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第68話 彼と彼女の運命の行方

 なんとか上手くいった。

 ミーヤの首筋に当てていたダガーを下ろして、ほっと息を吐く。


 生まれて初めて、ミーヤ・ラインという人物に勝つことができた。

 この事実を喜ばずにはいられなかった。


「なんで……」


 ミーヤは崩れ落ちながら呟く。


「なんで……負けたの……」


 彼女も負けると思っていなかったのだろう。

 余程ショックを受けている様子だった。


「なんでノートにわたしが負けるの……? わたしの方が強いはずじゃん……」


 そんなことわかっている。

 俺が勝ったからといって、ミーヤより俺が強いわけでもない。


「ただ単に作戦が上手くいっただけだよ」


「作戦?」


「うん。ミーヤが俺の土俵で闘ってくれたから」


 この勝負は事前の計画が勝敗を分けた。

 ミーヤと違って俺には、闘いを切り出す前に時間があった。

 ミーヤと喧嘩するということを決めた時、どうせなら彼女と闘いたいと思った。


 闘って、彼女に勝つ。

 それで俺の成長を、ミーヤの手伝いが必要ないことを、示そうと思った。

 そうすれば、彼女も安心して、俺の下を離れることができるだろう。


 けれど、その計画を実行するにはミーヤに勝たなければいけない。

 それも、手加減なしの全力のミーヤを上回らなければならなかった。


「普通に戦ったら、100回戦ってもミーヤには勝てなかったと思うよ」


 だから俺は、自分がミーヤに勝っている点を探した。

 彼女より有利な点。それはこちらの手の内を知られていないことだ。

《偽・絶影》、《隠密》、《殺気》、回避アーツ。

 それらを俺が使えることをミーヤは知らなかっただろう。


 それらのアーツを活かした闘いとなると、奇襲の一手となる。

 俺が満足に攻撃アーツを使えないことからも、背後を取って、攻撃するふりをして、降参を誘う。

 この形を目標に闘いに挑むことにした。


 背後を取るには距離を詰めなければいけない。

 最初は《偽・絶影》のスピードに任せて、速攻で距離を詰めることを考えた。

 しかし、ミーヤには【身体強化・大】がある。

 安易に近づいて、一撃でも攻撃を食らったら、こちらの負けだ。

 序盤から危険な賭けを挑むのは避けたい。


 となると、《隠密》で気配を消してから、隙を窺い、背後を取る。

 首切りに近い手段を取るのが効果的だろう。


「だから最初から、《隠密》での奇襲から勝負を決める一手を考えてたんだ。だから、遮蔽物の多い森での勝負を選んだ」


「わたしの全力を出せるようにっていうのは噓だったの?」


「それもあったけど、本命は《隠密》を活かすためだったかな。こちらの意図に気づかないで乗ってきて助かったよ」


 一応、決闘とあれば、ある程度のスペースも欲しい。

 森の中で、ある程度のスペースがある場所を探すところから始めた。

 幸いにも【地図化(マッピング)】があったため、探すのはそう難しくはなかったが。


「最初から接近戦をするつもりなんてなかったんだね。森に逃げるつもりだったんだね」


「うん」


 ミーヤに接近戦を挑むつもりだと勘違いさせるために、ダガーを構えた。

 そして闘いの開始とともに、《偽・絶影》を発動して、一目散に森へと逃げた。

 少しの隙を作るために《殺気》も放って。

 そうやって、ミーヤの一射をやり過ごすことができた。


「全部ノートの思い通りだったってわけか」


「一つだけ思い通りにいかないこともあったよ」


「そんなのあったっけ?」


「俺が隠れたら、戦闘続行の有無をロズリアに訊いたじゃん。あれは少し焦った」


「でも、それだけでしょ?」


 まあそうだ。

 あれも、落ち着いて《殺気》を放って戦闘続行の意思を示したことでなんとかなった。

 大したピンチじゃなかった。


「ねえ。最後にわたしが精霊術を撃ったじゃん。あれもノートの予測通りだったの?」


「うん。隠れてたら絶対撃ってくると思ってた」


「精霊術を撃った後の隙を最初から狙ってたんだね」


