第92話 水面下からの一手
あれからすぐにレイファが接触してくるかと思っていたが、意外なことに彼女からの音沙汰はなかった。
何もないというのは逆に不安なのだが、向こうから接触もないのに、わざわざこっちから地雷を踏みに行く必要もないだろう。
とりあえず様子見ということで、新メンバー探しを続行していくことにした。
メンバー探しの進捗状況といえば、未だ好転していないのが現状だった。
このままピュリフの街で募集をかけていても変化はなさそうだ。
ということで、フォースには街の外に出てもらい、冒険者のスカウトをしてもらうことになっていた。
先週から、フォースには王都に向かってもらっている。
能力のある冒険者が大きな街に集まるのは世の常だ。ピュリフの街で集まらないとなると、王都か魔法都市くらいしかないだろう。
なんで行ったのがフォースだけなのかというと、他に適したメンバーがいなかったからだ。
エリンとロズリアは相変わらずダンジョン探索。俺も『迷宮騎士団』の二軍との活動。
唯一ネメのみ手が空いていたが、人見知りの彼女が同行したところで役に立たないとフォースに却下されてしまった。かわいそう……。
個人的には王都に思い入れがあるし、久しぶりに会いたい人もいたので同行したかったのだが、予定が入っていたとなれば仕方ない。
代わりといってはなんだが、フォースには手紙を預けといてある。
近況報告など、伝えたいことは全部書いておいたつもりだ。あとは届くかどうか……。
ということで、フォースが遠い地で頑張っているなか、俺はというと――。
「ノートと二人きりで出かけるなんて久しぶりね」
エリンとデートに来ていた。
今日はエリンとロズリアがダンジョン探索を休むと決めていた日であり、俺の方もちょうど『迷宮騎士団』の手伝いが休みとなっていた。
そんな中、エリンに話しかけられたかと思うと、突然「ねえ、二人だけで一緒にどこか出かけない?」と耳打ちされたわけだ。
新メンバー探しをしなければならないというのはあったが、エリンとは一年近く顔を合わせていない時期もあった。
再会してからも、『到達する者』の立て直しで忙しく、じっくり二人で話せる機会は少なかった。
久しぶりに会えたことだし、こうして二人で遊ぶのも悪くない。
今日一日くらいは遊んでもバチは当たらないと踏んで、誘いを了承することにした。
「久しぶりっていうか、ほとんどないよね。こうやって用もなく出かけるのって」
意外なことに、エリンとパーティー活動以外で外出した記憶はほとんどない。
買い物やら、ダンジョン攻略に関係することで出かけることはあったが、プライベートとなるとまったくだ。
ロズリアとかネメとかだったら、ちらほらあるんだけど。
俺もエリンも、本来あまり人を誘うようなタイプじゃないからだろうか。
「今日はどうして珍しく誘ってくれたの?」
「ノートが暇っていうからさ……」
「そうだったんだけど、エリンから誘ってくれることってあんまりないじゃん」
「それは――」
エリンは人差し指の先端をこすり合わせながら言う。
「王都にいた頃、ロズリアとよく遊びに行ってたんでしょ? 聞いたわよ……」
「まあね。でも、なんかあったわけじゃないよ」
「それに幼馴染とも会ってたんでしょ?」
「そっちも何もなかったって。言ったでしょ?」
「そうだけど……。でも、いいなぁーって思うじゃない!」
とエリンは言い放つ。
「ずっとノートと会えてなかったし。遊びたいって思ったのよ!」
これはやきもちというやつなのか? だったら、エリンには悪いけど、嬉しいと思ってしまう自分もいた。
かつて『到達する者』がバラバラになった時、魔法都市に向かうエリンを引き留めようとしたことがあった。
その際に、一緒に冒険者を辞めて、付き合って、ゆくゆくは結婚しようと流れで口にした。
だけど、エリンには自分の魔法の腕を上げることを優先したいとあえなく振られてしまった。
だから、俺のことなんてどうでもよくなってしまったのかと不安に思っていたところもあったが、どうやら深く考えすぎていたらしい。
「俺もエリンと遊びたいって思ってたよ」
「ノート……」
「だから、今日は誘ってくれてありがとう。二人で精一杯楽しもうね」
エリンの気持ちに対して、俺は本心で応えることにした。
