第7話 理想と現実
夕食を食べ終わると、今後の方針を確認するということでメンバー一同はリビングに集められた。
ちなみにエリンが作った料理はそこそこ美味しかった。
さすが、【料理・小】。されど、【料理・小】といった具合だ。
正直な感想を言うと怒られそうなので、適当に絶賛しておいた。
「それじゃあ、方針の説明を始めるよ。ノート君以外は一度聞いていると思うけど、ちゃんと聞いて確認しておいてね」
ジンは立ち上がり、話を始める。
半日間、『到達する者』に加入してわかったことなのだが、パーティーを仕切るのは毎回ジンである。
リーダーだと自称していたフォースより、よっぽどリーダーらしい振る舞いをしていた。
「これから半年間、『到達する者』はダンジョン攻略を中止する。ノート君を鍛え上げることに専念したいからね」
「えっ……」
驚きのあまり、声をあげてしまう。
左から右へと周囲を見回す。
他のメンバーは既に知っていたようだ。
動揺を浮かべていたのは、俺だけだった。
「ダンジョン攻略は手間と労力がかかるから、ノート君を鍛えるのと両立するのは難しいって判断したんだ。マッピング要員抜きで先の階層を攻略していくのも効率が悪いからね。長期的なスパンで考えると、半年間使っても元が取れる投資ってわけだよ」
自分の役割がそこまで重要視されていると思っていなかった。
最悪、使えなかったら捨てられる。その可能性まで大いに考えていた。
悪く言えば、使い捨ての存在。そう認識していた。
しかし、『到達する者』の考え方は違った。
彼らは俺をかけがえのないメンバーの一人として扱おうとしている。
だから、俺をそのままダンジョンに潜らせず、鍛えることに決めたのだろう。
彼らの優しい思いが、俺に嬉しいという感情を与えるよりも先に、プレッシャーとしてのしかかってくる。
「いいんですか? ぽっと出の、見ず知らずの人間である俺に半年間も費やしちゃって……」
内気な言葉が出たのは、自信のなさと不安の表れだ。
「ボク達も打算あってのことだから、あんまり気負わなくていいよ」
ジンは軽く笑いながら、俺の内心を見透かすかのように付け加える。
「ノート君はパーティーに入れるのに願ったり叶ったりの条件を持っていたからね。まず、【地図化】のスキルを持っていて、かつ冒険者をやっているというところだね」
これはエリンからも聞いた。
ただでさえ、レア度が高くて保有者が少ないのが【地図化】というスキルだ。
しかも、【地図化】を手にしたら戦闘系スキルが手に入らなくなってしまう。
そんな中、モンスターと戦う力を求められる冒険者をわざわざやろうと思う人間なんてそうそういない。
「そして、ノート君がダンジョン探索に意欲的なことだね。気が進まない人間を無理にダンジョンに潜らせるのは気が引けるからね。そして、最後の理由として――」
言いかけたところで止まり、声のトーンを変えた。
「ところで、ノート君は戦闘職にまだ就いていなかったんだよね?」
戦闘職。
それは、人間が戦う力を身につけるうえで重きを置かれている項目の一つである。
冒険者や衛兵など戦闘に関係する職業に従事する人はもちろん、貴族や商人だって戦闘職に就いている人は多い。
戦闘職とは人々が生活するために必要な職業とは別物なのだ。
魔力を使って超常現象を引き起こすスペルや、戦闘技巧であるアーツを習得するには、それぞれのスペルやアーツに適した戦闘職に就かないといけないとされている。
スペルやアーツの中にはスキルより強力なものもあり、身につけるだけで戦闘を有利に運べたりもする。
それでは、どうして俺が戦闘職に就いていなかったかというと、答えは『就けなかった』からだ。
戦闘職に就くには、なりたい戦闘職のギルドに登録をする必要がある。
登録をする際には指導者を見つけなくてはならなかった。
