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第126話 アイファンと盗賊ギルド


ネメが連れ去られてから、『到達する者(アライバーズ)』の面々がアイファンへとたどり着いたのは十日を過ぎたあたりであった。


無事に入国することはできたものの、目的地はまだ遠い。

馬車で一緒になった行商人に訊いたところ、フーゲ枢機卿というのはこの国では名の通った人物であり、セシナ教最大の聖地かつこの国の首都であるビスリルという街にいるのではないかとのことだった。


ビスリルは国境から五日以上馬車を乗り継いでいかなければならなく、これはまた長く感じる旅路であった。

ようやくビスリルに着くとのことで馬車の窓から外を覗くと、前方に広がるのはてっぺんを削られて凹型になったような山であった。


「あれがビスリル?」


 疑問に思った俺が口を開くと、馬車をひく男性が答える。


「あれ? もしかしてあんた達ビスリルに来るのは初めてかい?」


「そうなんですよ。良かったら街のこと教えてもらえませんか?」


「かわいいお嬢ちゃんの頼みとあっちゃ、断れないわな」


 ロズリアが持ち前の愛想の良さで尋ねると、男性は気のよさそうな顔で答えた。


「何百年も昔、まだ戦争なんてものがあった時代だな。例にもれず、アイファンも争いが絶えない国だった。主要な都市は軒並み戦火にやられ、火口跡に位置する街のビスリルもその独特な地形もあって比較的攻め入られることが少なかったが、それでもいつ争いの中心になってもおかしくない状況だった」


 馬車をひく男が語るのはビスリルの歴史だろう。

 ロズリアが訊いたのは現在の街の状況だったが、熱がこもっている話を今さら邪魔することはできない。二人してそのまま話を聞くことにした。


「そこで一人の英雄が現れた。フォージュ・マルタイオスという一人のドワーフだ。この国の奴らなら子供でも知っている名前だな。そんな彼はいつ攻め入られるかわからないビスリルの状態を憂いて、単身壮大な計画を立てることにした。それはこの山の中にあるビスリルを要塞都市にするというものだった」


「要塞都市ですか……」


「そうだ。時の権力者ならまだわかるが、フォージュはそのときまだ一人の平民の少年だった。山の中という環境も相まって、誰しもがそんなことは無理だと鼻で笑っていたそうだ。それでもビスリルは計画に取り掛かったそうだ」


「それで、その計画は成功したんですか?」


 ロズリアが窓に映る山を眺めながら質問する。

 男は胸を張りながら答えた。


「ああ、それが成功したんだ。誰もの予想を覆してな。もちろん最初は計画が難航していたらしい。一人の少年が街を要塞都市に作り変えるなんて無理な話だ。だけど、途中で少年は十五歳になってスキルを授かった。【聖槌の担い手】という今では伝説となったスキルだ」


「【聖槌の担い手】……」


 まさかここでディエゴから聞いた話とつながるとは思わなかった。

 名前からして【聖槌の担い手】は【聖剣の導き手】や【聖銃の収め手】に続く、第三の聖具シリーズスキルだろう。


 男の語りを話半分に聞いていたところはあったが、もしかしたらそのフォージュとやらの逸話から【聖剣の導き手】の力を引き出すヒントが得られるかもしれない。

 話を聞く姿勢を改めることにした。


「フォージュはそのスキルで生み出された聖槌を使って街を造り変えたそうだ。強固な岩盤はより強固な城壁に。覆っていた草木はそのまま、そこに砲門をつけ。街の入り組んだ地形を整備し、侵入者を阻む迷路として再建することにした。その結果ビスリルは難攻不落の要塞となり、住民たちも皆フォージュの功績を称えるようになった。これがこの街の歴史だ」


「スキル一つでそんなこともできるんですね」


「そうだ。だから、この街はセシナ教の聖地とされているんだ。神から授かった奇跡によって戦火を免れたという逸話によってな。それから百年近く経ってアイファンの首都がビスリルに移されて、今に至るというわけだ」