今日だけはダンジョン探索だとか、新メンバーだとか、余計なことを考えない一日にしたい。心の底から楽しめるそんな一日にしたいと思った。
「そうね。楽しみましょ」
エリンはそう言うと、尋ねてきた。
「で、どこに行きたいとかある?」
「具体的にはないけど。エリンは?」
「私もないのよね……。そもそも休みの日にあまり外に出ないから、どういうところで遊んだらいいかわからないのよね……」
一見活発な性格にも見えるが、エリンは意外にもインドア派だ。
ダンジョン探索や買い物などの用事がある時は外に出るが、休日に出かけているところをあまり見たことがない。
「ちなみにだけど、ロズリアとはどういうところで遊んでいたの?」
「それ聞いちゃう?」
「一応よ。参考にするだけだから、気を悪くしたりしないわよ」
「ご飯を食べに行ってたのが一番多かったかな?」
「ご飯かぁ……。さっき食べたわよね……」
「うん、ついさっき」
「お腹いっぱいよね」
時刻は昼過ぎ。俺もエリンもパーティーハウスで昼食を摂ったばかりであった。
残念なことにタイミングが悪いというか、なんというか。
「それと買い物に行ったりもしたかな?」
「買い物?」
「うん、服とかを普通にショッピングしてたんだけど」
「服かぁ……」
エリンは後ろの髪を人差し指で巻きながら呟く。
「あんまりショッピングとかしたことないのよね。結局、服装とかいつものローテーションになっちゃいがちだし」
「だったら、尚更いいんじゃない? 新しい服持ってないんだったら買えば」
「そうも考えられるわね。いいわ、ショッピングにしましょ」
ということで、今日の方向性は決まった。とりあえずエリンの服を買いに行くことになった。
「じゃあ、どの辺行く? エリンのお気に入り店とかある?」
「いつも適当に買っているからないのよね。ノートは知ってる?」
「俺が女物の服の店を知っているとでも?」
「どうして自信満々に言うのよ。そうなると、どこに行こうかしら……」
エリンは顎に手をあてて考える素振りを見せる。
「そういえば、前にロズリアが良さそうな服屋見つけたって言っていたわね。そこにしようかしら」
「いいの?」
「いいのって?」
「いや、ロズリアがよく行っている店なんでしょ?」
他の女が通っている店を二人っきりの遊びで使いたくないみたいなの、あるかなって思ったんだけど――。
「いいじゃない! ロズリアはノートとまだそこに行ったことないんでしょ? だったら先を越したってことじゃない! 今後あの女がノートをショッピングに誘っても、ノートに『あっ、その店エリンと行ったことあるんだよね……』って言われて、ダメージを与えられるわけでしょ? 一石二鳥じゃない!」
何、そのみみっちいマウントの取り方……。
ツッコミたい気持ちは山々だったが、野暮なことを言うのは止めにしておこう。
「うん、それでいいよ……」
「それじゃあ、行くわよ!」
意気揚々と歩き出すエリンに、俺は黙ってついていくことにした。
エリンと一緒に着いたのは、街の東の繁華街にある服屋であった。
女性のマネキンがガラス窓に飾られている店内へと入っていく。
「いらっしゃいませー」
と店員の声が響く。
どうやらこの店は人気があるらしい。若い女性やカップルが店内にちらほらいる。
店員はそれらの客にかかりっきりで、こちらに来る様子はないようだ。
俺達は二人で見て回ることにした。
「何か欲しい服ある?」
身近に飾ってあるコートを眺めながら言う。
店内は広く、服の種類も豊富だ。どんな種類の服が欲しいのか目星をつけてないと、手が付けられなそうである。
「う~ん、あまり思い浮かばないわね。服は今のところ足りているから……」
「そうなの?」
「強いて言うなら靴下?」
「……」
初めて見た。男と服買いに来て、一番最初に靴下チョイスする人間。
欲しい服がないところ無理に連れてきた俺も悪いような気がするが、それでも初手靴下だけはないだろう。
「あっ、靴下あった! この黒の靴下と白の靴下どっちがいい?」
靴下でそれやるやつ初めて見たし。オーソドックスな無地の二つを選んできたせいで、反応に困るんですけど。
「えっ、どっちでもいいんだけど」
「ノート、どっちでもいいが一番困るんだけど……」
だって、靴下だよ。どっちでもいいじゃん。
なんで俺が責められるの? 絶対に悪いのエリンだよね!
