第132話 最強の盗賊
ネメの奪還に向けて、俺達は三手に分かれることになった。
まずは俺とスイズの潜入組だ。
俺達二人のやることは至って単純。地下道を通って、教会へと侵入し、ネメを取り返すことだ。
俺達二人は盗賊という戦闘職柄、機動力のある隠密行動が得意となる。
教会内の人に見つからずネメの下にたどり着くには、戦力を減らしてでも二人で侵入した方がいいということになった。
侵入自体はなんとか頑張ればできそうだが、問題はネメにたどり着いた後の帰り道だ。
侵入時に《絶影》で【超遠視】の視界を振り切ろうとも、ネメがいる地点に視界を置かれてしまえば俺達の存在はバレてしまう。
そこからネメを背負って帰らなければならないため、帰り道は行きよりもスピードが出せず【超遠視】に捉えられてしまう可能性もあった。
そこで活躍するのが、エリンとフォースの《転送門》組だ。
エリンとフォースには俺達がホテルを出た後、すぐに部屋の荷物を片づけてもらって、そのまま透明化の魔法をかけたまま【超遠視】が届かない街の外まで出てもらう。
そこで《転送門》を起動。もう片一方の《転送門》は俺の手袋に罠魔法として用意されており、《転送門》を起動することで街の外までワープを行うというわけだ。
残るロズリアとソフィーは攪乱係となる。
正直、俺とスイズに敵の意識がすべて集中してしまうと、かなり動きにくくなってしまう。
そこで二人には敵の注意を引いてもらうために、適当に教会の方を荒らしてもらうことになっていた。
攪乱係として二人を配置する分、帰り道に二人を拾って《転送門》で脱出しなければならなくなるためリスクは高まる。
だけど《索敵》で位置は常に把握できるため、合流もそこまで難しくないだろうとして、リスクとリターンを考えた結果がこの配置だ。
フォースはフーゲ枢機卿へのリベンジを望んでいたみたいだが、直接戦闘は極力避けるという今回の作戦のコンセプト上、《転送門》組としてお留守番をしてもらうことになっている。
どうも神官の中には呪いを強めるスペルを使える者もいるらしく、妖刀煉獄しか使えない今のフォースはかなり相性の悪い相手となっている。
リベンジマッチができないとあって落ち込んでいたが、エリンにいざということがあったときの警護も重要な役目なので我慢してもらうことになった。
「はい、手袋」
エリンによって、罠魔法を備え付けた手袋が手渡される。
いくらアルシア達にこちらが準備している姿を視られたくないからといって、最低限の準備は必要だ。その最低限の準備に手袋への罠魔法付与は含まれていた。
他のみんなには普段の夜と同じように過ごしてもらっているし、スイズは外に出て、教会の侵入ポイント近くに待機している。
要するに現在は俺とエリンの準備待ちという状況だった。
「今回の相手は人だから、いつもとは魔法のバリエーション変えてるわよ」
「気を利かせてくれたんだな」
「いつもみたいに威力に全振りしてたら、人殺しちゃうでしょ?」
「それもそうか」
ダンジョン攻略では防御力の高い敵に有効打を与えるため威力重視の魔法をセットしてもらっていたが、今回はエリンが対人戦用に見繕ってくれた術式を込めてくれたらしい。
とは言っても、一枠は《転送門》に使われてしまうため、その他の魔法について使い方を聞くことになる。
「右の手のひらにセットしたのは――」
手袋に込められた魔法についてエリンに一通り説明してもらうと、手袋を受け取って感謝の言葉を述べた。
「ありがとうね」
「いつものことじゃない」
「普段からありがとうって意味だよ」
「いいわよ。わざわざ感謝の言葉なんて言わなくて。その代わりネメをちゃんと取り返しなさいよ」
「それこそ、言われなくてもわかってるって」
エリンに軽口を投げかけると、手袋をポケットに突っ込みながら部屋を後にしたのであった。
*
「お待たせしました」
待ち合わせ場所の薄暗い路地裏でスイズと合流を果たすと、そこから先は速かった。
「準備はもうできてるか?」
「はい」
手袋を嵌めて、臨戦態勢を整える。
ここから先は時間との戦いだ。既にエリン達も動き出している頃合いだ。
「じゃあ、行きますよ」
地下道を先導するのは【地図化】で進路がわかっている俺の役目である。
下水路におりて、そこから脇道へ逸れ、地下道に入る。
地下道は暗くて入り組んでいるものの、人気はまったくない。
ここは安心して進める場所なので、最速で進んでいくことにする。
「それにしても【地図化】っていうのは便利なスキルなんだな」
走りながら口を開いたのはスイズだった。
「そうですか?」
「いや、そうだろ。教会に侵入するっていったら、普通は侵入経路とか色々悩まなくちゃいけないのに、それを一発で叩き出せるときた」
「それだけなら2スロットの【地図】でもできますよ」
「そうだとしてもよ。それに――」