「ということは、遠目からでは山にしか見えませんが、撃とうと思えばいつ大砲が飛んでくるかわからないということですか?」


 ロズリアが頬に人差し指をあてながら尋ねる。

 馬車をひく男は笑いながら言った。


「言い方が悪かったな。ビスリルが要塞都市だったのは何百年も昔の話だ。今は聖槌によって込められた魔力も底をつき、ただの要塞跡になっている。まあ、要塞としての機能を失っても、街としては成り立つしな。それに今は戦争もない。だから、何も問題がないってわけだ」


「なら、安心ですね」


「ただ街には要塞としての名残がたくさんあるからな。観光名所としても楽しめると思うぞ。一風変わった街並みに虜になる観光客も多い。もし俺に仕事がなかったら、お嬢ちゃんに案内してやりたいくらいだ」


「わたくし達も用事がなければ呑気に観光でもしていたかったんですけどね。それはまたの機会にということで」


 ロズリアは愛想笑いを浮かべながら言った。

 彼女の言う通り、俺達にはネメを取り返すという使命がある。


男の話を聞いてビスリルという街に興味が湧いたのは事実だったが、今は時間が惜しい状況だ。

きっとネメを取り返すために騒ぎを起こした後では、観光に興じる余裕なんてないんだろうなと思いつつ、近づいていく山を眺めるのであった。






    *






到達する者(アライバーズ)』の一同はビスリルに着くと、拠点となる宿を取った。

 ネメの大まかな居場所がわかれば後はこちらのものだ。


 俺には【地図化(マッピング)】と《索敵》のアーツがある。

ネメが《索敵》の範囲内に入ったことによって、彼女の気配を見つけることができたし、【地図化(マッピング)】によって居場所を明らかにすることもできた。


どうやらネメはビスリルの中心に位置する、セシナ教の本拠地ともいえる大教会の一室に幽閉されているらしかった。

気配の具合からして、とりあえず生命の危機はないらしく一安心だった。


だが、ネメがいるのはサレングレ大教会という、いわばこの国の最高決定機関も兼ね備える教会だ。

俺達の国では王が国を統治しているが、このアイファンではセシナ教の教皇が国を治めている。

要は王都の王宮に捕らえられているみたいなものということだ。


ただの一介の冒険者が、おいそれと侵入して、ましてや幽閉されている人物の奪還などできるわけもない。

ということで、ここは素直にリースのアドバイスに従うことにした。

アイファンにいるとされている最強の盗賊、スイズ・マイランへ協力を仰ぐ。


フーゲ枢機卿によるネメの誘拐が国家ぐるみのものであった場合、俺達がネメを取り返そうとしていること自体がアイファンという国への反逆行為とみなされる場合もある。

最悪の場合はこの国でお尋ね者となってしまうだろう。


この国の住人であるスイズ・マイランの協力を取り付けるのは難しい気もするが、ビスリルのことをほとんど知らない俺達だけでネメを奪還しようとしても、失敗する可能性の方が高い。

