アリバイ
「そのアリバイ、証明することはできますか?」
城戸が、大峰に尋ねる。
「ええ、出来ますよ。実はね、その篠栗に居ると言った、私の高校時代の同級生は野田という人なんだが、その野田さんとは博多から篠栗まで一緒だったんだ。君には、その野田さんの住所と連絡先を渡しておくよ。しっかり調べてくれ」
大峰は、手帳に彼の高校時代の同級生だという、野田という人物の住所と電話番号走り書きし、一枚破って城戸に渡した。
「他にありませんか?」
「実は、もう一つあるんだ。あれは、戸畑を出て直ぐだったと思うんだが、私がうっかり、切符を買い間違えてね。小倉までの切符を買わなければならないのに、その二、三駅前までの分の切符を誤って購入してしまってたんだ。だから、車掌に言って、乗り越し運賃の精算をしてもらったよ。確か、稲田という車掌だったよ。先生と同じ、稲と言う字が入ってたからよく覚えているんだ」
城戸は、その辺で議員会館を後にした。
その後、彼は再び南条を連れて福岡入りした。大峰のアリバイを証明するためである。
福岡空港に到着した後、彼らは博多駅近くにある博多車掌区を訪ねた。警察手帳を示し、稲田という車掌に会いたいと言ったが、あいにく稲田は、今佐世保へ向かう特急の乗務中だと言われ、夕方に再び訪れることになった。
なので、まず先に篠栗へと向かい、野田という大峰の高校時代の同級生に会うことにした。
博多から篠栗までは、福北ゆたか線の快速で十七分程である。
城戸は、大峰にもらったメモにある住所へと向かった。篠栗駅から徒歩五分ほどで着く距離に、野田の家はあった。
野田は、突然の警察の訪問に、戸惑っている様子だったが、
「どうぞ」
と、中に通してくれた。
ソファに座るなり、野田は、
「刑事さんが、何の御用でしょうか?」
と、城戸に尋ねてきた。
「実は、大峰さんについてお話を聞きに来ました。議員さんの秘書をしていらっしゃる方です」
「はあ、大峰さんなら、最近お会いしましたが、彼がどうかしたんですか?」
「ええ、そのあなたが大峰さんとお会いした時のことについてお尋ねしようと思ってきたんです。八月二日の日、博多駅で彼と会われたそうですね」
「はい、そうですよ。その三日前ほどに、大峰さんから電話があって、仕事で福岡に行く用事があって、そのついでに会いたいと言われたんです。でも、仕事の都合上、篠栗には少ししか滞在できないから、博多駅まで来てくれないかと言われたんです。博多から篠栗まで電車で移動する間にいろいろ話そうじゃないかと言われたんです」
「それで、大峰さんの言われるとおりに博多駅へ向かったのですか?」
「はい、そうですよ。私も大峰さんに話したい事がいっぱいありましたからね」
野田は、微笑しながらそう言った。
「大峰さんは、あなたと一緒に博多九時二七分発快速直方行きに乗られたと思うのですが、間違いありませんか?」
「ええ、間違いありません。それに乗って、篠栗で降りて、駅の近くにある喫茶店に入って少し喋りました」
「大峰さんはその後、篠栗一〇時一七分発の快速直方行きに乗られたそうですが、それも間違いありませんか?」
「間違いありませんよ。直方と折尾で乗り換えて、小倉に向かうと言っていましたから」
「あなたは、一〇時十七分発の直方行きに大峰さんが乗るのを確認されたわけですね?」
「いえ、乗車するのを確認したわけではありません。駅前で別れましたから。でも、その一〇時一七分の直方行きに乗ると言っていましたから、間違いなく乗ったと思いますよ」
城戸と南条は、礼を言って野田の自宅を後にし、時間も下がっていたので、博多車掌区に戻ることにした。
博多車掌区に、その稲田という車掌が居た。
「お忙しいところ、申し訳ありません」
城戸は、そう礼を言って、
「あなたは、八月二日の日、折尾駅を一一時三五分に発車する、四二三〇M列車に乗務しておられましたね?」
と、尋ねた。
「八月二日ですよね。確かにその列車に乗務していました」
「その時、小倉の二、三駅前で乗り越し運賃の精算をした客がいたのを覚えていませんかね?このお客ですが」
城戸は、大峰の顔写真を見せた。
「ああ、そう言えばいた気がします。ちょっと待って下さい、端末を調べればわかりますよ」
そう言って、稲田は奥に消えていった。
三分もしないうちに彼は戻ってきた。
「ええ、確かに、今月二日の十一時五八分頃に乗り越し運賃の精算をした履歴が残っていました。私も、先ほどの男性に、切符を間違って買ってしまったということで対応した覚えがあります。時刻表に照らし合わせると、戸畑と西小倉の間ですね」
