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外れスキル【地図化】を手にした俺は、最強パーティーと共にダンジョンに挑む  作者: 鴨野 うどん
第6章後半 外れスキル持ちの俺と『王女の軍隊』
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第108話 目を背けられない事実


 18階層のボスモンスターを無事倒し切ることには成功したが、階層の入り口付近で戦っていたということもあり、次の階層へ向けて歩く道は長かった。

 日も暮れるとのことで、パーティーは野営の準備を始めることになる。


 アイテムバッグから野営に必要な道具を取り出していると、パーティーの話題は先ほどの戦闘の話へと戻っていた。


「だから、反省してるわよ!」


「本当ですかぁ?」


 声を荒らげるエリンと、挑発するような視線を送るロズリア。いつも通りの一触即発な光景だ。


「勝手にボスに戦いを挑んで。そのせいでソフィーさんが危険な目に遭ったんですよ。反省しているなら、わたくしの分の準備を代わりにやってくださいよ」


「だから、なんであんたの分の準備なのよ! そこがおかしいって言ってるんでしょ!」


「反省の色が見えませんね。逆ギレですか?」


「順ギレよ! せめてソフィーの分の準備をやるんだったらわかるけど!」


 先ほどのボスとの戦闘。そこでエリンは後先考えず、巨龍に向かって戦いの火ぶたを切ってしまった。

 その結果、中ボスやその周りの雑魚モンスターが入り交じる乱戦となってしまう。


 乱戦により、ボス以外のモンスターの対処に人員が割かれ、エリンが一人でボスと戦う羽目に。

 それだけだったらまだ許せるんだが、怒りモードに入った敵の攻撃を一人で処理し切れないと判断した彼女は、ボスの範囲攻撃の対処を他のメンバーに放り投げた。


 そして、無理して範囲攻撃の対処を受け持ったソフィーがキャパオーバーにより怪我。

 以上の理由で、エリンへの裁判が開かれていた。


 被告人は全面的に非を認めている。反省の色も見せていた。

 対する検察官は、被告が非を認めていることに付け込んで、無茶苦茶な刑を要求していた。

 どっちが正義か本当にわからないな。


「じゃあ、ソフィーさんとわたくしの分の手伝いをするってことでどうですか?」


「『どうですか?』じゃないわよ! 何もよくないわよ!ソフィーの分の準備が抜けていることじゃなくて、あんたの分をやらなくちゃいけないことに文句を言ってるの!」


「考えてみてください。ソフィーさんが怪我をしていなければ、今頃わたくしが自分の分の準備をソフィーさんに手伝わせていたんです。それがエリンさんのせいでしにくい雰囲気になってしまいました。責任を取るのは当然のことでしょう?」


