第121話 聖銃の収め手
中ボスであった巨大戦艦が撃ち落とされて一時間ほど。
ようやく俺達は23階層のスタート地点から現れた気配の主と邂逅することとなった。
「えーと、おたくらが『到達する者』?」
そう口にしたのは六人組の男女の集団の一番前に立つ男だ。
上背があり、すらっとした体型に、よれよれになったシャツを羽織っている。
年齢は三十代後半くらいであろうか。
疲れているのか、それとも元々の顔つきなのか。覇気のない表情を浮かべているが、背中にかかっているのは紫色の禍々しい光を放つ長銃。
おそらく、彼が第二の魔弾の射手なのだろう。男は続けざまに言う。
「そう警戒しないでいい。別に取って食おうってわけじゃないんだ。ダンジョン攻略という同じ目的を持つ同志。ここは仲良く行こうじゃないか」
「あんたらは――」
フォースが口を開きかけると、男は頭を掻いた。
「そう言えば自己紹介がまだだったな。悪い悪い。オレの名前はディエゴ・バラモンドス。『天秤と錠前』のアタッカーをやっている者だ。うーんと趣味はダンジョン探索か? それ以外特にやってることなんてないしな。とまあ、そんな感じでよろしく頼む」
手を差し出してくる男にフォースは戸惑いながらも、握手で応える。
「オレの名前はフォース。一応、『到達する者』のリーダーをやらせてもらってる。こちらこそよろしくだ。ところであんたがこのパーティーのリーダーなのか?」
「いや、違うね。うちのパーティーのリーダーはこいつだ」
そう言って、ディエゴは後ろに立つ小柄な男の肩を組んだ。
小柄な男は肩をビクッと震わせると言う。
「ボ、ボクですか⁉」
「そうだろ? このパーティーの発起人はあんただ」
「ボクはただダンジョンの謎を解き明かしたいって言っただけですよ! それならダンジョン攻略をしようって言ったのも、みんなを集めたのもディエゴさんじゃないですか!」
「でも、おたくがいなかったら、オレはダンジョン攻略なんてしようと思わなかった。だから、パーティーのリーダーを名乗ってもなんらおかしくなんかねえよ」
「嫌ですよ。そんな重役」
小柄な男は咳払いをして、眼鏡をくいっと上げた。
「そういえば自己紹介がまだでしたね。ボクの名前はルゥー・ポスティ。このパーティーでは紋章術士をやっています」
「紋章術士?」
ルゥーの発言に首を傾げたのはエリンだった。彼は手を打って答える。
「この国では紋章術士って珍しいんでしたね。すっかり忘れてました。まあ、魔導士に近い戦闘職だと思ってくれて構いません。魔力を変換してスペルを起こすという点では同じですしね」
「そうなの? じゃあ、何が違うのよ?」
「相違点といえば、紋章を介してスペルを展開させるところでしょうか? 紋章を描かなくちゃいけない分、魔導士よりもスペルを発動させる手順が煩雑ですが、魔導士よりも持続的なスペルが多いのが利点です。アタッカーよりも、バッファーに向いた後衛職といったところですかね?」
「そうなんだ。アタッカーとしては魔導士の方が上なのね」
隙あらばマウントを取ろうとするな、エリンは。
自己紹介がてら、俺も気になったことを尋ねることにする。
「どうも、自分はノート・アスロンです。一つ訊いてもいいですか? ダンジョンの謎を解き明かすって、一体どんな謎を解き明かそうと思ってるんですか?」
「それはダンジョンにまつわる謎の全般ですよ。誰が造ったのか、そしてなんのために造られたのかなど、ダンジョンには色々謎が詰まってますからね」
「そういえば――」
最近はダンジョン探索に慣れ過ぎて、当たり前のもののように考えてしまっていたが、そもそもダンジョンとはこの世の理の外にある空間だ。
地上より遥かに手強いモンスター。地上では見かけないような魔道具や財宝。侵入者を試すような罠や地形。
すべてになんらかの意味があるようで、でも同時にちぐはぐな印象も受ける。
けれど、ダンジョン攻略者なら誰しもが、ダンジョンに作為的な何かを感じ取ってはいるはずだ。
「これは一例ですけど、ダンジョンは一体誰によって造られたものだと世間で言われてますか?」
「神様です!」