指導者になるにはその戦闘職で一定以上の功績を収めていることが条件となる。
強い戦闘系スキルを持っている者なら、将来性を見込まれて容易に指導者は見つけられる。
戦闘系スキルがなくても、コネや金があれば指導者になってくれる人を雇うことだってできる。
ただ、俺の場合は金もなく、チャングズという田舎の出ということもあり、コネもなかった。
だから、戦闘職に就くことができなかった。
ちなみにミーヤは理想に近いスキル構成に目を付けられ、簡単に戦闘職を得ていた。
あの時の胸の内に湧いた悔しい気持ちは、これから先も忘れることはない気がする。
「はい、すみません……」
ジンの質問に対して反射的に謝ってしまう。
彼は慌てて横に手を振った。
「いやいや、むしろ助かったくらいだよ。戦闘職を変えてもらうのはノート君に悪い気がするし、何より手続きとか面倒だからね」
「俺になってほしい戦闘職があるってことですか?」
「そういうことだね。構わないかい?」
「大丈夫ですよ。なりたい戦闘職とか特に決まってなかったですし……」
俺の反応を見て、ジンは喜ぶように手を合わせる。
そして、話を続けた。
「なってほしい戦闘職 (バトルスタイル)は盗賊だね」
「盗賊?」
確認のため、ジンの言葉を繰り返す。
「うん、そうだね。パーティー内でボクと同じような役割をノート君には担ってもらいたいと思っているんだ。それに適している戦闘職が盗賊っていうわけなんだよ。別にボクと同じ暗殺者の戦闘職でもよかったけど、習得条件や使えるアーツのことを考えると、初心者向けな盗賊の方が適切だね」
「ジンさんと同じ役割……」
脳裏に先ほどの光景が浮かびあがる。
ジンと大鬼の戦闘。
あれを? 俺が?
誤解はジンの次なる言葉で氷解した。
「ボクと同じ役割っていうよりは、役割の一部を肩代わりしてもらうと表現した方が正しいのかな? ボクはこのパーティーで戦闘中の遊撃及び、モンスターの索敵や罠を探知する役割を担っている。ノート君には後者を任せたい」
「だから、モンスターの気配を察知したり、罠を探知するアーツのある盗賊を?」
「そういうことだね。ゆくゆくは戦闘技術も学ばせてあげたいけど、この半年間は《索敵》、《罠探知》、《罠解除》のアーツ習得と体力作りに絞ってほしい。ボク達の都合で本当に申し訳ないけどね」
俺に戦闘は期待していないってことか……。
わかってはいたけど、実際に声に出されるとショックを受ける。
俺が冒険者を目指す理由の根源には、ミーヤの両親から聞いた冒険譚があった。
その冒険譚のなかでミーヤの両親は手強いモンスターと戦い、勝利を収めていた。
ジンや他のメンバーの戦う姿を見て、胸を躍らせた。
このパーティーで彼らとともに戦えることに歓喜した。
あんな風に戦ってみたいと憧れ を抱いてしまった。
――ジンの言い分はわかる。痛いほどわかる。
戦闘スキルを持っていない俺が、今から戦闘技術を研いたところでジン達には決して追いつけないだろう。
だからといって、不満が全くないかと訊かれて、頷いたら噓になる。
ジン達の実力や規格外さは充分理解しているつもりだ。
それだからこそ、彼らに憧れを抱き、彼らのように戦いたいという気持ちが心の中にはあった。
だが、そんなわがままよりも『到達する者』にとって足を引っ張る存在になりたくないという意志を優先させるべきだ。
内なる欲望を抑え込み、覚悟を決め、返事をした。
「いいですよ。大事な役割を任せてくれるだけで嬉しいですから……」
「本当にごめん……。余裕ができたら戦闘についても教えていくって約束するよ。ひとまずは、さっき言った三つのアーツの精度を高めてほしい。特に《索敵》と《罠探知》は地図系スキルと相性がいいからね」
モンスターのいる位置が把握できる《索敵》と、ダンジョンに蔓延る罠の位置を察知できる《罠探知》は地図系スキルと相性がいいとされている。
