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第122話 神聖なる襲撃者


「うーん、難しいですね……」


 23階層にてディエゴやルゥーと出会って早数日。

 今日の俺はというとロズリアと一緒にダンジョンへと来ていた。


 あの日、23階層の探索をしていた『天秤と錠前(リベレーション)』とは、出くわした後もダンジョン攻略をともにした。

 彼らにとっては既に攻略済みの階層ということもあり、『天秤と錠前(リベレーション)』の23階層攻略の手際は目を見張るものだった。


 ルゥーの紋章術士や回復役の祈祷師といった珍しい戦闘職(バトルスタイル)の戦いもさることながら、やはりディエゴの【聖銃の収め手】の破格の性能が印象的だった。

 狙撃を撃ち落とし、銃口を向けてくる機械兵士の身体を高速で撃ち抜くという一騎当千の活躍。


 そのおかげもあって、『到達する者(アライバーズ)』は『天秤と錠前(リベレーション)』との合流以前の苦労が嘘みたいにボス部屋の前までたどり着いてしまった。

 フォースの煌狛が折れて万全とは言えない状態であったが、ディエゴ達曰く23階層の難所は道中であり、狙撃を得意とするボスを倒すこと自体はそう難しくないとのことだったので、そのままボスへ挑むことにした。


 結果『到達する者(アライバーズ)』は23階層を突破することに成功し、無事にピュリフの街に帰ることもできた。

 そして今は、ディエゴに指摘されていたロズリアの【聖剣の導き手】の真価を引き出すための特訓へと来ていた。


 ロズリアの聖剣の能力がどんなものかわからない以上、気軽に街中で特訓というわけにはいかない。

 どんな大規模な能力が発動してもいいようにと人気のない浅めの階層を選んだが、今のところは聖剣に変化は見られなかった。

 特訓に付き合うために同行していたソフィーが口を開く。


「ロズリア、真剣にやって」


「やってますよ! っていうか、ソフィーさんの方がちゃんとしてくださいよ! 『わたしには【高位鑑定】があるから役に立てると思う』とか言っておきながら、さっきからなんのアドバイスもないじゃないですか! 一体わたくしの聖剣の能力はなんなんですか?」


