけて育つ木と比べると、海藻なんてすぐ育つので魔物になるほど魔力を持つ前に収穫できる。
ところが、最近その海藻が食い荒らされる被害が出た。
魔物になった魚が、海藻の養殖エリアに迷い込んだらしい。
海中という特殊地形ゆえに、対応できる冒険者は限られる。船を出せば船ごと破壊されかねないので、請け負う冒険者が居たとしても、船を貸そうとする者はいないだろう。
つまり、自前で船を持っている冒険者か、水中または水上で活動できる魔法が使える冒険者に限られるわけだ。
ちなみに俺は無敵チートで強引に活動できてしまう。
たとえば水の抵抗をパワーでごり押しするとか、右足が沈む前に左足を出すとか。
当然、養殖場の魔物をワンパンで倒すのは簡単だ。
この魔物の排除は、養殖業者から出された依頼だ。
ここで重要なのは「討伐」ではなく「排除」という点だ。養殖業者としても、船は出したくないが引き受けてくれる冒険者が居ないのでは困る、という事で、討伐しなくても追い出すだけでいいという依頼にすることで、条件を緩くしたつもりなのだ。
実際は、殺さずに追い出すほうが難しいのだが。
しかし、事態はさらに面倒なことになる。
排除依頼は「討伐してもいい」という意味だ。討伐なら可能という冒険者はいくらか存在する。だが、同時に全く反対の内容で、もう1件の依頼が出ていた。
海藻を食い荒らしているこの魔物、実は海竜の子供で、討伐すると親の海竜が報復に現れるだろう。親の海竜、つまり大人になるまで育った海竜は、凄まじい怪物だ。暴れるとなると、それは1体の戦力というより、1つの災害と言った方がいい。壊滅的な被害を受けるのは必至だ。
それは避けたいので、殺さないでくれ。それが無理なら、海竜の子供を討伐するとともに、その後現れる親の海竜も討伐して欲しい。そういう条件で、討伐とも排除ともつかない依頼が出された。これは漁村の村長から出された依頼だ。
冒険者ギルドは、仲介業だ。
依頼主から受けた依頼を、冒険者に仲介する。
だから冒険者ギルドとしては、受けた依頼はすべて達成されなくてはならない。信用問題になるからだ。
そういうわけで、「海竜の子供を排除せよ」と「海竜の子供を殺すな。もしくは殺して、親も殺せ」という2つの依頼を、同時に達成できる冒険者が求められる。
「つまり、あなたです。」
今回俺は、珍しく冒険者ギルドのスーパーバイザーに呼ばれて、この2件の依頼を処理して欲しいと頼まれていた。
スーパーバイザーというのは、店長の1つ上の立場だ。複数の店舗を管理する「そのエリアの責任者」みたいな役職である。仕事の内容としては、売り上げの少ない店舗に指導に入って、売り上げを伸ばす。
冒険者ギルドは各地に支部を置いているので、支部長の上にスーパーバイザーがいる。
今回こんな面倒な事になった理由は、養殖業者と漁村の村長が、それぞれ別の支部に依頼を出したからだ。内容が対立したり干渉してしまう依頼は断るのが基本だが、今回は何らかのミスまたは事故によって両方とも受けてしまったらしい。
「原因は調査中です。」
まあ、とにかくやるしかない。
で、勘のいい読者諸君は、次に「トゲ」が出てくるだろう事にお気づきだろう。
それと、この作者はそうひねった展開は書かないという事もお気づきだろう。
つまり、早い話をすると、海竜の子供はウニを食べてノドに刺さったので痛がって暴れているというわけだ。
海藻を食い荒らしているのは、それでトゲが抜けることを期待しての行為である。魚の骨がノドに刺さったときに、ご飯を丸呑みする対処法と同じである。
俺は依頼を受けて、海竜の子供を捕獲した。よっこいしょと。つかみ取りだ。
で、海竜の子供を抱えて遠洋まで海面を走って移動し、捨ててくるというわけだ。
その運搬中に、海竜の子供がぽろっとウニを吐き出した。どうも抱えたまま走ったせいで、かなり揺れたようだ。どのぐらい揺れたか? バーテンダーに振り回されるシェイカーぐらいだよ。
遠洋に捨てたとき、海竜の子供は、ノドに刺さっていたトゲが抜けて大人しくなっていた――わけではなく、激しく揺られて、ぐったりしていた。
でもまあ、トゲは抜けたので、もう大丈夫だろう。
今回の説教は、「上手だけど遅くやる」のと「下手だけど早くやる」のとでは、どっちが良いか、という事だ。
この話をすると、「早いけど下手な大工に、不完全な家を建てられたのでは困る」というような反論が来ることがある。
だが、それは勘違いだ。この話を正しく理解していない。
この話の「早い」「遅い」というのは「仕事の所要時間」の話ではなく、仕事に取りかかる「時期」の話だ。
つまり「上手だけと取りかかるのが遅い」よりも「下手だけと早く取りかかる」のほうが良い、という事なのだ。
もし修正が必要になったら、上手な人は修正する量も少ないだろうが、取りかかる時期が遅ければ修正する時間は少ない。
しかし下手でも早く取りかかれば、修正する量は多くても、修正する時間はたっぷりある。
結果、下手で早いほうが修正を繰り返して、最終的には上手で遅いより上等なものが出来上がるかもしれない。
この対比が言いたいことは、実際にはそれほど実力差がない者同士を比べるとき、早く取りかかるほうが良い結果につながりやすいという事だ。つまり「自分はどうするのが良いか」というのを考える時、比べる相手は自分だから実力は同じ。ならば早く取りかかる方が良い。
もし訓練して実力を高めてから取りかかろうとすると、成功するタイミングを逃してしまう事になる。たとえば有名どころのユーチューバーがそうだ。早い時期に始めたから儲かるのであって、今から同じような内容を始めても、「あの人の真似か」と思われて、あまり売れない。
養殖業者と村長が、もし「資金繰りをして高ランク冒険者を雇えるように資金ができてから」なんて考えていたら、その間にさらに海藻が食い荒らされるか、子供の海竜だけ討伐されて親の海竜の報復を招くか、それとも内容が干渉している件で冒険者ギルドに断られるか、どれかだっただろう。さっさと依頼を出したから、こういう展開になったのだ。




