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魔法使いのユメ─everlasting blooms─  作者: 神代
プロローグ
21/25

『郷に入りてⅩⅡ』

 何度も何度も通い慣れた道を、私達は肩を並べて歩いていた。

 すっかり夜になってしまったけれど、歩道に立ち並ぶ街灯と住宅街の家々の窓からこぼれてくる光のおかげで、周りはそれほど暗くは感じない。

 黒くて暗い冬空と比べれば、春を迎えた夜空もいよいよ明るい時期になってきたなと思う。

 肌に感じる夜風も涼しく穏やかで、まるで身体を優しく包み込んでくれるかのようで。

 それに隣で私の歩調に合わせて歩いてくれる彼の存在のおかげで、夜道はまったく怖くなかった。

 しかし、その当の彼はと言うと──

「今日はずいぶんと大人しいんだね、キョウ君」

「……ん、そうか?」

 誤魔化す彼だけど、いつもと様子が違うことは私にはお見通しだ。

 いつもなら帰り道の間も私とずっとくだらない雑談をしているはずなのに、今日はあまり会話もせず静かにしている時間が多い。

 まあ、そうなっている原因は解り切っているんですけどね。

「そんなに彼女のことを気にしてるの?」

「気にならないわけがないだろ。何せお互いに複雑な関係なんだからな」

 適当にはぐらかされるかと思いきや、キョウ君は意外にも素直に答えてくれる。

 それほど神代さんに関しては真剣に考えているのだと思う。

 こういう場合、私も真面目な態度を取らなくてはいけなかった。

「珍しいね、キョウ君が悩み事なんて。いつも少しだけ考えるけど、その後は簡単そうにぱぱっと問題を解決しちゃうのに。私でよければ相談に乗りますよ?」

「いや、桜の手を借りるつもりはないよ。これに関しては俺個人の問題だからな。その代わり、学校でのあの子の事は桜にすべて頼らせてもらうから」

「せ、責任重大だなあ……」

「一人で無理なら、あの三人にも手伝ってもらえばいいだろう。桜からの申し出なら、二つ返事で協力してくれるんじゃないか?」

「うーん……じゃあ、困ったらそうしようかな」

 キョウ君が言うあの三人とは、私達の……ううん、私の三人の幼馴染のこと。

 かれこれ十年以上の付き合いがある彼女達に頼めば、確かに快く協力してくれるかもしれない。

 ただ、三人に神代さんのことをどう紹介すればいいのか言葉に悩んでしまう。

 本来なら──“旧人類史(むかし)”なら、キョウ君も彼女達とは幼馴染の間柄だった。だけど残念ながら、彼はこの世界ではかつての幼馴染達との交流を絶ってしまっている。

 彼女達がキョウ君のことを覚えていれば話は早いのだけど、出会ってもいない彼の関係者をどう紹介したらいいのやら。

「協力をお願いするとして、三人には神代さんのことをどう紹介したらいいと思います?」

「千里さんの知人の娘だ、とでも紹介すれば良いんじゃないか? 実際に千里さんには親父達と会ってもらったし、嘘にはならないだろうよ」

 そう言われると確かに嘘じゃないけど、なんかヘリクツみたいじゃないかなぁ。

「ま、取り敢えずは始まってみなければ何も解らんな。アサヒ達にもいろいろとフォローは頼んでおくから、今後のことはみんなでじっくりと考えていくことにしよう」

 彼の言葉に私は頷きながら、横断歩道に差しかかったところで足を止めた。

 赤信号だ。

 住宅街の中だから大通りに比べて行き交う車は少なく、夜ということもあって、いま確認しても車の姿は一つもない。

 学生くらいの若い子達だったら、信号を無視してさっさと向こう側に渡ってしまいそうなくらい静かだった。

 だけど律儀に信号を守るキョウ君に(なら)って立ち止まった私は、ふと信号機から視線を落として、ソレに気づいた。

 横断歩道の先、私達の反対側の道路に人影があった。

 街灯に照らされて、夜の暗がりの中でも鮮明に浮かび上がる綺麗な髪を持った少女。

 銀色のような雪色のような、不思議な色合いの長い髪をしているから、外国生まれの女の子だろうか。

 この神門町は港町として発展してきたため、海外から家族で移住してきた人達の存在はあまり珍しくない。だから私と同じような年頃の外国人の女の子がいても、不思議じゃなかった。

 手にはコンビニのビニール袋を提げているため、どうやら買い物にでも行っていたらしい。

 それはともかく……その少女がフェイトちゃんと同じく遠目から見ても目立つ容姿をしているので、私は思わず目を奪われてしまっていた。

 日本人からは感じることができない、異国情緒を思わせる独特の美。

 まるで芸術のような美しさに、ついつい息を呑んでしまう。

 そして、信号が青に変わる。

 キョウ君が歩き出したことに気づいて私も横断歩道を渡り始め、銀髪の女の子もこちらに向かって進んでくる。

 やがて横断歩道の真ん中ですれ違うタイミングで、


「こんばんは」


 と、とても流暢な日本語で私達に挨拶をしてきた。

 綺麗な銀雪の髪に白い肌。目はルビーのように赤く、あたかも物語の中から抜け出してきた雪の妖精のような少女だった。

 女の子はそのまま、私達が歩いてきた道の方へと去っていく。

 ──ただ挨拶してきただけ? 通りすがりの人に……?