「わからない。というより、視えない。まだ定まっていないのかも」


「なんですか、それ」


「そんなことわたしに訊かれても困る。とにかく今は聖剣の魔力を使いこなすという当初の目標に集中すべき。そうしたら自然と聖剣の能力も発現するかも」


「わかってますよ! ただ上手くいかないから愚痴っただけですー」


 そう言って、ロズリアは街の市塲で叩き売りされていた安物の剣に聖剣の魔力を流す。

 すると、剣は眩い光を放った後に一瞬でひび割れてしまった。


「ほら、やっぱり上手くいかないですよ! この魔力、濃度と流れが強すぎて全然コントロールできないんですよ!」


「口を動かさないで手を動かす」


「厳しすぎなんですよ、ソフィーさんは。そもそもこんな安っぽい剣だからフラクタスの魔力に耐えられないんですよ。もっと高い魔道具を――」


「高い魔道具をポンポン壊されたら『到達する者(アライバーズ)』の財政が持たない。その責任を取れるって言うんだったらいいけど」


「あっ、やっぱりいいです。このセール品の剣で」


 ロズリアは新しい剣を取り出すと、再度魔力を込めた。

 しかし、そう簡単に聖剣の魔力を使いこなせるわけもなく、何十本目かの残骸が生まれる。


「もし魔道具に魔力を流すのが上手くいかなそうだったら、スペルに使ってみれば?」


「忘れたんですか? 最初の暴発事故を?」


「確かに……まだやめとこうか……」


 あれはダンジョンに入って特訓を始めてすぐのことだ。

 ロズリアが聖剣の魔力を使おうと《不落城壁》のスペルを展開したら、溢れ出る魔力を制御できなくて大爆発を起こしたのだ。

 爆発に巻き込まれて危うく俺とロズリアは死にかけた。一人【鉄壁】のスキルを持つソフィーだけがきょとんとしていたのが記憶に新しい。


「とりあえず魔道具で練習してみて上手くいくようだったら、スペルにも応用してみる感じにする?」


「そうしましょう。死因が自爆とかシャレにならないですしね」


「まあ、今はフォースの刀探しもあってすぐにはダンジョン攻略を再開できないし、別に今は命を懸けるところじゃないからな……」


 23階層の狙撃によって、今やフォースの使う刀は煉獄一本となっている。

 煉獄は斬った対象を黒炎で焼くことができるという妖刀だが、その破格の性能故使用者に降りかかる反動もでかい。


到達する者(アライバーズ)』が解散していた時期の修業にて煉獄の反動は克服したフォースだが、それでもダンジョン内での戦闘で使いっぱなしとなると負担もある。

 特にダンジョンは何時間にもわたる継続戦闘力が求められることもあるため、反動がなく長時間使える刀も欲しいところだった。


「それにしてもよくわからないスキルですよね。【聖剣の導き手】って」


 新しい魔道具の剣に聖剣の魔力を込めるも、剣はロズリアの手の中で砕け散った。その様子を眺めながら彼女は口にした。


「破格のスキルとか言われておきながら、使い方はわかりにくいですし……。こんなことなら【剣術・極】とかのスキルの方が良かったですよ」


「まあ、そんなこと言わずに。せっかくのレア度EXのスキルなんだから」


「あっ、そう言えば、ネメさんもレア度EXのスキルを持っていませんでしたか?」


「言われてみれば……」


 ロズリアの言う通りだ。うちの神官も【聖女権能】という謎のスキルを所持していた。

 ディエゴの話によれば【聖剣の導き手】を筆頭とする聖具シリーズと呼ばれるスキルは武器の種類の名を冠するものに限られており、【聖女権能】はまた違った種類のものらしかった。


「もしかしたら【聖女権能】も【聖剣の導き手】と同じように本来の力を引き出せていないみたいなことあるのかな?」


「【高位鑑定】があるソフィーさんならわかるんじゃないですか?」


「わたし?」


 ソフィーが不意を衝かれたかのように首を傾げた。


「わからなくはないけど……」


「だったら、そこのところどうなんですか?」


「確かにネメも本来の力を引き出せていないというのは正しいのかもしれない」


「えっ、そうなの⁉」


「でも、ロズリアと同じってわけじゃなくて、そもそも【聖女権能】は戦闘向きのスキルじゃない。高レベルな神聖術もオリジナルスペルも副産物みたいなもの」


「副産物?」


「うん。【聖女権能】は本来神の啓示を聞いたりできるスキルらしい」


 ここに来て、また神か。奇妙な合致。

先日、ルゥーに聞かされたダンジョンと神の石盤の謎についての話を思い出さずにはいられない。


「らしいってなんですか? はっきりしない口ぶりですね」


 ロズリアの問いかけにソフィーは首を振りながら答える。


「【高位鑑定】もスキルの能力のすべてがわかるってわけじゃないから。神の石盤に映される効果の文面くらいはわかるけど、それ以上はわからないことも多い。【聖剣の導き手】についても同じこと」


「それにしても神の啓示か。ネメ姉さんがそんなの聞いている様子あった?」


「うーん、ないですね」


「わたしもそこは気になってネメに訊いたことがあったけど、聞けないって言ってた。どうやらネメには難しいみたい。本来の力を引き出せていないって言ったのはそういう意味」


「なるほど」


 それなら納得できる。あのネメが神の啓示を受け取れるような高貴な存在には思えないしな。

 そもそもネメは神官なんてやってはいるものの、あまりセシナ教を信仰しているようには見えない。お告げを聞くことができないのも、その辺りが関係しているのかもしれない。


「まあ、神の啓示なんてあってもダンジョン攻略にはあまり影響しなそうだしな」


「わからないですよ。もしかしたら最下層への近道を教えてくださるかも?」


「そんな都合のいい神様なら、ダンジョンなんて意地悪なものを作らなそうだけどね」


「でも、誰がダンジョンを造ったかくらいの謎なら解けるかもしれない」


「それは言えてるかも。帰ったらネメに訊いてみるか」


 そうして雑談を打ち切ると、ロズリアの【聖剣の導き手】の力を引き出す修業を再開することにした。

 まさか俺達がダンジョンに潜っている間に、地上ではその当人にまつわる重大な事件が起こっているとは知る由もなく。






     *






 フォース・グランズにとって、その日の始まりはなんてことのない日だった。

 朝食当番だったエリンの作った朝ご飯を食べると、ロズリアちゃんはノートとソフィーを連れて聖剣の本来の力を探るためダンジョンへ潜っていった。


 パーティーハウスに残されたのはオレとエリンとネメの三人となる。

この二人とは別段お喋りを楽しむという仲でもないため、身体がなまらないように剣術の特訓か、折れた煌狛の代わりの刀を探しに外に出かけるかと思っていたところ、パーティーハウスの呼び鈴が鳴った。


 誰かと思って、覗き窓に顔を近づけると、そこにいたのは祭服と修道服を着た男女の集団だ。


「……誰の知り合いだ?」


 少なくともオレの知り合いではない。こんな怪しげな集団に見覚えはない。

 服装から見るにセシナ教の信者だろう。そうなると、ロズリアちゃんかネメの知り合いか?

