被害者を訪ねて
「警部、警視庁から被害者のリストが届きました」
南条が、一枚の紙を持って城戸に言った。
「これは、江藤らの詐欺の被害者のうち、福岡県在住の人間の情報をリストにしたものです。リストと言っても、該当するのは二世帯しかありません」
城戸は、南条から紙を受け取って、一通り目を通した。
「よし。本庁には引き続き、住所が福岡になくても、事件当日に福岡に居た人間がいないかどうか引き続き洗うように言ってくれ」
城戸は、部下の門川を連れて、そのリストに該当する人物に会うことにした。
一人目は、加藤淳、信子夫妻。住所は、福岡市東区の香椎になっていた。
城戸と門川は、戸畑駅から特急ソニックを利用して、香椎駅で下車した。三十分ちょっと所要時間であった。
加藤夫妻が住んでいたのは、香椎宮近くのアパートである。白い壁にすこし茶色のシミがあり、年季の入った感じである。
突然の訪問にもかかわらず、妻の方が、城戸達を家に通してくれた。夫の淳は仕事に言っているので留守だという。
お茶を淹れる信子に、城戸が、
「あなた方夫婦は、二年前まで喫茶店を経営しておられましたね?」
「ええ、そうですよ」
お茶を城戸と門川の前に置きながら、そう答える。二人は、揃って礼をした。
「ところが、ある詐欺事件に遭ってしまい、生活は苦しくなってしまったようですね」
「はい。住んでいた家も売り払ってしまわないと、生きていけない有様でした。今は、この賃貸のアパートで貧しく生活を送っていますよ」
信子は、部屋を見回しながら言った。
「その詐欺事件とは、江藤元と中垣誠也という男二人が企てた詐欺事件ですよね?」
これは、門川が尋ねた。
「ええ、その通りです」
「その二人が、戸畑駅で殺されたのはご存知ですか?」
「勿論知っていますよ。なんでも、拳銃で撃たれたそうで──」
「あなた方夫婦は、江藤や中垣のことを恨んでいたんじゃありませんか?」
門川は、ゆっくりとした口調で尋ねた。
「ちょっと待って下さい、刑事さん。私が、詐欺事件の復讐のつもりで江藤や中垣を殺したと仰いたいんですか?」
「単刀直入に言うと、そういうことになりますね」
城戸が、そう言った。
「いいですか、私と主人が、江藤という男と中垣という男を恨んでいるのは間違いありません。それに、法律さえ許してくれるのであれば、あの二人を殺してやりたい。そう思っているのは、まぎれもない事実ですから、否定はしません。ですが、さっきも言った様に、私たちの復讐を法律が許すことはないでしょう。なので、あの二人を実際に殺すことはありませんよ。法に触れると、さらに貧しくなるし、幸せも奪われるだけです。あの犯罪者二人の為に、自分たちの幸せまで捨てませんよ」
信子は、そう強く語った。
「しかし、魔が差してしまった。そこで、八月二日、田中という同じ江藤らの詐欺事件の被害者である男にソニック十五号の切符を渡し、田中が、戸畑駅で事件と鉢合わせになるように仕組んだ。そして、罪を擦り付けようとした。違いますか?」
門川が、彼らの推理をぶつけた。信子は黙っている。
「しかし、残念ながらその様子を、何者かに見られてしまった。その噂を聞きつけた強請りの常習犯の城島が脅してきた。五千万円を要求してね。それで、皿倉山で城島を始末してしまったんじゃありませんか?」
城戸が、門川の推理を続ける。
「同じことをまた言う事になるんですけど、法に触れることがないのなら、刑事さんたちが仰ったように、江藤と中垣という男二人を殺してやりたいですよ。でも、冷静に考えて見て下さい。今頃あの人たちを殺したって、お金が返ってくるわけではないし、ただ刑務所に入るだけだと思いませんか?」
信子が、城戸たちに訊き返した。
「では、田中純一という男についてはご存知ですか?」
門川が、手帳に書き留めた後、信子に訊く。
「いえ、初めて聞く名前です」
「最後に、八月二日の昼頃と、八月五日の早朝のアリバイを証明して頂けませんか?」
城戸が、信子に尋ねる。
「八月二日ですか?その日の昼は、友人とランチに行きましたよ。主人は、今日と同じように職場に居たはずです」
「それを証明できますか?」
「ええ。友人に訊いてみてください。隣のマンションに住んでます」
「では、八月五日の早朝のアリバイはどうです?午前五時頃です」
「私も主人もまだ寝てましたよ」
「証明できますかね?」
「残念ながら、出来ませんね」
信子が言った。
城戸と門川は、隣のマンションまで行って、八月二日に一緒に昼食を取ったという信子の友人を訪ねた。部屋の号室は、事前に信子から聞いていた。
出てきたのは、信子より少し若い見た目の女性だった。
「突然にすいません。八月二日の昼、加藤信子さんと一緒に昼食を取ったのは間違いありませんか?」
