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第19話 《隠密》と回避

「今日から新しい盗賊アーツについて教えようか」


 2階層を突破した翌日。

 ジンが修業をつけてくれるとのことで、なんの変哲もない街の外の空き地に呼び出された俺は、開口一番にそう告げられた。


「新しいアーツですか⁉」


 その言葉に少しだけ胸が躍る。


「まあね。ノート君の《索敵》と《罠探知》と《罠解除》はもう充分なほど上達しているし、そろそろ他のアーツに手をつけた方がいいかなって判断したんだ」


「本当ですか! ありがとうございます!」


 ジンに認められたことと次のステップに進めることが嬉しくて、自分でも驚くくらい大きい声が出てしまった。


 頭を下げる俺をジンは微笑みながら眺めていた。


「それで新しい盗賊アーツっていうのは何になるんですか?」


「これからノート君に身につけてもらうのは《隠密》と回避系アーツになるね」


「《隠密》と回避系?」


 俺が繰り返した言葉をジンは首肯し、話を続けた。


「まず最初に《隠密》の方から説明するね。このアーツはモンスターから狙われにくくなるアーツなんだ。ノート君が《隠密》を習得してくれると、ボクらはノート君をモンスターの脅威から守るのに戦力を割かなくてすむようになるというわけだ」


「確かに便利なそうなアーツですね」


《隠密》を身につければ、戦闘面でお荷物な自分の存在が足を引っ張らなくなるかもしれない。

 是非とも習得したいと思えるアーツであった。


「それで回避系アーツっていうのは文字通り、攻撃とかを避けるアーツってことでいいんですよね?」


「そうだね。回避系アーツっていうのは、そういうアーツの総称のことだね。ノート君にはその中の何種類かをマスターして欲しいかな」


「《隠密》が便利なのはわかりますけど、それともう一つがどうして回避系アーツなんです?」


「まずは命を落とさない技術を優先して欲しいからかな。生きていてこそのダンジョン攻略だからね。《隠密》で完璧にモンスターからの気配が消せなかった時や、流れ弾が飛んできた時、ノート君に対処できるようになって欲しいんだ。それと戦闘技術を教える下準備にもなるし」


 ――戦闘技術。


 思わずその言葉に反応して、肩がぴくっと上がってしまった。

到達する者(アライバーズ)』に入った時、いや冒険者を志した時から、誰もが憧れるような強くてかっこいい冒険者になりたかった。


 今の自分がそれとは程遠いと自覚しているけれど、その夢が消えたかといえば噓になる。

 現実を知れば夢は色あせていくけれど、決してなかったことにはならない。


到達する者(アライバーズ)』のみんなに恩返しをしたい。

 それがもちろん今の俺の一番の気持ちだ。

 そのためだったら夢を捨てて、パーティーの裏方に徹する覚悟だってある。


 でも、俺が歩んできた道は夢から遠ざかっていたものじゃなかった。

 着実に夢へのステップを進んでいたのだ。

 それが嬉しかった。


「それじゃあ、とりあえず今日は《隠密》について教えるね。このアーツの特徴は自身だけでなく触れた対象の気配まで消せることにあるんだ。服や武器はもちろんのこと、人間一人くらいまでだったら気配は消せるね。その特徴を使って、ボクは今からノート君の気配を消そうと思う。それでノート君は気配を消すという感覚を覚えて、その真似をして欲しいんだ」


