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福北ゆたか線 二時間の空白  作者: にちりんシーガイア
第二章
2/12

元部下の男

「警部、申し訳ありません」

 南条が、城戸にそうびた時、すでに規制線が張られ、所轄の戸畑警察署から捜査員や鑑識が到着していて、辺りは騒然としていた。

「我々も、今直ぐそちらに向かうよ」

 城戸は、そう言って電話を切り、川上と山西やまにし刑事を連れて、戸畑へと向かう。

 彼らが戸畑に着いた時、昼はもうすでに下がっていた。

 戸畑駅のすぐ近くに、戸畑警察署はあった。捜査本部へ入ると、捜査一課の東島とうじま警部と柴崎しばさき刑事が出迎えてくれた。

「戸畑駅での射殺事件を担当している、戸畑署捜査一課の東島です」

 と、東島が頭を下げる。そして、

「こちら、私の部下の柴崎です」

 と、背の高い東島の横に立っていた、中肉中背の男を紹介した。

「警視庁の城戸です。そして、こちらは私の部下の川上と山西です」

 城戸も、同じように自分と部下の紹介をする。

「城戸警部の事は、南条刑事と門川刑事から聞いております」

 東島が言った。

「まず、遺体の確認をさせてください」

 城戸が言うと、東島が遺体安置室まで案内してくれた。

 遺体の顔を、城戸が持参した江藤と中垣の写真とそれぞれ照らし合わせる。

「我々が追っていた、江藤元と中垣誠也に間違いありません」

 城戸が、そう言うと、

「彼らは、強盗の常習犯だそうですね?」

 と、東島がいた。

「ええ、そうです。そこで、我々が尾行していたのですが、無残に殺されてしまいました」

 城戸達は、遺体安置室を出て、捜査本部へと向かった。

 捜査本部の中には、南条と門川が居た。

「南条、事件について詳しいことを教えてくれないか」

 城戸が、そう声を掛ける。

「わかりました。まず、二人は拳銃で胸を一発ずつ、至近距離で打たれています。鑑識によると、二人とも即死だったようですが、後頭部に傷が見られました。なので恐らく、撃たれる前に何者かに後頭部を殴られ、気絶した状態で射殺されたと思われます」

「凶器の拳銃について詳しいことは?」

「今のところ、わかっているのは、口径こうけい八ミリ程度のトカレフが使用されたという事です。現場付近に居て、大きな銃声は聞こえなかったので、消音器サプレッサーが使用されたかと思われます」

「それで、その凶器はまだ見つかってないんだな?」

「ええ、その通りです。恐らく、犯人が持ち去ったのでしょう」

 次に城戸は、被害者二人の所持品が並べられている長机に目をやった。すると、門川が、

「実は、一つ気になる所持品があるんです」

 と、城戸に言い、所持品の一つを手に取った。

「これは、戸畑駅の自動改札機から回収した切符で、江藤の指紋が付着していることから、彼が所持していた切符と思われます。同じように、中垣の指紋が付着した切符もありました」

 城戸は、その切符を手に取って見た。

 その切符は、特急ソニック十九号の戸畑から小倉までの特急券だった。

「つまり、彼らはこの列車に乗ろうとしたわけだな?」

 城戸が言うと、門川が答える。

「ええ、中垣も同じ切符を持っていたようです」

「しかし、奇妙な話だな。君たちの報告によると、江藤と中垣は、北九州空港からわざわざ小倉駅の近くを通り越して戸畑駅へ向かったんだろう?なのに、戸畑駅から二人は、再び小倉へ向かおうとしていたことになる」

「ええ、ですから気になるんです。こんなことをするなら、真っ直ぐタクシーで小倉駅へ向かう方がいいはずです」

「そのソニック十九号というのは、戸畑駅をいつ発車するんだ?」

「十二時丁度です。我々が戸畑駅に到着したのは、十一時半頃です。時間的に考えると、恐らく彼らは、ソニック十九号に乗るために、東京からこの戸畑駅へと向かったのでしょう」

「君たちに訊きたいんだが、この切符は、戸畑駅に到着した時点で、既に江藤と中垣は所持していたんだな?」

「ええ、事前に購入していたと思われます。この戸畑駅で、切符を買う様子は見られませんでしたから」

「それじゃあ、飛行機のチケットはどうなんだ?江藤と中垣は、羽田から北九州までの搭乗券も、事前に所持していたのか?」

 すると、門川は、目を大きくして答える。

「そう言われれば、彼らは、飛行機に乗る直前に、羽田から北九州までの搭乗券を購入していました。事前に準備したわけではなさそうでした」

「つまり、飛行機の搭乗券は準備せずに、ソニック十九号の特急券だけ準備したのか──」

「それにしても、江藤と中垣は、小倉で何をするつもりだったんでしょう?」

 南条が、疑問を城戸に投げかけた。

「それの事なんだがね、別にあの二人の目的地が小倉だった、という事でもないんじゃないだろうか?」

「それは、どういうことですか?」

「あの特急券を見ると、江藤達の目的地は、小倉であったという印象を受けるが、そうではないんだ。あくまでも私の推測だが、彼らの目的は、小倉へ向かうことでなく、ソニック十九号に乗ることかもしれない」

