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魔法使いのユメ─everlasting blooms─  作者: 神代
プロローグ
7/25

『永遠の家族Ⅲ』

 ──ボクの両親は、魔法使いだ。

 科学の発達によって魔法という存在が薄れつつある現代において、今なお一部の場所で魔法文化が残り続けているヨーロッパ。

 ボクの物心がつく以前の頃から、両親はヨーロッパ中を転々としながら魔法使いとして仕事を行っていたらしい。

 父も母も有名な人なのか、それとも少しずつ有名になったのか。ヨーロッパ各地での仕事に困るようなことはなく、ボクら家族は裕福ではないながらも人並みに不自由のない生活を送っていた。

 でも様々な国を移り住むような生活を続けていたから、ボクには友人と呼べるような人どころか、まともに知人と言えるような人もいない。

 それを寂しいと思ったことはなかった。父と母がいつも傍にいてくれたからだ。

 だけど──たった一人だけ、ボクにも顔見知りと言える人がいた。


「よう、久しぶり。……と言っても、前に会ったのは君が四歳の時だったから、流石に覚えちゃいないか」


 その人は父と母の知り合いのようで、何年かに一度、どこからか二人に会いに来る人なのだそうだ。

 腰元まで背中に流れ落ちる長い黒髪が特徴的な、綺麗な若い女性……と思っていたのだけど、どうやらその人は男らしい。

 両親とはどういう繋がりの人なのか、幼いボクにはよく解らなかった。ボクも過去に何度か会ったことがある人だという話だが、彼の言う通り、記憶には何も残っていない。

 だからボクの感覚としては、彼と会ったのは十年前のその日が初めてのことだった。

 でも何故だろう。顔もまったく覚えていなかったのに、ボクは彼のことを赤の他人とは思えなかった。

 それはどうやら彼の方も同じらしい。彼がボクに向ける目は、他人の子どもを見るようなものではなかった。

「俺が何者なのか? ああ、それは……どう説明したものか。今の君に話しても、きっと混乱させるだけだろう。だから詳しい事情は、おいおい母さんにでも聞くといい」

 ボクが不思議に思って両親に顔を向けると、父は呆れるように溜め息をこぼし、母はくすくすと笑っていた。

 一体何なのだろうと首を傾げるボクに、少し考えるように黙り込んだ男の人は静かに口を開く。

「──端的に言ってしまえば。俺はおそらく君の兄に当たるのかな」

 何故かはっきりとは言い切らないその物言いに、幼いながらも怪訝に思うボク。

 いやいや、だって全然意味が解らない。ボクには兄弟なんていない筈だし、両親も一度だってそんな話をしたことはなかった。

 それなのに突然見知らぬ人に兄だと言われても、困惑するに決まっているだろう。普通、怪しむ。

 でも彼が嘘を言っているわけではないことは、両親の顔を見れば明らかだった。

「うん、まあ当然の反応なわけだが。じゃあ先ずは自己紹介でもして、警戒心から解いて行こうか。

 改めて、初めまして。俺の名は──」


 ………

 ……

 …


 夕暮れ時も過ぎ、仕事を終えた大人達の姿が街中に増えてきていた。

 真っ直ぐに家に帰る者もいれば、店に寄って思い思いにひと時を過ごす者も各所で見受けられる。

 駅近くの飲食店では、疲れた様子のサラリーマン達が羽目を外しにやって来ている姿がよく目立った。

 特に居酒屋やバルの店内には客数も多く、既に酒が入ってるからかとても賑わっている。耳につくほど騒がしくはあるが、慣れてしまえばこの喧噪も心地良いものだ。

 そんな賑やかな空気に満ちた一軒の居酒屋に、俺は謙信を連れて足を運んでいた。

 あらかじめ予約を取っていたので、店員に案内された空席の個室に二人で腰を落ち着ける。

 いや元々は一人で来る予定だったのだが、どこから情報が漏れたのか、それとも本能で酒の匂いでも嗅ぎつけたのか問答無用で付いて来てしまったのだ。

 人に会う用事があるからと断っても謙信は頑として譲らなかったので、こちらが仕方なく折れる形となったのである。

 普段は慎ましいくせに、酒が絡むと途端に我が強くなるのはいかがなものか。

 とは言え謙信とも長い付き合いだ。酒を飲み始めれば大人しくなることは熟知しているので、隣に座らせて注文した清酒とつまみを適当に与えておくことにした。

「ふむ。たまにはこうして店に足を運んで、杯を傾けるのも悪くないな。見かけない珍しい銘柄も色々とあるものだ……何処(どこ)の酒屋から(おろ)しているのか、いくつか気になるな」

