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福北ゆたか線 二時間の空白  作者: にちりんシーガイア
第十章
10/12

釈放

「先程と同じように、篠栗一〇時二八分発の福北ゆたか線に乗って、博多一〇時四七分着だとします」

 山西が、そう説明を始めた。

「すると、博多一一時四分発のこだま七四〇号に乗ることができ、それは小倉に一一時二〇分に到着します」

「小倉から戸畑に戻る、鹿児島本線下りの列車を調べてくれ」

 城戸が、山西に言った。

「はい。新幹線を降りて、在来線ホームに急いで、一一時二分発の鹿児島本線下りの区間快速に乗ることができます。その列車の戸畑到着は、一一時三〇分ですよ」

「よし、これでアリバイは崩れたな。その後、戸畑駅に呼び寄せておいた江藤と中垣を射殺し、一一時四八分発の鹿児島本線上りに乗ったわけだ。大峰に犯行は可能だよ」

挿絵(By みてみん)

「しかし、警部。これで田中は釈放できるでしょうか?彼が、この経路で先回りをしたことを証明するのは、かなり難しいと思われますが──」

 川上が、心配そうに言ったが、

「大丈夫だ、それについては考えがある」

 城戸は、そう言って席を立ち、捜査本部を後にした。

 彼が向かったのは、取調室である。参考人として留置されている田中に会いに行ったのだ。

「田中、大丈夫か?」

 城戸が、まずそう声を掛ける。

「ええ、大丈夫です」

「今日は、君に協力してほしい事があるんだ」

「何でしょうか?」

「この写真を見てくれ」

 城戸は、そう言って大峰の顔写真を田中に見せた。

「この男なんだが、君にソニック十五号の切符を渡した男ではないかと思うんだが、どうかね?」

 田中は、じっくりとその写真を見ていたが、

「いや、この男ではなかったですね」

 と、答えた。

「では、この男か?」

 城戸は、次に島の顔写真を見せる。

 すると、田中はその写真を手に取って見た。

「警部、この男です。間違いありませんよ!」

「そうか。よし、これで君の容疑を晴らすことができそうだ」

 城戸は、笑顔を見せて言った。

「一体、何者なんですか?こいつは」

「この男は、島といって、衆議院の稲沢議員の元秘書だ」

「稲沢議員というと、次期首相とも噂される、改憲平和党の党首ですよね?」

「ああ、そうだ」

「そんな大物が、この事件に関わっているんですか?」

 田中は、目を大きくして城戸に尋ねる。

「ああ、そうなんだ。まだ、真実を掴めているわけではないんだが、この稲沢議員の不正献金疑惑を君は覚えているかね?」

「ええ、一時期ワイドショーなんかでしつこいぐらい取り上げられていましたよね」

「ああ、その通りだ。で、その不正献金と言うのは、どうも江藤と中垣から流れていたようだ。つまり、政治家の稲沢と詐欺師の江藤、中垣が癒着していたわけだ」

「つまり、今回の事件は、稲沢による口封じということでしょうか?」

「ああ、我々はそう見ている。だがね、先ほども言った通り、残念ながら確かな証拠が乏しい状況だ。そして、相手が大物政治家で、失敗は許されないんだ。そこで、君の協力が必要なんだ」

「私のできる事なら、何でも言ってください」

「まず、私から所轄を説得して、君を釈放してもらう。その後、君に大峰という男に電話をかけてほしいんだ」

「何と言えばいいんでしょう?」

「お前らの悪事をこっちはすべて知っている。それを世間に知られたくないのなら、金を用意するんだ。そう脅してくれればいい。すると、向こうは必ず君を殺しに来る。そこを、我々が殺人未遂の現行犯で逮捕する」

「場所を指定した方がいいですよね?」

「もちろんだ。金を受け取る場所を必ず相手に言ってほしい。場所は、どこでも構わない」

「では、平尾台ひらおだいでもいいですか?私の養父母によく連れて行ってもらった思い出の場所なんです」

「平尾台だな。分かった」

「私は、釈放されたら、警部が先ほど仰ったことを大峰という男に電話で言えばいいんですね?」

「ああ、その通りだ。大峰という男の連絡先はあとで教えるよ」

 そう言って、城戸は立ち上がった。

 彼が、ドアノブに手を掛けた時、城戸は、振り返ってから、

「捜査一課の城戸班の一員として、頼んだぞ」

 と、言って、取調室を去った。

 城戸は、再び捜査本部に戻って、柴崎に田中の釈放を要望した。

「柴崎警部、実は、大峰のアリバイを崩すことに成功し、彼が犯人であることはどうも間違いない様なのですが、肝心の証拠を挙げることが非常に困難になると思われます。そこで、田中純一を釈放していただいて、泳がせてみたいんです」