だったら、そこは信頼できる師匠のアドバイスに従って、スイズ・マイランからの協力を勝ち取る可能性に賭けた方がいいように思えた。


とはいえ、当の盗賊がどこにいるかまでの情報は得られていない。

主要な街にはその地域の人達が戦闘職(バトルスタイル)を登録するための各々のギルドがあるはずだ。

例のごとくビスリルにも盗賊ギルドがあったため、早速赴くことにした。


一人で行くのはどこか心細いが、大所帯で行っても悪目立ちしてしまう。ここはエリンと二人で行くことにした。


「ごめんくださーい」


 外で様子を窺っていても事態は好転しないので、すぐさま中に入ることにする。


「ご登録ですか? それとも依頼ですか?」


 見慣れない俺達の存在に気づき、カウンターにいた受付の人が反応する。

 どう用件を切り出そうか悩んでいたところ、エリンが大きく息を吸い込んで言った。


「ここにスイズ・マイランって盗賊はいない? 腕の立つ盗賊がいるっていうから、依頼を出そうかと思うのだけど」


 こういうところは素直に頼もしいと思う。エリンの物怖じしない性格を羨ましく思う瞬間でもあった。


「スイズ・マイランですか……」


 受付の人物が困ったように顔をしかめる。

 何か問題があったのだろうか? 俺とエリンが疑問に思っていると、ロビーのソファーに座っていた男が酒を片手に歩み寄ってきた。


「スイズ・マイランを訪ねに盗賊ギルドにやって来るなんて、あんたら余所者か?」


「何よ、いきなり話しかけてきて、人を余所者呼ばわりなんて。酔っぱらっているとはいえ、ちょっと失礼じゃない?」


 まさか失礼発言の筆頭みたいなエリンに失礼と言われる人物がいるとは……。

 俺が面食らっていると、男は短い髪を掻きながら言った。


「おう、それは失礼だったか。すまんすまん。ただ嬢ちゃんは何も知らないんだなって思って口を出しただけだ」


「あなた、スイズ・マイランのこと知ってるの?」


「どうだろうな。どう答えれば正解になるのかわからないが……」


 そう言って、男は受付のカウンターに寄りかかる。


「何しろ、スイズ・マイランという盗賊は謎に包まれているからな。この街でも正体を知る者はごく僅か。実在はしていて、この街にいるらしいという情報だけは出回っているものの、それ以上の具体的なことはほとんどが秘密に包まれている」


