1 回想《幼馴染み》前編
もう、漢字にルビふんのだるいよ………
投下。
回想です(説明回ともいう
結局分割しました(てへっ
夕日が沈み、闇に包まれた丘の上。
何故こんなことになったのか。
佐十牙助は片手で頭を抱え懊悩していた。いや、この場合は煩悶、と言ったほうがよいのか。
黒髪黒眼の少年。
日本では然程珍しくもない見た目の彼の右手はしかし異様な様相を示していた。
肘から指先迄が黒く煌めく装甲に覆われ、五つの指は指刃のように伸びきっている。
そしてその細指を赤黒い液体が伝い、落ちて地面にその染みを形作っていく。
この、いつ何を傷つけるともワカラナイ右腕を自分の頭に近づける訳にもいかず、左手のみでその小さな頭を抱える牙助の姿はその疲労を周囲に示しているようでもきあった。
彼の後方には幼馴染みの少女が倒れていて、死んだように動かない。
逆に前方には、先程牙助が傷つけた右の前肢を左の方のそれで押さえて苦しそうに蹲る、凡そ現実の物とは思えない大きな蜥蜴のような生物がいる。その大きさはなんと目算でも牙助の四、五倍はあるだろう。まぁ、牙助の身体が全国平均よりも小さいのもあるかもしれないが。
だが、牙助が今現在困惑しているのはそんな謎な生物が原因というよりも、そんな物に傷をつけた挙句に蹲らせている、自分が原因といった方が正しいだろう。
何せ、つい先程まで牙助は只の一般人。
魔法も使えなければこれといった身体能力も武器も持ち合わせていない、目の前の大蜥蜴に傷をつける何てとてもできない、文字通りの雑魚だったのだから。
風にそよいだ前髪が、鼻先を擽る。
少し離れた所に聳え立つ大樹が一枚、二枚と葉を落とす。
さわさわという木々のざわめきが、牙助の頭を冷し、これまでの出来事を思い出させていく……
何故こんなことになったのか───……
∵
「んぁ?」
ふと目が覚めた。
微睡んだまま自分が夢から覚めたのだ、と気付けば、牙助は朧気な視界を明瞭にすべくその瞼を擦りつつ、自分を眠りから目覚めさせた原因を探した。
すると、自分の他に机に着席している、同年代くらいの学生達の他に、教室前方の教卓の側に立ってニコニコと微笑んでいる金髪長身の──ムカつくほどの──イケメンと、その隣に立つひょろりとした教師が目に入った。
「あぁ」
───そうだ、今は学校だった。
モゾモゾと上体を起こして姿勢を正し、なんともなしに前方をぼんやり見つめ始める牙助。
ひょろりとした教師──担任──の話を聞くうちに、イケメンは転校生で、都会の方からやって来た魔人種であることを理解し始めた。どうやら両親が事故で亡くなって魔術師学校の授業料が支払えなくなったらしい。
だんだんとハッキリしてきた意識の中、牙助はニコニコと笑みを絶やさずにいるイケメンをぼんやりと眺めていた。
魔人種。
それは、魔法という未知の力を操る、新人類。
十年前に勃発した第三次世界大戦の頃から世界各地に現れた彼らは、その大部分が日本人だった。
そして、魔人種の他の先に現れた異人種と呼ばれる者達も大部分が日本人だった。
それが何故かはよくわからないらしい。
異人種は三つに分けられ、魔人種は単に魔法という力を使いこなすだけだが、
魔白種は魔人種よりも高度な魔法を操る上に賢く。
蛮黒種は最低でもオリンピック選手並みの身体能力を持ち合わせている。
魔白種と蛮黒種は各々普通の人間にはない身体的特徴があった。
二者は身体の内側が変色しており、前者は白く、後者は黒くなっていた。
またそれは耳介の内側や瞳孔の中心にも現れており、ただ白い魔白種は兎も角、蛮黒種は人間との差異を気にされることが多かった。だが、蛮黒種が積極的に忌み嫌われたのは、魔白種に対して人間は魔法で太刀打ちできないことで本来魔白種に向いていた筈のそれが蛮黒種に向いた、ということも原因の一つではあるのだろう。
言っておくが単に身体能力が高いだけで魔法に真っ向から立ち向かうのは無理な話だし、そもそも蛮黒種らは温厚な、争いを好まない者が多かったから、異人種達に言い知れぬ感情を抱いた魔人種達にとっては格好の獲物だったのだろう。
