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魔法使いのユメ─everlasting blooms─  作者: 神代
プロローグ
4/25

『麻倉桜』

 ──麻倉桜(わたし)の一日は、いつも早起きから始まる。

「ん……おはよ……」

 目覚まし時計のデジタル音に起こされ、六時には起床。枕元に並べたぬいぐるみ達に挨拶をすると、すぐにベッドから抜け出して、目を擦りながら自室を後にした。

 洗面所で顔を洗い、歯を磨いて眠気を覚ます。それらを手早く済ませて二階の自室へ戻ると、そこから時間を掛けて身だしなみを丁寧に整えていく。

 私は平日や休日に関係なく、身だしなみにはいつも気を遣うように心掛けています。

 何故なら毎日、彼──キョウ君と顔を合わせているからです。大好きな人に見られるからには、恥ずかしい姿なんて見せたくはないからね。

 それにもうすぐ春休みが終わって会える時間が減ってしまうということもあり、私は一層気合いを入れて身だしなみを整えると、一階のリビングへと降りた。

 すると通りがかったキッチンでは、お母さんが既に朝食の準備に勤しんでいた。

「お母さん、おはよう」

「はい。おはようございます、桜ちゃん。いつもの通り、ご飯は先に用意していますよ」

 柔らかな物腰でそう答えたお母さんの視線の先には、いつも早く家を出掛ける私のために用意してくれた朝食がテーブルの上で綺麗に並んでいる。

「ありがとう。お父さんはまだ寝てるの? 私が起こして来てあげようか?」

「もう、お母さんの朝の楽しみを取らないでください。お父さんの分のご飯が出来たら、私が起こしに行きますから。桜ちゃんはご飯を食べて、早く支度をした方がいいのでは? 彼が待っているんでしょう?」

「はーい」

 見ての通り、娘の私に対しても敬語を使うような性格の優しい母親だ。そんなお母さんの影響で、私もよく敬語を交えて喋ってしまったりする。

 私にとって、自慢の母親です。

 学生時代にお父さんに一目惚れして、猛アピールの末にそのままお父さんを逃さず射止めたという思い出話を聞かされた時には、お母さんのことを一生尊敬し続けようと思ったほどだから……!

「あ、今日もたぶん帰りが遅くなると思いますので、どうぞよろしくです」

「分かってますよ。あまり彼に迷惑をかけてはダメですからね?」

「かけてないから大丈夫だよー」

 そしてお母さんは、キョウ君の元へ足繁く通う私のことをずっと応援してくれている。

 キョウ君が言うには、私の記憶の影響が両親にも及んでいるらしく、前世の私達の関係をお父さんもお母さんも部分的に覚えているそうだ。

 そのおかげで両親は特に何も言わず、ずっと私の日々の生活を助けてくれているのだった。

 まさに順風満帆。私の生活は毎日が充実している。

 これから進級して新しいクラスメイト達に囲まれることになっても、不安を覚えることは何もないのだけど。

 ──ただ一つ。またキョウ君と一緒に学生生活を過ごせないことだけが、私は少し寂しかった。


 ………

 ……

 …


 というわけで、私は彼へと直談判に打って出ることにした。

「ねえ、キョウ君も通いましょうよ、学校。ほら、見た目なら全然問題ないんですから!」

「……藪から棒に何を言ってるんだ、この小娘は」

 いつものようにやって来た彼の家で早速そう訴えてみると、キョウ君は目を据わらせながら低い声を漏らした。

 女の人のように腰元まで長々と伸びた黒い髪。顔立ちも女の子みたいに整っていて、肌ツヤも私と同じどころか私よりも綺麗なんじゃないかというくらい清潔感がある彼の容姿は、学生達に混じっていてもなにも見劣りしない。

 むしろいい意味で目立つから、私は心配になってしまうほどだ。

「キョウ君、ウチの学校の制服ならまだ持ってますよね? ()の私があげたリボンを今も大事に使ってくれているくらいなんだから、絶対にまだ持っているはずですよね!」

「いや持ってるけどさ。普通に嫌だよ、今さら学校に通うなんて……こちとら良い歳したじじいだぞ。流石に恥ずかしいだろうよ」

「大丈夫だって! 見た目は完全に私達と同じくらいの年齢じゃないですか。と言うか高校を卒業してから、身体の年齢は止まってましたよね?」

「見た目じゃなくて心の問題だよ。お前、見た目が不自然じゃないからって幼稚園や保育園に今さら通いたいと思うか?」

「うーん、場合によってはアリじゃないかな? 面白そうだし」

「ダメだこいつ早く何とかしないと」

 熱弁を振るう私に対して、キョウ君の反応は終始冷ややかだった。

 彼はよく自分のことを老人だと言うし、確かにお爺さんのような含蓄のある言葉を口にするけれど、普段接していても年齢を感じさせないくらいの若い感性を持っていると思う。

 精神の年齢は肉体の年齢に引っ張られるからだとか、そんなことをキョウ君が昔言っていたような……?