「なんで自分の分の準備をソフィーに手伝わせるのよ! 怪我の有無にかかわらず、自分の分は自分でやりなさい!」


 完全にエリンの言っていることの方が正しい。正義はエリンの方にあった。

 被告人の勝訴。なんという逆転裁判だ。

 後で検察官には手伝いを人に押しつけている罪状で起訴することにしよう。


「わたしの方は気にしなくていい。なんなら、二人の分の準備はわたしがやるから」


「おい」


 ここで被害者の方は出てこないでくれませんかね。話がややこしくなってくるから。

 そんなことを言い出すと──。


「じゃあ、お願いします」


「お願いしますじゃないでしょ!」


 声を荒らげたのはエリンだ。


「そうやってホイホイ引き受けない! ロズリアが調子に乗るでしょ! ソフィーは今日何もしなくていいから!私がやるから、ゆっくり休みなさい」


「じゃあ、わたくしの分も──」


「やるわけないでしょ!」


 エリンはロズリアに一喝する。

 先ほどの戦闘ではソフィーに迷惑をかけたエリンだが、別に彼女に悪気があるわけでもない。


 むしろ今のやり取りのように、ソフィーのことを充分気にかけてくれているくらいで、巨龍との戦いではただ単に周りが見えていなかっただけだ。

 いつも通りの頭が足りてないエリンというだけである。


「怪我はもうとっくに治ってる。休みはいらない」


 ただその優しさも当のソフィーには伝わっていないようで、微妙な折り合いの悪さを見せていた。


「治ってる、治ってないにかかわらず少しくらい休みなさいよ」


「大丈夫。わたしの役目を取らないで」



「なんで、そう貴女は頑固なの?」


「わたしはわたしのやり方を貫いているだけ。それが悪いこと?」


 これ以上ヒートアップすると喧嘩になりそうなので仲裁に入る。

 お互いが他人のためを思って発言しているはずなのに、どうしてこう言い合いになるんだよ。呆れたくなる気持ちでいっぱいだった。


「とりあえず泊まる準備を始めようよ。言い合いは後で」


「わかったわよ」


 エリンは息を大きく吐いて肩を落とした。ソフィーは無言でこちらを見つめていた。


「ソフィーは身体大丈夫なの?」


「うん、問題ない」


「わかった。じゃあ手伝ってもらうけど、軽めの作業でいい? 重めの作業は罰として二人に割り振っておきたいから」

 そう言って、エリンとロズリアを手で指した。

 エリンは納得して頷いていたが、もう一方は目を丸くしていた。


「どうしてわたくしもなんですか!?」


「ソフィーに仕事を押しつけようとした罰」


「なんでですか!? 未遂じゃないですか!?」


「じゃあ、訂正。これまでソフィーに雑用を押しつけていた罰」


「ぐっ……それは言い逃れできませんね……」


 唇を噛みながら苦い顔をするロズリア。


「これ以上雑用をサボっていると、ノートくんからの好感度が下がりそうですし、ここは快く引き受けておきましょうか」


「それを口に出しちゃう時点で意味ないと思うけど……」


 ここまで言えば、ロズリアも仕事をしてくれるだろう。

 ロズリアも根はそこまで悪い人じゃないのだ。多分……。


「これでいい?」


 ソフィーに向かって投げかける。彼女は納得がいっているような、いっていないような、煮え切らない表情でこちらを見つめていた。


「まあ……」






※※※※※※※※※※






 献身的なのは褒められることかもしれないが、ソフィーのものは度が過ぎている。先ほどのボス戦のように、戦闘に支障が出てしまってからでは遅いのだ。

 そう思った俺はその日の夜、ソフィーを呼び出した。


 テントから離れた川のほとりで一人待っていると、少女の影が現れる。

 眠たげな瞳。夜の暗さに溶け込むような黒髪。メイド服のような独特の鎧。

 それが目当ての人物であることは一発でわかった。


「来てくれたんだ」


 木々の陰から姿を見せた彼女に向かって投げかける。

 夜空に広がる星達と月明かりによって照らされた少女は口を開いた。


「何? 告白?」


「……」


 割と真剣な話し合いをするつもりだったのだが、物の見事に話の腰を折られる。

 確かにこんな夜に男が女を呼び出したら、そう思われるのも無理はないかもしれない。

 ソフィーのことだ。彼女は冗談なんて言うタイプじゃないし、本気で勘違いしているようだった。


「悪いけど、ノートのことは異性として見ていない。今後も見ることはないと思う。正直、告白なんかされても困る」


「あの……」


「でも、ノートにはこのパーティーに入れてくれた恩がある。恩は返さなくちゃいけない。どうしてもっていうなら、嫌だけど渋々付き合う」


「違うから……」


「そうなの?」


「うん……全然違う用件……」


「そう……」


 告白もしていないのにいきなりパーティーメンバーに振られた男と、完全なる勘違いでパーティーメンバーを手酷く振ってしまった女。

 二人の間に気まずい沈黙が流れる。


 普段は場の空気なんて読まなそうなソフィーですら、今はいたたまれなくなって、目を逸らしながら足踏みをしていた。


「ごめん……」


「勘違いさせた方も悪いから……」


 二人して謝るが、気まずい雰囲気は払拭されない。

 真剣な話し合いができるようにとソフィー一人を呼び出したが、それが完全に仇となった形である。


 他の人を呼んでいたらこんな勘違いはされなかっただろうし、気まずい雰囲気になっても即座に払拭することができたかもしれない。

 ただここで気まずさに負けて黙っていても事態は好転しないので、呼び出した理由を切り出すことにした。


「ねえ、ソフィーは『到達する者(アライバーズ)』に入ったことを後悔してる?」


「後悔?」


 突然の問いかけに彼女は戸惑っているようだった。


「うん、後悔」


 それでも俺は話し続けることを選択した。


「パーティーに誘った時さ、ソフィーのこと無理やりに近い形で入れちゃったじゃん。断りづらかったと思うんだよね。恩に付け込むような形を取って。それでもしかしたら、本当は『到達する者(アライバーズ)』に入ってダンジョン探索なんてしたくなかったんじゃないかなって思って……」


