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魔法使いのユメ─everlasting blooms─  作者: 神代
プロローグ
5/25

『永遠の家族Ⅰ』

 キョウ君と運命的な再会を果たした日の翌日、私は彼からある人達を紹介された。


「紹介するよ、桜。俺の……今の俺の、大切な家族達だ」


 再会して、お互いのことを時間を忘れて語り合ったから、その人達が彼にとってどういう存在なのかは事前に知らされていた。

 長い長い、気の遠くなるような長い年月を一緒に生きてきたという、とても特別な人達。

 それだけで私には羨ましい存在だったのだけれど、驚かされたのがみんな見目麗しい女性だったということだ。

 当時の私はまだまだ幼く、すぐに感情的になってしまう子供だったから、当然のように拗ねてしまった。

 私のような存在がいながら、なんで何人もの女性を周りに連れているのかと激しく嫉妬した。

 キョウ君はそんな私を見下ろして、複雑そうに苦い顔をしていたのをよく覚えている。彼の事情をよく理解した今となっては申し訳なく思うけど、あの時の私は自分でも制御が利かないほど怒っていた。

 でも、その幼かった私に対して最初に声を掛けてくれたのが、彼女だった。


「──初めまして、桜さん。私は兄様の……あなたの大切な人の義理の妹をしている、アサヒと言います。どうぞよろしくお願いします」


 今でもすぐに思い出せるほどに、とても優しい声と微笑み。

 自分の衣服が汚れるのも気にせずに地面へ膝を着いて、小柄な私よりも目線を低くしてくれる気遣い。

 そして私の目を見上げるその眼差しは、強い意思を感じさせながらも驚くほど穏やかで。

 私は一瞬にして、彼女によってぐうの音も出ないような敗北感を味わわされた。

 自分のために怒っている私と、彼のためにすべてを受け入れて歩み寄ってくれていた彼女とでは、最初から勝負になんてならなかった。

 ……何よりも。キョウ君へと向ける彼女の愛は私よりも大きいのだと、ひと目で悟ってしまった。

 きっとその日からだと思う。

 ──この人が、私の目標になったのは。


 ………

 ……

 …


「アサヒさん、私もなにか手伝いましょうか?」

「いえ、そのお気遣いだけで結構ですよ。まだ来たばかりなんですから、桜さんは兄様達と一緒にくつろいでいてください」

 新学期が始まるまで、もう一週間を切った頃。

 いつものようにキョウ君の家にお邪魔した私は、一人で台所に立って朝食の後片付けをしているアサヒさんに手伝いを申し出てみると、彼女にはやんわりと断られてしまった。

 普段は(てる)さんも一緒になって後片付けをしているはずだけど、照さんはいま洗濯に行っているようで姿が見当たらない。

 だから一人で六人分の食器を片付けるのは大変だろうと、アサヒさんに声を掛けてみたのだけれど……

「うぅ……アサヒさん、なかなか隣に立たせてくれないなあ……」

 ちょっとした敗北感を感じながら、私は台所に接する和室の居間へと歩いていく。

 すると大きな卓袱台を囲む一人が、肩を落とす私を見てくつくつと笑った。

「やめておけよ、桜。家事の中でも台所関係はアサヒの独擅(どくせん)場なんだからさ」

「……だってアサヒさんの技術、目で盗んでおきたいんだもん」

「何か特別なことをしているようには見えんが」

「うん、そりゃあキョウ君には解りませんよ。ずっとずっとアサヒさんに面倒を見てもらってるんだから、当たり前になってて気付くわけないもんね」

「何やら誤解を招く言い方だな……」

 そう言って渋い表情を浮かべたキョウ君は、暇潰しで遊んでいるトランプの方に意識を戻していく。

 確かにアサヒさんは特別なことをしているわけではないけど、しかしどんな家事でも行動の端々に誰かへの気遣いが込められている。

 食事だと必ず誰かの好きな料理や味付けをした物を出しているし、掃除だと誰かがよく使う場所から重点的に始めているし、その他に至ってもアサヒさんは誰かさんのことを中心にして行っているのは、長年の観察から解り切っていた。

