第4話 顔合わせ
「とりあえず全員揃ったことだし、自己紹介でも始めようか」
そう声をかけたのはジンだった。
彼の呼びかけに、この部屋にいた男女五人は静かになる。
ここにいる男女五人の内訳はというと――。
ピュリフの街まで来て、俺を『到達する者』に誘ってくれた、ジン。
二つの刀を腰に携え、気取った髪型をしているも、正直言ってあんまり似合っていないとしか言い表せない青髪の青年。
黒いローブを着て、長い銀髪を左右二つに結んでまとめた女の子。服装からおそらく魔導士かなんかであろう。
法衣を着ているというよりは、法衣に着られている感が否めない神官の幼女。
そして、ぱっとしない見た目の俺である。
この部屋はというと、『到達する者』のパーティーハウスの一室、俗に言うダイニングという部屋だ。
木製のシンプルな机を囲う椅子に俺達五人は各々座っていた。
「えっと……自己紹介って……一体何を言えばいいです……?」
オドオドと、どもりながら喋り出したのは神官の幼女だ。
目線は泳いでいるし、声が震えている。
こめかみには汗の水滴がうっすらと浮かんでいた。
どうやら、緊張しているみたいだ。なんでかは知らないけど。
正直、この質問は助かる。
俺も自己紹介って何を言えばいいかわからないで、結局無難に前の人と同じようなことしか言わない派だし……。
特徴とか特技がない人間にとってこの手のイベントは結構苦痛なのだ。
「そうだね……名前、戦闘職、ダンジョン制覇を目指す理由の三つぐらいでいいんじゃないかな? 確かこのパーティーを作った当初の自己紹介もそうだったよね?」
ジンは青髪の青年の方を向く。
「ああ、多分な」
と、そっけない態度で青年は返した。
ダンジョン制覇を目指す理由か――。
ジンの言葉を受け、胸の内に少しばかりの焦りが生じ出した。
名前を言うのは問題ないし、戦闘職についてはまだ定まっていないのでそのことをありのまま言えばいいが、この項目だけはぱっと答えが浮かばない。
俺がダンジョンに潜る理由ってなんなんだ?
このパーティーにどうして入ることにした?
金のため? 名誉のため?
いや違う。そんなもののためじゃない気がする。
そもそも、俺が冒険者になろうとした理由だって大したものじゃなかった。
幼い頃、両親の冒険譚を聞いたミーヤの「わたし達も大きくなったら冒険者になろうね!」って言葉を真に受けたとか、そんなちっぽけなものだった。
だから、ダンジョン制覇を目指す理由なんて問いを咄嗟に投げかけられても、高尚な答えなど見つかるわけもなく――。
「それじゃあ、ボクから始めて時計回りに自己紹介していこうか。ノート君は最後によろしくね」
焦りが顔に出ていたのかジンが助け舟を出してくれた。
助かった……。
配慮に感謝して、自分の番が回ってくるまでに考えないとな……。
「ボクの名前はジン。ラストネームはないから、そのままジンって呼んでね。戦闘職は暗殺者。ダンジョン制覇を目指すのは、歴史に名を残したいからといったところかな」
歴史に名を残したいからか……。
俺なんかとは見ている景色が違うっていうか。格が違うっていうか。
一流パーティーである『到達する者』にいるだけはある。
さすがに俺はそんな大それた目的は持てないし、持とうとも思えない。
自分のダンジョン制覇を目指す理由の参考にはならなそうだ。
「よーし、次はオレの番か」
ジンの左隣に座っていた青髪の青年が立ち上がり、口を開いた。
「オレはフォース・グランズ。『到達する者』のリーダーだ。ダンジョン制覇を目指す理由なんて決まっている! 栄光を手にして、女にモテたい! 以上だ!」
言い切った……。自信満々に言い切った……。
普通の人が躊躇って口にしないようなことを平気で言い切りやがった……。
というか、ダンジョン制覇を目指す理由ってそんなのでいいの? ありなの?
ちょっと深く考えていた俺が馬鹿みたいじゃんか。
女性陣に目を向けると、半ば諦めているような、残念なものを見るような目をフォース に向けていた。
やっぱ、ナシでしょ。その理由は……。
「そんなんだからフォースはいつまで経っても彼女ができないのよ……」
女魔導士なんて、呆れるあまり本心を言葉に出している……。
「全然わかっていないな、エリンは。男なんてみんなそんなもんだ。正直言ってみろ。お 前も女にモテたいからダンジョンに潜るんだろ? 新入り?」
答えづらい質問を俺に振らないでくれ……。
――俺は女の子にモテたいからダンジョンに潜るのか?
ミーヤに好かれたいから、見直してもらいたいからダンジョンに潜るのか?