 城戸は、柴崎の目を見ながら、訴えるようにしていった。

「大峰が犯行に及んだという証拠と、田中純一の釈放が、何か関係ありますか?」

「いえ、そうではないんです。大峰は、田中を生かしておくとは思えないんです」

「それは、違うんじゃありませんか?大峰は、田中を犯人に仕立て上げて、このまま逮捕されることを望んでいるんでしょう?城戸警部の仰るように、大峰によって田中が他殺されたとなると、警察が、田中以外の犯人がいると考えるのは、大峰もわかるはずです。よって、田中に手を出すことはしないでしょう」

「もちろん、柴崎警部の仰る通りです。しかし、田中は、犯人側と接触しています。ソニック十五号の切符です。田中本人に確認したところ、彼は、島という稲沢の元秘書の男から切符を受け取ったことがわかりました」

「だからと言って、口封じをしようとすると、田中が犯人でないことになってしまいますよ」

「ええ、ですから、大峰は自殺に見せかけて田中を殺害すると思うんです。そして、警察が容疑者死亡で捜査を中断し、事件をうやむやにするつもりだろうと考えています」

「なるほど」

 柴崎は、肯いた。

「本題に入りますが、田中を釈放し、彼を我々が尾行します。そこへ、口封じの為に大峰が自殺に見せかけて殺害しようとするんです。そこを、殺人未遂の現行犯で逮捕します」

「城戸警部、それじゃあまるで、おとり捜査じゃないですか」

「ええ、そういうことになります。なので、我々単独でやらせていただきます」

「しかし、相手はあの稲沢議員です。危険すぎではないですか?」

「決して迷惑は掛けません。それに、私はこの覚悟です」

 城戸は、背広の内側から、辞表を少し見せて言った。

「なので、田中純一の釈放だけして頂きたいのです。その後は、すべて我々がやります」

 城戸は、柴崎に頭を下げた。

「殺人未遂で逮捕した後、大峰を落とせるんですか?」

「その責任も、我々が持ちます」

「わかりました。取り敢えず、釈放だけして泳がせてみましょう。その後は、全て城戸警部にお任せという事で、本当によろしいんですか?」

「ええ、それで結構です」

 すると、柴崎は立ち止まったが、

「ちょっと待って下さい」

 と、城戸が言った。

「田中の釈放を、マスコミに大々的に発表してほしいんです。大峰が気付かなければ、意味がありませんから」

「わかりました」

 柴崎は、そう言って、捜査本部を去った。

 翌朝、約束通り田中純一は釈放された。

 城戸は、戸畑署の近くの喫茶店で田中と会うことにした。

「大峰には、この紙に書いてあるように言えばいい。落ち着いて頼むよ」

 城戸が、田中に紙切れを渡す。

 田中は、一呼吸おいてから、彼の携帯を耳に当てる。少し、緊張した面持ちだった。

「もしもし、大峰だが」

 電話の向こうで、男が言った。

「もしもし、稲沢議員の秘書の大峰さんですね?」

 田中が、ゆっくりと言う。

「ああ、そうだが、ご用件は?」

「江藤と中垣という詐欺師を殺したのは、お前の仕業か?」

「いきなり訳のわからんことを言いよって。お前は何者かね?」

「あんた達の悪事を知る者だ。稲沢議員と殺された詐欺師は癒着があったらしいな。しかし、そんなことが世間にバレてしまったらまずいもんだから、お前が口を封じてしまったんだろ?そんなことぐらい、何でもわかるんだよ」

「私にはアリバイがある。いつまでそんな訳の分からんことを言い続けるのかね?」

「これは、噂なんだが、警察はもうお前さんのアリバイを崩したそうだよ。もう、時間の問題だと思うがね」

「お、おい、それはホントか?でも、大丈夫だ。殺人の直接的な証拠はないはずだよ」

 田中には、電話口ではあったが、大峰が焦っているのがよく分かった。

「しかし、今、この俺が警察に密告したらどうだろうか?警察は、お前さんを逮捕しあがってるはずだ。例えば、こだま七四〇号でお前さんを見たと密告すれば、お前は即手錠を掛けられる羽目になるだろうね」

 田中は、少し笑ってみせた。

「それで、君の目的は一体なんだね?」

 大峰は、語気を鋭くした。

「金に決まってんだろ。金だよ」

「いくら払えばいいのか?」

「まあ、ここは、あの城島という強請りの常習犯と同じく、五千万で手を打とう」

「五千万払ったら、今のことを黙っておいてくれるのかね?」

「ええ、その通りだ。もし払わなかったら、警察に密告して、お前さんは警察行きだ」

「そして、いつどこで払えばいいのかね」

「明日の正午、福岡の平尾台というところの三笠みかさ台で待ってるよ」

「そこに五千万円を持っていけば、警察に今の事は黙っていてくれるのか?」

「ああ、その通りだ。それを渡してくれれば、お前さんたちの邪魔をすることはないよ」

 田中は、そう言って電話を切った。

「よし、よくやったぞ。これで明日の正午を待つのみだ。君には悪いが、今約束した通り、明日の正午に平尾台の南展望台に行ってくれないか?もちろん、周辺に私の部下を配置しておく」

「ええ、全然構いませんよ」

 田中は、肯いた。

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