「感覚を真似するって難しそうですね……」


「そうでもないんじゃないかな? 伝聞や見て学ぶより遥かに簡単だし、《索敵》なんかよりも楽に習得できると思うよ」


 と言いながら、ジンは肩に手を乗せてきた。


「いくね――」


 ――途端、俺は世界から取り残された。


 自分の存在が希薄になっているのがわかる。

 周囲に広がる風景と自己が乖離している。


 まるで自分がこの世界の住人でないような疎外感さえ覚える。

 俺は実は死んでいて、その魂だけが取り残されている。

 今までの記憶は全部まやかしで、この孤独こそが真実だったんだと、そう思えた。


「はい、解除」


 その言葉で俺ははっと我に返った。

 忘れていた呼吸を取り戻すように繰り返し、気持ちを落ち着かせる。


「これが《隠密》の感覚――」


「何か摑めたかな? まあ、もしこの感覚を忘れても、言ってくれれば何度でも教えるから安心してね」


「わかりました……」


 ジンはフォローを入れてくれたが、俺にはこの衝撃的な感覚が忘れられるようには思えなかった。






 ***






 ロズリアがパーティーに加入したことで、『到達する者(アライバーズ)』は本格的にダンジョン攻略を再開することにした。

 俺のアーツ練習はダンジョン探索と同時並行で行われるようだ。


 初めて《隠密》を習った日の翌日は3階層突破に費やし、俺の回避系アーツを鍛えてもらうのはその次の日からとなった。


「指示通り昨日は、ボクが回避アーツを使うところを見てくれたかな?」


「はい。速すぎて目で追えなかったですけど、一応は……」


 昨日の探索では主にジンが戦うことになっていた。

 理由としては俺に回避アーツとはどんなものか、実際に見て欲しかったからだそうだ。


 初心者の俺にもわかりやすいように、大げさにアーツを使っているらしかったが、俺には何がなんだかちんぷんかんぷんだった。

 何種類のアーツを使用したのかも、どうやって身体を動かしていたのかも皆目見当つかなかった。

 だから、これから丁寧に教えてくれるのかと思っていたが――。


「それじゃあ、今からボクがノート君を攻撃するから、それを見よう見まねで躱す。いいね?」


 世の中はそんなに甘くなかった。

 全然良くない……。無茶ぶりにも程がある……。


「無謀じゃないですか、その練習方法……。もっと効率の良いやり方があるような……」


「ボク的にはこの方法が一番だと思うけどね……。回避系アーツっていうのは戦闘の中である程度自然と身につくものなんだ。戦いながら回避の技術やセンスを身体に馴染ませていくしかないんだよ」


「それはわかりましたけど、ジンさん相手っていうのは……。正直、躱せる気配がしないですし……」


「だからと言って、ダンジョンのモンスターと戦わせるわけにもいかないしね」


「そうですね……」


 確かに俺がダンジョンのモンスターと戦ったら、一撃で即死すること間違いなしだ。

 ジンが相手だったら、いくら躱すのを失敗しても命に関わることはないだろう。


 その点では安心できるが、どう考えてもジンの攻撃を避ける方がダンジョンのモンスターの攻撃を躱すより難しそうに思えた。

 いきなりハードモードすぎる……。


 まあ、ジンもそこら辺は考慮して手加減してくれるのだろう。

 提案を了承し、向かい合って離れることとなった。

 これからジンが攻撃してくるのを、俺が避けるという手合わせが始まる。


「じゃあ、始めるよ」


 ジンの言葉に頷きで返す。開戦の合図だ。

 俺は正面にいる彼の一挙手一投足を見逃さないように目を細める。


「――《絶影》」


 ――えっ?


 彼の口元が動いたのを確認した次の瞬間には、俺は宙を舞っていた。

 意味がわからない。

 地面に叩きつけられてようやく、自分が投げられたんだと気がついた。


 何秒間か呆然とした後、背中を打った痛みが襲ってきて、考える力を取り戻した。

 とりあえず、思ったことを口にする。


「いきなり全力はずるくないですか?」


「なんのことかな?」


 ジンはわざとらしく手を上げた。


「ダンジョン内ではモンスターは手加減してくれないよ。だから、ボクも本気を出すのが当然なんじゃないかな?」


 確かに正論だけども……。

 なんか釈然としないものがある。


 怒りというか、悔しさというか、自分の中でこんなにも負けず嫌いな感情が湧き起こるとは思わなかった。


 いいだろう。そっちがそう来るなら、俺も死ぬ気で避けてやる。

 俺の使える技術を総動員して、どんな手を使ってでも避けてやる。


 心の中でジンへ啖呵を切る。

 ジンに勝てないだろうという常識は既に頭の中から捨てていた。

 本気だ。本気でやる。本気でジンに勝つ。


 先程の無防備な体勢とは打って変わって、腰元に差してあったダガーナイフを抜き取る。

 先日、エリンに買ってもらったものだ。

 それを右手に構え、臨戦態勢を取る。


 俺の真剣な表情に対して、ジンは余裕そうに口角を持ち上げていた。


「いいね、やっぱりノート君には伸びしろがあると思うよ。そうだ、回避に専念するにも、武器は構えなくちゃ話にならない。まるっきり逃げ腰じゃ、相手の攻撃の的になるだけだからね」