それは何かが違う気がする。
俺とミーヤの関係は既に終わってしまったものだし、やり直せるものじゃないと思う。
一度壊れてしまったものは、二度と元の形に戻ることはないのだ。
俺がダンジョン制覇という素晴らしい功績をあげ、彼女と再会しても、俺が愛して続け たかった昔の関係性は絶対に戻ってこないだろう。
「どうなんですかね……」
フォースからの質問には歯切れの悪い返事で答えることしかできなかった。
「次は私の番ね」
自己紹介は次のメンバーへ移ったようだ。
口を開いたのは、先ほどフォースに辛口コメントをおっしゃっていた女魔導士。
確かエリンって呼ばれていた。
このパーティーは若者だけで構成されているパーティーだが、その中で俺と一番歳が近そうなのが彼女だろう。
腰らへんまで垂れている細めの銀髪ツインテールが特徴的だ。
顔はかわいい方だと思うが、少しつり目ぎみなところとか表情とかから性格キツそう感が滲み出ている。
さっきのフォースへのダメ出しからの先入観に影響されているだけかもしれないけど……。
「私の名前はエリン・フォットロードよ。ちなみに戦闘職は魔導士。ダンジョン制覇を目指すのは、人類誰もが成し遂げていない偉業を達成して、私が世界一の魔導士だってことを証明するためよ」
先入観通り、絶対この人、性格キツいでしょ。
プライド高そう……。
自分が世界一の魔導士って前提で目標立ててるし……。
軽く引く気持ちとともに、彼女を少しうらやましくも思った。
だって、その自信は俺にはないものだから。
卑屈でなんの自信も持てない自分とは対極の存在に感じた。
だからだろうか。聞いていて嫌な気分にはならない、不思議な大口だった。
エリンの番が終わり、この場にいる一同はまだ自己紹介を終えていない神官の幼女の方へ注意を向ける。
その視線に幼女は「はへっ?」っと、驚きと戸惑いが混じった声を上げていた。
「ほら、自己紹介。次、ネメの番だよ」とジンが優しく声をかけたことで状況を理解した ようだ。
慌てて立ち上がる。椅子がバンッと倒れる音がした。
「ネメですっ……ネメ・パージンです……。し、神官やってるです……。えっと……あと……神様が造ったかもしれないってされてるダンジョンを攻略したいから……です……」
俺の斜め前にいた幼女は汗をダラダラ垂らしながらぎこちない自己紹介を終えた。
頰は、短く切られた赤茶色の髪よりずっと赤く染まっている。
「大丈夫ですか?」
挙動不審な装いに声をかけてみたが、
「は、はいです!」
引き攣った返事しかもらえなかった。
全然、大丈夫そうじゃない……。
「あのね、ネメはすごい人見知りだから慣れるまでは優しく見守ってあげてね」
「人見知りじゃないですっ! ただ、ちょっぴり初対面の人が苦手なだけです!」
ジンのフォローには勢いのいいツッコミを入れる幼女。
知り合いにだけ強く出る感じ……。どっからどう見ても人見知りだわ……。
でも、そういうところも含めてかわいらしいと思えてしまうのは、彼女が幼い女の子であるからだろうか――。
「新入り。勘違いしそうだから先に言っておくけど、こいつ幼く見える割に22歳だからな。オレ達より年上だから。おばさんだから」
「えっ! 噓でしょ⁉」
驚愕すべき事実がフォースから告げられたことにより、思わず大きな声をあげてしまった。
俺の驚いた様子に、ネメは恥ずかしそうに肩を縮めた。
「は、はい……本当です……。ネメはドワーフなので……歳より幼く見られるです……。 いつも……。あ、あとフォース! ネメはおばさんじゃないです! 22はお姉さんです!」
知り合いだけに強く出るこの感じ……。やっぱり人見知りでしょ……。
その後、「失礼な声をあげてすみませんでした、ネメ姉さん」って謝ると、「ついにネメ にも慕ってくれる弟分が……」と喜びに震えていた。
案外ちょろかった。
まだ、壁を感じるところはあるが、この様子なら次第に解消されるだろう。
温かい目でネメを眺めていると、
「最後にノート君の番だよ」
とジンから声がかかってきた。
「あっ……」
自分の自己紹介がまだ済んでいなかったことを思い出した。
まずい。ネメとのやり取りに気を取られていたせいですっかり忘れていた。
言う内容もまだ決まってないのに。どうすんだよ。
ああ! もういいや!
流れに任せて、思いついたことを言っちゃえ!
そうすればなんとかなるだろ!
「ノート・アスロンです。以前は冒険者というより……雑用をやっていました。一応、剣は持っていますが、素人に毛が生えた程度の実力なのであんまり役に立たないと思います。それで、ダンジョン制覇を目指す理由は――」
自己紹介で言う内容は事前に考えてなかった。
考えてなかったからこそ、不意に口から出たのは本心。
忘れられない過去。灰色の現状。漠然と抱いていた願望を的確に言い表した一言。
それは俺がずっと叶えたくて。
ずっと言葉にできなかった願いそのものだった。
「ダンジョン攻略を目指す理由は、自分を変えたいからです」
傍から聞いたら俺の理由は意味不明なものかもしれない。
しかし、この場所には笑う者もいなければ、冷やかす者もいない。
何故なら、ここには抱える理由は違えども、目的が一緒の同志しかいないからだ。
「いい自己紹介だったよ。それでは改めて、ようこそ『到達する者』へ!」
ジンのその言葉が、ずっと居場所を探していた俺にとってはただ嬉しかった。