黒か白どっちがいいかなんてその日来ていた服次第だし、なんならそこまで高くないので両方買えばいいと思う。
「靴下より別のもの見ない? こっちもリアクションに困るから。他に欲しいものとかないの?」
「あと足りないとなると下着くらい――」
「なんでリアクションに困るの出してくるの⁉」
えっ⁉ 下着見せてきて、『ノートはどっちが好き?』みたいなのやるつもりなの?
それに対して俺はどう反応すればいいの?
「人と服を買いに行ったりしないから、よくわかんないのよね……。友達とか全然出来なかったから、人とショッピングなんて無縁だったし」
「エリン……」
どうやら申し訳ないことをしてしまったみたいだ。
そうだよな。誰でも初めてはわからないことだらけだよな。
かく言う俺もショッピングに詳しいわけじゃないのだ。エリンの好きなようにさせてあげよう。
「わかった。文句は言わないから。エリンが欲しいと思うものを自由に買って行こう。下着でもなんでも。さあ」
「いや、さすがに私でも男子と下着を買うのは違うってわかるから……」
そうなの? エリンの下着選ぶ気満々だったんだけど……。
白と黒なら俺は白が好きって言う準備までしてたんだけどなぁ……。
「ちょっと凹んでる?」
「凹んでないです。ちゃんと冗談だってわかっていましたからね」
精一杯見栄を張って取り繕うことにした。
なんとも情けない限りである。うん、顔が熱くなってきた。
「語尾が変になっているような気がするんだけど……。もしかして動揺――」
「さあ、服でも見てみようか。このコート可愛くない?」
困った時は強引に話を変える。それこそが窮地を生き抜く秘訣である。
「どう? 似合ってる?」
エリンがその場でくるっと一回転をする。
現在、試着室に入ったエリンの洋服お披露目会が開かれている最中だ。
エリンが今着ているのは淡い黄色のセーターだ。股下まですっぽりと隠れたチュニックタイプのものである。
元が良いせいで、こういうシンプルな服装も映えて見える。本当に何を着ても似合うんじゃないだろうか。
「似合ってるよ」
「さっきからそればかりじゃない」
「だって、本当にかわいいんだもん。仕方ないじゃん」
「あ、ありがと……」
視線を逸らしながら顔を赤らめるエリン。
つい口から出てしまった言葉だったけど、割と恥ずかしいこと言っているな、俺。
「あっ、この服とかいいんじゃない?」
不自然に生まれてしまった間を解消しようと、近くにあったTシャツを手に取った。
柄を見ると、変な蛸が正面に大きくあしらわれた白色のシャツであった。
よく見ないままに手に取ったから初めて気づいたけど、このTシャツめちゃくちゃダサいな。
なんでこんなの売っているんだよ。今どきの女子に大人気のお店じゃなかったの?
