第131話 電撃作戦
「――というわけだ」
盗賊のスイズからの聖女候補生にまつわる情報を聞かされて、ホテルの一室に集まっていた俺達『到達する者』のメンバーは言葉を失っていた。
アイファンの国が主導して、親がいない子供達を使い、目当てのスキルを持つ人間を作り出そうとしていたことも驚きだったし、ネメがそうやって育てられた子供だったことも驚きだった。
他所から来た俺達にとっては異質に思える仕組みも、この国では倫理上の問題とはなっていないらしかった。
確かに親を失った子供を救済するシステムがある国の方が少なく、この仕組みによって助けられる子供だってたくさんいるはずだが、それでも感情的にはなかなか納得しにくいのが現実だ。
まあ、現在はネメが【聖女権能】を手にしてしまったために聖女候補生の仕組み自体がなくなっている。
単に親を失った子供を育てる教会だけが残っており、その点の問題は解消したのかもしれない。
だけど、スイズからの情報によると、ネメは聖女になるのを拒否して、教会から抜け出してきたらしい。
そして、ピュリフの街にたどり着いて、ダンジョン探索を行っていたとのことだった。
個人的な理由まではさすがにスイズでも調べられない。
だけど、教会の中でずっと育ってきた少女が大人達から逃げ出して、見知らぬ土地で生活していくには並大抵でない決意がいるはずだ。
しかも、ここにいる誰もがネメのダンジョン制覇に懸ける熱意を知っている。
『到達する者』が解散したときも、ネメだけはダンジョン制覇の夢を諦めていなかった。
実現可能な方法だったとは到底言えないが、それでも自らで新しく仲間を集めて、ダンジョン探索を行っていた。
それは執念とも言える熱意だ。
何がそこまで彼女を衝き動かすのかわからないが、ネメの決意を邪魔するフーゲ枢機卿と今の聖女代行であるアルシアという人物に怒りを覚えるのであった。
「……ありがとうございます。それにしても短期間でよくここまでの情報集められましたね」
「そこはオレを舐めてもらっちゃ困るぜ」
「そういう情報ってどうやって集めるんですか?」
「企業秘密ってやつだ」
スイズはおどけた表情で人差し指を立てると、次の瞬間には真剣な表情を浮かべていた。
「で、ここからが重要な話だ」
「今までも充分重要だったと思うんですけど……」
「それ以上ってことだな。つまるところ、ネメ・パージンの奪還作戦についての話だ」
その言葉を聞いて、『到達する者』のみんなにも緊張が走る。
やっとネメを取り返すために動けるという期待も湧いてきていた。
「そのことを話すについて、一つ考慮しておかなければならないことがある。聖女代行アルシアのスキルについてだ」
「スキル?」
そこまで有能なスキルなのだろうか? それこそエリンやフォースのように?
「彼女のスキルは【超遠視】というスキル持ちだ。【遠視】の上位互換のスキルだな」
スイズの言わんとしていることがよくわからなかった。そのスキルの何が問題なのだろう?
俺やエリンが首を傾げていると、スイズは続けた。
「効果自体はただただ遠くを見渡せるってものだな。そのスキルによって、あんたらの動向を常に把握されていると思っていい」
「えっ⁉」
驚きの声をあげたのはエリンとロズリアだ。声を出さない他の者も驚愕している気持ちは変わらない。
「どうやらそのスキルであんたらの行動はピュリフの街にいたときから、常にマークされていたっぽいぜ?」
「それでか……」
フォースは心当たりがあるかのように頷いている。
気配を探れる俺がダンジョンにいる間に襲撃してきたのも、そのような仕掛けがあったからなのだろう。
襲撃の気配を事前に気づくことができなかったのも、《索敵》の範囲外から俺達のことを観測していたからなのかもしれない。
「『到達する者』がスイズ・マイランに接触したこともバレているってわけだ。こうしてホテルの一室で作戦会議をしていることも」
「ほんとに⁉」
エリンが辺りを見回そうとすると、スイズはそれを手で制した。
「おっと、向こう側に悟られるような動きはするな。【超遠視】の存在をこちらが知っている前提で動いていることをまだ知られたくない」
「そうよね……」
エリンは納得したのか、スイズへと視線を戻した。
「【超遠視】と言っても遠くを見通せるだけだ。声や話の内容まではわからない。だから、ここの作戦会議の内容も口で言う分には漏れることはない。だから、安心しろ」
不幸中の幸いといったところか。こちらがネメを取り返しに来ていることがバレているのはかなり厳しい状況だが、作戦の内容まで漏れるとあらば、フーゲ達に太刀打ちができなくなってしまう。
「でも、どうするの? 相手は私達がネメを取り返しに来ることを知っているんでしょ? 警護を固められちゃいくら私達でも厳しくない?」
エリンの指摘ももっともだ。
相手は国のトップに近い存在。正面衝突は避けたいところだ。
仕掛けるなら奇襲一択しかない。だけど、相手にはその奇襲が効かないときた。
どうしたものかと、考えを巡らせているとスイズは言った。
「かといってこの状況も悪いばかりじゃない。逆に考えてみろ? アルシア達が常にこちらの動向を把握しているということは、向こうもこちらがまだなんの準備も終えていないことを知っているわけだ。当然まだ警護も万全に行っていない状態」
「なるほど」
相手がいくら国のナンバー2の枢機卿だとはいえ、ネメへの警備を常に最大限にし続けるのは難しい。