 ソフィーは自分の受けた恩を何よりも重要視する人間だ。

 先ほどのやり取りでもそうだ。異性として見ていない、今後も見ることがない相手に対してだって、恩さえあれば嫌だけど渋々付き合うと言っていたのだ。


 好きでもない相手と交際できるくらいなら、馴染めないパーティーに入って興味のないダンジョン攻略をすることくらい簡単なはずだ。


「どうしてそう思うの?」


 ソフィーは尋ねてくる。彼女の考えを読もうとするも、その黒い瞳からはどのような種類の感情も窺えなかった。


「なんだろう。時々辛そうにしているように見えたからって言うのが正しいのかな?」


 言葉を選びながら口を開いていく。


「楽しくないってのはまだわかるんだよ。ソフィーとしてはダンジョン攻略を始めたばっかりで右も左もわからないと思うし。『到達する者(アライバーズ)』としても一度経験した階層をもう一度潜り直しているだけで新鮮味もないから。だから、ソフィーが楽しそうにしていないのも全然納得できる」


 いくら言葉を紡いでも、彼女の顔にはなんの感情も浮かび上がらない。

 俺の言っていることが合っているのか、全くの見当外れなのか。それすらもわからないこの状況は闇夜の中を手探りで歩いているみたいなものだ。


「パーティーのみんなと距離を置いているのもわかる。入ったばかりだしね。みんな個性が強いから、自分から関わろうとするのも気が引けるってのも納得できるんだよ」


 ただの相槌でもいいから反応が欲しい。でも、鼓膜からは森のさざめきと彼女の息づかいしか聞こえてこない。


「でも、そうじゃないでしょ?」


 それでも、俺はソフィーに踏み込むことにした。


「ソフィーは『到達する者(アライバーズ)』での生活を苦しいと思っている。そんな感じがするんだ」


「……別にそんな風に思っていないから。根拠は?」


 一瞬だけだが、闇夜の中で瞳が揺れた気がした。

 その僅かな揺らめきを見つけられなかったとしても、この状況で根拠を尋ねてくるのは自白しているも同然だ。


「ソフィーは『到達する者(アライバーズ)』に来てから献身的な振る舞いを見せてくれたよね。ロズリアからの雑用を引き受けたり、自分を犠牲にしてモンスターからの攻撃を防いでくれたりと」


 それはパーティー内の誰しもが認めるところだ。

 ロズリアから押しつけにも近い家事の分担を率先して引き受けたり、ネメのためにお菓子を作ったり。


 そして、先ほどの18階層のボスとの戦闘では、雑魚モンスターの群れの処理で手一杯だったのにもかかわらず、エリンの頼みを受けて『到達する者(アライバーズ)』全体を守ることを選択した。

 それらの異常とも思えるほどの献身的な行動。


「どうしてソフィーはそこまでしてくれるの?」


「それは恩があるから──」


「ないよ。そこまでの恩は」


 それこそが俺が感じていた疑念。ソフィーに抱いていた違和感そのものだった。


「レイファ様に尽くすのはまだわかるんだよ。前に言ってくれたよね? 両親が死んで、貴族としての立場とか全部失った時に手を差し伸べてくれたのがレイファ様だったって」


 レイファの下で監禁されていた時に、ソフィーの口から聞いたエピソードだ。

 何故あの暴虐王女に尽くすのかという問いかけに、彼女はそう答えていた。


「だから、以前のソフィーの行動は理解できた。俺を監禁してきたのも、雨の中俺に襲い掛かってきたのも。ソフィーはレイファ様に本気で忠誠を誓って動いていた」


「……」


 ソフィーは無言で答える。たとえ忠誠を誓った主に見放されようとも、彼女の忠誠心は未だ燃え盛ったままだ。沈黙が雄弁に語っていた。


「でも、俺達がしたことなんてマッチポンプみたいなものじゃん。俺達のせいで従う相手と住む場所がなくなったソフィーに、『到達する者(アライバーズ)』という場所を提供しただけだ。レイファ様からソフィーが受けた恩とは比べ物にならない」