「そこくらいしか、隙出さないでしょ? ミーヤなら」


「まあね。でも、わたしの精霊術をどうやって防いだの? それだけがわからない……」


「それは――」


「教えてくれないの?」


「教えてもいいけど、ちょっとズルみたいな方法だったんだよね……」


「……ズルみたいな方法?」


「うん。俺が防いだというより、遮蔽物に隠れたんだ」


「でも、遮蔽物なんて――」


 ミーヤは辺りを見回す。

万緑の精霊(エスメラルダ)風を用い(ビエント)嵐を生成(テンペスター)》によって、広範囲に破壊されていた森がそこには広がっていた。


「隠れる場所なんてないじゃん」


「いや、あったよ」


 そう言って、俺はロズリアを指差した。


「ミーヤが広範囲スペルを撃ったら、ロズリアが《不落城壁》で自分の身を守るのはわかっていたからね。背後にいたんだ」


「えっ⁉ わたくしの後ろに隠れていたんですか⁉」


「ロズリアちゃんも知らなかったんだ……」


「わたくしは中立の立場ですもん! というか、ノートくん! それ明らかなズルじゃないですか⁉」


「やっぱ駄目だった……?」


「駄目に決まってますよ!」


 他にどうやっても、ミーヤの広範囲スペルを防ぐ手段がなかったんだもん。

 だから、勝負後の回復役という名目で、ロズリアを連れてきたというわけだ。

 しかも、背後に隠れやすいようにわざわざ荒地の端に陣取らせた。


「いいよ。わたしの負けだから。ノートにここまで思い通りにされたら、さすがに負けを認めるよ」


「いいんですか、それで?」


「……いいって言うしかないじゃん」


 俯いていたミーヤは手に持っていた弓を地面に落とした。


「ああ、ムカつく! 本当にムカつく!」


 そして、顔を上げて大声を出した。


「なんでノートに負けなくちゃいけないの⁉ わたしの知らないところで勝手に強くなっているの⁉ ずっと弱いままだったらよかったのに!」


 ミーヤは思いっきり地面を叩く。

 力任せに叩かれた地面からは土が舞う。


「やっぱりノートなんて嫌い! そもそも昔から好きじゃなかった! いつもわたしの後ろをついてきて! 一人じゃ何も決められなくて! 臆病で! 情けなくて! なんで、こんな幼馴染しか村にいないんだろうって思ってた!」


 突然の豹変に驚いて、俺は声が出せなかった。

 一緒にいたロズリアも同じ様子であった。


「贈与の儀を受けた時もそう! 外れスキルを引き当てて! わたしがいないと依頼をこなせなくて! 全然やる気もなくて! 少し怒っただけで、逆ギレしてわたしの傍からいなくなっちゃうし!」


「それはミーヤが別々の人生を歩もうって――」


「あんなの冗談みたいなもんじゃん! 本気じゃなかったもん! それなのに他のパーティーに入って活動し出して!」


「……そんなの言われないと気づかないよ」


「気づかなくても、いなくならないでよ! ノートにとってわたしって、それだけの価値しかないの⁉」


 そんなことはなかった。あの時、ミーヤは俺の全てだった。

 だから、別れを告げられた時は全てを失ったと思った。

 どうしようもなく悲しんで、どうしようもなく苦しんだ。


「再会した時もそう! 最初わたしを無視しようとしたでしょ⁉」


「それは――」


 ミーヤを嫌って無視したわけじゃない。

 合わせる顔がなくて、無視という形で逃げようとしただけなんだ。


「言い訳なんか聞きたくない! 知らない変な女つれちゃってさ! 一緒に冒険者を再開しようって! わたしとの約束はどこいっちゃったの⁉」


 約束は既になくなっていたものだと思っていただけなんだ。

 もう一度、約束を破りたかったわけじゃない。


「一緒に依頼を受けるようになってからも、全然頼りにならないし! モンスターと戦おうともしないしさ! 全然昔と変わらないっ!って思ってたのに!」


 彼女は駄々をこねるように叫んでいた。


「なんでわたしに勝っちゃうの⁉ 強いノートなんてノートじゃない! いつまでもわたしを頼っていればよかったのに! わたしがいないと何もできないノートのままでよかったのに! 成長なんて別にして欲しくなかった!」