そう言って、スイズは右手に持っていたランタン代わりの魔道具を掲げた。
「この暗闇の中、照明も用いないで進むときた。それも【地図化】のスキルのおかげだろ?」
「まあ、そうですね。地形がわかっていますから、視界がなくても進めますしね」
「それって【地図化】を持っている奴なら誰でもできるようになるもんなのか?」
「わからないですけど、慣れればできるようになるものなんじゃないですか?」
他の【地図化】持ちは『迷宮騎士団』のクーリくらいしか知らないのでなんとも言えないけど、そのクーリは俺よりも何倍も【地図化】を有効活用しているときた。
あの天才ならこれくらいのことは簡単にやってのけるだろうし、この程度のことは特別すごいことでもない。
「もしかしてオレが灯りを持たなければ、この暗さだし、アルシアの【超遠視】からも簡単に逃れることができたんじゃないか?」
「そうかもしれませんけど、一人で敵の本拠地に乗り込むのは避けたいところなんで、スイズさんがついてきてくれなければ困ってましたよ」
地下道はサレングレ大教会まで続いているものの、ネメが閉じ込められている裏聖堂まで続いているわけではない。
一度は教会の敷地に出なくてはならず、そこから本聖堂に入り、隠し通路を経由して、裏聖堂まで行く予定であった。
「本聖堂前には門番がいるみたいですしね。そこは任せましたよ」
「そんなこと言って、あんた一人でなんとかなっちゃうんじゃないのか?」
「いや、無理ですよ」
俺の主な攻撃手段は《魔法掌底》になるため、残弾が限られている。
ダンジョン冒険者としては珍しい、継続戦闘が苦手な戦闘スタイルときた。大勢の門番と戦うのは避けたいところである。
同じ盗賊で言うと、魔法行使系盗賊のエイシャみたいな部類だろうか?
彼女から戦闘技術の大部分を盗んだところはあるので、似通ってしまうのは当然のことなのかもしれない。
「そろそろですよ」
しばらく進むと、サレングレ大教会の敷地の真下へとたどり着いた。
「ここか」
頭上には大きな穴があり、そこを上ると庭の噴水が最終的に流れていく下水道へと続いていた。
「じゃあ、ちょっくら行くか」
スイズは目を見張るような跳躍を見せると、そのまま灯りの魔道具を片手に《登破》で穴を駆け上がっていく。
俺も置いて行かれないように《登破》を使って、壁から穴へと登っていく。
「さてと、オレもそろそろ活躍しないとな」
下水道に降り立ったスイズは屈伸運動を始めた。
ここから先は敵が待ち構えている状態だ。
地下道では両者とも【超遠視】を振り切るつもりで進んだため、俺達の正確な居場所まではバレていないとはいえ、警護兵との交戦は避けられない。
「じゃあ、先に行くぜ」
上が開けた場所まで進むと、またしてもスイズは跳躍を見せた。
今度は下水道の壁の縁に着地したかと思った瞬間、身体を宙で方向転換。そのまま光の如く外へ飛び出した。
「――速っ!」
なんだ、あのスピード。何かのアーツか?
《絶影》状態のジンと同等かそれ以上の速さじゃないか? さすがは最強の盗賊といったところだ。
「《絶影》」
ただ走っていっただけでは置いていかれる。そう思って、俺もアーツを発動して追いすがることにする。
俺が外に出ると、そこには三人の倒れている兵士がいた。
「えっ――⁉」
月明かりもない夜の闇の中、庭の中を光が駆け巡っている。
あれはただの光じゃない。盗賊スイズ・マイランだ。
「これが《瞬光》だ。――って言っても、もう聞こえてないか」
直線的な光は瞬く間に兵士の下へと走り、折れ曲がったかと思うと、その場にいた兵士は崩れ落ちていた。
光はそのままギザギザな軌跡を描きながら、兵士達を次々と気絶させていく。
「直線的な軌道に絞った、加速系アーツってところか……」
《絶影》のように流動的な軌道で動けるアーツではなさそうだが、その分直線に限った場合はスイズの使う《瞬光》の方が速そうだ。
目で追えない速さで進み、攻撃や方向転換するところで、突然視界に現れる。
その光景は光が点滅しながら進んでいるようで、《瞬光》という名前も納得できた。
「はいよっ、《柄打》だ」
しかも、スイズは《瞬光》で進みながら、きっちりとダガーの柄で兵士の顎を殴り気絶させていた。
《瞬光》の速さがダガーに乗ってしまえば、顎の骨ごと砕いてしまいそうなところだ。
それを絶妙な力加減で気絶にとどめている。芸術みたいな手際の良さに見惚れてしまいそうになる。
「俺もやれるのか?」
腰に差していたダガーを取り出して柄を眺めるが、自分がダガーの扱いが盗賊の中では下手くそな部類なことは自覚している。
ここで変に感化されて、やれもしないことにチャレンジして失敗したら、目も当てられない。
「《掌底》!」
絶影で向かってきた兵士に近づき、そのまま手慣れたアーツを叩き込む。
スイズを真似して、顎を撃ちつけてみたが、力加減はこれでいいのだろうか?
