第118話 惨劇の予感
久しぶりの更新!
金銀、魔道具、叡智。地上では手に入れられない宝の数々を秘めている閉鎖空間。ダンジョン。
誰も最奥まで到達したことのないその未開の地は、人々を興味という見えない力で引き寄せる。
夢や希望、はたまた欲望や打算など、大小、公私を問わない様々な理由で冒険者達はダンジョンに挑まんとする。
そのようなダンジョン攻略を目論む無数のパーティーの中で、俺の所属していた『到達する者』はメンバーのジンを失い、一時は崩壊してしまった。
その後、バラバラになったメンバーを集結させ、ソフィーという新しい仲間も加わり、再度ダンジョン攻略に挑むことになった。
仲間を奪った因縁の21階層を突破し、ようやくダンジョン攻略を進めることができる――とはいかないのが毎度のことなのだが……。
「よしっ、後少し!」
なんと意外なことに『到達する者』は順調にダンジョン攻略を進めることに成功していた。
現在俺達がいるのは22階層だ。
21階層のボスは神官や聖騎士の神聖術を封じる魔剣を持つ悪魔であったが、22階層のボスは魔槍を扱う幽霊であった。
基本状態はこちらの物理的な攻撃を受け付けない霊体であり、魔槍の攻撃を繰り出すときにのみ実体化するヒットアンドアウェイの厄介な戦闘スタイル。
しかも、魔槍の能力は頭上から無数に槍が降り注いだり、地面から槍が出現したりといった範囲攻撃ときた。
この階層では神聖術は使うことはできるものの、神官や魔導士などの後衛職には天敵とも呼べる階層であった。
そんな逆風の中、この戦闘で最も活躍していたのは魔導士のエリンだ。
魔槍の範囲攻撃を範囲防御魔法で受け、霊体化している対象には霊体に効く攻撃魔法でダメージを与え続ける。正に攻守の要とも言える存在だ。
今回のダンジョン探索では事前に他の22階層攻略パーティーからギミックを聞いていたという背景もあったが、それでもスキルによって短期間の間にどんな魔法も覚えられて、対処法を用意できるというのは、ダンジョン攻略において理想形とも言える魔導士であった。
そんな彼女の強みを最も引き出す存在といえば、新しく『到達する者』に加入してきたソフィーだろう。
「エリン! 魔槍の雨が来る!」
「了解っ!」
エリンが上空に魔法陣を展開し、障壁を張る。
青白い炎を纏った無数の槍が上空から降り注ぐも、障壁に阻まれてこちらには届かない。
ソフィーには【高位鑑定】というスキルがある。
目にした物やモンスターの性質を理解するというそのスキルを用いれば、敵の能力や攻撃手段なども知ることができる。
神聖術阻害の魔剣や超高範囲攻撃の魔槍など、深層には初見殺しのギミックが多いダンジョン攻略にはかなり有用なスキルだ。
今回のダンジョン攻略では事前情報があったとはいえ、決して万全とは言い切れない。
そんな中、敵の繰り出してくる攻撃を分析したり、有効なスペルを指示してくれる存在は頼もしかった。
ダンジョン攻略が進んで他から情報が入らなくなっていくこの先、彼女の存在はさらに重要なものとなるだろう。
レイファの下からソフィーを引っ張ってこられたのはかなりの幸運だったかもしれない。
「《聖壁》」
「そんな攻撃当たるかよ」
聖騎士のロズリアが防御スペルを展開して自身を守る。
それと同時に剣士のフォースは自身のスキル【心眼】を用いて降る槍を器用に回避していった。
今回のボス戦ではフォースはもちろんのこと、ロズリアもアタッカーとして戦闘に参加してもらっている。
理由としては彼女の扱う聖剣フラクタスが霊体状態の敵にも効くという点にあり、それもソフィーのスキルによって判明した事実であった。
ソフィー本当にすごい……。
槍の雨を凌ぐとともに、剣戟を畳み掛ける二人。
