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第93話 一手損の攻防


 エリンとロズリアの二人を連れ、早速街の中央にあるホテルへと向かう。

 階段を駆け上り五階へ。ネメの気配があった部屋へと一直線に走っていると、廊下に人影が。


 そこにいたのはレイファとソフィー、そしてギルベルトと呼ばれた神官兵士の男であった。


「あら、こんばんは。どうしたのかしら、そんなに息を切らして」


 白々しいレイファの挨拶。一発でわかった。こいつは黒だ。ネメの失踪に関与しているのは間違いない。


「どうしたも何も――」


「まるで、パーティーメンバーの誰かがいなくなったみたいな焦り方ね」


「……くっ」


 絶対わかって言ってやがる。みたいも何も、お前らが監禁しているんだろう。


「御託はいいわ。さっさとネメを解放しなさい。さもないと容赦しないわよ」


 杖を正面に構え、魔力を練り上げるエリン。いつでもスペルを発動できるぞという強気の姿勢を見せていく。

 いきなりの武力行使を物怖じしない性格。正直喧嘩っ早いって思うことも多かったが、こういう状況だと頼もしいのも事実だ。


 エリンにとっては相手が王女であろうとなんであろうと、関係ないらしい。

 ソフィーが割って入ろうとするのを、レイファは手で払った。


「物騒ね。幻の七賢者さんも。でも、一体なんで怒っているのかわからないのだけど?」


「だから、ネメを返しなさいって言っているの!」


「ネメ・パージンだったっけ? 貴方のパーティーメンバーの。その方がどうかしたのかしら?」


「どうかしたも何もここにいるのはわかっているのよ! さっさと出しなさいよ!」


「酷いものね。いきなりやってきたと思ったら、疑いをかけてきて。何の根拠があって言っているのかしら」


「しらばっくれないで! ノートの《索敵》とやらでわかっているんだから」


「そのようなことを言われても。本当に《索敵》とやらで見つけることができるのかしら? そちらの勘違いなのでは?」


 挑戦的で不敵な笑みを浮かべるレイファ。

 エリンの杖を握る力が強まる。


「そんな屁理屈はいらないのよ。ネメがいるかどうか確かめさせなさい」


「いやよ。部屋が片付いていないもの。誰だって綺麗にしていない部屋に人をあげたくないでしょ?」


「白々しい嘘をっ!」


「もしかして嘘を吐いているのは貴方達なのでは? パーティーメンバーを探すという口実で私の部屋に入って、部屋にある金や宝を盗む。いかにも金のない冒険者がやりそうなことではないかしら」


「馬鹿にして! いいわよっ! やってやる! 王女だかなんだかわからないけど、私が攻撃しないと思っているんでしょ! そんなものにビビるほど、私は甘くないわよ!」


 杖の先端に込められた魔力が収束していく。


 エリンは本気だ。本気でスペルをぶっ放すつもりだ。

 冗談なんかではない。そのことを目の前の王女達は感じ取っているだろうか?


 レイファに目を向けると、彼女は口角を上げて傍観しているのみであった。


「ちょっと待ってください!」


 手を広げたロズリアがエリンの前に立ちはだかる。

 射線を妨害されたエリンは咄嗟にスペルの発動をキャンセルして怒鳴る。


「邪魔よ! そこの女ぶっ倒せないじゃない!」


「これは罠です。エリンさん、落ち着いてください」


「何が罠よ。ぶっ倒せばそこで終わりじゃない!」


「だから、ぶっ倒してはいけないんですよ。ノートくんも見てないでエリンさんを止めてください!」


「とりあえずエリン、クールダウンして」


「クールダウンなんてできる状況じゃないじゃない! 仲間が捕らえられているのよ! 喧嘩売られてるのよ! じっとしていられるわけないじゃない!」


「そうだけど! 一旦、ロズリアの話も聞こう! 罠ってどういうこと?」


 グイグイと詰め寄ろうとするエリンの肩を掴んで止めながら、ロズリアに尋ねる。


「そこのレイファって人はわたくし達を怒らせるためにあんなふざけた態度を取っているんですよ」


 ロズリアは視線を頭上の方に向けながら言う。


「貴族の人とか王族とか、そういった権力を持っている人が謀略に使う手の一種なんですけどね。自分より身分が低い人を始末したい場合、わざと相手を怒らせるんです。そして、相手に手を出させる。そうしたら、大義名分ができます。あとは手を出したことを罪に問えばいいだけです。いくら自分より身分が低い相手だからって、冤罪で捕らえるのは難しいですからね。でも、その罪が冤罪じゃないとすれば話は別になりますから」


 そう言って、ロズリアはエリンに背を向けると、レイファの方に向き直った。


「レイファ様はノートくんをパーティーに入れたいんですよね? それなら一見ネメさんを攫うという行為は、ノートくんの反感を買う悪手のように思えます。ですけど、先ほど言ったような手を使うつもりなら、上手な手です。ノートくんに強行手段に出るよう促して、罪に問う。王女への殺人未遂とあらば、かなりの重罪でしょう。最悪の場合、一生牢獄から出てこられないということもあります。そこで司法取引をし、懲役から解放する代わりにパーティーに加入させる。思い描いていたのは、そんな手でしょうか?」