「それは、どいう事ですか?」

「いいか、私の推測だと、ソニック十九号の切符だけ事前に準備していたことが説明つくんだ。まず、今回江藤と中垣は、何者かとの取引が行われることになっていた。取引をする相手が、場所をソニック十九号の車内、戸畑から小倉を走行中にしようと決めた。そこでその取引相手は、江藤と中垣に取引の場所となる特急の切符を予め送っておいて、東京から戸畑へ移動し、ソニック十九号に乗るように指示したんだ」

「なるほど。しかし問題は、取引の相手となぜ殺されたかですね?」

 聞いていた山西が、城戸に言った。

「何かトラブルがあって、取引の相手に殺されたとは考えられませんか?江藤と中垣は」

 門川が言ったが、

「その可能性は低いと思う。取引の相手は、戸畑より前からソニック十九号に乗っていたと考えるのが普通じゃないか?よって、ソニック十九号が戸畑に到着するより前の犯行は不可能という事になる」

 と、南条が反論した。そこへ、

「犯人は、取引相手でもなくて、また別の第三者ではないでしょうか?何らかの理由で、江藤、中垣とある人物の取引を中止させようとして、二人がソニック十九号に乗る前に射殺してしまったというわけです」

 と、川上が言う。

「確かに、その可能性は十分に高い。が、まだ謎だらけだ。何の取引だったのか、相手は誰なのか、その取引の中止を企むのは何者か、また目的は何か。何一つわかっていない」

「しかし、川上の推論だと、取引の相手は今もどこかで生きていることになりますよ」

 と、門川が言う。

「そうなんだが、手掛かりが皆無だ。今の状況で見つけ出すのは難しい」

 城戸が、苦しい顔でそう言う。

 すると南条が、改まった感じで、

「警部、実はもう一つ気になる事が──」

「今度は何だ?」

「現場に、田中が居ました。田中純一です」

 すると山西が、突然、

「田中純一って、二年前に刑事を辞めた、あいつの事か?」

 と、大声で言った。

「ああ、そうだ。間違いない。警部への報告を終えた後、何気なく野次馬の方を見ていたら、見たことのある顔があって、それが田中純一だったんです」

 南条がそう言う時、城戸は、田中の事を思い出す。

 田中純一とは、二年前まで警視庁捜査一課城戸班に配属されていた刑事である。

 彼は、福岡県で生まれるが、病気と事故で、相次いで両親を奪われる。

 独り身となってしまった彼だが、遠い親戚に、子どもに恵まれない夫婦がいた。その坂上さかがみ夫婦が田中を養子として迎え入れた。

 田中は、養父母である坂上夫婦の元で、たくましく成長する。

 坂上夫婦は、東京都内で居酒屋を経営していた。田中は、自分を拾い、育ててくれた坂上夫婦への恩返しをする思いで、居酒屋を手伝った。

 その傍ら、田中は、両親が健在の頃からの夢であった、警察官になるため、一生懸命勉強をした。その結果、晴れて警視庁捜査一課の刑事となれた。

 坂上夫婦は、そんな田中を実の息子の様に誇らしげに思っていた。

 ある日、坂上夫婦のもとに、巨額の融資の情報がもたらされる。店の敷地の増幅を考えていた坂上夫婦は、その融資を受けることにした。

 しかし、それが詐欺だった。これは後からわかったことではあるが、詐欺の首謀者は、江藤と中垣である。

 その後、その詐欺事件を受けて生活が困窮し、融資を受けることを決めた責任感から、坂上夫婦は自ら命を絶ってしまった。

 田中は、自分の大事な養父母さえ守ることができずに警察官としての職務を全うするのは不可能であるという責任から、城戸に辞表を出した。

 城戸は、辞表の受理を拒んだ。警察官になるため、必死に勉強していただけに、優秀な刑事であったからだ。

 しかし、田中の背負っていた責任感と言うのが、並々ならぬものではないことが、日に日に城戸もわかった。そこで、城戸は辞表を受理した。

「しかし、ただ現場に居ただけなんだろう?それで犯人と断定するのは少し無理があるよ」

 と、城戸が言った。すると、山西がそれに同調して、

「しかも、仮に田中が詐欺師二人に復讐をしたとしても、実際に事件に遭ってから今までの二年間、彼はいったい何をしていたのでしょうか?そういう疑問が出てきます」

 と、言った。

 城戸は、田中が犯人であるはずではないと強く確信していた。

 自分の大事な養父母を失い、その養父母を守り切れなかったという責任感で警察を辞めた男である。それほど、刑事という仕事に誇りを持っていたのだろう。

 そんな男が、この白昼はくちゅうに堂々と、人を射殺するだろうか? 

 城戸は、田中が辞表を出す際のいさぎよく、清々しい顔を思い浮かべながら、そんなことはないと確信する。

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