epilogue 後(?)日談《each own》
お久しぶりです
色々ありまして……遅くなりました
では、どうぞ
今までの出来事を思い出したものの、それでも尚状況の理解が出来ない牙助。
終いには目の前の大蜥蜴のことを忘れて、「この右手戻らないなんてことないよな……?」等と考え始めてしまった。
「グクルルルルルルルル…………ッ」
いつのまにか炎を失った火蜥蜴──もとい、大蜥蜴は自らの右前肢を抑え唸っている。
が、手負いの獣は危険だという。
心なしか牙助の方を睨んでいるようにも見えた。
牙助ははっとなって今もまだスゴいことになっている右手を大蜥蜴の方へ向け、自分の後ろで倒れている幼馴染み──遥を庇うようにして構えた。
が、大蜥蜴はそんな牙助には目もくれず、何故かその巨体を翻し、どすどすと林の中へ消えていってしまった。
どっと疲れが押し寄せ、牙助はその場に崩れ落ちた。
全身がぎすぎすと軋む。もしかすると、もう少しで死ぬのかもしれない。
漠然と自分の死期が近いのを感じ取った牙助はしかし、穏やかな気持ちで幼馴染みに振り返る。
「───遥ッ!?」
が、次の瞬間、牙助は固まる。
遥は仰向けのまま、苦しそうな顔で唸っており、そして。
腹にソフトボール大の風穴を開けられ、そこから赤い鮮血を溢れさせていた。
「あっ、ぁああああ遥ぁ!」
自分の死よりも、彼女が死ぬ、という事実が怖かった。
恐怖に顔を青ざめさせ、わなわなと震える牙助はその手を伸ばそうとして端と気付く。
「あ…」
───未だに自分の右手が、黒い装甲に覆われたままなことに。
ならばと左手を見るも何時そうなったのか手首の半ばから折れぷらぷらと揺れるばかりで自由に動かせない。
「あああああ………」
───触れられない。
恐らくもう、自分も遥も助からない。なのに、もう触れることすら出来ない。
全身で覆い被されば、触れることは出来るかもしれないが、そんなことをすれば自分達の死期を早めてしまうだけだろう。
両手が、潰れ、その手に遥を掻き抱くことすら出来ない。
その事が、どうしようもなく、牙助は悲しかった。
「だ、誰か……」
ならばと崩れたばかりの崖側に這いずり溢す。
誰でもいい。
自分はいいから、遥を。
「助けて、くれ……」
外道共にすら祈ろう。
助けてくれるならば、俺のことを実験にでも憂さ晴らしにでも使うがいい。
兎に角。
誰か。
「誰かぁあッッ!!」
孤独に響き渡るその慟哭が。
闇夜に掻き消える、その、寸前。
ズンッ!
突如夜空から降り立った影が、それに答えた。
「あぁ、今助けるよ」
振り返って牙助は、目を見開いた。
「おま、えは………」
其処にいたのは、金髪碧眼のIOTY。
「何があったのかはわからないけれど、とにかく治療しよう」
───国枝、錬。
奇跡の体現者、魔人種の一人。
その奇跡が、今、織り成される。
「治療第三階位術式、《生命力超活性化》」
───俺よりも、早く遥の方を。
そう言おうとして、口を開けられぬまま、身体の痛痒が消えていくのを感じながら、牙助はその意識を闇に落としていった。
∵
───ねぇ、何してるの?
───………何もしてない
───なんで?
───みんな私とは遊んでくれないし
───じゃぁ一緒に遊ぼうよ
───………ぅん
ガバッ、と白布を弾き飛ばし、つけた勢いのままに上体を起こす。
そのまま四方を見渡せば白いカーテンが目に映る。
ふと柔らかい物に座ったままの自分を見下ろせば、簡素な着衣を羽織った身体に数本の管が生えている。
つまるところ。
「病、院……?」
牙助は病院のベッドで目を覚ましたのだ。
が、牙助にとってそれはこの際どうでもよいこと。現在における最優先事項は幼馴染み──遥のことであった。
「そうだ、遥。遥………っ」
幼馴染みの安否を確認すべくベッドを抜け出そうとして、牙助は走った痛みにベッドから転げ落ちた。その際肩や背を強かに打った牙助は僅か身悶えしたが、直ぐに自分の四方を取り囲むカーテンを抜けようと這いずる。
「遥、遥………ァッ」
が。
シャッッ、というキレのある音と共に牙助の目前の白が左に振れ切り、紺のジーンズが目に入る。
思わず硬直した牙助に上から掛けられたのは………
「………人の名前連呼しないでくれる?」
「…………………………………あ、あはは………………」
呆れたような目で自分を見下ろす、遥のこれまた呆れたような一言だった。
「失礼しまーす……大城さん、佐十くんもう起き………ナニコレ?」
続いて病室に入ってきた國枝の呆けた一言に牙助はいそいそとベッドの上に戻るのだった。
∵