そう答えたのはネメだ。この国で最も信者の多いセシナ教を信仰する彼女は、その一般論を信じているようだ。
「そうですね。ではこの世界でもう一つ、神様によって造られたと言われてるものがあります。それはなんでしょう?」
「うーん……わからないです……」
どうやら信仰はあっても、知識についてはあんまりのようだ。
とは言いつつも、俺の方もぱっとは思いつかない。
「一体なんなんですか?」
「神の石盤ですよ」
ああ、それがあったか。思わず頷いてしまう。
この世界における絶対の理とされているもの、それがスキルだ。
そして、十五歳になった者が祈りを捧げることでスキルを享受することができる場所こそが神の石盤である。
神の石盤は各地に点在しており、その起源についても不明とされている。
ただ超常的な存在から、通説ではその名の通り神が造った聖遺物とされており、この国でも主にセシナ教の教会によって管理されていた。
「でも、ダンジョンと神の石盤が同一神によって造られたものとするなら一つ矛盾が生じることになります」
「矛盾?」
「そうです。ところで出てくるモンスターや魔道具以外にもダンジョンには特徴的なものがあります。それはなんだと思いますか? そこの魔導士さん?」
「えっ、私⁉」
面食らうエリンに対して、ルゥーは頭を掻きながら言う。
「いきなりそんなこと訊かれても困っちゃいますよね。正解はダンジョン文字です。ダンジョン攻略している魔導士さんだったら、お馴染みのものなんじゃないでしょうか?」
ダンジョン文字とはダンジョンに描かれている特有の言語のことだ。
今いる階層の情報や攻略のヒント、はたまたスペルやアーツの情報が記されていることもある。
魔法を学んでいる者にとっては教養のようなものらしいので、当然のごとくエリンも読み書きができるらしい。
「それがどうしたってのよ」
「おかしいと思いません? 同じ神様が造ったものとされているダンジョンと神の石盤。その言語が統一されていないのは?」
「……あっ」
そう言えばそうだ。神の石盤にはスキルの詳細が俺達に馴染みのある言語で記される。ダンジョン文字とは別の言語で。
もし同一の存在が両者を造ったとするならおかしな話である。
世間の人々にわかりやすいよう神の石盤は一般言語で書かれているという可能性も捨て切れないが、神が地上の人間と同じ言語が使えるなら、一般の人が読解できないダンジョン特有の言語なんてものを使う必要がない。
「ダンジョンと神の石盤は別々の誰かによって造られたってことですか?」
「どうなんでしょうね? 今のところの情報じゃまだ何も断言できませんからね。別々の神様が造った可能性もありますし、両方とも神様ではない何かによって造られた可能性もあります。どちらにせよ、ダンジョンの最奥までたどり着かないことには、真実にたどり着くことはできないでしょうね」
神の石盤を造った者の正体。正直なところダンジョンを造った者の正体よりも気になってしまう。
この世界でスキルは絶対的なものだ。神によって定められた人間的性能。
いいスキルを手に入れれば一日にして成り上がることも、逆に悪いスキルを手に入れれば夢を諦めることを強要されてしまう。
かく言う俺もスキルによって、人生が一変してしまった人間の一人だ。
スキルによって一時は一流冒険者になる夢を諦めて、ミーヤと仲違いしてしまった。
そして、スキルのおかげで『到達する者』に拾ってもらうこともできた。
だから、今では恨んではないまでも、俺に【地図化】のスキルを与えることにした奴の顔くらいは見てみたかった。
「おいおい、おしゃべりはそのくらいにしておいた方がいいんじゃねえか? そろそろ五分だろ? 来るぜ、奴の狙撃が」
ディエゴの両手が光るとともにルゥーは言う。
「そうは言われても、ディエゴさんが迎撃してくれるじゃないですか」
「そうだとしても、気を抜いちゃいかんだろ。おたくはダンジョンの謎がどうだとかそういう類の話になると周りが見えなくなっちまうからな」
そうして、ディエゴの手に現れたのは二丁の銃だった。極光の魔力を纏うハンドガン。それがいつの間にか彼の手に握られていた。
それと同時に塔の上のボスから魔弾の射撃が飛んでくる。