「うっ――」
兵士が手にしていた槍を地面に突き刺し、のけ反り倒れそうなところを踏ん張る。
しまった。手加減しすぎたか。
「もう一発!」
幸いにも兵士は一発目の《掌底》を食らって隙を見せていたので、二発目を叩き込むのは簡単だった。
今度は上手くいったようで、兵士は気絶して倒れ込む。
「少し怪我をさせるかなってくらいがちょうどいいのか?」
人が苦労している間にもスイズは三人倒していた。
なんという速さ。これ、俺は戦力になっているのだろうか?
心配になってきたが、ゆっくりと考えを巡らせている余裕はない。
ここまで大っぴらに騒ぎを起こせば、他の兵士も次々と駆け寄ってくるし、おそらくフーゲ枢機卿が雇ったであろう精鋭達が近づいてくる気配もした。
それにスイズは随分先に進んでいる。ここで彼とはぐれれば、自分は敵に囲まれてしまう。
「ちょっとは待ってくれないんですかね……」
ぼやきながら、近くの兵士に《掌底》を一発お見舞いする。
今度は何かが割れるような感触が手のひらにあった。少しやりすぎたかもしれない。
まあ、死ぬような怪我じゃないし、ここには神官もたくさんいる。すぐに回復できるだろうし、これくらいは問題ないだろう。
「《掌底》っ!」
三人目への《掌底》で絶妙な力加減を理解した。
この強さでいけば、人を気絶させることができるのか。いいことを学んだ。
そのまま一人、二人と《掌底》をぶち込み、相手を気絶させたことを確認する。
「おい、着いたぜ」
いつの間にかスイズはネメのいる裏聖堂の扉の一つにたどり着いていた。
俺が《掌底》の力の調節に少し意識を向けている間にどれだけの兵士を倒したんだよ……。
急いでスイズの下に向かうと、スイズはあっさりと扉のロックを《開錠》で開けてしまった。
「なんかつまらないくらいに拍子抜けな感じで進むな」
「俺としてはこのまま何も起こってくれない方が嬉しいんですけどね」
スイズが扉を開けると、そこには襲撃を察して駆けつけてきた兵士達が。
「ほら、不吉なこと言うからこうなるんですよ」
「別にこれくらいの相手なら、オレ達ならどうにかできるだろ?」
即座にスイズは《瞬光》を発動。そこら辺の判断の速さはさすがとしか言いようがない。
俺も彼に倣い、《絶影》を発動。先に進むスイズを追いながら、彼が手にかけなかった兵士達を気絶させていく。
「次の突き当たり右です」
「はいよ」
スイズも盗賊であるため、《索敵》で兵士の居場所を探ることができる。
普段のダンジョン探索なら、敵の位置を細かに仲間に知らせなくてはいけなかったが、今回の侵入作戦では道案内だけをしていればいい。
一流の盗賊が仲間になると、こんなに楽なのか。スイズの存在のありがたみをただ感じるだけの道中である。
「ここの兵士、全然手ごたえないけど大丈夫か?」
「スイズさんが強すぎるだけですよ」
「そういうもんか?」
「正面戦闘ならあれですけど、こういう奇襲に盗賊って戦闘職はめっぽう強いですからね」
この俺がまだ兵士達に組み伏せられていないのも、その辺りの事情があるだろう。
剣の腕では十中八九負ける相手でも、こちらの得意分野に引き込めば勝ち目はある。
「そこの道、奥から二番目の部屋に入ってください」
「ここか?」
俺とスイズがたどり着いたのは、ただの物置のような部屋だった。経典らしき本や書類が所狭しと並べられている。
「多分、ここら辺に――」
そう言って、本棚を引っ張ると奥に通路が見つかる。
やっぱり予想通り、ここが隠し通路の入り口だ。
「この通路を使えば、裏聖堂には簡単に行けるはずです」
「そうかい」
隠し通路に入ると、本棚の位置を内側から戻して、そのまま暗い階段を下りていく。
一番下まで行くと長い通路となっており、そこを進んで裏聖堂の真下にたどり着けるようになっていた。
