その15
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さんざん寄り道したすえ、ぼくたちの自転車はついにアンナの家にたどり着いた。
アンナの家は、第七集合住宅の四階にあるそうだった。
この時間が終わってしまうことがなんとなく惜しくなって、ぼくたちは公団住宅の前庭で少し話をした。前庭はちょっとした公園になっていて、子供用のちゃちなジャングルジムとすべり台があった。
「本当に好きなんだね」
唐突にアンナがいった。
「え?」
ぼくはおもわず声が裏返ってしまった。
「やだ。本のことだよ」
「あ、うん、そうだよね。本だね」
「勘違いしちゃって。もう男の子ってやつは」
アンナはうりうり、とぼくのあばらに肘をこすりつけた。
そうやって少しじゃれあった後、アンナは急に真面目な顔になって、
「実際の話、なんであそこまでできたの?」
と訊いた。
ぼくはちょっと迷った。
「うまく口で説明できるかわからない」
「いいよ。聞かせてよ」
「うーん」
ぼくは考えた。考えに考えた。
口の利き方、表現には頭を使わねばならない。
ぼくたちの日本においては、軽口ひとつで文字どおり首が飛ぶのだ。
たとえ盗聴されても、反日プロパガンダ罪の証拠には使えないような言い方。
それでいて、この少女の質問に、できるかぎり誠実に答えられる表現。
ぼくは指先をこすり合わせながら黙り込み、アンナはそのあいだ辛抱強く待った。
たっぷり二分間は黙ったあと、
「本は、自由だ」
と、ぼくはことばを紡ぎはじめた。
「本はぼくを見たこともない場所に連れて行ってくれる。ぼくがこれから一生行くことのないだろう世界に連れて行ってくれる。ジュール・ヴェルヌはぼくを海底に連れて行ってくれた。H・G・ウェルズはぼくを十九世紀のロンドンや八〇万年後の世界に連れて行ってくれた。江戸川乱歩はぼくを解放戦争前の、まだ分断されていない東京に連れて行ってくれた」
「うんうん」
アンナは静かにうなずきながら、ぼくの告白の続きを待った。
ぼくはいっそう慎重に言葉を選んだ。
「でも、……どれも、新刊で買ったわけじゃない。祖父が戦前訳の古本を持っていたんだ。ヴェルヌも、ウェルズも、江戸川乱歩も、一般書店では売っていない。十九世紀生まれの同志スターリンは、推理小説を『ブルジョア的退廃文学』と批判した」
「そっか」
「そうなんだ」
自由は値の張る貴重品であり、保守に手間のかかる精密機械だ。
〈南〉と〈共和国〉は同じ日本だけれど、海底と月くらい違う。
十九世紀と八〇万年後の世界くらいも離れている。
より自由になるには、より自由な本を読むには、それなりのリスクを背負う必要がある。
「いまので答えになったかな」
「うん。ありがとう」
アンナは安らかな顔で、ほう、とひとつため息をついた。
そのありがとうには、「ここまで話してくれてありがとう」という意味が含まれていた。
ありがとう。
そこまでわたしを信頼してくれてありがとう。
あちこちに盗聴器が仕掛けられ、だれが密告者かもわからないこの国で、内心の一端を開示してくれてありがとう。
ここちよい沈黙。
「家族は何してるの?」
ぼくはなんとなく聞いた。
「いないよ」
「え、一人暮らしなの」
「うん」
「そっか」
ぼくたちは黙りこんだ。
気まずい沈黙。
質問してから、アンナの境遇からしてあまりに無神経な質問であったと悔やんだが、吐いた言葉を呑み込む方法はなかった。
結局、少しだけ気まずいまま、ぼくたちは別れた。
アンナは駐輪場で別れるときにぼくの背中をとーんと叩いて、国営公団の入り口で手をふって、建物に入る前にもう一度ふり返って手をふって、それから灰色の建物の中に消えた。
ぼくはそのあいだ、自転車にまたがったままアンナを見送っていた。
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帰り道、ぼくはアンナについて考えながら自転車をこいだ。
ぼくたちの日本において、住居はすべて国家の所有物であり、国から貸与されるものである。
割り当てられる家の大きさは、表向きは世帯の規模と個別事情に合わせて、公平な審査と抽選の結果で決まるということになっていたけれど、実際は世帯主の党における影響力にも大きく左右されていた。
だから、大きくて快適な家に住める人ほど有力者ということになる。
たとえば、このまえ失脚したとある政治局員は、青葉台の一等地に二〇〇坪の屋敷をかまえ、さらに郊外に広々とした別荘を保有し、専従の管理人までおいていた、と新聞でボロクソに描かれていた。まだ失脚していないお偉いさんも、だいたい似たような事情に違いない。
家の大きさで人間の大きさをはかるのは、西側資本主義の専売特許ではないのだ。
国営住宅の一室を、まるごとひとりで使っている移民の少女。これは、〈共和国〉暫定首都における住居の相場基準に照らし合わせてみれば、ほとんど異常といっていいほどの厚遇であった。
園丘アンナ。
きみはいったい何者なんだ。
節電キャンペーンの一環でついていたり消えていたりしている街灯の下を、ぼくの自転車は走った。
建物のすき間から、ライトアップされた巨人が姿をあらわしたり隠れたりしていた。青葉台に建造されている、青銅製の巨大なレーニン同志像である。
同志レーニンはぼくたち人民に右手を掲げ、左手には分厚い本を抱えている。毎晩日が暮れたあとの同志レーニンは、足元から十二基の強力サーチライトに照らされていた。どんなに電力不足でも、このライトだけはいつも消えない。
以前、祖父から聞かされた言葉を思いだす。
「レーニンさんのライトが消えるときには気を付けろ。いよいよ米帝や〈南〉との戦争が始まるときだ」
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