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胎児期

目を覚ますと、目の前には新しいお母さんのような人が……



いなかった。


(暖かく包まれながら浮かんでいる感覚だ。とても心地いい…そして一定のリズムで刻まれる音…って、ここ新しいお母さんの中じゃねえか!)


てっきり転生って赤ちゃんが産まれた後に、一通り落ち着いたところで記憶の転送がされると思っていた俺は自分の中で突っ込んでしまった。


話を戻すと、この暖かい感じは母親の体温。俺を包んで浮かべている正体は羊水。一定のリズムで聞こえるのは心臓の音である。


もちろん、胎児ということがあって目はあかないし、へその緒を通じて養分や酸素、排出物の受け渡しは全て行われているため、肺呼吸もしていない。


(うわぁ…なんか死んでるのか生きてるのかわらん…飯は食わず息すらしてないとは生きた心地がしないな…)


俺が生まれる時代、場所、文化やこの地域の子供の育てかたにもよるが、赤ちゃんというのはそう簡単に成長するものでもない。

子供や老人ほどあの世に近いと言うが、心や考え方によるものだけでなく、実際に死にも近いものである。

生まれてすぐに死んでしまうということもないとは言いきれない。


(ま、そこは運に任せるしかないか。)


「〜〜〜、〜〜」


(お、なにか声がするが、まだしっかりと聞き取れない。声の感じからして俺に話しかけてくれているのか。ならば…)


ぷにぷに…


手足を少し伸ばすように体を少し動かしてみる。動くには動くが、前の体のように馴染んだ動きはできないが、声に反応したということは伝わったように


「〜〜、〜〜〜〜!」


どうやら喜んでくれたようだ。


「~~~〜」


すりすり…


なにか話しかけながらお腹を撫でているのだろう。中身はほとんど大人だが、今の俺は赤ん坊なのである。甘えておくのが親孝行ってもんであろう。


忘れていたが、前世での俺は安部礼司という名前であった…はずだ。名前の通り、運動音痴なこと以外は本当に平均的な人間であった。家族構成は確か…3人家族プラスペットが少々だったはずだ。あと、友達も普通にいたはずだ。いじめもなく、彼女もできずと平々凡々な生活だった…と思う。


この辺の記憶が少し曖昧なのは転生の副作用かな。


まあとにかく、勉強も頑張ってもサボってもほとんど平均から外れなかった。メガネをかけていたのだが、

「本当にどこにでもいそうだな」

とよく言われたものである。


部活動は特にやりたいものもなく、種類も少なく、どこかに所属しなければいけなかった。運動音痴のため、運動部は真っ先に候補から消し、親に言われた吹奏楽に入った。

顧問には、「オマエオトコ、チューバフケ」

とよく分からないことを言われるがままに、かくて重い楽器をやらされた。実際、器楽曲は結構好きだったので楽しかったのではあるが。


もうひとつ特徴をあげると、影が少し薄いことくらいである。


そんな俺が理系進学を目指したのは、ただ名前がかっこいいからだった。特に何かなりたいものや夢はなく、ただ思いつくままに生きていただけだった。


(魔法があるってことは、結構ファンタジーだったりするのだろうか。それなら進路は冒険者で決まりか。しかし、運動音痴は体が変わると治るものであろうか。治らなかったら鍛冶屋の弟子にでもつくか。)


進路の心配もなくなったところで一安心し、そのまま眠りにつく俺であった。

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