第100話 『到達する者』の新しい仲間
金銀、魔道具、叡智。地上では手に入れられない宝の数々を秘めている閉鎖空間。ダンジョン。
誰も最奥まで到達したことのないその未開の地は、人々を興味という見えない力で引き寄せる。
夢や希望、はたまた欲望や打算など、大小、公私を問わない様々な理由で冒険者達はダンジョンに挑まんとする。
そのようなダンジョン攻略を目論む無数の冒険者の中で、かつて最も偉業に近いとされていたパーティーの一つが、俺の所属していた『到達する者』であった。
しかし、メンバーのジンの死を機にパーティーは崩壊。
なんとか再結成は行えたものの、依然パーティーメンバーが一人欠けているという状況に悩まされていた。
そんな中、暴虐王女と言われるレイファとのひと悶着。
首切りの力を借り、諍いは解決することができたと思いきや、今度は幼馴染のミーヤがレイファのパーティーに入ったことで色々と波乱が起こって。
路頭に迷う羽目になったレイファの付き人、ソフィーを『到達する者』に入れることに決めたのが、ついさっきの出来事である。
さて、ようやくパーティーメンバーも揃い、ダンジョン攻略に向けて前進──。
「みんなの気持ちはわかりますよ。うん、はい。文句を言いたくなるのも普通ですよね……」
なんて美味い話があるはずもなくて。いつも通り、問題に直面しているのが現在の状況だ。
「また勝手に話を進めて。せめて一言くらい相談があってもよかったんじゃない?」
エリンは怒りと呆れが半分ずつ交じったようなため息を吐く。
彼女の言い分は痛いほどわかる。俺が逆の立場でも同じように文句を言っていたはずだ。
では、どうしてエリンが不満そうにしているのか。それは簡単だ。
「ごめん。だから、今相談させてもらっているというか……。はい、完全に事後報告ですね、すみません。勝手にソフィーを入れることを決めちゃったのは悪いと思っています」
パーティーメンバーという重大な決め事を、独断で決定してしまったことを咎められているのであった。
怒られて当たり前。『到達する者』はジンを含めて六人のパーティーだった。
それをリーダーでもない俺が勝手に「新しいメンバーです」と、しかも敵対していた人物を紹介し始めて。反感を買わない方がおかしい。
とりあえず頭を下げて反省の意を示すが、後悔はしていなかった。
ソフィーを誘うにはあの瞬間しかなかったはずだ。
レイファに拒絶されて、行く場所のなくなった彼女。そんな彼女に待ったをかけて、エリン達に相談している余裕なんてなかった。
あの機を逃したら、彼女はどこかに消えていってしまったはずだ。最善のタイミングをみすみす見逃すなんて選択を取れるわけがない。
「今回だけはエリンさんの味方をさせてもらいます。二度目ですからね。ノートくんが独断で動くのは」
ロズリアが言っているのは、レイファとの騒動の解決についてだろう。
首切りの正体を仲間に打ち明けるにはいかないとあって、レイファとの騒動はロズリア達に相談することなく、一人で解決に走ってしまった。
あの時は初めてとあって許されたが、それが二回目となると話は別だ。しかも新メンバーを独断で決めるのは話がまた変わってくる。
「悪かったと思ってるって」
「全然信じられないんですけど……」
「やっぱりロズリアもそう思うわよね」
「はい。どうせノートくんのことですから、また一人で突っ走りますよ」
「本当に反省してますから」
いつもは敵対している二人が協力し出すと、やけに怖さを感じるんだよな……。俺という共通の敵を見つけてしまったことで手を取り合っている状況だ。
「反対の人がいるなら別に無理に入れてもらわないでも……。わたしが出ていけばいいだけだから……」
先ほどまで口を噤んでいたソフィーが、か細い声で呟く。
レイファのところから荷物を持ってきて、直接パーティーハウスに戻ってきたわけだけども、依然彼女は意気消沈したままだ。
レイファの下にいた時の強気な彼女は鳴りを潜め、まるでこっちこそが彼女の本性と言わんばかりの立ち振る舞い。
弱気なソフィーは、エリンとロズリアの反対を受けて、早くも『到達する者』を辞退しそうになっている。
「ほら、そんなこと言わないでくださいよ!俺達のパーティーにはソフィーさんの力が必要なんですから」
「全然歓迎されてないみたいだけども……」
「それは言葉の綾みたいなものですよ。エリンもロズリアも大歓迎だよね?」