 別にソフィーには大したことをしていないのだ。

 恨まれる筋合いこそあれど、忠誠を誓われるほどの恩を与えてもいない。


「現にソフィーはこのパーティーに入る時言ったじゃないか。ダンジョン制覇に向けてこの身を捧げるって。ソフィーは『到達する者(アライバーズ)』自体に忠誠を誓ったわけじゃない。ただ恩を返すためにダンジョン制覇に協力するって言ったんだ」


 それは大きな差異だ。

 ダンジョン制覇に向けてこの身を捧げると宣誓したソフィー。

 しかし、当の彼女はダンジョン制覇に関係ない事柄にまで手を伸ばして、恩があるからと従順な働きを見せていた。


「ダンジョン攻略だけで恩は足し引きゼロなはずなんだ。それなのにソフィーは他のメンバーの手伝いをここぞとばかりに買って出ている。違う?」


 恩というものに人一倍敏感な彼女のことだ。この差異に気がついていないわけがない。

 だって、ソフィーはただの従順な騎士ではないんだから。受けた恩に対して従順な騎士なのだ。


「……」


 無言で答える彼女。無表情の仮面は既に剝ぎ取られ、動揺の色を見せていた。

 唾を飲み込んだ音が聞こえる。夜の森の静寂がより一層彼女を追い詰めていた。


「俺にはそれが自分に罰を与えているように見えた。恩に対してじゃない。自分に対してまるで幸せになっちゃいけないかのように振る舞っていたから」


 確信を得たのはついさっきでの戦闘だ。元からその兆しは感じていたが、あの巨龍との戦闘で確信に至った。

 あの時、ソフィーは身を呈してパーティー全体を守ることを選択した。


 しかし、あの行為は本来間違った動きだったはずだ。範囲攻撃を防ぐために自分の身を犠牲にしたら、その後受け持っていた雑魚モンスター達がこっちに押し寄せてきてしまう。

 結果的に陣形は崩壊して、モンスターにやられてしまう可能性だってあり得た。


 あの状況で正解だった行動は、ソフィーが範囲攻撃を受け持つために、雑魚モンスターの処理を俺やロズリアに割り振ることだった。

 冷静なソフィーがそのことを思いつかなかったわけがない。


 浅層での戦闘面の反省会ではロズリアに忖度なく自分の意見をぶつけていたこともあって、他人に雑魚モンスターの処理を押しつけるのを躊躇ったということもないだろう。

 そう。あれは完全に自殺に近い行為だった。


 パーティーの駒としての最適解を捨てて、自分本位の自傷行為に走っていた。

 だから、俺は罰だと思ったのだ。


「もしかしてだけど、『到達する者(アライバーズ)』に入ったことをレイファ様に申し訳ないとか思ってる? レイファ様の敵である俺達に本当は手を貸したくない。だけど、俺達にも恩がある。ダンジョン制覇をさせると約束してしまった。その板挟みで苦しんでいるんじゃないの?」


「……違う」


「もし、そうなら無理をしないで俺達の約束なんて投げ捨てていいよ。ソフィーが本当に大事にしているのはレイファ様への忠誠でしょ?そっちを優先していいから」


「違うから!」


「俺はソフィーに少しでも幸せになって欲しいと思って、このパーティーに誘ったんだ。それで後悔させちゃっているんだったら元も子もないからさ。自分を罰しようとするくらいなら、ダンジョン攻略なんて手伝わなくてもいいんだよ」