 あそこまで完璧に奉仕をこなされていると、一応はみんなにキョウ君のパートナーとして扱ってもらっている私としては立場がない。

 しかも義務とか仕事とか、アサヒさんはそんな意識を持っているわけではなく、単純に彼の世話をするのが好きだから家事をやっているというのが手に負えないところ。

 そういうところは、ウチのお母さんも似ているのだけど……

「……桜もトランプ、する?」

「暇ならあんたも混ざりなさいよ」

 キョウ君の隣に腰を下ろした私に、おもむろに左右の席から声が掛かる。

 この家で唯一、異国情緒溢れる可愛らしい容姿をした小柄な少女──フェイトちゃん。

 一方で、黒い和服に身を包んで純和風な見た目をした小柄な少女──(よみ)さん。

 キョウ君が普段よく遊び相手にしている人達であり、今も一緒になってトランプをしている二人だ。

 一見、小学生に思えなくもないほど幼い姿の二人だけど、どちらも私より遥かに長生きをしているらしい。

 ちなみにその子供っぽい見た目のことを言うと読さんはすごく怒るので、彼女との接し方にはとても注意が必要です。

「えっ。別にいいですけど……キョウ君とフェイトちゃん、ゲームとなると強いからなぁ」

「だから混ざれって言ってるのよ。さっきから私一人だけ負かされっ放しなのが気に入らないのよね……!」

「……ふ」

「そのドヤ顔やめなさいよ、あんたっ!」

 どうやら天才肌の二人によって手加減なしにボコボコに負かされ続けているようで、読さんはちょっとご機嫌斜めのようだ。

 そこでゲームの腕は至って平凡な私を入れて、黒星を減らそうと考えている様子。

 ……この二人、そんなことで標的を逃さないと思うんですけどねー。

「せっかくだから謙信も混ざるか?」

「いや、私のことは気にしなくて良い。ちょうど山場でな、目が離せんのだ」

 居間の壁に背中を預けて読書をしていた謙信さんに声を掛けるキョウ君。

 けれど彼女は本の方が気になるらしく、顔も上げずにキョウ君の誘いを断った。

 シャツにタイトパンツというシンプルな装いをした謙信さんは、今日も涼やかでかっこいい。

 私とそう変わらない身長なのに、どうして身に纏う空気だけであんなにも大人びた雰囲気を醸し出せるんだろう。

「仕方がない、四人でやるか。そのままババ抜きを続けるか?」

「嫌よ。もう飽きたわ。次は運の要素が絡むようなヤツが良いんじゃない」

「……運が絡んだって、結果は特に変わらないのに」

「フン、甘いわね小娘。ツキに関して私に勝てると思うんじゃないわよ!」

「いや。別に運勢とは何も関係ないだろう、お前」

 読さんとフェイトちゃんのキャットファイトに慣れているキョウ君は軽く流しながら、散らばったトランプを手早く混ぜ合わせていく。

 いつも遊んでいるわけではないけど、彼のこの家での日常はこのようにマイペースでとても穏やかだ。

 なにかを目的にしているわけでもなく。

 なにかに縛られているわけでもなく。

 キョウ君と、彼を取り巻くみんなは悠々自適に日々を過ごしている。

 私もその中の一人として加わらせてもらっているけど、まだまだみんなのような家族の一員になれている自信はない。

 確かに私は“旧人類史(前世)”ではキョウ君のパートナーだった。

 でも私が彼と過ごしたその一生分の時間より何倍、何十倍以上もの永い時間を、アサヒさん達はキョウ君と共有している。

 私ではどうやっても手に入れられないそんな遥かな年月が作り上げたみんなの絆は、私の目には時折まぶしく映ることがあって──

「皆さん、お茶をどうぞ」

「あ。どうもありがとうございます、アサヒさん」

 片付けの最中にも関わらず、私達のためにお茶を淹れてきてくれたアサヒさんがお盆を手にやって来た。

 手品師みたいな早い手つきでトランプを配っているキョウ君の代わりに、私がアサヒさんからコップを受け取ってみんなに渡していく。

 すると彼女は空いたお盆を胸に抱え、なにやらキョウ君の傍へと近寄る。

「兄様。今日のお昼過ぎに、配送業者さんがお見えになるそうです」

「ん。ああ、注文していた家具か。部屋の掃除はもう済んでるんだろう?」

「はい。部屋までは業者の方に運んでいただけるそうですが、家具の配置はどうしましょうか」

「その辺りはアサヒ達に任せるよ。男の俺が決めて、何か不都合なことが起こると困るだろうし」

「解りました。では照さんにもそのようにお伝えしておきますね」

「家具……?」

 隣で交わされる会話の内容が気になり、私はつい口を挟んでしまう。

 だけどほぼ同時のタイミングで、居間の入口に袴姿の女性が現れた。

 背丈は少し高いものの、妹の読さんにとても似た顔立ちをしたその女性は、先ほどから姿が見えなかった照さんだ。

 穏やかなアサヒさんや凛とした謙信さんとは違った優美な雰囲気が印象的な照さんは、頬に手を添えて小首を傾げながら、アサヒさんの方を見やる。

「すみません、アサヒ様。柔軟剤の予備が見当たらないのですが、もしかして切らしていたでしょうか。今し方、最後のものを使い切ってしまいまして」

「おや、本当ですか? ……備蓄が少なくなってきたのでしたら、いろいろと買い足しておかないといけませんね」

 アサヒさんはそう言ってキョウ君の傍を離れると、備蓄の数を確認するためか、照さんと一緒に居間を出て行ってしまった。

 そして頭の上に疑問符を浮かべる私をよそに、キョウ君達は大富豪を始めたので質問する糸口を見失う。

 仕方がないのでそのままゲームに参加しながらも、私の頭の片隅にはキョウ君とアサヒさんの会話の内容がしばらく残り続けた。

 ──一体、なんの話だったんだろう?

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