「えっ、ダサくない……?」
ほら、エリンも引いているし。「ノートが選んでくれたわけだし、一応着てみるわよ」って一旦手に取るのは偉いところだけど。
別に無理しなくてもいいよ。俺もダサいと思っているから。
「ちょっと待っててね」
試着室のカーテンが閉じられる。
まあ、着てくれるなら止める必要もないか。ダサい服着たエリンを逆に見てみたい気持ちあるし。
エリン本人の素材の良さと服のダサさのどっちが勝つのか気になるところだ。
エリンが着替えている間、俺は手持ち無沙汰だ。店内に並べられた服を眺めていると、《索敵》で妙な気配が近づいてきたのが感じ取れた。
「ねえ、ちょっとエリン」
「何? 今、着替えている最中なんだけど。急ぎの話じゃなかったら、着替えてからにしてくれると助かるんだけど」
「まあ、そんなに急ぎの用じゃないから後にするよ。ただロズリアが近くにいるっぽいって話をしようとしただけだから」
「それ急ぎの用じゃない! 早く言いなさいよ!」
カーテンの奥で慌ただしく揺れ動くエリン。
一体何をそんなに焦っているのだろうか。
「これよくあるパターンのやつじゃない⁉ 途中でロズリアが乱入してきて、せっかくの二人の時間が台無しになるやつ!」
「それだ……」
完全に心当たりがあった。確かエリンと20階層の遭難から帰ってきた夜も、そんな感じでうやむやになったことがあった。
「ちなみにロズリアはどの方向に歩いて来ているの?」
「まっすぐこっちに向かって来ているね」
「なんでっ! 神様は私達に試練を課すの⁉ いや、まだロズリアがこの店に来るとは限らない。たまたまこの店の近くを歩いているだけで、違うところに用事がある可能性の方が高いわ。同じ店に同じ時間に入るなんて偶然、そうそう起こるわけないもの」
「あのさ、エリン。もしかしてだけど、ロズリアはこの店に向かっているんじゃない? だって、この店ロズリアのお気に入りなんでしょ?」
「……」
「久しぶりの休日だったのはロズリアも同じことだし、同じタイミングで店に向かっているのも自然っていうか……」
「もうこれ以上は何も言わないで。私の幸せな時間は終わったのよ……」
カーテンのシルエットからがっくりと肩を落としているのが見て取れた。
完全な諦めモードだ。若干泣き声になっているし。
このままロズリアが流れ込んできて、いつもの感じになるのはなんかかわいそうだし、珍しくエリンと遊ぶことができたのに結局三人で遊ぶことになるのも悲しい。
別にロズリアが加わってくるのが嫌ってわけじゃないけど、三人で遊ぶならまた別の機会にしたかった。
「エリンちょっといい? なんとかできるかも」
「なんとかって?」
「《隠密》で隠れることが出来れば――」
「それよ!」
エリンは大きく声をあげる。
いや、店中の人が振り向いちゃったから。あまり大きい声出さないでくれる? 注目されちゃうからね。
「今すぐ入って!」
カーテンの隙間から手が伸びてきたかと思うと、瞬く間に引き寄せられる。
そのまま試着室に入るとそこには下着姿のエリンが。
「……あのさ、怒らないで聞いてくれる?」
「何よ? それより早く《隠密》を」
「その前に服を着た方が――」
「っ~~」
ばっと胸を腕で隠すエリン。
これ俺悪くないよね? 完全に不可抗力だよね?
