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第127話 スイズ・マイラン


「そういえば自己紹介がまだだったな」


 年齢は三十代半ばといったところだろう。

 盗賊ギルドで出会った、短髪で服をだらしなく着崩した男は人気のない路地裏に着くと、開口一番で言った。


「オレの名前はスイズ・マイラン。おそらく、あんたらの捜している盗賊ってやつがオレだ。よろしくな」


「えっ⁉」


 隣にいたエリンが驚きの声を上げる。

 依頼を出すことに決めた当の俺としても、突然の発言に戸惑っていた。


「あなた、スイズ・マイランを知らないって……」


「別に知らないとは言ってないぜ。はぐらかしたのを嬢ちゃんらが勝手に知らないと思い込んだだけだ」


 思い返してみれば、確かに彼はどう答えれば正解になるのかわからないと言っていた。

 その後、スイズ・マイランは謎に包まれた盗賊という話を聞かされて、こちらが勝手に目の前の男がスイズ・マイランを知らないのだと判断しただけだ。

 それでも納得できなかったのだろう。エリンは続けざまに尋ねる。


「どうしてあなた、そんな意地悪な真似するのよ」


「意地悪か。まあ、そう思うのも当たり前だよな。そこはオレが依頼を受けるルールに関係しているんだが――」


「依頼を受けるルール?」


 確かに目の前の男は先ほど、スイズ・マイランには依頼を受ける基準があると言っていた。

 彼がもし本当のスイズ・マイランであるならば本人談ということになり、その情報は正しいということになる。


「そうだ。オレは金で依頼を受けねえ。金はあるに越したことはないけど、多く持っているだけ偉いってものじゃないからな」


「じゃあ、どういう依頼なら受けるんですか?」


「そんなに難しいことじゃねえ。オレが依頼を受けるルールは至ってシンプル。オレがその仕事を面白いと思うかだ」


 スイズ・マイランを自称する男は笑みを浮かべると言った。


「オレは面白いと思うことしかやらねえ。人生は一度きりだからな。楽しんだもの勝ちだと思ってる。だから、オレは冒険者なんて仕事をやっているし、様々な依頼が舞い込んでくる盗賊なんて戦闘職(バトルスタイル)をやっている。あんたはどうなんだ?」


 俺に向かって男は尋ねてくる。先ほどまでの酒に酔った姿は鳴りを潜め、今は鋭い眼光を携える一人の冒険者であった。

 きっと目の前の男は本物のスイズ・マイランだ。

 なんの証拠もないが、溢れるオーラから俺は確信していた。


「自分は面白いかどうかなんてあんまり気にしたことないです……」


「そうか。まあ、生き方は人それぞれだしな。あんちゃんがどんな信条を持っていようと勝手だ。オレは生まれてこの方三十年以上、面白いと思えることしかやらなかったし、そうやって好き勝手生きていたのにもかかわらず、いつの間にかこの国一番の盗賊として崇められるようになっていったんだからな。人生ってやつはよくわからねえ」


 スイズは吐き捨てるように言う。

 エリンはいまいち話の流れがよくわかっていなかったようで口を開いた。


「それが私達に意地悪をしたのとなんの関係があるのよ」


「おっと話が逸れたな。すまんすまん」


 スイズは手のひらを立てながら、二、三度軽く頭を下げると言った。


「面白いと思う依頼しか受けないって決めるのは簡単だが、意外にもその面白いって感じるものを探すのが難しいんだ。何しろオレはその筋では有名になってしまったからな。誰もかれもオレに依頼を出すときは、そいつの素顔を隠して話しやがる。依頼人の顔が見えない仕事は当然面白く思えねえ」


