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魔法使いのユメ─everlasting blooms─  作者: 神代
プロローグ
8/25

『永遠の家族Ⅳ』

「えっ。………………はあ、なるほど。うん、そうか」

 俺の言葉をどう受け取ったのか、妙に落ち着いた反応で納得する千里さん。

 我ながらわりと突拍子もないことを言ったつもりなのだが、本当に理解してくれたのだろうか。

「あの、千里さん。紹介した俺が言うのもなんですが……今の紹介で納得したんですか? どう見ても二十代にしか見えないようなこの若い二人を、俺はいきなり両親だとか言ったわけで……」

「うん? だって君がそう言うんだから、そうなんだろう。違うのかい?」

「……いや、違わないんですが」

 そんなに簡単に納得されると、(かえ)って不安になると言いますか。

 信頼してくれるのはありがたいのだが、いつか詐欺商法とかに引っ掛かったりしないだろうな……

「キョウ君。僕に会わせたいというのは、もしかして?」

「はい、お察しの通りですよ」

 多くは語らず、俺は当の二人に目配せをして話を促す。

 すると頷いた男の方が、千里さんへと向き直って口火を切った。

「──お久しぶりです、麻倉さん。キョウの父親だった、神代(かみしろ)(おう)です」

「ええ、お久しぶりです……と言うのもなんだか不思議な気分ですね。お互いに今日初めて顔を合わせたはずなのに。でも確かに言われてみれば、おふたりの面影がなんとなく感じられますよ」

「同感です。経験したことがない筈のもう一つの人生を覚えているというのは、本当に奇妙な感覚になります。しかし麻倉さんの方はあまり姿がお変わりないようで、私としては少し安心しました」

 膝を折って身を(かが)めた親父と握手を交わしながら、千里さんは興味深そうに二人の顔を見やる。

 彼の記憶に残っている俺の両親の風貌とは少し異なる二人のことが、やはり気になってしまうのだろう。

「あはは。変わってないかどうかは、僕にはまるっきり自覚がないんですが。そちらはずいぶんとお若くなられて……それに名字が変わっているのは、なにかご事情が?」

「ええ。私も妻も、生まれと育ちが前世(・・)とはかなり違っていましてね。息子に言わせれば……我々は魂だけが同じの、赤の他人なのだそうです」

「……なるほど?」

 千里さんは親父の説明に納得したような反応を返すものの、理解出来ていない様が表情にありありと現れていた。

 仕方がないので、そこは俺が千里さんにも解るように簡単に補足する。

「要は携帯電話の機種変更みたいなものですよ。ほら、アレって古い機種の中にあるデータを移すことで、データを残したまま別の新しい機種へと変更出来るでしょう? つまり二人は記憶というデータをまるごと残したまま、新しい肉体に生まれ変わってまったく違う半生を過ごしたわけです。

 その結果、二人は俺とは完全に血縁関係のない赤の他人になりました。しかし親子だった記憶はお互いに保持しているので、心の整理として今は義理の親子ということで関係を落ち着けています。……俺の方がもう何倍も年上なんですけどね」

「はあ、なるほど。いやぁ、キョウ君は相変わらず教え上手だな。素人の僕にも分かりやすい例えだったよ」

「いえ、それほどでも」

 千里さんはようやく理解が出来て満足してくれたようだが、適当な表現のためとは言え情緒のない機械で例えられた親父の方は、何やら不満そうな顔をしていた。

 俺はその抗議の視線を涼しい顔で受け流し、酒を呷る。

 二人が席に着いたところで追加の注文を済ませると、店員が離れてから千里さんが口を開いた。

「それにしても、お二人は今までどちらにおられたので? 今日初めてお会いできたということは、この町には住んでおられなかったわけですよね」

「はい。息子(キョウ)が手掛ける仕事の手伝いのため、ヨーロッパに会社を作ってから各地を転々としていました」

 そう答えた母さんの話を聞いて、千里さんは興味を含んだ視線をこちらへと向けてくる。

「キョウ君の仕事と言うと……やはり魔法関係のヤツかい?」

「ええ。コンサルタントとか、商売とか……まあいろいろと。ヨーロッパの方が顧客は多いので、昔から手広くやっていますよ」

 魔法使い達が夢物語の存在と認識されるようになった現代においても、ヨーロッパでは文化的に魔法への信仰を残している国が多い。特に英国などが代表的な例だ。

 そのような文化背景もあって、当然として現代に生き残っている魔術師もほとんどがヨーロッパに集まって生活している。もはや神秘の枯れた日本のような土地に住む物好きは、俺達以外にはいないと言っていい。

 本当はヨーロッパに移り住んだ方が、俺達ももっと楽に生活出来るのだろうが──

「……と言うかキョウ君、仕事していたんだね?」

「一応は。……いや、基本的にずっと家に居るんで、そう思われるのは仕方がないですが」

 過去に一度、「最近テレビで知ったんだけど……ヒモって知ってる?」と桜に本気で心配されたことがあったが、アサヒや照が必要以上に俺の身の回りの世話に気を遣っているだけなのであって、俺は断じてそんな人種ではない。