「あの怒らないでくださいよ。これは服を着ている最中に勝手に引っ張ってきたエリンが――」
「知っているわよ……。恥ずかしいからあんまりじっくり見ないで……」
「あっ、はい……」
しおらしく縮んでいくエリン。顔は火を噴いていて、耳の先まで真っ赤だった。
下手に出てこられると、こっちは悪いことをしていないはずなのに罪悪感を覚えてくる。どうせだったら、怒られた方が楽だったかもしれない。
慌てて後ろを向くことにする。瞼の裏には完全にエリンの下着姿が焼き付いていたけども。ちなみに俺の好み通りの色だった。
ガサゴソと布の擦れる音が聞こえたかと思えば、か細い声が後ろから響く。
「……服着たから」
「……そう。じゃあ、目開けていい?」
「うん」
瞼を開く。すると、Tシャツ姿のエリンが立っていた。
この状況気まずい。不可抗力とはいえ下着を見ちゃったわけだし、なんと切り出せばいいのか。
とりあえず、思ったままの感想を口にすることにした。
「それ、ダサくない?」
「えっ、下着ダサかった⁉ ごめん、変なもの見せちゃって!」
「違う! 下着の方じゃなくて、Tシャツのこと! 下着はすごいよかったから!」
「よ、よかったんだ……」
「いや、よかったってのは言葉の綾で! 悪くはないって意味というか! 別にエロい目で見てないけど、純粋に客観的な意見としてというか! 興奮とか決してしていないんで安心してください!」
必死に弁解する俺。対するエリンはというと――。
「ノートは私の裸で興奮してくれなかったんだ……」
あっ、弁解しすぎたかもしれない。
確かに人の裸見て、エロい目で見ていないとか興奮しないってのも失礼だよな……。
でも、なんて弁解すればよかったんだ。彼女いない歴=年齢の俺には荷が重すぎる状況だ。
「いや、嘘です。すみません。本当はめちゃくちゃ興奮しました」
多分間違っているんだろうけど、正直に答えることにした。
まあいいか。エリンに怒られても。彼女を悲しませるよりかはよっぽどいい。
そんな当の本人の反応はというと――。
「そう。なら安心した」
なんか正解だったみたいだ。ほっと息を吐くエリンを見て、俺も安心していた。
それにしても、なんだこの状況。
ついさっき下着姿を見てしまった女の子と狭い密室で二人きり。
しかも興奮してしまったことをこちらは伝えているわけだし、向こうも嫌悪感を見せるどころかまんざらでもない様子ときた。
心なしか桃色の空気が流れている気がする。絶対、俺の気のせいじゃないよね? エリンも意識してるよね? エッチな雰囲気になってきてない?
突然の急展開に動揺する俺に、エリンは静かに告げた。
「よかったら、もう一度見る?」
「……いいの?」
「ノートが見たいっていうなら……」
もうこれあれだ。俺の気のせいじゃなかった。エリンもその気だった。
ここまで言われて、紳士ぶって断るのは男じゃないだろう。
その気になってくれたエリンのためにも。いや、俺自身の欲望で。その返事を口にした。
「じゃあ、見た――」
「あのお客様? 当店の試着室でいかがわしい行為は止めてくださいませんか?」
まあ、そうなるよね。試着室に入ってきた店員に怒られました。
***
そんなこんなで服屋でめちゃくちゃ恥ずかしい思いをした俺達は、その後も気まずい雰囲気を引きずりながらデートを続けていき。
街で今流行りのスイーツを食べたりして、結局ロズリアの妨害なんかもなく、無事にデートを終えることができた。
パーティーハウスに帰ってくると、しばらくしてロズリアも帰宅してきた。
「あれ? お二人とも帰ってきていたんですか」
「まあね……」
「二人ともいないから暇でしたよ。一緒に買い物でもと思っていましたのに」
「別に私達二人で出かけてたわけじゃないわよ!」
エリンの不必要な一言でデートの存在がバレるんじゃないかとひやひやしたが、特段ロズリアは気にしている様子じゃなかった。
代わりに大量の袋を床に置いた。
「それより聞いてくださいよ!」
そう言って、ロズリアは話し始める。
「今日、休みだったんで服を買いに行こうって思ったんです。色々何件か回って、その途中でお気に入りの店に入ったんですけど」