「うー、だってまたキョウ君と学校生活が過ごしたいんですよぅ! 好きな人といつも一緒にいたいんです、この乙女心をぜひとも理解してくださいっ」

「いや、まあ言いたいことは解るが……」

「皆さんはどうですか? キョウ君の制服姿、見てみたいですよね!?」

「──見たいですっ!」

 間髪入れず、一切の迷いなく私に賛同してくれたのは彼の義妹のアサヒさんだった。

 この家で様々な家事を取り仕切っている、私にとってはお姉さんのような人だ。

 しっかり者でなんでも上手にこなせて、とても優しくて、まるで誰もが思い描く理想の姉……と言うよりむしろお母さんみたいな人だけど、義兄のキョウ君のこととなると熱意がすごい。

 彼のことに詳しい私でさえ思わず気後れしてしまうほど、キョウ君のことを第一に考えて動く人なのである。

 そんなアサヒさんの曇りない目は、もはやキョウ君の制服姿をばっちりと想像出来ているようだった。

 そして彼女の隣にいるもう一人の義妹さんも、私の提案に興味を持ったようで。

「制服……キョウ、スカート穿くの……?」

「穿くか、ちゃんと男子用があるわッ! 解ってて言ってるだろう、フェイト!?」

「別に穿いても違和感ないけど……」

「ふふ。キョウ様、遠目からお顔だけを見ると女性とよく見間違えられますからね」

 フェイトちゃんと照さんが言うように、婦人服を着てしまえば誰もキョウ君を男性とは見抜けなくなるほど、彼は中性的な容姿をしている。

 本人曰く母親に似てしまったのが運の尽きだという話だけど、髪を伸ばしてるのも原因な気がするよ?

 絶対に切らせないですけど。

「女用だろうが男用だろうが、制服くらい一度着てやったら? そうしたら桜の溜飲も下がるんでしょ」

「読がランドセルを背負って小学校に通うと言うのなら、まあ考えてやるよ」

「誰が通うかっ!」

「読さん、大丈夫です。ランドセルならウチにちゃんと保管してありますよ!」

「だそうですよ、読さん。兄様の制服姿のためにも、小学校に通いましょう!」

「本気にするんじゃないわよ!?」

 私と一緒にアサヒさんにまで勢いよく詰め寄られて、大声を上げて狼狽する読さん。

 そんな私達を後目に、読書をしながら冷静に居間の様子を観察していた謙信さんが私とアサヒさんに席を譲り、キョウ君の隣へと腰を落ち着けた。

「フ。興奮のあまり、桜がまるで幼い頃に戻ったようだな?」

「ああ……相手にしていて疲れるところが、まさにそうだな」

「しかし、一考くらいはしてやればどうだ? 愛弟子が巣立って、日中は以前のように少し暇が増えただろう。日がな一日ここで惰性を貪るよりは、桜の寂しさを紛らわせてやった方がそなたにとっても有意義だと私は思うが」

「そうだー! 私は寂しいんですー!」

「謙信まで桜の味方かよ……」

 謙信さんから出された意見に渋い顔をするキョウ君は、湯呑みに入った緑茶を飲み干して、間を置くように溜め息を吐く。

 その空いた湯呑みへすぐにお茶を()ぐ照さんにお礼を言うと、キョウ君は天井を見上げながら静かに自分の考えを口にし始めた。

「そりゃ俺だって、桜が学校に行っている間は寂しいさ。桜と一緒に学校へ行っていた頃の記憶を思い返すことも少なくはない。また一緒に学校に通って、青春を謳歌してみるのも悪くないんじゃないかと思うこともあるよ。だが……」

「……だが?」

「いやぁ……勉強とかもう得ることなくてつまんないし、正直かったりぃなって……」

「私との青春よりもそっちの方が上なの!?」

「うん」

 あまりにもバッサリと断られ、私は肩を深く落とす。

 おかしいな、キョウ君って結構ロマンチストな人なんだけど……私との青春ってそんなに魅力ないのかな……?

「そう落ち込むなよ、桜。今まで通り、学校以外では何でも付き合ってやるからさ」

「えー……じゃあ、駅前のカフェで特盛パフェ……」

「即物的だな、お前……解りやすくて助かるけどさ」

 そう言ってキョウ君はこの話題はおしまいだとばかりにテレビの電源を点けて、そちらへと視線を向けた。

 他のみんなもそれを合図にするように解散し、キョウ君と一緒にテレビの方を見たり台所へ向かったり部屋に帰ったりと、それぞれ自分の時間を過ごし始めていく。

 一方で私はキョウ君の隣の席に戻って、テーブルにぐったりと顔を伏せた。

「はぁ……せっかくこうして人生をやり直せてるのにな。キョウ君と一緒に学校に行けないなんて、やっぱり寂しいよ」

「……」

 私の独り言を聞いて、彼はなんだか複雑そうな表情を浮かべる。

 ……なにかまずいことを言ってしまっただろうか。

「まあ、もうすぐ春の新学期だ。桜にもきっと良い出会いがあるさ」

「?」

 私に話しているようでいて、どこかの違う誰かに言葉を掛けているような独り言が彼の口からこぼれる。

 その真意は解らなかったけど、彼の神妙な顔を見ているとなんだか聞き返すのもためらわれたので、私はただ首を傾ぐことしか出来なかった。

 ──私がそんな彼の言葉の意味を知るのは、もうすぐ迎える春休み最後の日だった。

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