ボスが瀕死な状態なのは目に見えてわかっていた。
そこにエリンの魔法が着弾。神官のネメのバフスペルもかかっているということもあり、その威力はとどめを刺すのには充分な威力だった。
見上げるほどの大きな幽霊が淡い光を放って消えていく。
有効打を与えられるわけでもなく、広範囲攻撃を繰り出してくる相手に囮役も必要なかったため、この戦闘において俺は特にやることがなかった。
せめて最後に《索敵》による気配察知によって、敵の気配が完全に消えたことを告げようと口を開くも――。
「ボスの消滅を確認。もう力を抜いて大丈夫」
そのお株までもソフィーに奪われるのであった。
俺、このパーティーに本当に必要なのかな……。
*
22階層を攻略してパーティーハウスに戻ってくると、シャワーや着替えなどを済ませ、六人は自然とリビングに集合した。
今回のボス戦は特に問題もなく順調に突破できたため、反省会とは名ばかりの雑談タイムとなる。
「まあ、今回はなんとかなったわね」
そう口にするのはエリンだ。
階層ボスにダントツのダメージを与えていたのは彼女自身だったが、その自覚はあまりなさそうだ。けろっとした顔をしている。
「やっぱりソフィーのスキルは便利よね。なんでも敵のことがわかっちゃうんだもの」
「そう?」
俺と同じような感想を抱いていたエリンに向かって、ソフィーが首を傾げる。
「エリンの方がすごいと思う。どんな魔法も放てるし、魔力切れも起こさないし」
「それはそうだけど。人が褒めてるんだから素直に受け取っておきなさいよ」
「わたしもそういう派手な攻撃スキルが欲しかった……」
やっぱり微妙に会話が噛み合わない二人。
ソフィーはマイナス思考すぎるし、エリンはもうちょっと謙遜という言葉を知った方がいいと思う。
「さあ、次は23階層です!」
次の階層への意気込みを見せるのはネメである。
幼く見えるドワーフの少女。その正体は俺よりも年上のお姉さんなのだが、言動や性格がついていってないせいで、どうしても見た目通りの年齢に見えてしまう。
「それじゃあ、情報収集をしなくちゃだな」
パーティーのリーダーであるフォースが腕を組みながら言う。
一時はどっかのパーティークラッシャーに惑わされてパーティーを脱退しかけるみたいな事件もあったが、今ではすっかり『到達する者』のリーダーが板についていた。
どっかのパーティークラッシャーが口を開く。
「22階層の情報を頂いた『迷宮騎士団』は23階層を攻略中なんですよね?」
「ああ、そのはずだったぜ」
「そうなるとボスの情報は得られませんよね?」
「そうだな。そもそも23階層を攻略できてるパーティーも『天秤と錠前』だけだからな」
現在ピュリフのダンジョン攻略の最先端を行っているパーティーは四つ。
他の国にあるダンジョンにも潜ったことがあるという、最もダンジョン攻略について理解度と経験値が高い『天秤と錠前』。
ピュリフの街で最大規模の人数と勢力を有し、現在【地図化】スキル持ちの俺が二軍パーティーの攻略を進めることで情報提供を受けるという協力関係にある『迷宮騎士団』。
ソフィーが忠誠を誓っていた主、暴虐王女レイファ・サザンドールが率いる『王女の軍隊』。
そして、俺達のパーティー『到達する者』だ。
「って言っても『天秤と錠前』とはコネクションがないからな。どうするか」
「とりあえず道中の情報は『迷宮騎士団』から得るとしても、ボスの情報は欲しいですしね……」
「でも、『天秤と錠前』ってよくわかんないんだよな。長年この街にいるけど、顔を合わせることないし。ジンなら知り合いだったみたいだけど」
「あのパーティー、パーティーハウスにいること少ないですからね。常にダンジョン攻略に行っているイメージあるんですよね」