「それでスイズ・マイランであることを隠していたと」


「そうだ。オレが酔っ払いの下級冒険者だと知ると、人間面白いくらいに本性を表すからな。そこの嬢ちゃんみたいに」


「うっ……」


 エリンは図星を指されたかのようにのけぞる。

 人間どうしても見た目で判断してしまいそうになるのは仕方ないことだろう。

 俺だって《索敵》という見た目以外で判断する指標を持ち合わせていなかったら、エリンと同じような対応をしていた可能性は否めない。


「そういう点ではあんちゃんは合格だ。あんたは面白い。面白い奴が持ってくる仕事っていうのは大抵面白かったりするもんだ。だから、あんたらの依頼は受けてやろう」


 男はそう言うと、俺に向かって尋ねてくる。


「あんちゃん、名前は?」


「ノート・アスロンです」


「……ほう」


 男は合点がいったように頷いた。


「なんか変な名前でしたか?」


「そうじゃなくて、あんた本物のノート・アスロンなんだな?」


「本物も何も生まれたときからそういう名前でしたけど。もしかしてこの名前って、アイファンではありがちな名前だったりします?」


「装いは盗賊っぽいし、気配もそうだな……。おそらくオレが思い浮かべているノート・アスロンはあんたで間違いない」


「言っておきますけど、自分この国来るの初めてですよ……」


 これから俺達はアイファンで騒ぎを起こす予定だが、現時点ではまだ何もしていない。

 もちろん、スイズ・マイランを名乗るこの男とも初対面だ。俺の名前を知っている理由がわからない。


「あんた、『到達する者(アライバーズ)』のノート・アスロンだろ?」


「……そうですけど」


 まさか本当に俺のことを知っているとは。

 驚きが表情に出ていたのか、スイズは肩をすくめながら言う。


「どうして知っているのかとでも言いたげな顔だな」


「その通りです。どうして俺のことを知っているんですか?」


「仮にもオレは盗賊として名が通っている身だ。各国の有名な冒険者の情報は頭に叩き込んでいるに決まっている。そうだろ?」


 そう尋ね返されても、同意することはできない。

 俺はスイズ・マイランという盗賊の存在をリースに知らされるまで知らなかったし、他の有名な冒険者の情報なんてさらに把握していない。

 基本的に俺はダンジョン攻略以外興味がないし、それに関係しないことにはあまり手を出さない。


 王都で首切りの下にいた一流の盗賊であるエイシャだって、各国の有名な人物の情報は頭に入れていた。

 そういう点では自分はまだ三流の盗賊なのだろう。普通の盗賊なら当たり前にやっていることが俺にはできていない。


「正直自分はそういう情報にあまり詳しくないんですけど……」


 俺は曖昧に頷いて答えることにした。

 それにしても『到達する者(アライバーズ)』の知名度は他国でも通用するんだな。

 今は他のパーティーに抜かされたとはいえ、一時はダンジョン攻略の最先端を行っていたパーティーだ。

 中にいるせいでそのすごさを忘れそうになるが、『到達する(アライバーズ)』は俺達の国でも最強の一角とされている冒険者パーティーなのだ。


「ノート・アスロンがいるってことは、もしかして隣にいる魔導士の嬢ちゃんはエリンか?」


「私のことも知っているの⁉」


 今度はエリンが驚く番だった。

 俺なんかが知られているんだから、俺より数十倍実力があるエリンのことも知られていて当然だと思うのだが、彼女にとってはそういうわけでもないようだった。


「当たり前だ。イザールの七賢選抜って言ったら、世界的に見ても一大魔術イベントだからな。そこで圧倒的な勝利を見せたにもかかわらず、七賢者を辞退した魔導士がいるとなれば当然のことだ」


「私の名前が世界に……」


 顔を見るに戸惑いと恥ずかしさと嬉しさが三分の一ずつといったところだろうか。エリンは得も言われぬ表情を浮かべていた。


「で、そんな大物お二人さんがオレにどんな依頼を?」


 俺を大物と言うのはどうかと思うが、そろそろ依頼の件にも触れたいところだ。

 突然の襲撃と仲間のネメが連れ去られたこと、そして現時点で把握している襲撃者の正体について、スイズに話すことにする。

 すべてを話し終えた後、スイズは神妙な面持ちで頷くと口を開いた。


「フーゲか……随分大物の名前が出てきたな……」


「やっぱりスイズさんも知っているんですか?」


「知ってるも何も奴とは何回か顔を合わせたことがあるし、依頼を受けたこともある。随分昔の話だけどな。あいつは愛想がないが、持ってくる仕事は面白かった。なかなか見どころがある男だよ」