 そもそもウチの連中は誰も職に就いていないのに、何で俺が一方的に養われている側だと思われなければならないのだろうか。

 世の中には在宅勤務という形態があることを、若者にももっと理解して欲しい。

「私達も最初からこの町に移り住む予定だったのですが、我々も息子達も日本で暮らすには生活基盤が何もない状態だったもので。なので私と妻はヨーロッパにいる息子の知人達を頼りに、ひと先ずそちらで身を落ち着けることにしたのです」

「それはそれは……苦労されてきたんですね」

「まあ、それなりには」

 親父は淡々と流したが、あの頃の苦労は思い返すだけでも苦笑が浮かぶ。

 何せ俺達は、この世界にとって異邦人だった。

 俺達は永く人界を離れていたし、親父と母さんに至っては魔界で生まれ育った人間だ。

 昔の時代ならいざ知らず、誕生したその日から一人一人の人間を役所で管理するようになった現代社会において、戸籍も住所も持っていない正体不詳の人間達が移住するのは難しかった。

 だがそれでも、と。

 俺と両親は人界への帰郷の必要性を不思議と感じ、魔界での安住を捨てて移住を決意した。

(本当、いろいろあったなぁ)

 苦難を理解した上で現代社会の秩序に溶け込むべく、俺達は日本、親父と母さんは欧州に分かれてそれぞれ生活することにした。

 移住して間もない頃は、千里さんには口が裂けても言えないようなことばかりしてきたが──今は無事に生活を送ることが出来るようになり、俺達は日々を安定して過ごせるようになった。

 それは親父達の方も同様で、

「ですが我々が興した会社も軌道に乗り、人員も増えてようやく人の手に任せられるようになったので、この機会に私達も娘を連れて日本へ帰ろうということになりまして。それでこの度、麻倉さんとの挨拶の場をキョウに設けてもらったのです」

「なるほど、そういうことでしたか。……うん? おふたりには、娘さんがおられるので?」

 千里さんが俺の顔を一瞥しながら、二人に(たず)ねる。

 ──何だろう。母親似の顔だからか、まだ見ぬ娘のイメージ像に俺の面影が重ねられたような気がするのだが。

 いや……そもそもこの人、幼少期の俺を女子だと勘違いしていた人だったな。周りの幼馴染が女子ばかりだったので仕方ないが、男としてのプライドが傷付く思い出だ。

 遥か昔の記憶を思い返して微妙な表情を浮かべていると、母さんはそんな俺の反応にくすくすと微笑み、千里さんの言葉に軽く頷いた。

「はい。キョウが生まれた時と同じ日に、私達は女の子を授かりました。だから桜さんと同じ歳になりますね」

「へぇ、それはぜひとも桜と仲良くなってもらいたいですね。あ、ということはウチの娘と同じ高校に転入させるおつもりで?」

「ええ、その予定です。手続きなどはすべてキョウがあらかじめ手配してくれているので、春から麻倉さんのご息女と学友になれるかと」

「おお、いいですね! これはすぐに桜に教え……って僕から伝えるのは無粋だな。キョウ君、桜には?」

「いえ、まだ言っていませんよ。どうせすぐにウチで顔を合わせますし、会った時にでも紹介すれば良いかなと」

「うん? つまりおふたりもキョウ君の家に住まれるので?」

「ああ、その事なんですが……」

 親父は意味ありげな視線をこちらへと向け、話の続きを促してくる。

 説明は俺の口からやれ、ということらしい。

「親父と母さんには一つ、俺から大事な仕事を任せていましてね。だから二人はまだしばらく、日本には帰って来れないんですよ。しかし中途半端な時期にあの子を転入させるのも申し訳ないからと、春の新学期に合わせてウチで預かることになりました。

 明日には彼女が我が家にやって来る予定なので、桜にはその時に紹介することになるでしょう」

「ずいぶんと他人行儀な呼び方だねぇ。えーっと……ご両親から生まれたのなら、その娘さんはキョウ君にとって妹になるんじゃないのかい?」

「まあ、確かにそう言えるんですが……先ほども説明した通り、俺と親父達にはもう血の繋がりがありません。あくまでも心の整理として、互いに義理の親子関係で通しています。しかしあの子にとっては、俺は何の関係性も感じられない赤の他人ですからね……」

 いくら親父や母さんが俺との関係性を説いても、彼女には納得出来る材料がない。

 義理の兄妹とは思えない、ただの下宿先の保護者でしかないだろう。

 過去に二度だけ彼女とは顔を合わせているが、俺の存在を決して受け入れてはもらえなかった。

 ──家族だとは、思ってもらえなかったのだ。

「……そうか。複雑なんだね」

「ええ。だから、勝手なんですが……桜には期待しています。桜がきっと、俺とあの子の関係を良い方向に導いてくれるんじゃないかと」

「はは、それはどうだろうなぁ。ウチの子がそんな大それたことをできるとは思えないんだけどな」

 そう言って千里さんは笑っていたが、俺が桜に寄せる期待は彼の思っている以上に大きいものだ。

 確かにこう、何と言うか……普段は頼りないところが目立つ桜だが。ああ見えて頼りになるところがあると、俺は身を以てよく知っていた。


 ………

 ……

 …

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