「私は反対よ。あの王女の下にいた騎士でしょ?信頼できないじゃない」
「わたくしも反対ですね。ネメさんを攫ったり、ノートくんに襲い掛かったりと、いい印象がありませんし」
「と言っているけど……」
ソフィーが困惑の表情を浮かべながら呟く。
気持ちはわかるけども、ここは空気読んで欲しい。
ソフィーは思ったよりずっと繊細な人間だ。忠誠を誓っていた主に捨てられた今では特に。
注意して言葉を選ばないと、どう壊れてしまうかわからない危うさを、俺は感じ取っていた。
「ソフィーさんだって、反省してますよね? 襲い掛かってきたこととか」
「それはまあ……」
「ほら、反省しているって言っているじゃん」
「じゃあ、わたくしから質問です。もし王女様にノートくんの首を取ってこいって言われたら、今でも襲ってきますか?」
「レイファ殿下の命令とあらば」
「全然反省してないですよ、この人!」
おい、レイファ殿下の命令とあらばじゃないよ! 即答するな、即答を。
ソフィーのレイファへの忠誠心は知っているつもりだが、せめて今だけは噓でもいいから否定して欲しかった。
「フォースさんはどうです?さっきから黙ってますけど」
困り切った俺はとりあえずフォースに助け船を求める。
一応『到達する者』のリーダーということもあり、彼の意見は他のメンバーのものとは一線を画すはずだ。
フォースが賛成と言えば風向きは賛成に動くかもしれないし、反対と言えば俺もソフィーを加入させることを考え直さなければならない。
「オレは強ければ構わないぜ。そいつが『到達する者』に入って、ダンジョン制覇に近づくっていうなら敵でも悪人でも大歓迎だ」
「わたしは弱い。ミーヤという冒険者に負けたばっかりだし……」
「ミーヤってあのノートの幼馴染のか? あれに負けるとあっちゃ期待できそうにないな」
「フォースさんの感覚が狂っているだけで、ミーヤは普通に強いですからね」
ミーヤはこの国でもトップクラスの実力を持つ冒険者だ。
実力を隠していたとあって、知名度でいえば低いが、スキルだけみたら破格もいいところ。
まあミーヤ以上にフォースが強いから、そう思えちゃうんだろうけど。
「ネメ姉さんはどうです?」
どうせ反対されるだろうと思いながらも、一応ネメにも尋ねておく。
ネメはソフィーに誘拐された張本人だ。監禁されていたホテルではそう酷い扱いは受けていなかったようだが、それでも自分を攫った人間がパーティーに入ってきたらいい気分はしないはずだ。
「ネメは反対しないです。ノートが連れてきたんだったら、信用できるです! 早くダンジョンにも潜れるですし、大歓迎です!」
「ネメ姉さん!」
「ノート、苦しいです!」
嬉しさのあまり思わず抱きついてしまった。
だって、さみしかったんだもん。みんな反対してきて。仲間がいないと思ったら、こんなところから援護されるなんて。
やっぱり信じられるのはネメだけだ。『到達する者』に入った当初、浮いていた俺の一番の話し相手になってくれたのも彼女だった。
俺にはネメしかいない。一番初めにネメに話を振るべきだった。
「いいなぁ、抱きつかれて。私も賛成派に移ろっかな……」
「エリンさん。何しれっと裏切ろうとしているんですか。見損ないましたよ」
後ろでなんか言っている二人は無視することにする。
なんで仲間内で争っているんだ。手を組んでいる一瞬くらい仲良くしとけよ。
「とりあえず、賛成二票、反対二票、そんで中立のオレが一票ってことだな」
ややこしくなり始めている場をフォースがまとめる。
なんか見覚えのあるやり取りだ。確か、ロズリアが加入してきた時もこんな感じだった気がする。
あの時は確か、俺とフォースが賛成で、エリンとネメが反対、ジンが中立の立場だった記憶がある。
「ということはまた、あれで決めますか」
「オレもそう言おうと思っていたところだ」
どうやら俺とフォースの認識は一致していたようだ。視線だけでお互いの考えていることが同じだとわかる。
「あれって?うちのパーティーにそんなお決まりの決め方あったっけ?」
何も気づいていないエリンに向かって、フォースは言う。
「あれだよ、あれ。ダンジョン攻略パーティーなんだからやり方は決まってるだろ?」
「もしかして──」
エリンが言い切る前に、フォースはその言葉を口にした。
「ダンジョン探索だ」
 