「店員を通じて、オーナーにでも訊いてみれば良いだろうよ。と言うか銘柄をネットで検索して、仕入れてる酒屋から通販でもした方が早いんじゃないか」

「ほう、今の時代はそのような商いが成立しているのか。しかしネットとなると、私は疎いからな……フェイトに頼めば代わりに買い入れてくれるだろうか」

「さあ、菓子でも与えればやってくれるんじゃないか。流石に自分でやり方を覚えた方が早い気がするが」

「キョウやフェイトが出来るのだから、私が覚える必要はないだろう? 家電製品さえ扱えれば充分の筈だが」

「そうだなぁ……電気製品の一つも(ろく)に扱えない読よりはマシだな」

 と、二人で酒を飲みながら雑談に興じていると、おもむろに個室の入口に人の気配が現れた。

 そちらを見やると、店員に案内されたスーツ姿の男性が、俺の顔を見て安堵の笑みを浮かべる。

 一人娘を持つ壮年の男性ではあるが、そうは思わせない若さを保った人物だ。

「やぁ。待たせたかい、キョウ君。すまないね、遅くなってしまって」

「いえ。連れと先に飲ませてもらっていたので、待っていたつもりはありませんよ。どうぞ座ってください、千里さん」

 麻倉(あさくら)千里(せんり)さん。その名の通り、桜の父親である。

 俺達の対面の席に腰を下ろした千里さんは、ネクタイを緩めてから店員にビールを注文した。

「はは、キョウ君と飲むのは久しぶりな気がするなあ」

「誘ってくれれば、いつでも付き合いますよ。こっちはある程度、スケジュールの都合が付けやすいので。……まあ時折、こっちの奴が付いて来るかもしれませんが」

「ええっと、そちらの方は……確か上杉さんだったかな? 以前、キョウ君に紹介されたご家族(・・)の一人だったね。どうもお久しぶりです」

 千里さんは俺がかつて自宅に招いた十年ほど前のことを思い出しながら、謙信へ律儀に挨拶する。

 そんな彼の礼儀に応え、謙信も杯を置いて丁寧に言葉を返した。

「久方ぶりです、麻倉さん。御息女にはいつもお世話になっております」

「いやぁ、世話になっているのは娘の方でしょう。あなたや他のご家族のことを娘が話しているのを、僕もたまに聞かせてもらっていますよ」

 この人は桜と同じく、長命である俺達の素性を知っている理解者の一人だ。

 そもそもは桜のように俺の影響を受け、“旧人類史(むかし)”の記憶を保持していることが根本の理由である。まあ、流石にすべてを覚えているわけではなく、俺が魔法使いとして不老の存在であり、桜のパートナーだった事実くらいの曖昧な記憶しか持っていないようだった。

 だがかつて魔法使い達が絶滅した“旧人類史”の世界で、奥さんと共に俺の存在を理解してくれた人格者である。

 俺が人生をやり直し、“家族”を作って悠久の時を生きてきたという絵空事のような話を聞いても、千里さんは俺の事情を理解して全部受け入れてくれた。

 ──世の中にはそういう人もいるんだろうなぁ、と。

 器が大きいと言うか、細かいことは気にしないと言うか。ともあれ、俺がこの世で尊敬してやまない数少ない人物の一人だ。

 再会して以来、千里さんとはこうして居酒屋に集まって一緒に酒を飲むことも珍しくない。

 しかし今回は、いつもとは事情が異なり──

「それで、今日は僕に会わせたい人がいるという話だったけど……上杉さんのことじゃないんだろう、キョウ君?」

「ええ。もうすぐ来ると思いますから、くつろいで待っていてください」

 それから十分ばかり、俺達は酒を飲みつつ他愛ない話をして、もう一組の待ち人の到着を待った。

 一応、夕食を先に済ませてあったため箸はあまり進まなかったが、酒の肴は別腹とばかりにどんどん注文する謙信に呆れながらも。

 やがて個室の入口に再び人の気配を感じて、俺はグラスを置いた。

「来ましたね」

 俺の声に千里さんも顔を上げると、入口に現れた一組の男女を見て目を丸くした。

 赤髪に紅い眼をした長身の若い男。

 青髪に蒼い眼をした痩身の若い女。

 どちらもこの国では目立つ特徴的な容姿をしている二人だが、ご丁寧に魔術で認識を阻害して、周囲の目を誤魔化しているようだ。

 そんな二人をまじまじと見つめて、千里さんは違和感を覚えていた。

 見たことがあるような、見たことがないような……そういった反応だろう。

「よう。遅かったな、ふたりとも」

「久々に顔を合わせたというのに、開口一番がそれか。もっと他に何か言葉があるだろうに……」

「まあまあ。お客様がいるんだから、ここはあの子の顔を立てて上げましょうよ」

 男は呆れ気味にぼやき、女はにこにこと笑顔で隣の人物を制する。

 二人をいつまでも立たせていると見苦しいので、俺は千里さんの方を見やった。

「……紹介します、千里さん。こちらの二人は神代(かみしろ)(おう)と神代リアス。見ての通り、多少若返っているので違和感があるでしょうが──俺の()両親です」

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