「本当に違うの!」


 ソフィーは肩を震わせて叫んでいた。彼女に似つかわしくない感情の爆発。

 目をぎゅっとつぶりながら、拳を握りしめていた。


「確かにわたしはノートの言うように自分を罰しようとしていた。自分が苦しめばいいと思っていた」


 それは告白だった。彼女の口から初めて語られる『到達する者(アライバーズ)』での日々の心情。


「でも、最後が違う。レイファ殿下には申し訳ないという気持ちはあるけど、そのことで罪悪感を覚えていたわけじゃない」


「じゃあ、なんで──」


 口をついて出た言葉。しかし、ソフィーはその問いかけに答えず、首を振った。


「言いたくない」


 明確な拒絶。これ以上踏み込まれたくないとの意思表示。

 ソフィーがここまで自分の願望を直接的に表現するのは珍しい。本来ならなんとしても尊重してあげたいところだ。


 だけど、ここで踏み込まなかったら。彼女の苦しみを見て見ぬふりをしたら、何も変わらない。

 今まで通り、一パーティーメンバーとして不健全な忠誠の形だけが残ってしまう。

 だから、食らいつくのをやめない。


「言いたくないのはわかった。だったら、なんで言いたくないのかくらいは教えて」


「……」


 彼女は迷ったように辺りを見回し、そして口を開いた。


「それはわたしがノート達が思っているほど、綺麗な人間じゃないから」


 綺麗。その言葉の意図を補足するように、彼女は語る。


「わたしにだって醜い感情はある。誰かによく思われたいとか、嫌われたくないとか。人間関係の表側だけを取り繕ったような、わたし自身が本来嫌っているはずの感情で支配されている醜い人間だから」


 そして、大きく息を吸い込んでから言った。


「わたしが隠していることを知れば、きっと貴方達はわたしのことを嫌いになる。それが怖い」


 ソフィーがそんな思いを抱えて、『到達する者(アライバーズ)』での生活をしているとは思わなかった。

 人は誰しも悩みや苦しみや弱さを抱えて生きている。俺だって、エリンだって、フォースだって、ジンだって、ミーヤだって。


 それは俺がダンジョン攻略をするようになって、人と正面から向き合うようになって、初めてわかったことだ。

 ミーヤに見捨てられ、自暴自棄になって他人と深く関わろうとしなかった昔の自分では気づくことのできなかった事実。


 あの頃の俺は自分だけが不幸だと思っていた。恵まれた人間は総じて幸せだと思っていた。

 でも、幸せとか不幸っていうのは外側から見えるものではなくて。しばし俺達は他人を二分したレッテルで決めつけてしまうけど。


 きっと、それは間違っていて。誰しもが幸せと不幸を抱えて生きている。幸せと不幸は相反する感情じゃない。

 それは目の前の少女にも言えることで──。


「意外に思うかもしれないけど、わたしは『到達する者(アライバーズ)』の生活が嫌いじゃなかった。なんだかんだ楽しいと思ってしまう自分がいた。こういうの初めてだったから。お父さまとお母さまが死んで、レイファ殿下に拾われてから、わたしは殿下の忠実な下部で一生を終えるんだと思ってた」


 ソフィーはたどたどしく、自分の感情を吐露していく。


「同世代の人と、こうして対等な関係を築いて時間を過ごしていくってことがなかったから。新鮮だったから楽しかった。だから、同時に辛かった」


 俺は知らず知らずのうちに彼女のことを不幸な少女だと、レッテルを貼っていたのだろう。

 要はソフィーのことを何も知らなかったのだ。


 普段から気にかけているふりをして、実際のところは彼女に向き合ってすらいなかった。

 彼女が何を思って、何を考えているのか。全く理解していなかった。


「わたしには罪があるから。貴方達に重要なことを隠しているから」


 そして、ソフィーは俺の目を見つめて言った。


「本当は言いたくない。嫌われたくない。でも、いつまでも隠し通せるとは思っていなかった。いつかはバレると思っていた。望んでいる日常がいつまでも続かないことは、わたし自身が一番知っているから」


 その瞳には熱がこもっていて。今にも泣き出しそうに見えた。


「どうせ終わりがあるものだったら、わたし自身の手で終わらせる。知りたいんだったら、全部教えてあげる」


 でも、彼女は泣かない。泣かないように努めて、口を開いた。


「わたしの名前はソフィー・ディーンラーク。そう言えばわかる?」


 わからない、そういう意味を込めて首を振る。


「なら──」と小さく呟いて、彼女は言った。


「貴方のパーティーにいたジンに両親を殺された貴族の娘。そして、ジンに暗殺者を差し向けた悪人なの」




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