「へぇ……貴方のパーティーにも頭の回る人物はいたみたいね」


「踏んできた場数が違いますから」


 目を光らせて答えるロズリア。

 最後の言葉の意味はよくわからなかったが、彼女がいて助かった。

 もしロズリアが止めなければ、たちまち俺達は詰んでいた。


「というわけで、エリンさんも落ち着いてください」


「……っ。わかった、けどっ……」


「エリンさんが捕まるようなことになったら、ノートくんは必ず取引に応じてしまうでしょう。迷惑をかけたいんですか?」


「かけたいわけないじゃない! わかったわよ! 手は出さないから」


 エリンは頭を振りながら髪を掻きむしる。深呼吸して気持ちを落ち着かせていた。


「あら、一番落としやすそうだったのに……」


「誰が一番落としやすそうよ! このクソ王女!」


「エリンさん、さっき言ったこと覚えてます? 落ち着いてください。そうやってすぐに噛みつくから落としやすそうとか言われるんですよ」


「わかっているわよ! これは条件反射みたいなものよ!」


 なんていう条件反射だよと呆れる気持ちもあったが、ロズリアが止めてくれている分、エリンのことは心配しなくていいだろう。

 あとはネメの安否である。


「王女様。ネメは無事なんですか?」


「無事なのでは? そちらが大人しくしていれば、問題なく家に帰ることができるのではないかしら。もちろん私は監禁などしていないので、仮定の話だけれども」


 あくまでも形式上はしらを切るらしい。レイファのもったいぶった言い回しが鼻につく。

 だけど、ここで頭に血が上ったら負けだ。それこそレイファの思い通りになってしまう。

 冷静になるよう努めて、口を開いた。


「どうしたらネメを返してくれますか?」


「言われないとわからないの? 私の要求はただ一つだけ。貴方がパーティーに入ること、それだけよ」


「それは無理って言ったじゃありませんか」


「だったら、お仲間は帰ってこないってことね」


「……っ」


 レイファの打った一手は狡猾だが、とても効果的な一手だ。

 力に訴えかけても駄目。だからといって、人質を捕らえられている状況を見過ごすわけにはいかない。

 まさに八方塞がり。完全に詰んでいる状況だ。


 憲兵でも呼んで、強引にレイファの部屋へと押し入るか。

 いや、不可能だ。レイファだって、こちらがそういう手を思いつかないわけがないと考えているはずだ。


 それでも彼女が自信満々にしらを切っているということは、憲兵を手中に収めているということだろう。

 俺達がいくら騒いだところで、憲兵は動かない。


 要するに一般人である俺達だけで対処しなければならないということだ。

 しかし、武力に訴えかけた瞬間、一般人である俺達はお縄についてしまう。

 この状況で打てる手は残されていなかった。


「王女様、もし俺がパーティーに入ると言ったらネメは返してもらえるんですか?」


「ふぅん、やっとその気になったのね。物分かりのいい人は嫌いじゃないわよ」


「ちょっと、ノート!」


「少し静かにしてて」


 食ってかかろうとしてくるエリンを手で制止して、続ける。


「返してもらえるか訊いているんです」


「もちろん返すわよ。無事に傷一つなく」


「信用できないんですけど」 


「その辺りは信用してもらうしかないわね。言っておくけど、私は自分に恩恵をもたらす人間には、それなりの慈悲を持って応えるようにしているの。王の器たるべき人間として」


