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旅は道連れ

作者: 岸和歌子

 GPSを起動させたスマートホンを見つめながら歩いていると、駅前から少し離れた商店街を抜け、急に静かになった。人通りもぐっと少なくなる。

 歩きスマホは危ないと分かっているが、方向音痴の私にとってGPSは心強い味方だ。特に初めての土地を歩くとき、どうしても手放せなくなる。


乗車していた電車が人身事故のせいで止まって、一時間は動かないらしい。イヤホンから流れてくる音楽と車内の喧騒をかき分けて耳に届いた情報に、私はすぐさま席を立ち電車を降りた。止まっていたのが調布だったため、前から気になっていた深大寺へ行ってみようと思ったのだ。


人の少なさと道の細さに心配になって地図を見つめるが、道は合っているようだ。危うく目的地と間違えそうになった神社の横を通り過ぎ、ただ黙々と歩く。道は細くなったり太くなったり、住宅街や木々の間を通り抜け、GPSを信じて歩き続ける。実際のところ、私にはこれがとても楽しい。今は六月初旬、少し早いような気もする風鈴のかん、かん、というゆったりした音に耳を傾けていると、突如声をかけられた。

「信号、青ですよ」

見ると、青になっている。自分の世界に入り込んでいた。

「ありがとうございます。」

 お礼を言い、軽く会釈するとまた歩き出す。

 通りに建っているマンションのつつじの咲く塀に貼られた「この場所に腰かけられて困っています」という注意するでもなく困っているだけの張り紙や、大きな家の門にかかっている「猛犬注意」の札に気をとられつつ、少し汗ばんできたな、なんて考えているとまた声をかけられた。

「深大寺ですか?」

「……え?」

またもや入り込んでいた自分の世界から戻ってきてぼんやりと声の方を見ると、先ほど青信号を教えてくれた男性だ。

「あっ急にすみません。えっと、深大寺、向かってるのかなって」

同年代くらいに見えるその男性は、ちょっと焦った様子でそう言った。

「ああ、はいそうです。じんだいじ、って読むんですね。しんだいじって読んでました、私」

だからスマホで検索したとき変換できなかったのか、と一人納得しながらそう言うと、落ち着きを取り戻したらしい彼は人懐っこい笑みを見せた。年下かもしれないな、となんとなく思う。

「俺も深大寺行くんです、でもちょっと道に自信なくて」

「ふふ、私もです。だから駅からGPSとにらめっこで」

 苦笑混じりにそう返すと、GPS……その手があったが……なんてぶつぶ呟きながら紫色のスマートホンを取り出し、かと思うと困ったように顔をしかめている。表情豊かなその様子は、やはり自分より年下なのではないかと思われる。

「もしかして充電切れてました? 充電器使いますか、私まだ76%もあるので」

「うわーいいんですか?ありがとうございます!助かります、充電切れてるとなんか落ち着かなくて」

 充電器を差し出し、充電開始のランプが光ったのを見て深大寺に向かって歩き出す。なりゆきで並んで歩き出したもののなんとなく気恥ずかしいような気がして黙々と歩いていると、深大寺まで500mの立て札が目に入った。

「「……あ、深大寺、500m」」

 まったく同じテンポで二人同時に呟いて、顔を見合わせて笑った。

「なんか俺、知らない女の子に話しかけちゃったーって急に恥ずかしくなって、何話せばいいか分かんなくなって」

「私も。知らない男の人と並んじゃった、どうしようって思ってました」

気まずい思いをお互い暴露してすっきりしたところに気持ちのいい風が吹いて空気が柔らかくなる。どちらからともなくぽつぽつと話し始め、今日出会ったばかりの二人は深大寺へと一緒に足を運ぶ。

「今日はどうして深大寺に?……私は電車が止まったから、たまたまなんですけど」

「俺もです。大学行く途中で電車止まっちゃって」

「じゃあきっと同じ電車ですね。私は、大学院行く途中でした」

 やっぱり年下か、と納得しながらそう言うと、彼はとても驚いたように叫んだ。

「ええっ大学院?すみません、てっきり俺、自分の方が上だとばっかり……大学三年なんですけど」

「私も自分が年上だと思ってましたよ。私が当たりですね!」

 そう言って笑ったところで、鬼太郎茶屋が見えてきた。と思ったのも束の間、月曜日は定休日らしく閉まっている。

「お店、どこも閉まってますね……」

 心底残念そうに言う彼を見てつい可愛いな、なんて思ってしまう。

「でも紫陽花すごく綺麗ですよ……色んな種類があるんですね~」

 実際、紫陽花はとても綺麗に咲いていた。梅、桜、と季節ごとに毎年花見をしているが紫陽花をこんなにじっくりと見るのは初めてかもしれない。これだけでも来てよかったと思える。

「確かに。紫陽花ってじっくり見たの俺初めてかもしれないです。とか言いつつ今は真正面に見えてる深大寺の入り口が気になっちゃってるんですけどね」

 そう言って照れくさそうに笑いながら入り口の方に目を向ける。つられて私もそちらを向くとどちらともなく歩き出した。ほとんどの店が閉まっている中を通り抜け、階段を上る。そしてついに深大寺の本堂が見えた。

「「ゴール」」

 思わず小さい声で呟くと隣で同じように呟いていて、二人分の声は静かな境内に響いて意外と大きく聞こえる。少し恥ずかしい。

「結構かぶりますね」

 笑いながらそう言ってきた彼も少し恥ずかしそうで、恥ずかしいのが一人じゃないならいいか、なんて思う。


深大寺は静かだった。きっとほとんどのお店が定休日なことも関係するのだろう、訪れている人は私たちの他に数人しかおらず、自然と私たちも静かになる。静かに黙ったまま、三種類もあるおみくじや絵馬、香炉、蝶の幼虫や境内に生えている木々を見て回って静かに階段を下りた。

「なんか静かで緊張しましたね」

 一番下まで階段を下りたところでふーっと長い息を吐き出してから彼は言う。

「ですね。お寺独特の空気で」

「やっぱりありますよね、寺とかの雰囲気」

 行きとは違って慣れてきた二人は口数も増えてGPSだけを旅のお供に歩いていた当初からは考えられないほど賑やかな道中になる。これはこれでいいかも、なんて思いながら歩いているともう商店街の入り口にさしかかる。もうすぐ駅だ。知らない道を黙って歩くのと一度歩いた道を喋りながら歩くのとでは体感時間がこんなにも違うらしい。

「もうすぐ駅ですね。あー大学行かないと」

「私も。院の授業出ないと」

「えっと、このあと何駅まで行くんですか?」

 私がある駅を答えると、彼は目を丸くして少し興奮したように続ける。

「俺も同じですよ!今日の授業十八時くらいで終わるんですけど、あの、もし時間とか合ったら飲みに行ったりしませんか迷惑でなければ」

 途中からとても早口になったそのお誘いに私は一瞬驚いて、それから微笑んで言った。

「ぜひ。今日の旅のお話とか、もっとしたいです」


電車はもう運転を再開していた。

深大寺恋愛小説に応募させていただきました。

落選しましたが、せっかく深大寺まで行って書いたため投稿いたします。

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