そして第三次世界大戦の終結と共に 蛮黒種は奴隷としてこき使われ始め、本格的に迫害され始めた。
だが、魔白種がそれを良しとしなかった。
恐らく同時期に現れた非人間とされる者として何か感じるものがあったのだろう、魔白種達は蛮黒種ら奴隷の解放を叫び始めた。中には強引に魔法を行使してそれを行う者もいたことを考えれば、彼らの怒りの程が伺える。
前述したが魔白種達は魔人種達の魔法よりも高度、高威力なものを操ることができ、当時の日本国の軍の主力といっても良かった。特に優秀な十二家を魔白十二将家と呼んで今も持て囃す位である。
そんな彼らの機嫌を損ねてドンパチやることにでもなったら。
国家は多大な損害を受けるだろうし、そもそもまず第一に勝てないのだから、その後の惨劇など考えるだけ無駄なこと。
諸先進国家の肥え太った老害共はこの事態に慌てて改めて奴隷制を禁止し、蛮黒種達の身分を保証する、と言った内容の法令を出した。
だがそんなに簡単に人々の認識は変わらず、未だに迫害の名残は消えていない。
そも今も彼らが"蛮黒種"等と呼ばれているのがいい例である。
話が魔人種から逸れたが、その蛮黒種を最も顕著に迫害しているのが、件の魔人種共である。
───まぁ、魔人種共は通常種──俺達普通の人間も、蛮黒種同様、人間以下だと見下している者が多いんだけどな。
牙助がそう認識できる程には、魔人種の行動は露骨で分かりやすいものである。テレビでも度々問題として取り上げられている位なのだから。
だから魔人種達に対する牙助の認識が、「生まれ持った才能に託つけて他人を見下す愚者」という、本人達が聞けば怒りで顔を真っ赤にするであろうものであるのは当然だった。
「じゃ、これで連絡ぁ終わり、さっさと授業の準備しろー」
担任の間延びした声にハッとして鞄から教科書の類いを慌てて取り出す牙助。
いつの間にか転校生の紹介は終わっており、イケメンは席に就こうと牙助の方へ───………
───って俺の隣かよ!?
牙助の驚愕の声は当然心内のモノだが、多分表情に出てしまっているんじゃないか、と牙助が思ってしまう程の衝撃だった。
いつから空いていたのか、牙助の右隣、その空席にイケメンがよっこらせと腰掛ける。
その一つ一つの所作が洗練されていて美しい。全く腹立たしい限りであるが、牙助はそもそも自分とは生まれが違うのだと半ば諦めているため、溜め息一つ吐くと自分の作業に戻ってしまう。
が、そんな牙助の様子を見て何を思ったかイケメンは笑顔で牙助に語り掛ける。
「俺は國枝錬、よろしく」
「…」
社交辞令か。
そう判断した牙助の対応は御覧の通り、見事なまでの無視である。潔すぎてイケメン──もとい、國枝──も思わず面喰らったような顔をしている。
牙助としては、どうせお前も俺らを見下してるんだろ?といった固定観念から来た行動であったのだが。
國枝はこういう経験も幾等かあったのか、数瞬の内にイケメンスマイルを取り戻すとめげずに牙助に語り掛ける。
「良かったら、君の名前も教えてくれると嬉しいんだけど」
勿論授業の準備もしつつ。
因みに國枝の周囲には何人も女子生徒が殺到しており、喧しい限りである。國枝が魔人種なのに女子が集っているのは単に國枝がイケメンだからだろう。
それを脇目に見ていた牙助といえば、
(ちっ、リア充が………)
と先程とは別の理由で國枝への反感を強めつつ
「あ、あの……?」
「…」
やはり無視であった。
∵
突然だが牙助には実は幼馴染みが一人いる。
「ねぇ、佐十。あの、さ……」
時は昼休憩、腹拵えも終わり、皆教室に戻り始めている頃。
朝から話し掛けてきていた國枝はもう取り巻きと化している女子生徒たちと楽しくお喋り中である。
まぁそれは割りとどうでも良くて。
目の前でもじもじとしつつ何かを言い出そうとしている美少女を華麗に無視し、教科書に載っている発展問題の計算式をせっせことノートに書き出しつつ、牙助は
(昔は結構可愛くて普通にモテてたけど、今んとこどーなんだろな?)