人を雇うにはお金がかかるし、私兵全員を警護に専念させれば他の仕事が疎かになる。
ましてや【超遠視】という敵の動向を知るすべがあるとすれば、俺達が動き出そうとした時点で警備を増強させるだけで充分なのだ。
現に《索敵》でサレングレ大教会を探ったときは、ネメの周りに特別に厳戒態勢が敷かれているということはなかった。
「じゃあ、急いで仕掛けた方がいいってことね」
エリンが口を開くと、スイズは頷いた。
「お嬢ちゃんの言う通りだ。さらに言うなら今すぐにだ」
「今ですか?」
ロズリアが声をあげるのも無理はない。まさか今すぐに作戦を決行するつもりだとは。
「まさかって顔してるな。そのまさかだ。相手も同じことを考えているはずだから、その隙をつくってわけだ」
「でも、準備なんて全然できてませんよ」
「それは向こうも同じことだ。こちらが動き出す準備を見せたら、その時点で戦いは始まるんだよ。で、向こうには今こうして作戦会議をしていることが知れ渡っている。ということは次の日には警備の人数を増やしているだろうよ」
「最大のチャンスは今日しかないってことですね」
「そういうことだ」
それしかないのか? 無計画にも近い状態でネメを取り返しにいくのには不安を覚えたが、よく考えたら『到達する者』にとって行き当たりばったりなのはいつものことだ。
ダンジョン攻略は未知との戦いだ。どうしても事前準備で補えないところはあるし、そういう壁に対して『到達する者』は持ち前の地力で押し通してきた。
どちらかというと、俺は用意周到に物事を進めて問題を解決する人物だから、心配に思えてしまうだけなのだろう。
常に時は進んでいるのだ。手をこまねいているうちに事態が悪化することもある。
世の中、決断しないことも時として決断になってしまうこともわかっていた。
「わかりました。今すぐやりましょう」
「さすがノート・アスロンだ。そう来なくっちゃな」
スイズは手を叩くと言った。
「幸いにもこちらには【地図化】のスキルがある。大教会の地形はすべてわかっている状態だ。隠し通路みたいなのも把握できているんだろ?」
「まあ、いくつかは……」
ビスリルの街はかつてアイファンの英雄フォージュ・マルタイオスによって山地を要塞化された都市だ。
ただでさえ道が入り組んでいるし、いたるところに洞窟や地下道がある。
その中には度重なる街の増築により使われていない路もたくさんあった。
「ネメのところにたどり着くだけならそう難しいことじゃないと思いますけど、【超遠視】をどうにかしないことにはどうにもなりませんよ。潜入経路もバレてしまいますから」
「そこは問題ないだろう。【超遠視】も万能のスキルじゃねえ」
そうして、スイズはアルシアのスキルについてわかっていることを話した。
「まず【超遠視】で視られるのは一地点だけだ。要するに二手に分かれればどちらか一方しか視られないことになる。おそらくアルシアは潜入行動に長けたノートをマークすることになるだろうな」
「その間、他のみんなは【超遠視】の監視を受けないと」
「そういうことだ。それに【超遠視】は場所を指定する、もしくは自分の意思で視界を動かすことで遠くを視ることができるスキルだ。マークといっても、自動的に追うわけじゃない」
「ということはマークを振り切ることも可能ってことですか?」
「振り切るってのはスピードでってことか? まあ、【超遠視】の視界を動かす速度より速く動ければそれも不可能じゃないな。もっとも一番簡単なのは透明になることだが」
そう言って、スイズはエリンに目を向けた。
「そこの魔導士さん。透明化の魔法は?」
「できなくはないわよ」
エリンは魔法都市イザールでの修業で、多種多様な魔法を身につけていた。
ダンジョン攻略ではあまり使うことがなさそうな透明化の魔法もいつの間にか会得していたようだ。
「透明化が有効ってことは《隠密》とかも使えそうですね」
首切りみたいに完全にいなくなったかの如く気配を消すことはできないが、俺でも見つかりにくくなることくらいはできる。
そこに最速のスピードを出すアーツ、《絶影》を掛け合わせれば遠視を振り切ることだって可能なはずだ。
「ちょっと待って」
考えを巡らせていたところ、口を開いたのはエリンだった。
「透明化の魔法より、もっと【超遠視】を簡単に振り切れる魔法があるわよ」
「なんの魔法?」
「ノートも見たことあるんじゃない? 【超遠視】って自分で視界を動かして遠視をするんでしょ? だったら、ワープすればいいんじゃない?」
「ワープって――」
「《転送門》で瞬間移動すれば問題ないんじゃない?」
《転送門》はエリンが七賢選抜のときに、空間魔法の使い手であるエスカー・バーンアウトが使っていたスペルだ。
二つの《転送門》を空間的に繋げてしまうという高位の空間魔法。
エリンはエスカーとの戦いでさらに高位の空間魔法、《転送領域》をコピーすることによって勝利を収めた。
その過程で《転送門》も習得済みだったようだ。
なんと末恐ろしい魔導士なことか。さすがは現『到達する者』のエースを張っているだけはある。
「《転送領域》と違って、《転送門》は人間も飛ばすことができるからね。戦闘では使いどころがあんまりなかったけど、こういう状況なら有用なスペルなんじゃないかしら」
「エリン!」
これはエリンの《転送門》をベースにネメの奪還作戦を立てた方がいいかもしれない。
俺達は限られた時間で作戦を立て、それを実行することにしたのであった。