あれから遥や國枝から話を聞いた牙助は、自分が倒れてからのことを大まかに把握していた。
國枝は女子生徒共に街を案内されていたらしい。
すると、物凄い音がして、その方を見ればなんと街外れの崖が一部崩れ落ちているではないか。
國枝は直ぐ様魔検と警察に通報した後に、比較的崖に近い住宅の方々に注意を呼び掛けつつ、飛行魔法で牙助達のもとへと向かったのだという。
成る程確かに空から降りてくるなんていう登場の仕方をなさるわけである。空中を飛んだ方が最短距離で向かえるからして。
(しかしそれ魔術行使法違反でしょっぴかれないんだろうか)
と思わない牙助でもないが。
実は無許可に公然に魔術を行使してはならない、と法律で定められているのである。魔人種の権力が強いため余り守られているふしは無いが……。
因みにそんな違法行為を犯した魔人種を逮捕、起訴、収監したり、魔術関連の事件を警察と提携して捜査するのが国家対魔術公安検察(通称魔検)である。
閑話休題。
ともかくそうして牙助達のもとに現れた國枝は、瀕死の二人を見て治療魔術で治療を試みた。
遥の方は色々と重ね掛けすることでなんとかなったものの、牙助の方は根本的に本人の体力が足りておらず、目に見える部分はどうにかなったものの、内側の部分がボロボロのままだった。
(この場合の魔術行使は緊急時における救命行為として認められているから大丈夫だが)
その為國枝は救急車を呼び、牙助の入院において回復を手伝うことを希望した。その為國枝は先のように見舞いに訪れたのである。実際帰りがけに牙助に魔術をかけていった。魔法陣など始めてみた(魔術事態は遥のを見た)牙助はちょっと興奮ぎみだった。
遥の方は恐らく気紛れだろう、と牙助は判断した。
因みに通報を受けた魔検は國枝に案内されて件の崖に行き、今も何があったかの調査中らしい。
遥がことの真実を話したらしいが、全く信じてもらえなかったらしい。しまいには遥かがことの犯人ではないかと疑われ始めているという。
牙助はそれに対し僅かばかりの怒りを覚えたが、まぁ魔検も優秀だし直ぐにことの真相にたどり着くことだろう、と思い直した。
さて、ここまでわかって牙助はひとつ言いたくなった。
「國枝──……めっちゃいいやつやん」
かなり今更な事実であった。
更に、すっかり忘れていて遥にも訪ねるのを忘れていたが。
「てか、遥、あいつなんで魔術使えんの……?」
取り敢えず次会ったら訊かなければ気がすまない類いの疑問である。
「取り敢えず國枝の奴が屑じゃないことは確かだな」
もう脳内で"國枝"等と呼ぶのが失礼っぽく思えてくる牙助である。
───次会ったら"錬"と呼ばせてもらおう。
と、いうより友達にならせてください!
………実は牙助には一切合切男友達がいなかった。
ともあれバカ丸出しの思考を終えた牙助は今日のところは微睡みに身を任せ、眠りに沈んでいったのだった。
……あの黒い装甲の事は、忘れたまま。
∵
病院を出た遥と國枝──錬は、ひたすら無言でならび歩いていた。
が、沈黙が堪えたのか始めに口火を切ったのは錬だった。
「大城さんは………佐十くんとはどういう関係なんだい?」
「………只の幼馴染みよ」
遥は俯いたまま低い声でそれに応じる。
「………一体、何があったんだい? あの荒れようは尋常じゃなかった。魔格でもあんな事態になることは少ない」
「………」
今度は大城は答えなかった。
今回の件について、錬は何も事情は聞いていなかった。只事後処理のごとく通報やらなんやらしただけである。現場の悲惨さを知る人間ではあったが、錬は今まで遥に事情を自分からは訊かずにいたのだ。
これが気遣えるイケメンである。
("魔格"とは魔術師総合格闘大会の略称である)
だが錬はなにを思ってかこのタイミングでそれを問うた。
遥はそれに対して驚いたりしたわけではなかったが、単に話しても信じてもらえるかわからなかったため、何も言葉を発しなかったのである。
「………大丈夫、誰にも言わないし、まして疑うなんてことは、しないと誓おう」
「………ほんとに?」
やたらキザったらしく聞こえる台詞に遥は訝しげに問い返し錬を見上げるが、錬はそれに至極真面目な顔で頷いた。
ならばと遥は前を向き、回りに気を配りつつ錬にことの顛末を話し始めた。
あの崖の上に二人でいたら、突然牙助に突き飛ばされ、意識を失ったこと。
目が覚めたら、巨大な黒い蜥蜴がいて、牙助がそれと対峙していたこと。
魔術で自分が抑えようとしたが、何か光が見えたかと思えば、気を失ったこと。
錬はそのひとつひとつを黙って聞いていた。
初め話すのを渋っていた遥も、毒も食らわば皿までと半ば自棄気味に吐き出したのだった。