等とわりと、いや結構失礼なことを考えていた。
何を隠そうこの牙助の目の前にいる美少女、大城遥こそが、その牙助の幼馴染みである。
だが中学三年からクラスが合わなくなり疎遠になっていたため、正直牙助としては高校三年──つまりは今年だが──になって同じクラスになった時感じたことと言えば、
(ちゃんと勉強やってっかなアイツ)
位である。
なんとも薄情なものに思えるかもしれないが、単に牙助には彼女を気に掛ける余裕が無いだけの事なのである。
あまり牙助としては触れられたくないことだが、牙助の父は牙助が幼い頃に死去しており、母は下半身不随で家事をこなすこともままならない。この現代、障害者はろくに働けないから、一家の家計は牙助のバイトのみで成り立っている。
一応牙助の母も息子一人に苦労を掛けるわけにはいかないと内職をしているが、お世辞にもいい稼ぎとは言えない。
牙助はそんな母に楽をさせるため、良職に就くべく日々勉強に明け暮れているのだ。お蔭で成績は常に学年順位で片手で数えられるレベルに落ち着いている。
勉強とバイト、それから母と自分の食事作りに時間を取られる牙助が学校の休み時間にやることと言えば、睡眠休憩、若しくは予習・復習しかない。
(ま、今も充分可愛いけど。俺には勿体ないくらいにはなー)
実はぶっちゃけると牙助の知り合いは彼女一人だし、現在進行形で異性として好いているのも彼女のみである。
よって、この素っ気なさは國枝の時とは違い照れから来るものだったりする。
と、言ってもやっぱりそれは少々で、実のところ好きな相手とキャッキャウフフして体力を削られたり勉学に身が入らなくなったりといった事態を防ぐために敢えて交流を断っている、というのが理由としては一番大きいのだが。
「ね、ねぇちょっと佐十、聞いてる?」
「……」
佐十は上から聞こえる甘い声を意識的に頭から追いやりつつ、数式を手ほどいて行く。
書く必要のない途中式まで、わざわざ書き出して、作業量を増やす。
そうでもしなければ、すぐに誘惑に負けそうだったからだ。
だが、ここで余計な横槍が入った。
「佐十君、ていうのか、君、大城さんが話し掛けてるじゃないか。無視はよくないと思うけど」
まさかの國枝である。牙助の横の席で椅子を引いて座り、身体ごと牙助の方に傾けている。
───ちっ、余計なことを。
あれだけ、というか現在でも大量の女子生徒に集られている國枝の反感を真っ向から買ってしまうのは、余りに無謀としか言えなかった。
このクラスの女子は美少女揃い──牙助はそう聞いただけで気にしたことは無いので本当かどうかはわからないが──で、クラスの男子の大半は女子に従順である。
よって現在牙助が陥りかけている状況は
國枝に反感を持たれる
→國枝の周りに集る女子に反感を持たれる
→クラスに敵視され始める
→村八分
→バッドエンド
というものである。
要するに『國枝に反感を持たれる=(社会的な)死』なのだ。
正直言って転校初日にクラスを動かす位置取りに立った國枝に牙助は戦々恐々としているが、これが自分とリア充の差なのだろうと諦めてもいた。
というか既に國枝の取り巻きの女子供が楽しいお喋りを中断され若干牙助の方に敵意を向けているから、牙助に選択肢などハナから存在しなかった。
「ん………遥、何?」
結局、溜め息一つ吐いてから、牙助は幼馴染みの話を聞くことにした。
が、牙助が言葉を発した瞬間、若干教室がザワリと浮き立ち、空気が変わった。何やら皆動きを止めて、牙助達の方に目を向けている。
「ちょ、ちょっと待て、今しゃべったの誰だ?」
「佐十が喋った……だと………!?」
「え、ウソ、佐十君ってあんな声だったんだ……」
