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福北ゆたか線 二時間の空白  作者: にちりんシーガイア
第四章
4/12

「君は、城戸警部を覚えているかね?君の元上司だと聞いたんだが──」

 東島が、田中にそう訊いた。

「ええ、勿論。刑事をしているとき、良くしてもらいましたから、はっきり覚えていますよ」

「実はな、その城戸警部が今日ここにいらっしゃるんだ」

「城戸警部がですが?」

 田中は、身を乗り出すような姿勢になった。

「ああ。城戸警部は、君と話がしたいと仰っていたから、私と代わるよ。君のお世話になったであろう城戸警部だ。その城戸警部には、我々に言えなかったような本当のことも正直に話すんだぞ。お世話になった上司を悲しませたくない気持ちもわからんでもないがな」

 東島は、そう釘を刺し、柴崎と共に取調室を去った。

 その代わりに、城戸が取調室へと入り、田中の真正面に座った。

 城戸は、何も喋らずに背広の内ポケットから煙草たばこの箱を取り出す。机の上に置き、田中の方へ箱の口を向け、一本取りだすように促す。

「ありがとうございます」

 田中は、頭を下げながら言った。

 城戸の促す通り、田中は一本煙草を取り出すと、口にくわえた。そこへ、城戸が自分のライターで火を付ける。城戸も煙草をくわえて、ライターで火を付ける。

 二人の吐いた息により、取調室の中は煙が充満し、お互いの顔がかすかに見えるのみとなった。

「まさか、城戸警部がここにいらっしゃったとは思いませんでした」

 煙草の煙もどこかに消え、お互いの顔をはっきりと認識できるようになった時、田中がそう言った。

「こっちだって、まさか君と再会できるとは思わなかったよ。こういう形ではあるがね」

「ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」

 田中は、深々と頭を下げる。

「まあまあ、顔を上げるんだ」

 城戸が、そう声を掛けた。

「私も含めて、捜査一課城戸班の刑事は、君の無実を全員が信じているよ」

「ええ、私は本当に何もしていないんです」

 田中が、身を乗り出すような姿勢で言った。

「勿論だ。私は、君が刑事を辞めた時のことをよく覚えているよ。君は、自分の大事な養父母を守ることができなかった責任感から刑事を辞めたいと、辞表を渡す時に言っていた。そんな、刑事としての責任を背負って辞めていった君が、トカレフで人を三人も射殺してしまうなんて考えられない。君は、絶対に犯人でない、それは私も強く思っている」

「ありがとうございます」

 田中は、深く礼をする。

「だがな、それは残念ながら、私の一個人の感情論に過ぎない。元刑事の君ならわかると思うが、しっかりと証明しなければならない。今は、はっきり言って厳しい状況だ。君には、動機もあるし、事件当時現場にいることもわかっている」

「私は、恐らく罠にハマってしまったんです」

「私もそれは同感だ。ソニック十五号の切符の件だろう?」

「ええ、そうです。あの男がソニック十五号の切符を渡したのは、私をあの事件の時に、戸畑駅に居るようにするためですよ。あの男は、完全に私を狙っていたんですよ」

「しかしね、それに関しても同じく証拠がない。君は、もう一度その切符を渡してきた男の顔を見たらわかるかね?」

「ええ、もう一度見たらわかるはずです」

「それなら、我々が総力を挙げてその男を見つけ出して、何としてでも真犯人を逮捕して君を救ってみせる」

 城戸が、強いまなざしで田中を見る。

「ご迷惑をかけてしまい、本当に申し訳ありません。どうか、宜しくお願いします」

 田中は、何度も頭を下げる。

「それまで、拘留されている間、きついかもしれないが負けるんじゃないぞ」

 城戸が、田中の肩を強く叩いた。

 田中の取り調べを終えて捜査本部に戻ると、東島が思いもよらない情報を手に入れていた。

「城戸警部、皿倉山で殺された男の身元が判明しました」

「何ですって?」

「警視庁捜査二課の方から、連絡があったんです。男の名前は、城島雄二きじまゆうじだと。住まいは東京にあるようです」

「捜査二課からの情報ですか。という事は、何かの事件ヤマ犯人ホシですか」

「ええ、その通りです、警視庁の捜査二課が強請ゆすりの常習犯としてマークしていたようです。あと、彼は弁護士をしていたようですね。東京弁護士会に彼の名前があったのですが、今は資格停止の処分を受けています。強請りの常習犯として、捜査を受けてますからね」

「詐欺師の次は、強請りの常習犯が殺されたわけですか──」

 すると柴崎が、

「やはり、その城島という男は、戸畑駅で江藤らを射殺する田中を見たんですよ。それで、金になると確信した城島が、田中を強請ろうと試みた。しかし、犯人であることの発覚を恐れた田中が、口封じの為に殺したんです」