 理屈や理論はもういらない。

 ジンの御託はほとんど頭に入ってこないし、とっとと始めたい一心だった。


 視線から、俺の考えていることが彼にも伝わったようだ。

 応えるような頷きが返ってくる。


「――《絶影》」


 黒き影が目の前を過って迫っていた。






 意識を変えるだけで強くなったら誰も苦労はしない。

 大切な教訓を得た一日であった。


 15戦0勝。これが今日の戦績だ。

 勝つどころか、ジンの攻撃を一発も避けられなかった俺は、15戦目で彼の一撃に意識を沈められ、目を覚ましたらパーティーハウスにいたという有り様だった。


 どうやら気を失っていたうちに、ネメが回復スペルを使ってくれたようだ。

 戦いの最中に感じていた節々の痛みは、最初から存在しなかったかのように引いていた。

 ひとまず感謝の言葉を述べると、


「どうです? 感謝して欲しいです!」


 と腰に手を当ててドヤ顔で返してきたので、少しだけイラッときた。

 なんやかんやネメを振り回して (物理的に)、リビングを後にする。


 そして、そのままの足でジンの部屋に向かった。

 修業をつけてくれたことへの感謝を述べるのと、振り返りをするためである。


「――で、どうでした? 今日の進捗状況は……?」


「うーん……。なんとも言えないよね、初日だし……」


 ジンは頷きながら「でも、悪くはないと思うよ」と付け加えた。


 悪くはない――ね。

 俺から見たら、今日の修業で自分の良いところなんて一つも見つからなかった。

 彼は俺に気を遣って、優しい表現を用いてくれているのだろう。

 申し訳なさすら感じる。


 それからいくつかジンにアドバイスをもらい、部屋を立ち去った。

 ジンのアドバイスはどれもあやふやで抽象的な表現が多い。

《索敵》の訓練時から、同じような特徴は見られたが、それはジンが教えるのが下手だからなのか、それともアーツを教えるってこと自体がそういうものなのか、俺には判断ができなかった。


 だが、過去に受けたアドバイスはどれも、自分がある程度技術を身につけて振り返ってみると、そこでようやく意味が理解できるようなものばっかりだった。

 アドバイスが的外れなものではないという証拠だ。


 ただ、ジンは天才肌というか、俺みたいな凡人とはアーツを身につけるプロセスが違うのかな、という気もする。

 彼のアドバイスは俺にとって役立つこともあれば、全く役立たないこともあるということだ。


 それから、何度も地面に叩きつけられた身体の汚れを落とすために、お風呂に入ることにした。

 シャワーを浴びて、浴槽に浸かった後、今日の修業を振り返る。


 今、俺にできることと言ったら、ジンとの戦闘のイメージトレーニングをすることだけだ。

 それがどれだけ役に立つかは知らないけど、やらないよりかマシだろう。


 何十回、何百回と想像上で戦い、負け続ける。

 それでも、良さそうだなと思った手は明日試してみよう。


 それと今の俺にできるのは《隠密》の練習くらいか。

 こちらは相手や状況を選ばず、一人勝手に鍛錬できるタイプのアーツである。

《索敵》とかと似たような部類だろう。

 俺としてはそういうアーツの練習の方が好きだった。


 今度から隙を見て、《隠密》を練習していこう。

 大事なのはどれだけそのアーツの練習に時間を費やしたかだ。

 今まで学んだ三つのアーツも突き詰めれば、そういう類のものだった。


 先日の自己の存在を世界から抹消する感覚を思い出しながら、湯船に身体を沈めていった。


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