「……」
ロズリアが床に置いた袋に目を移す。
俺とエリンがデートで真っ先に向かった店のものだった。
「で、そこの店員さんと少し仲良くなっていたんで話していたんですけど。わたくしが来る前に男女のカップルが来ていたそうなんです」
「へぇ……そうなんだ……」
そう答える声は震えていた。
「その店員さん、そのカップルにすごい腹を立てていて、愚痴を言われ続けたんですよ。なんでもカップルがやらかしたみたいで。一体何をしていたと思います?」
「……」
完全に答えを知っているどころか張本人なので即答できるものの、口を噤むことしかできなかった。
「なんと、試着室に二人で入ってエッチなことしようとしていたみたいなんですよ! こんな真っ昼間にですよ! 物好きなカップルもいるものですね。ピュリフの街の性事情ってわたくし達がいない間に荒れ始めたんですかね?」
「……」
「どうしたんですか、二人とも? 普段ならここで『お前が言うな』ってツッコミを入れられるところなんですけど……」
当事者がツッコめませんよ。性事情荒らしているの、俺達ですもん。
なんてことは口が裂けても言えなかった。
どうやら口ぶりからして、そのカップルが俺達だとはまだ気がついていないようだ。
ここでそのカップルが俺とエリンでしたなんて打ち明けても、ロズリアの得にならないし、なんなら見下されるだけだ。
俺とエリンとしても、もうこれ以上黒歴史を掘り返されたくなかった。
「それにしても、ネメ遅いわね……」
声を上ずらせながらエリンが呟く。
ナイス話題転換だ。若干不自然な演技なのは気になるものの、意識していなければ注意は向かないはずだ。
案の定、ロズリアも気には留めていない様子だった。
「確か昼には帰ってくるって言っていましたよね? ちょっとお菓子買ってくるだとかで」
「どうせまた、あの子達と夕食を食べる流れになったんじゃないの? 前にもそういうことあったじゃない」
確かにネメはナクトやフーリエと出会ってから、外に遊びに行くことも増えた。
だけど、今日は『最強無敵パーティーず』のみんなは他のパーティー活動で忙しいのだとネメが言っていた。
だから、一人でスイーツを買いに行くのだと。
「今日は『最強無敵パーティーず』の人達は忙しいらしいですよ。ネメ姉さんが言っていました」
「そうなると何? 迷子?」
「いや、ネメ姉さんもこの街に住んで長いし、流石に迷子はないでしょ」
「でも、ネメよ。いつまで経っても幼さが抜けない」
「有り得ないと言えないのが怖いところですよね……」
二人の言い分も一理あると思ってしまう自分もいた。
だって、あのネメだ。お化け系モンスターと戦った日は夜が怖くて一人で眠れなくなるネメである。
迷子くらい有り得ないことではない。
「とりあえず《索敵》で探してみるよ」
脳内のマップ上からネメの気配を探っている間に、ロズリアが言う。
「もしかしたら、ナンパされてデートしてるってこともあるかもしれませんよ?」
「あのネメが? ないわよ」
「わかりませんよ、エリンさん。昨今のピュリフの街の性事情は荒れているんです。ロリコンに襲われている可能性も――」
「考えすぎよ。そもそもピュリフの街の性事情は荒れていないと思うわ。そのカップルが例外だっただけなんじゃない?」
「そうかもしれませんけど。でも、意外にホテルにいるとかあるかもしれませんよ?」
「ロズリア、まさかの正解だよ」
気配を見つけた俺は、二人の会話に割って入った。
「えっ⁉ 本当なんですか⁉」
「嘘よね⁉ 私より先に大人の階段を上ったの⁉」
何、二人とも呑気なことを言っているんだ。
これが平時だったら、『エリンもそういうこと気にするんだ』とか思っていただろうけど、そんな浮ついたことを考えている余裕なんてなかった。
俺は急かすように告げる。
「そうじゃなくて。レイファが泊まっていたホテルにネメがいるんだよ。しかも、俺が監禁されたあの部屋に」
そう、俺達が呑気に遊んでいる間にも、レイファによる水面下からの一手は忍び寄ってきていたのだ。