迫る銃撃。フォースとロズリアが剣を抜くも、それより早くディエゴはトリガーを引いた。
空中で何かが弾ける。ボスの撃った魔弾とディエゴの銃弾がぶち当たった音だ。
「まあ、これくらいの狙撃なら撃ち落とせない心配はいらないんだけどなぁ」
そう言って、ディエゴは銃口から昇る煙に息を吹きかける。
そんな彼を見て、ソフィーが小さく呟いた。
「【聖銃の収め手】……」
「おっ、お嬢ちゃんはご存じだったか。推測の通り、オレのスキルは【聖銃の収め手】。世界に六つあるとされている聖具シリーズのうちの一つだな。レア度EXさながら、戦闘系スキルの中で最上位とされているスキル。この伝説級のスキルのおかげでダンジョン探索をやれているってわけだ」
「聖具シリーズなんてものがあったんですね……」
「まあ、レア度EXのスキルは同時に二人以上発現することはないどころか、何十年も所有者が現れないこともあるくらい珍しいものだからな。知らないのも当然だ」
俺の呟きにディエゴが反応しながら続ける。
「今確認されているところだと、この国の聖杖くらいか? あとは西の方にある国で聖剣が現れた王女がいたとか噂もあったが――ってちょっと待て。それ聖剣か?」
ディエゴは目を見開きながら、ロズリアの手元にある剣を見つめる。
「……あっ!」
ロズリアはまずいものを見られたかのように聖剣を虚空に消し、そっぽを向いて作り笑いを浮かべる。
「なんのことでしょう?」
「なんのことも何も、そうやって自由に武器を出したり消したりできる時点で聖具シリーズだってことは確定なんだけどな……」
「もしかして墓穴を掘ってしまいましたか⁉」
「墓穴も何も一目見ればわかるけどな。もしかしてその王女当人か?」
「違いますよ。わたくしが聞いたところにはその王女はすぐに死んだそうですよ。というわけで全くの別人です」
「おう、そうか……」
謎の圧にディエゴは口を噤まされていた。
まあ、俺達もロズリアとは長い付き合いだ。過去に王女をやっていた話なんて一度も聞いたことがなかったし、彼女の言う通り全くの別人なんだろう。
そもそも、あのロズリアが王女だなんてあり得ないしな。
確かにオーラはあるかもだけど、そんな高貴な人物が俺達のパーティーなんかに入ってくるわけがない。
喩えるならレイファ・サザンドールが『到達する者』に入ってくるみたいなものだ。そんな事態、天地がひっくり返っても起こるはずがない。
「それにしても『到達する者』も聖具シリーズを有していたとはな。どうりで23階層まで来られるわけだ。聖剣の力さえあればダンジョンの深層にたどり着くことも容易とはいかないまでも、かなり簡単になるからな」
「待ってください。【聖剣の導き手】ってそんなにすごいスキルなんですか?」
そう問いかけたのはロズリア自身だった。
「確かにどう剣を動かせばいいのかわかるところとか、切れ味のいい剣を出せるところとかは便利ですけど、それくらいじゃないですか? 正直剣士としては【剣術・極】のスキルを持つフォースくんの方が上だと思いますし……」
「……マジか」
ロズリアの言葉を受けたディエゴはあっけに取られているようだった。
「もしかしてお嬢ちゃん、【聖剣の導き手】を使いこなせてないのか?」
「使いこなすも何も、切れ味のいい剣を出せる以外にすごいところがあるんですか?」
「無知って怖いな……。まあ使いこなせてなくても23階層まで来られたのがすごいというべきか……」
額に手を当てながらディエゴは言う。
すると、後ろに立っていたソフィーが口を開いた。
「わたしもそれは思ってた。最初見たときはなんでこんなスキルを持っている人が『到達する者』にいるのかって驚いたけど、正直言ってスキルほどの実力はないなって……」
「そんな風に思ってたんですか⁉ どうりでダンジョン探索のときに当たりが強いと思ってましたよ!」
確かにソフィーが入ってきた当初、ダンジョン内の戦闘に関してロズリアに一際厳しかったところはあったが、そんな背景があったとは。
彼女なりに色々考えての態度だったとわかって腑に落ちた気分だった。