 不審に思いながらも扉を開けると、扉の真ん前に立っていた男が口を開いた。


「この家にネメ・パージンはいますね?」


「……なんだ、お前ら?」


 そう顔をしかめたのと、男が片手を上げたのは同時だった。

 まずいっ。オレの直感――じゃない。【心眼】によって視える光の線。

 男は頬を持ち上げて、言葉を放った。


「《裁きの束縛(エン・シャール)》」


 事前に視えた光の線の軌道から身体を逸らし、刀の柄に右手を滑らせた。


「……くっ!」


 その一手が間違いだったことに気づく。今は刀を差していない。部屋着のままだ。

 慌てて手を伸ばし、その先に硬い感触。玄関に立てかけてあった傘を手に取ると、曲がる光の軌道の間に差し込んだ。


 光の線を放ったのは正面の男じゃない。背後に立つ六人全員だ。光の線の正体もスペルでできた鎖だった。

【剣術・極】があろうと、さすがに傘で六人分のスペルを弾き返せるわけもない。


 三人分の鎖を撃ち落とし、一人分の鎖を搦め捕ったが、できたのはそこまでだった。

 残りの二人が放った鎖が腕や足を始め、全身を覆って締め上げてくる。

 拘束系スペルか。これくらいの魔法――って抵抗するのは無理か。

 かなり上位の神聖術。しかも、それが二人分ときた。全く手足を動かすことができない。

 玄関に倒れ、芋虫状態になったオレを見下ろして、正面の男は口を開いた。


「念のため、もう一重かけておきますか。《裁きの束縛(エン・シャール)》」


 そう言って、今度は男自身が拘束術式を展開する。

 より一層締め付けられる全身。もはや完全に自力では解除不能な拘束状態になってしまった。


「最難関のフォース・グランズは無力化できました。ソフィー・ディーンラーク、ロズリア・ミンクゴット、ノート・アスロンは現在ダンジョンにいます。速やかにエリン・フォットロードを制圧した後、対象を奪還します」


「「仰せのままに!」」


 後ろにいた男女の集団は軽く頭を下げた後、土足でパーティーハウスに乗り込んでくる。

 何が起こっているのか状況を完全に把握できたわけではないが、それでも出会い頭に拘束スペルを撃ってくるような奴らがまともなわけがない。

 オレはまだ自由が利く口を開いて、大声を上げた。


「エリン、緊急事態だ!」


「何? 今、私食器洗いで忙しいんだけど!」


 そう言いながらも、濡れた皿と布巾を持ってキッチンから顔を出してくるエリン。


「「《裁きの束縛(エン・シャール)》」」


「……えっ⁉」


 案の定、エリンも拘束スペルの餌食となってしまう。


「一体何よ、これ! お皿割れちゃったじゃない!」


 全く役に立たなかったな……。

 手足をじたばたさせて、エリンは廊下に転がる。完全に詰みの状況だった。


クソっ! よく考えたら、最悪のタイミングだ。

オレやエリンはその戦闘スタイル柄、刀や杖といった武器がなければ万全の力を発揮できない。

装備がない状態で戦うとなると、ロズリアちゃんやソフィー、はたまたノートにまで引けを取る可能性すらあり得る。


もしこの場に三人のうちの誰かが残っていれば反撃はできたかもしれない。

事実起こりえなかった状況を悔やんでも意味はない。今はこの状況をどうやって打開するか考えることが先決だ。


「一体、ネメになんの用だ?」


 自力での抵抗は不可能だと判断して、少しでもこの男たちの情報を手に入れるよう頭を切り替える。

 男は対象を奪還と言っていた。抹殺ではなく奪還。

 ということは、少なくともこの場ではネメを殺す意図はないはずだ。

 だったら、男の正体や所属がわかれば取り返すことだってできる。


「どうしてその質問に答える義務が?」


 しかし、男はオレを一瞥するだけに留めて、部下のような奴らに指示を出した。


「騒ぎになる前に撤収したいです。A班は一階、B班は二階を捜索してください。なんとしてもこの場で聖女の器を確保するように」


 聖女の器? ここで気になる単語が出てきた。

 ネメのスキルは【聖女権能】というものだ。スキルの詳細はネメの説明力も相まって詳しくはわかっていないところもあるが、多分こいつらの狙いはネメ自身というよりも、ネメの所持するスキルのようだ。


「確保しました!」


 階段から男が下りてくる。その肩にはオレやエリンと同じように拘束スペルで雁字搦めにされたネメが担がれていた。

 ネメは小さい手足をバタバタさせながら必死に抵抗する。


「今さらネメになんの用です! 離してくださいです!」


今さらということは、こいつらと面識があるのか?

男の口を割らせることはできなそうだが、ネメの口から襲撃者の正体を割り出すことができるかもしれない。

危険を承知して、オレは一つ賭けに出ることにした。


「ネメ! こいつらは誰だ⁉」


「フォースまで捕まっちゃったです⁉」


「オレのことはいい! 早く言え!」


「フーゲ枢機卿は昔の――」


「お静かに」


 そのひと言とともに男はスペルを放ってネメを気絶させた。

 続けざまにエリンにも一発食らわせると、最後にオレへと手を伸ばしながら言った。


「今回は命までは取らないであげましょう。精々神に感謝することですね」


 男がスペルを放とうとしていることは【心眼】によってわかっていたが、全身を拘束されている状況じゃ避けることもできない。

 脳の内側を直接揺さぶるような衝撃。薄れゆく意識の中、オレは冷めた表情を浮かべている男を睨み上げた。


 覚えていろよ。お前の顔は目に焼き付けたからな。

 オレの仲間に手を出したことを絶対に後悔させてやる。

 復讐への闘志を燃やしながら、オレの意識は沈んでいくのであった。


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