稲田は、そう教えてくれた。
城戸と南条は、戸畑署の捜査本部へ向かうことにした。
これで、どうやら大峰のアリバイは成立するようである。
だからと言って、城戸の中の容疑者リストから外れたわけではなかった。いくらアリバイがあるといっても、同じ福岡県内に居たのは偶然であろうか?城戸の答えはノーだった。
しかも、事件が起きたとされる一一時四〇分、大峰は黒崎駅に停車中の快速列車に居たという。黒崎から戸畑とは、目の鼻の先と言っても過言ではない。
あのアリバイには、何かトリックがあるに違いない。城戸は、そう確信していた。
捜査本部に戻るなり、城戸は、大峰のアリバイをホワイトボードに図示した。それが、以下の図である。
「みんな、聞いてくれ」
城戸は、彼の部下たちにそう声を掛けた。
「我々は、稲沢議員による詐欺師二人への口封じとしてこの事件を見ていたわけだが、実行犯として目を付けた稲沢の秘書の大峰にはアリバイがあった。戸畑駅で事件が起きたのは、一一時四〇分だが、大峰が乗った列車が戸畑に到着するのは一一時四十八分。よって、犯行は不可能だ。私と南条君で、この大峰のアリバイを確認してきただが、間違いないことが確認された。しかしね、冷静に考えてみれば、そのアリバイは決して強固じゃない」
城戸は、そう言って、ホワイトボードの図を見る。そして、説明を続けた。
「大峰の証言によれば、博多から篠栗までは彼の高校時代の同級生が同行していたことがわかっている。次に、戸畑から西小倉の間に、車掌に乗り越し運賃の精算を申し出たことも証明されている。しかしね、その間のアリバイは確認されていない」
「つまり、警部が仰いたいのは、篠栗から戸畑までの間に関しては、彼にアリバイはないに等しいという事ですね?」
川上が、言った。
「ああ、その通りだ。この二時間の間を駆使して、戸畑駅に先回りする方法が必ずあるはずだ。それをみんなで検討したいんだ」
すると、門川が、時刻表を手に取った。福北ゆたか線の頁を繰るなり、
「警部。福北ゆたか線は、日中に特急列車などの設定はありません。つまり、大峰が乗ったという快速列車が路線内で最速達の列車となります」
と、報告をした。
「そうなると、福北ゆたか線のみを使っての先回りは不可能だという事だな。だが、北には鹿児島本線があって、そこには日中にも特急ソニックが走っているはずだから、それを使ったに違いないよ」
城戸が、言った。
「しかし、警部。篠栗より先に進んで鹿児島本線に乗り換えるには、折尾まで行ってしまう他方法がありませんよ」
山西は、そう言ったが、城戸はあくまでも冷静に、
「そうだ。だが、敢えて博多方面に戻れば、長者原駅で香椎線に乗り換えることが可能だ。そして、その香椎線で北上すれば、香椎駅で鹿児島本線に乗り換えが可能だろう」
と、答えた。
「警部。香椎駅に停車するソニックは、必ず戸畑に停車しますよ」
南条が、声高に言った。
「ああ、そうなんだよ。だから、そのソニックを使えば、アリバイは崩れそうな気がするんだ。篠栗駅から考えてみようじゃないか」
城戸が、そう言って、時刻表を持っている門川を促した。
「ええ。同級生には、一〇時一七分の快速直方行きに乗ると言って、結局それを逃したとします。次に出る長者原方面の電車は、篠栗一〇時二八分発です。これに乗ると、長者原に一〇時三三分に到着して、一〇時四九分発の香椎線に乗車が可能で、香椎駅到着が一一時一分です」
門川が、時刻表の頁を繰りながらそう言った。
「それで、それ以降の特急ソニックの香椎発はいつだ?」
「香椎一一時二六分発の特急ソニック十九号です。このソニックの戸畑着は、十二時丁度です」
「ダメだったか──」
城戸は、溜息交じりにそう言った。
門川が調べてくれた時刻を、ホワイトボードに書き入れて、以下のようになった。
城戸は、それを眺めながら考える。
彼は、香椎駅での乗り換えのタイムロスのことを考えていた。元々、香椎線はローカル線であるため、長者原駅でも十六分待つ必要があった。そして、香椎駅での待ち時間は、香椎線の本数が少ないうえに、香椎に停車するソニックの本数も少ないので、二十五分も待たなければならなかった。それで合計、四十一分も時間をロスすることになる。
南条も同じことを考えていたようで、
「警部、香椎と戸畑に停車するソニックは、もともと一時間に一本しかありませんよ。すこし、無理があるような気がします」
と、言った。