第62話 再会は最悪なタイミングで
「ここが王都の冒険者ギルドか……」
三階建ての豪勢な白い建物を見上げる。
建物の屋根からは垂直に赤い旗が立っており、模様からここが目的地であることが窺えた。
今日は、俺とロズリアが冒険者に復帰する、記念すべき最初の日である。
これからこの建物の中で王都の冒険者として身分を登録する。
そうすれば、依頼を受け、モンスターと戦える日々が戻ってくる。
配達員の仕事は長期の休みをもらっていた。
冒険者稼業が軌道に乗れば、ゆくゆくはその仕事も辞めるつもりだ。
同僚のヒルトン達には申し訳ないと思っているが、冒険者をやりたいという欲の方が俄然強かった。
「随分と嬉しそうですね」
どうやら感情が顔に出ていたようだ。
ロズリアが面白おかしそうに指摘をしてくる。
「まあ実際に嬉しいからね。しょうがないじゃん」
それも仕方ない。今の自分の中にはこれからを期待する気持ちでいっぱいだ。
少し前までの、人生を悲観していた時が噓みたいだった。
「そうですか。ノートくんが嬉しそうで何よりです」
そう話すロズリアの表情も嬉しそうで、なんかホッとした。
「どんな依頼を受けようか。冒険者復帰一発目の依頼は」
「そうですね。すごいのがいいですよね」
「すごいのってざっくりすぎない?」
「イメージですよ、イメージ。ノートくんだって、わたくしの言いたい意味はわかりますよね?」
「まあ、大体は……。でも、具体的にどんな依頼がいいとかある?」
「そうですね……。ドラゴン討伐とかどうです?」
「初っ端から随分な大物狙うなぁ……」
「サクッと倒しちゃいましょうよ。サクッと」
ドラゴンは普通の冒険者がサクッと倒せるようなものじゃないんだけどな……。
ダンジョン中層の中ボスと単騎でやり合えるロズリアが言うと、現実味を帯びてしまう。
「俺が死なないような依頼にしてよ。復帰早々そんな目にあったら、シャレにならないから」
「大丈夫ですよ! わたくしが守りますから!」
「それ、あんまりフォローになってないからね」
自分が弱いのは自覚しているけど、ロズリアにおんぶにだっこ状態なのは悲しかった。
「まあ、折角の晴れ舞台なんですから。超強いモンスターが出てくる依頼を受けましょう!」
「それもいいか……そっちの方が楽しそうだし……」
あんまり深いことを考えても、疲れるだけだ。
安定を捨てて、好きなことをして生きていく人生を選んだのだ。
もっと自由に行きなければ損だ。
俺より数十倍強いロズリアもいることだし、そう滅多なことは起きないだろう。
そんな未来への希望に満ち溢れながら、俺達は冒険者ギルドへ一歩を踏み出した。
「それじゃあ、この依頼でお願いします!」
ロズリアはギルドの掲示板に貼ってあった依頼の紙を一枚選び、受付のカウンターの上に勢いよく置いた。
依頼内容はブリザードワイバーンの討伐。
王都近くの北の山脈に巣くう竜種の駆除である。
カウンターの中にいた受付嬢は、目の前に差し出された紙を一瞥し――。
「だから、駄目ですっ!」
両手を交差させ、大きなバツマークを作った。
「あのですね。貴方方二人は先程冒険者になったばかりですよね?」
このやり取りは今回が初めてではない。
ロズリアによって何回も繰り返され、その度に受付嬢は眉間に深い皺を作っていた。
ため息を吐きながら、受付嬢は話を続ける。
「冒険者になったばかりの方は、紙の色が緑の初心者用の依頼しか受けられないのです。何度も言いましたよね?」
「それは聞きました」
ロズリアが真剣な表情で答える。
「なら、その依頼の紙は何色ですか? 言ってみてください」
「銀色ですけど……」
「あれ⁉ なんで話が通じてないのかしら⁉ 緑色の依頼しか受けられないって言ったはずですよね⁉」
繰り返されるやり取りに堪忍袋の緒が切れたのか、声を荒らげながら受付嬢は答える。
「初心者の方は緑色の任務しか受けられないのです! 初心者用の依頼をこなして、実力が認められたら、ランクが上がって色々な依頼が受けられるようになります! わかりましたか⁉」
「それもわかっていますけど、緑色の依頼って、雑用じみた依頼や雑魚モンスターの討伐ばっかりなんですよ。もうちょっと手ごたえのありそうな物は用意していないんですか?」
「初心者用の任務ですからね!」
ロズリアは受付嬢の説明に納得していないようで、うーんと唸 うな っている。
「わたくし達が以前、他の場所で冒険者をやっていたことも伝えましたよね?」
「何度も聞きましたよ」
受付嬢は頭をわしゃわしゃ搔いて、また大きなため息を吐いた。