 まるでどこかで聞いた話だなと思う。そういえば最強の殺し屋として名高い首切りも、都市伝説同様の扱いだった。

 俺は首切りの正体を知っていて、彼自身の口から報復を防ぐために身元を隠していると聞いているが、スイズ・マイランも同じような理由なのだろうか。


 盗賊という戦闘職(バトルスタイル)上、潜入依頼なども引き受けることがあるため、正体を隠しているという可能性も考えられる。

どこの国でも似たような話が出回っている辺り、国が違っても人間という生き物はあまり変わらないのかもしれない。


「要は何も知らないってことね」


「まあ、手厳しい評価だが事実ではあるな」


 男はまだ酒が残ったビンをカウンターに置くと、鼻で笑った。


「そんな人物に依頼を出しに来た見知らぬ若者二人組が来たとあらば、余所者を疑うのは当然のことだろ? だから、そう怒らないでくれよ」


「怒ってないわよ。これが平常モードよ」


「おお、気の強い嬢ちゃんだこと」


「私としてはいつ怒ってもいいのだけど?」


 挑戦的な視線を向けるエリンに男はバンザイをして、降参の意を示す。

 良かった。男が喧嘩を買って騒ぎになりでもしたら、ネメを取り返す道が遠くなってしまう。

 できる事なら、エリンには穏便な言動を心掛けてほしかった。

 男も険悪な雰囲気を払拭したかったのか口を開いた。


「お詫びとして、オレがスイズ・マイランについて知っている情報をもう一つだけやろう」


「何よ?」


「彼は決して報酬金で依頼を選ばないらしいぜ。とある貴族が何億もの大金を積んでも首を縦に振らなかったっていうエピソードもあるくらいだ」


「それは依頼を受ける独自の基準があるってことですか?」


「まあ、そうなんじゃねえの? 俺も詳しいことはわからねえがな」


 俺の質問に酔っ払いの男は答える。

 それは幸か不幸か。俺達はいくらダンジョン攻略の尖端を行っていると言っても、万年金欠になっているパーティーである。

 お金がないせいで煌狛に代わるフォースの刀を見つけられないくらいに。


 仲間を助けるためとはいえ、ない袖は振れない。

 そういう意味ではスイズ・マイランが守銭奴でないとわかって、まだ希望は残されたのかもしれない。


「で、あんたらはそのスイズ・マイランになんの用なんだ?」


「それは――」


 ここで見ず知らずの盗賊に目的を打ち明けるのは危険なように思えた。

 俺達はこの男の名前もなんにも知らない。知っているのは、こんな真っ昼間から盗賊ギルドで酒を飲んで、来客に絡み出すという事実くらいだ。


 俺達がネメを奪還しようとしていることを口にすれば、その情報を教会に売るかもしれない。

 そうじゃなくても見るからに口が軽そうだ。酒場の噂話が回りに回ってフーゲ枢機卿の耳に入らない保証もない。

 俺達の警戒を察したのか、男はおどけた表情を浮かべて両手を広げた。


「おい、待てって。そうびくびくするなよ。これでもオレは善意で言っているんだぜ?」


「善意?」


「そうだ。こう見えてもオレだって一端の盗賊だ。依頼だっていつでも受け付けている。なんならセールするぜ? あんたらお金ないだろ? 今なら格安であんたらの依頼を受けてやってもいい」


「格安って、それ誰もあなたに依頼を出さないってことじゃないの?」


 エリンは興味を失ったようにため息を吐いた。


「こんな酔っ払いと話していても時間の無駄よ。本当のことを言っているとも限らないし。情報を集めるにしても他の盗賊から訊くことにしましょ」


「おいおい、嬢ちゃん。親切にしてやっているのに、その評価は辛辣じゃないか?」


「残念。私達は一流の盗賊を探しているの。依頼が欲しいなら他の人をあたってちょうだい。さあ、いくわよ」


 そうして俺の袖を掴むと、そのまま背を向けてギルドの入口へと足を進める。

 対する俺はというと、エリンについて行くべきかどうか迷って足を止めていた。


「どうしたのよ?」


 眉をひそめるエリンを無視して、俺は男に質問を投げかけることにした。


「一ついいですか?」


「ああ、なんだ? あんちゃん」


「どうして俺達がお金ないと思ったんですか?」


「へっ?」


 男は質問の意味がわからないとばかりに目を見開く。

 俺は自分の思ったことを整理しながら話すことにした。


「いや、どう見たって俺達の装備見たら、成金冒険者だって思いそうなもんじゃないですか? 彼女の持つ杖はどっからどう見ても高級そうだし、魔導士の装備に詳しくなくたって、俺が決して安物じゃないダガーを携えているのは同じ盗賊ならわかるはずです」


「それは酔っぱらってちゃんと見てなかっただけじゃないの?」


 エリンの推測はもっともだ。完全に俺の思い過ごしという可能性だってある。


「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でも、おそらくこの人は俺達の装備よりも、口ぶりや表情を優先して依頼金がないことを察したような気もする。なんとなくだけど」


「だから、それがどうしたのよ」


「上手くは言えないけど、見た目よりかは酔っ払っていないのかなって」


「ほお……」


 男は感心したかのような目を向けてくる。そんな中、俺はとある決断をすることにした。


「もし良ければ、俺達の依頼を受けてくれませんか?」


「正気なの?」


 斜め後ろから戸惑いの声が聞こえてくる。

 俺だってこれは賭けだと思っている。この怪しげな盗賊に仲間の命運を託すなんて。

 だけど、完全なる素人のヤマ勘というわけでもない。きちんとした理由もある。


「多分この人、この盗賊ギルドの中で一番できるよ。俺の《索敵》がそう言っている」


「そういうこと」


 理由を告げるとエリンも納得してくれたようだ。

 俺とエリンも短い付き合いではない。少なからず信用は得られているみたいだ。


「どうやら面白そうな来客じゃねえか」


 男は口角を上げると、アルコールの入ったビンに栓をした。

 そのまま酒を懐に隠していたアイテムバッグにしまうと、背を向けながら言った。


「ここじゃ、腹を割って話せないだろ? 移動しようぜ」


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