「じゃあ、『天秤と錠前』からの情報は期待しないで、『迷宮騎士団』からの情報だけで挑むか。どっちにしろ、このままダンジョン攻略を進めていけば、いつかは追い越して初見の敵と戦わなくちゃいけないんだし」
「それでいいんじゃないですか?」
『天秤と錠前』が素直に情報提供してくれる保証はないし、以前とは違って今は【高位鑑定】を持つソフィーの存在もある。
21階層のように初見殺しをされる危険性も少ないし、今のうちから未知の敵と戦う経験を積んでおくのもありかもしれない。
「『迷宮騎士団』からの情報は頼んだぞ、ノート」
「わかりました」
「それじゃあ、わたしはレイファ殿下に22階層の情報を提供してくる」
「確かにそれもあったな」
現在『到達する者』は『王女の軍隊』とも協力関係にある。
以前は互いにパーティーメンバーを誘拐するだとか殺し屋をけしかけるだとかバチバチに仲が悪かった両パーティーだったが、21階層での共闘を経て、良好な関係に落ち着くことができた。
それもこれもソフィーがかつてレイファの下にいたということ、そして暴虐王女と呼ばれるレイファ自身が丸くなったことに起因するだろう。
「そうしてくれると助かる」
今後もレイファとは良好な関係を築いていく方がいいだろう。あの王女を敵に回すのは危険だし。
「ソフィー、あの王女様のところに行くの?」
そう思っていたところ、エリンが口を開いた。
「うん、そのつもりだけど」
「だったら、ついでに私も一緒に行くわ」
「なんでだよ!」
思わずツッコんでしまった。
せっかく良好な関係が築けていると思っていたのに、いつ暴発するかわからない爆弾のような人間が行こうとしないでほしい。
何を思っているのか知らないけど、マジで止めてくれませんかね……。
「いや、ちょっと話をしたいなって思って」
「そんな通り魔的な犯行止めてくれない?」
「通り魔って何よ! 私が話をするのの何が悪いの⁉」
「いや、色々とね……」
これまでの振る舞いを自覚してから言ってほしい。
本当にところかまわず喧嘩売るからね、エリンは……。
「そもそもレイファ様と何話すつもりなんだ?」
「レイファ? あんな女との話なんて興味ないわよ」
「だったら、なんで行こうとするの⁉」
「そうじゃなくて、私の用があるのはあなたの幼馴染の方よ」
「えっ……」
「ノートの初恋の人がどんな人かってのも知りたいし、ノートをこっぴどく傷つけたことにもひと言言ってやらなくちゃいけないしね」
「……」
俺は言葉を失っていた。
エリンとミーヤは絶対に関わっちゃいけないタイプの人間だと思って、極力顔を合わせないようにと取り計らっていたのに、それを自らぶち壊しに行くとは。
人の想像の数倍上を行く暴挙っぷり。こんなことなら、まだレイファに用があった方がマシだった。
「大丈夫! ノートの代わりにこてんぱんに仕返ししてやるから」
「何も大丈夫じゃないんだけど⁉ むしろ、俺のためを思っているなら、何もしないでくれない⁉」
「わかってるわよ。恨んでいる相手とはいえ、昔好きだった人に自分の手で仕返しをするのは罪悪感が湧くものね。そこら辺は心配いらないわ。これは私の独断でやることだから」
「頼むから人の話をちゃんと聞いてくれない?」
頭を抱えたい気分だった。誰かこの暴走魔導士を止めてほしい。
「ほら、ソフィーもなんか言ってよ。こんな危なっかしい奴連れていくの嫌でしょ?」
「わたしもミーヤ・ラインのことは嫌いだから、エリンに協力する」
「そっち側だったか……」
ソフィーにはミーヤにボコボコにされ、レイファの下を追い出されたという過去がある。
だからといって、こんなときに息を合わせないでもいいだろう。
これから起こるであろう惨劇に、俺は肩を落とすのみであった。