 あまりに突然の出来事に唖然とした私が、横断歩道を渡り切ったところで足を止めて少女の後ろ姿を見ていると、隣から呆れ気味の声が聞こえてきた。

「なに突っ立ってるんだ、桜。さっさと行くぞ」

「……キョウ君。今の女の子、知り合い?」

「はぁ? どうした急に」

「気のせいかもしれないけど……さっきの挨拶、私じゃなくてキョウ君にしていたように聞こえたから」

 そう。私が驚いたのは少女の行動に対してではなく、彼女の視線の対象だった。

 私達の方を見て挨拶していたように思えるけど、でも私に向けられたものではないと何故か直感的に解ってしまった。

 ただの気のせいなのかもしれないけど、妙に顔の広い彼なら、あのような外国人の少女と知り合いでもおかしくはない。

 けれど、答えるキョウ君の態度は平然としていた。

「知らんよ、見覚えのない顔だったが。むしろあの年頃だと、桜の同級生か何かじゃないのか?」

「ううん、少なくとも同じ学年ではあの子を見たことないと思う。うーん……じゃあ私の気のせいだね」

 嘘をつくことが上手なキョウ君だけど、どうにも嘘をついているようには見えない。

 私はその判別について結構自信があるので、今回のことは気にしないことにした。

 ……でも、あの挨拶は完全にキョウ君に向けられているように聞こえたんだけどな?

「ほら、行くぞ。こんな夜中に女子高生と歩いているだけで、男は警官に声を掛けられやしないかと不安な気持ちになるんだから」

「キョウ君、この辺りの交番で働いている人達とは昔から顔馴染みだから平気じゃない」

「この春に新しく赴任してきた新人警官がいないとは限らないだろうが」

「だとしても、別に不審者だなんて思われないですよ」

 だってキョウ君、遠目から見ると女の人みたいだし。

 と、私がそんなことを考えていることを見抜いたのか、おもむろに彼の目が()わり始める。

 これ以上は虎の尾を踏み続けるわけにもいかないので、私は話題を最初のものへ戻すことにした。

「と、とりあえず、明日はいつもより早くそっちのお家に着くようにするね!」

「いつも早いくせに、それ以上早くなってどうするんだ。一体いつ起きてるんだか……ちゃんと寝てるのか?」

「心配しなくても寝てますよ。それに私、ショートスリーパーだからそんなに長時間寝ないんです」

「睡眠時間が短いと、肌が荒れるぞ」

「しっかりとケアしてますー」

「ああ、寝てないから桜は身長が伸びないんだな」

「でもキョウ君、背が小さい女の子の方が好きですよね?」

「おい、語弊のある表現はやめろ」

 読さんをあんなにも溺愛しておいて、語弊も何もないと思うんですけど。

 まあ、アレは体格よりも、読さんの性格の方を気に入っているというのは解ってますよ? でも、ちょっと度が過ぎていると言いますか。

 それに彼は何故か、子供を含め、小さい子から妙に好かれる体質みたいなんですよねえ……

「何だその顔は。不気味な視線を向けてくるんじゃない」

「別にー。なんでもありませんよー」

 彼にいつもの調子が戻ってきたところで、いつの間にか私の家がすぐ近くにまで迫っていた。

 曲がり角を進めば、一分もせずにそこへたどり着く。

 二階の書斎に明かりが点いているから、どうやらお父さんはもう帰ってきてるらしい。

 そして家の前までやって来たところで、キョウ君は静かに立ち止まった。

「明日から白葉のことを頼むな」

「うん。自信はありませんけど……頑張ってはみます」

「おう。じゃあ、おやすみ」

「おやすみなさい、キョウ君」

 別れの挨拶はあっさりと、手短に。

 お互いにそう取り決めたわけじゃないけど、それがいつしか私達の暗黙の了解になっていた。

 名残惜しい気持ちはあるけれど、明日になれば必ずまた会えるから。

「また明日ね」

 (きびす)を返して立ち去っていく彼を数秒だけ見送って、私は玄関の方へと向かっていくのだった。


 ………

 ……

 …

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