裏聖堂の真下は広い空洞が広がった部屋になっていた。
建物を維持するための柱が何本も立っているだけで、それ以外には何もない。
部屋の奥には扉があって、その先の階段を上ると裏聖堂の一室に着くはずだ。
「やっぱり拍子抜けだな」
スイズは近くにある柱に、手に持っていた照明を引っ掛けた。
歩きながら別の柱にも次々と灯りの魔道具をつけていく。
虚ろな部屋に彼の顔が見られるくらいの明るさがもたらされる。
「このままあんたのお仲間を取り返して、はいおしまいってのも悪くねえけど、やっぱり面白くねえよな」
「面白さなんていらないですけどね」
俺は笑って答えると、スイズの表情が引き締まった。
「あんたはそうかもしれねえけど、オレはそうじゃねえ」
スイズは俺に身体の正面を向けると言った。
「最初に言ったはずだぜ、ノート・アスロン。オレは面白いと思うことしかやらねえと」
「何が言いたいんですか?」
彼の雰囲気がどこか変わったことに気がついて、俺は問いかける。
彼は肩をすくめながら答えた。
「オレはあんたの依頼なら、面白いことが起きるかと思って受けたんだ。だけど、ちょっと期待外れだったなって」
「期待に応えられなくてすみませんでしたね」
「だけど、フーゲはやっぱり期待以上の奴だよ。あいつはいつもオレの想像を超える面白え依頼を持ってくる」
どうしてここでフーゲ枢機卿の名前が出てくるんだ?
嫌な予感がしている俺に、スイズは尋ねてきた。
「ノート、情報を集めるにおいて一番簡単な方法はなんだと思う? あんたほどの盗賊ならわかるだろ?」
「……なんですか?」
「しらばっくれるなよ。一番簡単な方法は本人から訊く方法だ」
状況が掴めていない俺に、スイズは予想もしなかったことを告げてくる。
「オレは聖女関連の情報を集めるなら、フーゲのところに行くのが一番手っ取り早いと思った。あいつとは昔の知り合いだったしな。オレが探りをかけてもそんなに変なことじゃねえ」
まさかスイズがフーゲ枢機卿と直接接触していたとは。
どうりで、聖女候補生にまつわる事情やアルシアのスキルについて詳しい情報が得られていると思った。
「ただ誤算だったのは、【超遠視】でオレがあんた達と組んだことがバレていたことだ。フーゲの奴はオレが敵対する立場なことも知って、重要な情報をペラペラと喋ったよ。その後言ったんだ」
そして、スイズは続けた。
「『私の方につきなさい。そうすればもっと面白い経験をさせてあげますよ』って。あいつは最高だよ。オレのことをちゃんとわかっていて、それでいてオレが欲しいと思っているものを的確に与えてくれやがる」
「まさか俺達のことを裏切るつもりなんですか?」
「裏切るか。まあ、そうだな。結果的にはそういうことになるのか」
スイズは笑みを浮かべながら言った。
「だけど、オレをむやみやたらに信用したあんたが悪いんだぜ? オレも腐っても盗賊だ。敵意を隠すことなんて簡単なことだ」
未だに《索敵》からは彼の敵意を感じられない。
当たり前だ。彼は最強の盗賊なんだから。敵意が感じられないから信用できるなんて簡単に考えた俺が馬鹿だった。
俺は怒りの気持ちを込めて言う。
「スイズさんが裏切るつもりなのはわかりました。でも、正直わからないところもあります。俺達を裏切ってフーゲ枢機卿の下につくのの何が面白いんですか? 俺としては、強い者に尻尾を振っている臆病者にしか見えませんが」
「そう手厳しいこと言うなよ、ノート・アスロン。奴はとっておきの報酬をくれたんだから」
「報酬? なんですか? 金? それとも地位ですか?」
「そうじゃねえ、この状況だ」
そうして、スイズは手を広げて口にした。
「最強の盗賊、ノート・アスロンとの一騎討ちだよ」