城戸は、警察手帳を示しながら質問した。
「ええ、間違いありませんよ」
女は、肯きながらそう答えた。
城戸と門川は、香椎駅へ向かって歩き出した。
途中、踏切が鳴りだし、二人は足を止めた。
「加藤夫妻は、恐らくシロだな」
城戸が、そう呟く。
「確かに、アリバイは完璧でしたよ」
門川が、彼の手帳を見ながら言う・
「それもそうなんだが、彼女の言った様に、この事件があの夫婦の復讐という推理には、いくつか疑問が残るんだよ」
香椎駅を発車した真っ白い電車が、踏切を通過していく。
遮断機が上がり、二人は再び歩き始めた。
「どんな疑問ですか?」
「あの夫婦の場合でも、田中の場合でも共通の事が言えるんだがね。彼らが詐欺事件で被害を受けたタイミングと、今回の事件が起きるまでには大きなずれがある。二、三年経った後に、復讐と思われる事件が起きている。何故、二、三年が経った今のタイミングで事件が起きたのか、私はうまく説明ができない」
「確かに、それもそうですよね──」
「何だか、詐欺事件の被害者による復讐という線は、消えつつあるような気がするよ」
二人は、香椎駅から鹿児島本線で博多へと向かった。そこらか、地下鉄空港線経由で筑肥線に出て、加布里駅で下車した。
今度の被害者は、糸島市の加布里駅近くに住む、一人暮らしの後藤裕也という男性だった。三十代とまだ若い。
彼は、近くの海水浴場でサーフショップを経営していたが、二年程前に江藤らの詐欺に遭う。今は、友人の家に居候をしているという。
城戸と門川が、その家を訪ねると、後藤ではなく彼の友人が出た。
城戸が、後藤の居場所を尋ねると、
「裕也なら、近くの海岸で散歩していますよ」
と、答えてくれた。
国道二〇二号線を少し西に歩くと、真っ青な海が姿を見せる。
その国道のわきに、少し空き地があって、そこで海を眺める男が一人佇んでいた。
「後藤裕也さんですか?」
城戸が、警察手帳を示しながら尋ねた。
「そうですが、刑事さんが私に何の御用ですか?」
「あなたは、サーフショップを経営しておられたようですね?二年前の話ですが」
「ええ、そうですよ。ですが、詐欺に引っかかりましてね。店を経営する余裕なんてなく、今はみじめに友人宅に居候ですよ」
後藤は、そう捨て台詞を吐いた。彼は、静かに揺れる水面を眺めていた。
「実は、その詐欺の首謀者の二人が戸畑駅で殺されたんです」
「ええ、ニュースで知ってびっくりしましたよ」
「単刀直入に質問させていただきますが、八月二日の昼頃、どこで何をしていましたか?」
「つまり、刑事さんは私のアリバイを調べているんですか?そして、私が詐欺師に復讐をしたと言いたいようですね」
後藤が、城戸の目を見ていった。
「ええまあ、つまるところはそういう事ですが──」
「その時間なら、家に居たはずです。同居している私の友人に訊いてもらえれば、刑事さんも納得するはずです」
「八月五日の午前五時頃はどうです?」
「まだ寝ていますよ」
「これも、あなたの友人が証明してれますかね?」
「ええ、してくれるはずですよ」
門川が、手帳へのメモを終わらせると、
「後藤さん、田中純一という男をご存知じゃありませんかね?」
「田中純一ですか?聞いたこたりませんね」
城戸と門川は、後藤が居候をしている家へと戻った。
最初に会った、後藤の友人が再び出た。
「実は、ある殺人事件の捜査で、後藤さんのアリバイを確認する必要があるのでお尋ねしますが、八月二日の昼頃、後藤さんはこの家にいらっしゃったようですが、間違いありませんか?」
その友人は、目線を空に向け少し考えていたが、
「その日は、確かに私と一緒に家に居ましたね」
と、答えた。
「八月五日の午前五時頃はどうですか?」
「朝の五時ですよね?私も裕也もまだ寝ている時間です。だから、布団の中に居たはずですよ」
城戸たちは、礼を言って家を去った。
二人は、加布里駅から福岡空港行きの電車に乗って、博多へと戻ることにした。
「加藤夫妻も、後藤裕也もシロだな」
城戸が、そう呟いた。
「というか、捜査の方針を大きく変える必要がありそうだ。どうも、詐欺事件の被害者による復讐とは考えにくくなった。もっと他の殺害動機がありそうだ」
城戸は、続けてそう言った。
「では、他にどんな殺害動機が考えられますかね?」
門川が、そう城戸に尋ねる。
「そんなんだ。問題はそこなんだよ。他の殺害動機の見当がつかないんだ」
城戸は、腕を組んで考え込んだ。
「警部、仲間割れと言うのはどうですか?あの二人は、誰か他の詐欺師と組んで詐欺を企んでいた。もしくは、実行した。その過程で、争いが起き、殺されてしまった」
「その可能性は、ゼロではないと思う。だから、警視庁の捜査二課に、その線も含めて詳しく調べてもらおう」