が、遥は忘れていた。
彼の男、國枝錬という転校生が、魔人種であることを。
「ふふ」
錬は口許を綻ばせた。
「いや、有難う、話してくれて。そっか、そんなことが………」
「あんなのが他にもいるとすれば、この街はかなり危険ね。転校してきたところ悪いけど、別のところに移ることをおすすめするわ」
こんな馬鹿げた話が転校理由になるといいけど、と自嘲気味に溢す遥に、だが。
「───いや」
錬は。
「その必要は無いよ……」
否定の意を示す。
立ち止まり、既に遠く離れた病院を振り返った錬に、隣を歩いていた遥も足を止める。
錬の脳裏に浮かぶのは、牙助の右腕から徐々に消えていく黒い装甲である。
爪刃と言うべきそれはまるで初めからそこになかったかのように空気中に掻き消えていった。
「佐十牙助……か」
意図せずか零れた錬の一言が、遥にはやけに大きく聞こえた。
######
「………痛い」
暗い地下。
広大な地下の空間のひとかどに、片腕を抑えて佇む少女がいた。
否、佇む、というより、壁に背を預けている、といった方が正しいだろうか。
赤い短髪に、金の双眸。
まだ幼さの残ろう顔立ちはしかし怒りに染まっていた。
黒のロングコートのようなものを着用しているが、少し大きいのか若干裾を引き摺っている。
「野柴止乃……なんで兄さんに近付いた……?」
ギリッ、と深い歯軋りの音が響く。
だが先に発された質問に答えるものは居ない。
「………次会ったら、確実に殺そう、うん、そうしよう。兄さんも兄さんだよ、あれを庇うなんて…………きっと騙されてるんだね」
一人でうんうんとうなずく少女。
現在彼女は地下空間の一室に居た。彼女自身の個室である。只、今は灯りを付けることを忘れるくらい気が動転しているのだが。
「それよりなんで? なんで兄さんが"牙"をもってるの? 兄さんに"牙"が有る筈がないのに………否、それは後で考えよう」
少女は自らの右腕に目を落とす。
切断されていたそれが、急速に再生を始めたのを見て、少女は一先ず部屋を出るべく歩み出した。
暗い部屋にも関わらず、少女の足取りに迷いはない。
まるで全てハッキリと見えているかのように、乱雑した私物の山を避けていく。
否、事実見えているのだ。
少女の瞳孔は鋭く縦に伸び、金の瞳が淡く光を発している。
彼女の目には事実部屋の様子がしっかりと映っているのである。
ガチャリと簡易ドアを開け、少女は部屋を出た。
広大な地下においてなお巨大な縦穴の側面に螺旋状に大量に並ぶ、部屋のひとつから、である。
縦穴の上方からは煌々と燐光が降り注いでおり灯りには苦労無さそうである。
少女の部屋はかなり下方にあり、見上げれば地上近くまで突き抜ける縦穴の様子を一望することができた。
見上げた縦穴の一部に大きな横穴が空いているのを見止めた少女は、その金の双眸を細め、眼光を鋭くした。
「オーナー………今度は何をするの?」
横穴には大量の人影が入っていくのが見え、少女は怪訝に洩らした。
その半ば独り言のような問いに、いつのまにか現れていた影が応じる。
「さあぁね~。なんか強い奴連れてきて、こいつに勝てたら賞金、とか褒美、とかやってんじゃない?」
「あぁ………ありそう」
金の少しカールのかかったショートカットに幾分和やかな黄の瞳。
黒いレザーのタイトな容貌で現れたその女性──というには背が低いが──の興味無さげな一言に軽く少女は同意する。
成る程あの気分屋なら軽くやりそうである、と。
そんな少女にところで、と女性が口を開く。
「こんな遅くまでどこいってたノン?」
「………」
黙ったまま流し目を送る少女に女性はやや、と手を振り。
「別に言いたくなければ言わなくてええんのよ? 只………」
直後、くいっと動かされた手に少女の身体が女性の方に引き寄せられる。
引き寄せた少女に顔を近付け、女性は、告げる。
「アタシらに秘匿するつもりなんやったら、それ相応の覚悟が有るのと見るよ……」
濃厚な殺意を浴びせかけられた少女は、しかし。
「只出掛けてただけよ」
女性を軽くあしらい、跳躍。
縦穴に身を投げ出すと、足の裏から炎をジェット噴射のごとくボッボッ、と噴き出し、縦穴を上へ上へと昇っていった。
置いていかれた女性は少女を目で見送ると、はぁ、とひとつため息をつき、「反抗期かねぇ」などと訳知り顔で首を振って、縦穴の更に下に飛び降りていった。
これで序章は終了です
次話は少し時間が掛かるかと……(スミマセン
容姿の描写ってファッション知らないワテクシにはムズかったっす……
(てか今更だけど佐十牙助って名前へんちくりんだよね