「じゃあ、仮に俺がパーティーに入ると言って、ネメを返してもらった瞬間に約束を破ったら?」


「私に害をもたらす人間には、慈悲を与えないと決めているわ。それを聞いても約束を破りたい?」


 そう口にする彼女はどこか悪魔めいて見えた。

 残忍な思考回路と、手段を選ばない性格。そして、どんな手段をも行使できる程の権力。


 やはりレイファ・サザンドールという人間は危険だ。

 決して、気を抜いて対峙していい相手ではなかった。


 武力行使によって監禁されてなお、俺はレイファという人間の善性を信じていた節はあった。

 どんな手段を用いるといっても、一線は越えない人間だと。

 だけど、その考えは間違っていた。


 相手は実の姉への暗殺を企てるような非道な人間なのだ。彼女にとって、俺や俺の仲間を殺すことだって造作もない。

 エリンやロズリア、ネメにフォースとせっかく集まってくれたのに。俺のせいですべてが終わってしまう。そんなのは許せなかった。


「王女様。一週間ください。そこで答えを出すことにします」


「一週間? お仲間が捕らえられているのに悠長ね」


「今、パーティーのリーダーが街の外にいるんです。俺の一存でパーティーを抜けることはできませんから」


「まあ、そうね。いいでしょう。一週間だけ待ってあげる」


「その間ネメは――」


「もちろん返ってくるわけないでしょ」


「っ……」


「もちろん丁重に扱うわよ。傷をつける気もないし、不自由なく部屋の中で過ごさせてあげる。逃げ出さない限りという条件付きだけれども」


「わかりました。約束は絶対守ってくださいよ」


「そちらこそ、一週間後の期限は守るように」

 レイファは満足そうに微笑んで言う。

 ネメのことは心配だが、ここですぐさま答えを出すことはできない。

 代わりに、ドア越しに大きな声で叫んだ。


「ネメ姉さん、聞こえていますか! 一週間だけ待ってください! 必ず助けますから! そこの部屋で大人しく待っていてください!」


 返事は聞こえない。だけど、メッセージが届いたと信じるほかなかった。

 ネメにここで暴れられて、レイファに始末されるようなことになったら最悪だ。


 一週間だけ。一週間だけでいいから待っていて欲しい。

そうすれば必ず助け出すと約束するから。


「さあ、もういいかしら。これ以上廊下に居座って騒ぎになるのも面倒だから、部屋に戻りたいのだけど」


「いいですよ。帰ろう、エリン、ロズリア」


 勝手な物言いに腹を立てる気持ちはあったが、このまま話し合いを続けたところで事態が好転するとは思えない。

 レイファが有利なこの状況で、人質という最大の切り札を手放すとは思えなかった。

 俺達三人は渋々帰宅するほかなかった。






***






「一体どうするつもりなんですか、ノートくん!」


 無言で静まり返った帰路も終わり、パーティーハウスに戻ると、いの一番にロズリアが口を開く。

 それに続いて、エリンも詰め寄ってきた。


「そうよ! 勝手に一週間っていう期限まで決めて! あんなやつ、さっさとぶっ倒して、私達に逆らえないようにしちゃえばよかったのよ!」


「エリンさん、わたくしの話聞いていましたか?」


「聞いていたわよ! 私達を犯罪者に仕立て上げたいんでしょ? なら、逆らえないほど痛めつけてやればいいのよ!」


「知能レベルが野蛮すぎません⁉ あのですね……あのレイファとかいう人が痛めつけただけで素直に折れてくれるように見えましたか? どちらかというとあれは、痛めつけるほど、執念を燃やしてくるタイプの人間ですよ」


「なら、どうすればいいのよ! 何か解決策でもあるっていうの⁉」


「そう言われると痛いところなんですけど……」


 そう言って、ロズリアはこちらを窺ってきた。

 俺がどういう考えを持っているのか、尋ねたいといった様子だ。

 焦って見えないように、ゆっくりと口を開いた。


「心配しないで。全部、俺がなんとかするから」


「なんとかするって――」


 唖然といった表情を見せるロズリア。

 構わずに俺は告げる。


「ロズリア達は何もしなくていいから。一週間待ちさえすれば、必ずネメを取り戻す算段をしてみせるから」


「一人で――ですか?」


「うん。そう言っている」


 どういった反応を返していいかわからないといった様子のロズリア。

 対するエリンはというと、か細い声で呟いた。


「もしかしてだけど、あの女の言いなりになるつもりじゃないわよね……?」


「言いなりって?」


「あの女のパーティーに入るつもりじゃないかって訊いてるの……?」


 不安そうな瞳で見つめてくるエリン。


「ねえ、どうなの? 答えてよ。ノートがパーティーにいなくなるなんて嫌だから!」


「大丈夫、心配しないで。そんなことにはならないようにするから」


 エリンの心配する気持ちを鎮めようとする俺に対して、ロズリアが言う。


「大丈夫って一体どうするつもりなんですか? わたくしもエリンさんも不安なんです。よかったら教えてくれませんか?」


 こちらを慮った丁寧な問い。

 それに対して俺はというと――。


「ごめん。それは言うことができない」


 明確な拒絶であった。


「言うことができないって――」


「どうしても言えない理由があるんだ」


「それはわたくし達が知っては作戦に都合が悪いってことですか?」


「そういうわけじゃないけど、とにかく言えないんだ」


 俺はそういうほかなかった。

 具体的なことは何一つ言わない俺に対して、エリンが腕を掴んでくる。


「これはパーティー全体の問題でしょ? それを一人で解決しようとしなくてもいいんじゃない? 私達だって、力になれることはあるはずよ」


「エリンの言いたいことはわかるよ。仲間を信頼していないわけじゃないんだ。ただ今回だけは別なんだ」


「どうしても言えない理由があるってこと?」


「うん。本当にごめん……」


 俺とエリンの視線が交差する。

 こちらが間違っていることを言っているのは百も承知だが、それでも譲れない理由があった。

 ここはなんとしても、視線を逸らすことはできない。


「信じていいのよね?」


 視界に映るエリンの瞳は揺れていた。

 俺はというと、曖昧な頷きを返すだけであった。




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