「そもそも使いこなすも何も、使い方なんて教わりませんでしたもん! わかるわけないじゃないですか! それを寄ってたかって酷いですよ!」
「ふんっ、いい気味ね……」
「エリンは悪役みたいな台詞を吐かない」
隣でほくそ笑むエリンにツッコみながら、プンプンと怒るロズリアに目を向ける。
まあ、スキルの使い方なんて教わらなかったと文句を言いたい気持ちは痛いほどわかる。
かく言う俺もジンに教わるまでは【地図化】がダンジョン探索に使えるなんて知らなかったしな。
『到達する者』に見つけられなかったら、俺は一生底辺冒険者としてくすぶっていた可能性もある。
「悪いな。お嬢ちゃんを責めるつもりはなかったんだ。詫びと言ってはなんだが、聖具シリーズのスキルについてわかっていることは教えてやろう」
「本当ですよ。もっと罪悪感を持って、わたくしに伝授してください」
「そう調子に乗られると教える気なくすんだがな……」
ディエゴは頭をボリボリと掻きながら続ける。
「まあ、いいや。聖具シリーズのストロングポイントは三つだと思えばいい」
「三つですか?」
「そうだ。まず一つ目はお嬢ちゃんも自然と使いこなしていただろうよ。その武器の最適解がわかるようになる。聖剣なら剣技、聖銃なら射撃って感じでな。ちなみにそれは聖剣や聖銃だけじゃなく、同系統の他の武器にも適応される」
そう言って、彼は背負っていた黒紫の長銃を手に取り、空へと向ける。
「例えばこの銃は23階層のボスが使っているものと同じものだ。いわゆるダンジョンのドロップ品である魔道具だな。23階層を初めて攻略すると手に入るらしく、これはうん十年も昔に最初に23階層を攻略したパーティーが売りに出した物を、回りに回ってオレが手に入れたものだ」
そして、ディエゴは魔銃のスコープに軽く目を向けただけでトリガーを引いた。
遠くにあった遺跡の天井のちょうど中央部がパックリと弾ける。
「とまあ、こんな風にな。銃は専門の武術スキルがなく、まともに補正がかかるスキルが【聖銃の収め手】か【砲術師】か【魔道具師】くらいしかない分、この能力はありがたいんだが、剣なら剣術スキルとかがあるからな。正直これだけじゃ伝説級のスキルとは言い難い」
今度は聖銃を召喚すると、その光り輝く魔力を魔銃へと込めた。
「そんでもってこれが二つ目のストロングポイント。聖具を召喚するときに魔力の奔流が湧き起こるだろ? あれは所有者の魔力由来のものじゃあない。聖具が本来備えている魔力だ。その濃密な魔力をスペルや魔道具に使用することができれば――」
そうしてディエゴは同じ的に向かって再度トリガーを引いた。
爆裂音が響く。今度は建物自体が魔弾によって粉々に破壊されていた。
おそらく23階層の中ボスを仕留めたのも、この銃弾の威力によってだろう。
「こうして更なる力を引き出すことができるというわけだ」
「これはすごいですね……。もしフラクタスの魔力をスペルに乗せることができれば――」
ロズリアも自身のスキルの可能性に気がついたようだ。目に灯火が宿ったのが傍からでも見て取ることができる。
「それで三つ目のストロングポイントってなんなんですか?」
「さあ?」
「……えっ?」
「それはわからない」
「なんですか、それ⁉ 散々もったいぶっておいてそれはないんじゃないですか⁉」
「そうじゃなくて、お嬢ちゃんの聖剣の強みがわからないということだ。聖具は所有者ごとに形状や能力を変える。例えばオレの聖銃スターシアは二丁拳銃だが、過去の聖銃の所有者は回転式の拳銃だったり、散弾銃だったりしたそうだ。能力についても同じ。スターシアの能力は早撃ちに特化したものだが、他の聖銃は全く違うものだったらしい」
「じゃあ、わたくしのフラクタスにもなんらかの能力が?」
「ああ、そういうことだ。何の能力も見られないのはまだ扱い切れていない証だろう。聖剣を使いこなせるようになれば次第に能力も解放されていくだろうよ」
「とことんわたくしは自分のスキルを使いこなせていなかったようですね……。悔しいところはありますが、可能性がまだあるということでよしとしましょう!」
ロズリアは少しの落ち込みを見せるも、持ち前のプラス思考で闘志を燃やすのであった。




