神楽島 上陸
潮の香りがした。
と言ってもそんな匂いはとっくの前に感じている筈だった。
本土から船に乗って約6時間といった所だろうか。
海を見据えても当然本土なんか見えなかった。
僕の生まれ育った愛すべき大地は遥か彼方の地平線の向こう側なんだろう。
いや、実際はそんな遠くはない筈なんだけどね。
まず船で6時間程度では遥か彼方の地平線の向こう側なんて地点には到達する訳が無いだろう。
そんな関係の無いことを考えながら船に揺られる。
そして視線を正面に戻す。
正面に映るのはニット帽を深く被った少女。
と言っても僕も色は違えどニット帽を被り同じファッションであった。
特に話すことは無いが、目の前の少女はただ仏頂面で僕のことをずっと睨んでいるのだった。
というか彼女は少なくとも僕が知っている限りでは一度も笑った事はないんじゃないだろうか。
だからいつも僕はせめて彼女の仏頂面に対抗するように微笑み返すのである。
すると彼女は何を思ったのか被っていたニット帽を脱いだ。
それが何を意味するかは重々理解しているはずなのに。
「お前! …馬鹿!」
咄嗟に僕は彼女に覆いかぶさり彼女の髪の毛を外に晒さないようにした。
すぐにニット帽をもう一度被せようと脱いだニット帽を探す。
すると少し先の床に落ちていた。
コイツ…投げやがった…。
仕方ないので膝掛けを彼女の頭に被せ、急いでニット帽を拾い上げ、再び被らせたので事なきを得た。
幸い周りに人は居なかった。
まあ、そもそも人が居ないことを確認した上でわざわざ船の甲板に出たのだ。
それが功を奏したと言えよう。
「ちっ…」
彼女は不満げに僕を見据える。
「いやいや、お前何考えてるんだよ。人に見られたらタダじゃ済まないんだからな」
「…別に見られたところでそいつらを皆殺しにすれば無かったことになる」
「いや、だからそういうのは禁止だって言っただろ。そもそもお前はそうやって…」
「うるさい! 黙れ!」
「…」
まあ、これ以上言ってもあまり効果はなさそうだから辞めておこう。
反抗期と言うやつなのだろうか。
単純に嫌われてるのかもしれない。
しかし実際問題彼女の銀髪が風に晒されることはなかった事だし、一件落着だと勝手に自分の中で納得をした。
また彼女がニット帽を脱ぎ始めるなんてことがあったならその時は全力で止めればいいし、最悪解決策はない訳じゃない。(まあ、その解決策が目撃者皆殺しな訳だが)
「でもやっぱ人殺しは良くないよなあ…」
別に誰に言う訳でもなく、僕はただそう呟いた。
するとアナウンスが入る。
どうやら目的地に着いたようだった。
「っと、おい、着いたぞ」
「…」
おう、睨まれてる。
凄い睨まれてる。
笑ったら絶対可愛いとおもうのになあ。
せっかくの美人が勿体ない。
そして同時に美人がそう言った敵意剥き出しの形相をすると結構怖いものである。
「あーそれじゃぁ後でアイスでも奢るからそれで機嫌を直してはくれないか?」
そして元の仏頂面に戻るのであった。
どうやらお許しを頂けたようだった。
船から降りる。
おり場で船の従業員らしきおじさんに声をかけられた。
いや、この場合声をかけられてしまったとでも言うべきだろう。
とにかくそれは非常に望ましいことでは無い。
「ちょっと君達。未成年? 兄妹かな? どうしたの? 御両親は?」
「…えーっとまあ」
後ろを見ると彼女はとっくに戦闘態勢を取っていた"。
いや、勘弁してくれ。
こんな所で血が流れるのは不本意だ。
こうなったら仕方が無いだろう。
僕は言うならば身分証明書のようなものをおじさんに見せて、そして僕のニット帽を外した。
完全におじさんは停止する。
「いや、まあーそういうことなんですよ要するに僕達は」
「あ…まさか…あ、あんたらは…」
「いや、大丈夫です。別に僕らは貴方に危害を加えようとかそういう物騒な事は一切するつもりは無いので安心してくださいよ。なんなら彼女の方も帽子外した方がいいですか?」
「いや…結構だよ。さっさと消えてくれ」
「…ご親切にどうも」
僕は帽子を被り直して船着場を後にした。
「おい、ずっと思っていたがこの帽子は気に入らない。髪が乱れるし、おまけにダサい」
そんな事を彼女は言った。
するとプシュンと可愛らしい音を立ててクシャミをした。
「知ってる? その帽子は髪の毛を隠すだけじゃなくて防寒用品なんだ」
「…実戦では実用性がある事を認めてやる」
そうして僕らはこの物語の始まりの地。
いわば新天地であり、これから暮らす島、神楽島に足を踏み入れたのであった。
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