「ごめん……」


 俺は素直に謝るしかなかった。


「今もそうだよ! 全然怒り返してこないし! なんで冷静なの⁉ 言われっぱなしで悔しくないの⁉」


「悔しくないよ。ミーヤの本心が聞けてよかったって思ってる」


 これは心の底からの気持ちだ。

 ミーヤが本心を、不満をぶつけてこられるようにここまでお膳立てをしたのだ。


 彼女がこんな感情を抱いているなんて知らなかった。

 俺のことを好いていないことは勘づいていたけど。

 ミーヤが俺へと執着していた意味をやっと理解することができた。


「そういう態度もムカつく! もっと怒ってよ! 逆ギレしてよ! 勝手に大人になっちゃってさ! わたしをおいて行かないでよ!」


「そんなこと言われても――」


 俺は言い淀むことしかできない。


 良くも悪くも自分は変わってしまった。

 ミーヤと別れ。『到達する者(アライバーズ)』に入って。

 ロズリアに出会って。エリンと二人で窮地から脱出して。

 ジンが死んで。冒険者を辞めて王都の生活を始め。

 そして、冒険者としてやり直すことを決めた。

 たくさんの出会いと別れがあって、その度に俺は少しずつ変わってきたんだ。


 人は人と関わることで成長していくものだから。

 成長とは不可逆的で、俺はもう昔の自分には戻れない。


 きっと俺とミーヤの関係も同じなのだろう。

 もう昔とまるっきり同じというわけにはいかないのだ。


「……無理なのは知ってるよ。もうノートは昔のノートじゃないんでしょ? わたしといた時のノートじゃないんでしょ?」


 それはミーヤも勘づいているようだ。

 チャングズの村に住んでいた頃の俺達には戻れない。


「うん。ミーヤと離れ離れになって、色んなことがあったんだ。簡単に言い表せないほど、たくさんの思い出が」


 そうして、俺は今まで伝えていなかった過去の話をする。

 ミーヤと別れてから、『到達する者(アライバーズ)』に入るまで。

 そして、『到達する者(アライバーズ)』に入ってからの話をかいつまんで話した。


「……そんなことがあったんだ。わたしの知らないところで色んな経験をしたんだね」


「うん」


「だから、そんなに変わっちゃったんだ」


「変わるしかなかったってのが正直なところだけどね」


 ミーヤに別れを告げられたお陰で、今の俺があるのだ。

 たとえ、あの時は死ぬほど苦しかったとしても。

 あの時がなければ、今の自分はいない。

 だから、二年前に伝えたかった言葉をここで伝えようと思った。


「ミーヤは俺を恨んでいるかもしれないけど。俺はミーヤに感謝しているんだ。俺をチャングズの村から連れ出してくれてありがとう。夢を与えてくれてありがとう。ミーヤが幼馴染で本当によかった」