 フーゲ枢機卿とはいわば敵対している間柄である。

 そんな俺達の目の前でその人物を持ち上げるのはどうかと思ったが、それがスイズという男なのだろう。

 彼は一貫して面白いかどうかで物事を判断する人間のようだ。


「まあ、それとこれとは別の話だ。いいぜ、その依頼乗った。フーゲが出てくるとあらば、相手に不足はねえ。あんたらのお仲間を取り返すのに手を貸してやるよ」


「本当ですか?」


 これは朗報だ。最強の盗賊と名高いスイズ・マイランが味方に加わるとあらば、こんなに心強いものはない。

 おまけにこちらには誰しもが一騎当千の働きをする『到達する者(アライバーズ)』の面々がいる。

 いくら国相手とはいえ、仲間一人を取り戻すことはそう難しくないはず。

 俺がそう算段を立てていると、スイズは言う。


「それにしても随分な大物相手に戦いを挑むな、あんたら」


「そんなにフーゲ枢機卿って人はすごいんです?」


「すごいも何も奴は教皇に次いでこの国のナンバー2の権力者だぞ? 現聖女代行を手中に収め、この国の最高権力者である現教皇からの信頼も厚い。要するに未来のこの国のトップになるべき存在ってことだ」


「戦いの方は?」


「どうなんだろうな。別に喧嘩が弱いわけではないだろうが、腕っぷしじゃダンジョンに潜っているあんたらの敵にはならないんじゃないか? その代わり、あんたらに匹敵するこの国最強クラスの騎士や冒険者を何人も抱え込んでいる。そういう意味ではかなり手強い」


 要するに暴虐王女と言われているレイファみたいなタイプということか。

 レイファも彼女自身が強いというよりは、俺達の国で最強の神官兵士と言われているギルベルトや、現七賢者であるミルを配下に収めていたことが手強かった。


 しかもレイファの場合は王家で腫れ物扱いされている王女という立場だったが、フーゲ枢機卿はこの国でも最高クラスの権力者だ。

 集められる人員もその人材の層も桁違いなはずで、いわばレイファの上位互換みたいなものなのだろう。


「それに聖女関連の問題はアイファンでも色々と秘匿とされている事柄だ。この国のことなら大抵のことならわかる自信があるが、聖女やその【聖女権能】ってスキルについてはよく知らねえ」


 そうなのか。この国に入ってから道すがら聖女という言葉を聞いていたので、スイズに訊けばネメが攫われた理由もわかると思っていたが、どうやら彼でも把握できていない事柄だったらしい。


「とりあえず、そのネメというドワーフの女がどうして連れ去られたのか調べるのが先だな。取り返すのはそれからでもいいだろう。話を聞いたところ、当面は命の危険に晒されないだろうしな」


「方向性は任せます」


 はっきり言って、俺達はネメを取り巻く問題について何も知らないに等しい。

 そんな状況の中、強引にネメを取り戻すことだけなら可能かもしれないが、それでは根本的な解決にはならないだろう。

 さらに付け加えるなら、俺よりもずっと盗賊としての経験のあるスイズのアドバイスに従った方がいいように思えた。


「ということで、あんた達は当分の間待機だ。オレが情報を調べてやる」


「いいんですか? 手伝わなくて」


「むしろ何もしないでほしい。あんたらはこの国の人間でないことが一目瞭然だ。そんな奴らが動けば、フーゲほどの人間が気づかないわけがない。相手に警戒をされちゃ、いくらオレとはいえども情報を探るのが難しくなる。わかるだろ?」


 確かに顔が割れないことの重要性はわかっているつもりだ。

 この国のナンバー2もの人物なら、ありもしない罪で俺達をお尋ね者にすることもそう難しいことではないはずだ。

 ここはスイズの言う通り、大人しく待機して、来るべきチャンスに力を蓄えておいた方がいいだろう。


「わかりました。任せていいんですね」


「ああ、オレを誰だと思っているんだ?」


 スイズは挑戦的な笑みを浮かべた。

 最強の盗賊と名高い彼がそう言うのだから、聖女の情報については任せていいのだろう。


「じゃあ、こちらはホテルにいる『到達する者(アライバーズ)』の他のメンバーにそう伝えておきますね」


「あまりにも休んで、いざとなったときに身体が鈍ってるってことだけにはならないでくれよ」


「肝に銘じておきます」


 こうして俺達は強力な協力者を得て、ネメ奪還への足掛かりを手に入れるのであった。


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