 と、城戸に向かって言った。

「それに関しては、異論があります」

 城戸が、そう強く言う。

「田中という男は、あなたの元部下ですよね。その元部下をかばう気持ちもわかりますがね。あの脅迫状もありますし、彼が犯人となるのは、避けられないかと」

 東島が、そう言うが、城戸は負けずに反論します。

「東島警部、冷静に考えて見て下さい。あの脅迫状は、何か不自然だと思いませんか?」

「一体、どこが不自然なんですか?」

「犯人が、あの脅迫状を残したことですよ。普通、脅迫状があれば、その宛先である人物が犯人と考えるでしょう。実際、我々は、宛先である田中が犯人ではないかという事で、重要参考人としてですが任意同行してきたんです。東島警部の推理によると、田中は、戸畑駅での犯行が彼によるものだと発覚しない様に城島を殺害したという推理でしたよね?しかし、あの脅迫状を現場に残したんじゃ、その意味が全くありませんよ。そんな馬鹿なことをするでしょうか?」

「それなら簡単ですよ。田中が、脅迫状を持ち去るのを忘れたんですよ」

 東島は、澄ました顔で得意げに言った。が、城戸がすぐさま反論する。

「しかしですね、犯人は城島の所持品をきれいさっぱり持ち去って行ってるんです。それは、被害者の身元をわからないようにするためだと思われます。そんな犯人が、肝心な脅迫状を持ち去るのを忘れるでしょうか?」

「確かに、それはそうですが──」

 東島の表情は苦しくなる。

「私は、あの脅迫状がわざと現場に残されたようにしか思えません」

「わざとと言いますと?」

 柴崎が、訊く。

「ですから、犯人が田中であることを示すために、真犯人がわざと宛先が田中である脅迫状を現場に残したんです。すると、警察が犯人を田中と断定することを計算してです」

 東島と柴崎は、二人共腕を組んだまま黙っている。

「話は戻りますが、最初の戸畑駅での射殺事件も、田中は罠にめられたんだと考えています。先程の、田中の証言にありましたが、彼は博多駅で何者かにソニック十五号の切符を渡されているんです。そのソニック十五号に折尾まで乗り、その後の普通列車で戸畑に向かえば、ちょうどあの事件に鉢合わせになるんですよ。つまり、博多駅で田中に切符を渡した男は、それを計算した上で、田中をソニック十五号に半ば強制的に乗せたんですよ」

 城戸は、続けて主張した。

「しかしですね、城戸警部」

 そう言ったのは、柴崎である。彼は、こう続ける。

「田中が犯人だとすると、もう一つの謎が説明できるんですよ。今回の事件の被害者三人は、全員東京の人間なんです。彼らは、わざわざ東京からこの北九州まで呼び出されたうえで殺されたと思われます。何故、犯人は東京から呼び出したのか?それは、犯人がこの北九州に住んでいるからですよ。戸畑に住む、田中が殺すために呼び出したんです」

「ですから、それが罠なんです。彼に罪を着せようと企む人間の策略ですよ」

 柴崎が、深く溜息をついた。

「それで、城島の足取りはわかっているのですか?」

 城戸がそう訊くと、東島が、彼の手帳を見ながら答えた。

「ええ。実は、八月二日の足取りがよくわかっていないんです。城島は、一人暮らしですから、彼の行動を証明できるものがいないんですよ。そして、八月五日は、羽田から北九州空港行きの便を利用して福岡入りした後、そのまま真っ直ぐ皿倉山展望台へ向かったと思われます。そして、その後直ぐに殺されたのではないかと」

「警部、八月二日に城島が福岡入りしていない可能性もありますが、それはどういう事でしょう?やはり、あの脅迫状はでっち上げですかね?」

 東島の報告を聞いていた門川が、城戸にそう言った。

「確かに、でっち上げの可能性もあるが、そうじゃない可能性もある。城島が、誰かから戸畑駅の射殺事件の噂を聞いたか、金になりそうだと誰かがそそのかしたのかもしれない」

 城戸は、そう答えた後、

「八月五日の彼の足取りによると、やはり犯人に呼び出されて福岡入りしたのは、どうやら確実なようですね」

 と、東島に言った。

「ええ、私も城戸警部と同意見です」

 すると、柴崎が城戸に向かって言った。

「先程の、城戸警部の推理の話に戻りますが、城戸警部は、肝心なことについて仰っていませんよ。田中が犯人でないとして、誰が一体こんな事件を起こしたんですかね?」

 すると、南条が、

「田中と同じ線で行くと、江藤らの詐欺による被害者が考えられますよね」

 と、城戸に言った。

「ああ、その通りだ。本庁に連絡して、江藤らの詐欺の被害者をリストアップするんだ。そして、その中で事件当日、福岡に居た人間がいるかどうか洗うんだ」

 城戸が、そう指示を出すと、彼の部下たちは一斉に動き出した。

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