「これが最後ですからね。しっかり聞いてくださいよ」
受付嬢は机を叩いた。
「この王都のギルドでは、他の地の冒険者ギルドに比べて冒険者の査定方法が厳しいのです。それは各地のギルドで達成できなかった高難易度の依頼が、このギルドに流れるからです。よって、他のギルドである程度の功績が認められた方でも緑ランクから始めさせてもらっています。特例で免除もありますが、それは各地のギルドで金ランク以上だった方です。貴方達は何ランクだったんですか?」
冒険者のランクは下から、緑、青、紫、黄、赤、銀、金……と続いていく。
あまり答えたい質問ではなかったが聞かれてしまったものは仕方ない。
過去の記憶を呼び起こして答えた。
「自分は青ランクです」
「わたくしは黄ランクでしたね」
「論外っ!」
俺達の答えに、受付嬢は自分の頭をカウンターに叩きつけた。
何故、一流のダンジョン攻略パーティーにいた俺達の冒険者ランクが低いのか。
それは冒険者ギルドとダンジョンギルドが組織として別物なことに由来する。
組織の発祥も、運営も、何から何までが独立した組織なのだ。
ダンジョンに潜るにはダンジョンギルドの認可したパーティーでなければならないが、別に冒険者ギルドに登録している必要はない。
逆もまた然りで、ダンジョンでいくら功績を収めても、その功績は冒険者ギルドのランクには反映されない。
『到達する者』で成し遂げた全ての功績が、このギルドでは無意味となる。
よって、俺達二人が『到達する者』に入る前の冒険者としてのランク。
ブロードの街で荷物持ちなどをしてコツコツと上げた俺の青ランク。
ピュリフの街で神官として活動し、パーティーを痴情の縺れで壊しつくしていたロズリアの黄ランク。
それらが、俺達の持ちうる冒険者としての過去の功績だった。
「あのですね! 他の場所で銀ランク以下だった人は、この街で緑ランクから再スタートなのですよ! そもそも貴方方がランクを引き継いだとしても、青と黄では、この依頼は受けられませんから!」
勢いよくカウンターに叩きつけたせいで赤くなった額を擦りながら、受付嬢は大きな声で説明をする。
ロズリアは未だ不満があるようで、口をすぼめて抗議をした。
「でも、わたくし達は以前、ピュリフのダンジョンに潜っていたんですよ!」
「本当ですか……?」
受付嬢は疑り深い視線を投げかけてくる。
「よくいるのですよね。そういう噓を言って、難易度の高い依頼を受けようとずるをする冒険者が」
「噓じゃありませんよ!」
ロズリアが食らいついていく。
「ちなみに訊きますが、何階層まで行ったことがあるのですか?」
「21階層です」
ロズリアが自信満々に答えると、受付嬢は鼻で笑った。
「ぼろを見せましたね。ピュリフのダンジョンは現在、20階層までしか攻略されていな かったはずです。それなのに21階層まで行ったことがあるなどと。中途半端な知識で噓を吐かない方がいいですよ。すぐにバレますから」
「噓じゃないですよ!」
ロズリアは悔しそうに地団駄を踏んだ。
受付嬢の情報は正しいが、ロズリアも噓は言っていない。
『到達する者』は20階層を攻略して、21階層にたどり着いたのだ。
俺達が『到達する者』であれば両者の主張は矛盾しない。
しかし、この受付嬢もまさか俺達がその『到達する者』当人だとは思いもしないだろう。
まあ、この状況で『到達する者』のメンバーであったことを伝えても、更に噓っぽさが増して、信じてもらえなそうだが。
「もう諦めて、緑色の依頼からコツコツ受けようよ」
「ノートくんはいいのですか? 冒険者復帰への記念すべき依頼第一号が、ペット探しなんかで! 強いモンスターと戦おうって話だったじゃないですか! ブリザードワイバーンを倒しましょう!」
ロズリアの心遣いは素直にありがたいし、俺も難しい依頼を受けてみたいという気持ちはある。
でも、言い争っていても何も改善しなそうな雰囲気が漂ってきたし、何よりロズリアと受付嬢の言い合いが予想外に加熱してしまったため、周りの目も気になってきた。
現在、俺達はギルドにいる冒険者から、完全なる厄介クレーマーみたいな扱いの視線を受けていた。
やっていることは完全なる厄介クレーマーなので、情状酌量の余地はないが、このままでは俺の精神力が持たない。
今日は大人しく子犬でも探したい。もうそんな気分だ。
「聞き分けがいい、そこの男の子の意見に従ってくださいよ。これ以上、迷惑なことを続けるようでしたら、冒険者資格剝奪しますよ」
「……うっ」
さすがのロズリアも、冒険者資格剝奪という言葉の響きにたじろぐ。