「わたしはノートが幼馴染じゃなければよかったのにって思っているけど」


「手厳しいな……」


 昔のミーヤだったら、こんな言葉を絶対言わなかっただろう。

 俺が傷つくような言葉はかけてこなかった。


 だけど、表面だけを取り繕った会話よりも、本心をぶつけ合う今の会話の方が百倍健全だ。幼馴染として。


「そうか……ノートは変わっちゃったのか……。わたしも変わらないといけないのかな……?」


「ミーヤが好きなようにすればいいと思うよ」


「そうだね。わたし、きっと今までノートに依存されることに依存されていたんだと思う。依存していたのはわたしの方だったんだ」


 きっとそれはミーヤだけの責任じゃない。

 最初に依存していた俺が悪かった。

 そして、二人が依存し合うしかなかった閉鎖的な環境が悪かった。


「でも、やめる! もうノートに依存するのは! わたしだってノートがいなくても生きていけるもん!」


 その宣言は少し悲しいような。

 でも、やっぱり嬉しかった。


「だから、依頼を手伝うのはやめにする! これからはライバルだからね! どっちが先に一流の冒険者になるか勝負だから!」


「いいよ。でもそれなら、俺も黙って負けるわけにはいかないな」


「そうですね。ノートくんとパーティーを組むわたくしへの挑戦とも受け取りました」


 黙って様子を窺っていたロズリアも会話に参加する。


「言っておくけど、二人とも緑ランクでしょ? わたしは金ランクだよ?」


「何言っているんですか? わたくし達はダンジョンの21階層まで潜っているんですよ? こちらの方が実績は上です」


「でも、もうダンジョン攻略はやめちゃったんでしょ? 王都で冒険者をするんだったら、王都でのランクが優先でしょ?」


「それなんだけど――」


 俺はかねてから決めていたことを口にした。


「またダンジョン攻略を挑もうと思うんだ」


「そうなんですか?」


 先に驚いたのはロズリアだった。


「やっぱり、『到達する者(アライバーズ)』にいた時って一番楽しかったじゃん。危険だけど。また誰かが死んじゃうかもしれないけど。もう一度だけやり直したいんだ。『到達する者(アライバーズ)』のみんながいいって言うならだけど。またみんなで冒険をしようよ」


 もうジンとは冒険できないけれど。

 残ったメンバーだけとでも、あの日夢見た景色の続きを見たかった。


「わたくしは別に構いませんよ。ついていきますよ」


「そう言ってくれると思ったよ」


「卑怯ですね。断れないことを知って、投げかけてくるなんて」


「それはごめん」


 俺が謝ると、今度はミーヤが口を開いた。


「この街から出ていっちゃうんだ……」


「まあね。この街は嫌いじゃなかったけど、やっぱりピュリフの街の方が性に合っているかな」


「そんなにダンジョン探索って面白いの?」


「うん。とても」


 俺は自信を持って答えた。


「少なくとも俺は人生の中で一番あの時間が好きだった」


「だったら、わたしもダンジョン探索してみようかな?」


「えっ?」


 ミーヤの突然の発言に驚いてしまう。


「そんなに楽しいんだったら、ダンジョンに潜ってみたいなって。それにわたしほどの実力だったら、ダンジョンくらいじゃないと手応えないんじゃない?」


 確かにミーヤがダンジョン攻略を始めれば、一瞬でダンジョン制覇の最有力候補に躍り出るだろう。

 彼女にはそれほどのポテンシャルがある。


「ノートより先にダンジョン制覇をすれば、その時はわたしの勝ちでしょ? 同じ土俵で戦って、勝ってこそ真の勝ちでしょ? それこそライバルって感じがしない?」


「でも、ダンジョンに行くってことは『光り輝く剣(レイダーズ)』は?」


「わたしはあそこにいる資格はないよ。みんなに噓を吐いていたんだから……」


 ミーヤは自身のスキルについて偽っていた。自分の実力を隠していた。

 それは真剣にやっている仲間にとっては、裏切りに近い行為だ。


 エルドリッヒ相手なら、素直に打ち明けたら許してくれる気もするが。

 結局どうするかはミーヤの選択次第だ。

 彼女が自分を許せないのなら、立ち去ることも選択の一つだ。


「それにもう一度、一からやり直したいんだ。わたしは変わらなくちゃいけないんだから。新しい場所で、新しい仲間と再スタートを切りたい。ただの我儘だけどね」


「いいんじゃない? 今まで言いたいことを我慢してた分、少しくらい我儘言っても、バチは当たらないよ」


「うん。そうさせてもらう」


「そうだ。ちなみになんだけど――」


 念のため、一つだけ確認しておくことにした。


「俺達のパーティーも一人分、枠が空いているんだけど、よかったら入らない?」


 こちらの提案にミーヤは笑顔で答えた。


「嫌に決まってるじゃん。一緒に冒険したら、勝負にならないじゃん」


 この瞬間、ようやく俺とミーヤは正しい別れ方をすることができた。


 二年前のような間違った方法じゃなくて。

 二人は未来に向かって、運命を進めることを選んだ。


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