地図系スキル持ちは《索敵》や《罠探知》を使うことで、脳内に浮かんだ地図上にモンスターや罠の位置を映し出すことが可能になるからだ。
「三つのアーツは基本的にボクが教えるね。物理的な罠ならボクが作れるけど、魔法的な罠は作れないから、そこは魔導士のエリンに手伝ってもらう手筈だけど――大丈夫?」
ジンはエリンに視線を向ける。
彼女は鼻を鳴らし、「わかっているわよ」と素っ気ない返事をした。
「あと、体力作りのため、フォースはノート君を朝の走り込みに連れて行ってくれないかな?」
「えー、めんどくさい」
OKなのか、そうでないのか、わからない返事をフォースはした。
「フォースにはそのうち、ボク抜きで《索敵》や《罠探知》を練習するノート君を、モンスターから警護する役割もあるんだから頼むよ」
「えっと……ジンさんに見てもらわないで特訓する日が来るってことですか?」
「まあ、そうだね……。タンクの役割を担うメンバーも探さなくちゃいけないからね」
言われてみれば、その通りだ。
ジンだって忙しいのだ。俺ばっかりに構っている暇はないだろう。
自分の配慮の足りなさに反省していると、フォースがさも名案を思い付いたかのように 大声をあげた。
「オレが新メンバー探せばよくね?」
「「「それは駄目!」」」
ジン、エリン、ネメの三人が即座に待ったをかける。
どうして、そこまで皆が否定するのかわからないでいると、次のエリンの言葉で理由が判明した。
「あなたが新メンバー探しに積極的なのって、どうせかわいい女の子がパーティーに入ってきて欲しいからとかそんな理由でしょ?」
「ああ、そうだよ。それのどこが悪いんだ?」
「かわいい女の子なら誰でも簡単にパーティーに入れちゃいそうだから駄目なのよ……」
「それは当たり前だろ。かわいい女の子が『到達する者』に入ってきて、共に苦難を乗り越えていくうちに甘酸っぱい恋愛関係になる。そういうのにオレは憧れているんだ!」
「あなた、反省してないのね……。そもそも、フォースがセクハラしすぎたせいでリューネがやめて、新メンバーを探す羽目になっているのよ……」
頭に手を当てて呆れるエリン。
いつもにこにこしているジンもこの時は顔に気疲れが表れていた。
しかし、ここで引かないのがフォースである。
「あれはセクハラじゃねえって! アプローチだって! 男女が交際に至るための健全なアプローチ!」
「リューネが洗濯物に出していた下着の柄を毎日確認したり、お風呂を覗こうとしたり、隙あらばボディータッチ、特に胸のあたりを触ろうとすることのどこが健全なアプローチなのよ……」
さすがにそれは引く。フォースへの信用度は下降の一途をたどっていた。
「それはちょっとばかし性欲に負けてというか……。普通の男子だったらそれくらい普通だよな、ノート?」
「いや、普通に気持ち悪いと思います」
まるで同志かのように俺に助け舟を求めてくるのはやめてくれ、フォース……。
俺はミーヤに一度も自分からボディータッチなどしたことない。
自分で言うのもなんだが、清廉潔白な純情男子だ。
ただ単に、チキンなだけかもしれないが……。
「ほら、フォースが変態で気持ち悪いだけじゃない」
「うるせえ! リューネと違って胸もない、女の魅力皆無なぺったんこが!」
「は? 死にたいらしいね、フォース!」
いがみ合う両者。
この二人の仲が良さそうと思っていたのは、一時の気の迷いだったようだ。
「まあまあ、エリン落ち着いてです。今は子供みたいな胸でもいつかは育つです。人生の先輩であるネメが保証するです!」
どや顔で親指を上に突き立てるネメ。
二人は同時にネメを見下ろし、彼女の幼くて愛らしい見た目を確認する。
そして、息を揃えて言った。
「「ネメに言われても説得力ないわ!」」