周りで聞き耳を立てていた野次馬も、その処分の重さにざわざわと騒ぎ出す。
「聞いたか。冒険者資格剝奪だってよ」
「あいつら、さっき冒険者になったばっかりじゃないか?」
「冒険者を三十分で辞めさせられるって、この街で最速じゃない?」
「五年前に三日間で辞めさせられたやつが今までの最速記録だからな。二日と二十三時間三十分を縮めた歴史的な記録が出るぞ」
「この王都に新たな伝説が!」
随分、盛り上がってるな……野次馬共……。
『この王都に新たな伝説が!』じゃねえよ。
そんな不名誉な伝説残したくないわ。
「悔しいですが、ここは撤退するしかないですね……。姑息で卑劣な手を使いますね……受付嬢さん……」
「あの……冗談のつもりで言ったのですが、本当に資格を剝奪させたくなってきました……」
睨みを利かせてくるロズリアに、呆れたように頰を搔く受付嬢。
ロズリアの隣で立ちつくす俺と、俺達を取り囲むように陣取って騒ぎを楽しむ冒険者達の野次馬。
そんな混沌とした空気にギルド内が支配されていると――。
「どうしたんだい? みんな集まって。何かの騒ぎかい?」
ギルドの入り口方向から、朗らかな声が投げかけられた。
声のした方向へ目を移すと、集まった野次馬の群れを割って一人の男が直立していた。
黄金の甲冑を身に纏い、色の異なる四本の剣を腰に差した美青年。
誰だかわからずに戸惑っていると、カウンターの奥にいた受付嬢が身を乗り出した。
「『光り輝く剣』のエルドリッヒさんじゃないですか!」
彼女の上ずった声に続いて、周りにいた野次馬達もざわつき出す。
「今、王都で一番勢いがあるとされている『光り輝く剣』のリーダーが来たぞ!」
「ソロで竜種をも倒したとされるゴールドランクの冒険者、エルドリッヒか!」
「女の子の窮地には必ずと言っていいほど、遅れてやって来るヒーロー!」
「王都冒険者イケメンランキング、四年連続一位!」
王都の冒険者事情とやらはよく知らないが、周りの野次馬達の反応で大体理解した。
このエルドリッヒという男は、何やらこの街では絶大な人気を誇っている冒険者らしい。
野次馬達の話から推測するに、実力も人望も兼ね備えている人物みたいだ。
「何かお困りなのかい?」
エルドリッヒはこちらに歩み寄りながら、その甘いマスクで受付嬢に向かって微笑む。
話しかけられた受付嬢は顔を赤らめながら答え始める。
「こちらの新人冒険者さんが、ランクに合わない依頼を受注しようとしてくるのですよ! 何度説明をしても理解してくれなくて、困っているのです! エルドリッヒさんからも説得してもらえませんか?」
「それは困ったね……」
エルドリッヒは顎に手を当てて、目を瞑る。
考える姿もその顔立ちの良さから、殊更映えて見える。
「エルドリッヒさんとやらが来た瞬間、この受付嬢さん声高くなりましたよ。ふむふむ、これは怪しいですね……」
「ち、ちょっと!」
ロズリアの指摘に、焦りを見せる受付嬢。
「ほほう……焦っていますね……。図星ですか……」
「なんですか! 図星って!」
「へへぇ、一介のギルド職員が冒険者に色目を使っているってどうなんですかね……」
「いいから、もう黙ってくださいっ!」
「黙って欲しいんだったら、それ相応の対価をくださいよ。たとえば――」
そう言って、ロズリアはブリザードワイバーン討伐の依頼用紙をカウンターに滑らした。
おい、何、期に乗じて姑息な交渉進めているんだよ。
一緒にいるのが恥ずかしくなってくるレベルなんだけど。
あと、受付嬢さんはなんで迷った素振りを見せてるんだよ。私情で規則を破ろうとするな。
もう周囲の目とか色々と限界になってきた。俺の体力はゼロに近い。
大人しく退散でもしようかと声をかける前に、エルドリッヒの背後から彼のパーティーメンバーらしき集団が現れた。
「何かあったのか? エルドリッヒ?」
先頭にいた男がエルドリッヒに声をかけてきた。
更に状況が悪くなってしまったと慌てて視線を巡らせていると、集団の一番右端にいた少女と目が合った。
少女の碧い目が見開かれる。
「――えっ」
驚きで身 からだ 体が固まる。焦点が上手く定まらない。
さっきまでの浮かれた気持ちが噓のように冷めていく。
――なんで。ここにいるんだよ。どうして俺の前に……。
自分が声を振り絞る前に、少女は口を開いた。
「……もしかして、ノート?」
泣きたくなるような懐かしい呼び声が耳に届く。
――噓だ。もう二度と会うことはないはずだ。
そう思っていたはずなのに。
でも、誰よりも彼女の傍にいた俺が見間違うわけもなくて。
その名前を心の中で呼んだ。
――ミーヤ。どうして君が。