「っていうか我らが愛しき大城さんを下の名前で………!? しかも呼び捨てとはけしからん下郎め……!!」
各々そういったことを呟いている。数名おかしなことを呟いている生徒もいたが、それらも含めて牙助は生徒達の呟きを聞くことはなかった。そもそも意識がそちらに向いていなかったのもあるだろうが、単純に遥が話し始めたからである。
「え、えっとね」
「ごめん、遥。俺最近忙しくて。だから、手短に頼む」
訂正。話し出そうとしたところを牙助に敢えなく両断されていた。
途端、遥の表情がムスッとした不機嫌そうなものに変わり、明らかに語気が強くなる。同時に、今までは意識して変えていたのを止めたのか、口調が少し変化した。
「何よ、いつもいつも忙しい忙しいって。あんたがおばさんのために頑張ってるのは分かるけど、それであんたがダメになったら、意味ないでしょうが!」
「は、はぁ?」
牙助は急に不機嫌になった幼馴染みとその発言の内容に唖然とし、間抜けな声が漏れる。
意味が分からない。一体何故そんな話になったのか。
「い、いや急に何言い出し──」
「急でもなんでもないわよ! 前々からずっと無茶してるでしょ、そのせいで未だにそんなに背が小さいのよ!」
「う、うるせぇよッ余計なお世話だ!」
的確に牙助の弱点を抉る幼馴染み。
反応して思わず立ち上がってしまう牙助。
突然として始まった口論に隣で見ていた國枝は開いた口が塞がらないといった様子だ。
「そんなことででおじさんが喜ぶとでも思ってるの?」
「………あ?」
そんな中遥が放った台詞に牙助の動きが止まる。
それは、牙助が基本的に触れられることを嫌う話題であった。
顔が苦痛そうに歪み、拳は固く握りしめられる。
そんな牙助の様子を見て遥も動きを止めた。
遥の表情は、失敗、やってしまった、といった感情を如実に示していたが、感情が高ぶり始めた牙助はそんなことには微塵も気付かない。
「………うるせぇよ」
最早牙助の目には大城の姿しか映っていない。
クラスメイトのことなど、頭の片隅にすら残っていなかった。
只、この感情を抑えて勉学に戻らなければ、と。
内から沸き起こるナニカを圧し殺す様に、頭の中で繰り返す。
───落ち着け、早く勉強に戻ろう
瞬間、牙助の脳裏にある光景がフラッシュバックした。
遠ざかる視界の中。
自分に向かって伸ばされた手。
右から迫る鉄色の物体。
それら二つが直後同時に左へ動き、深紅の華が咲く。
「………ッ、は」
知らず呼吸が荒くなる。
むくむくと内から膨れ上がる負の感情を振り払うように、牙助はその頭を大袈裟に振り乱した。
そして、歯を食い縛り、一言。
ゆっくりと。
「お前には、関係ねぇだろ……」
そういう牙助の顔は、本人も気付かない内に遥からは逸らされていた。
「……っ」
急に苦しそうな表情に包まれた牙助に対し若干後悔の念を募らせていた遥は、そんな牙助の台詞に言葉を詰まらせた。
だが、それは一瞬の事。
「何よ、そんなこと………う、うぅ~ッ」
その言葉に遥は、苦々しげな表情にその端正な顔を歪めながら、唸りだす。
それから、拳を強く握りしめたり、細々(こまごま)と手を遊ばせたり、視線をさ迷わせたりしていた遥だったが、
「……あ、あんたなんか、もう知らない!」
ふいに今まで堪えていた何かを吐き出すように、叫ぶ。
そして、疾風の如き速度で教室を駆け抜けて、廊下に出ていってしまった。
途端に牙助は自分が教室にいて、クラスメイトの注目を浴びていたことを思い出した。
「うわ、女の子泣かせた。あれはないわー」
「どういう関係なんだあいつら」
「佐十の方が今のは悪くない? 大城さんかわいそー」
「我らが愛する大城さんを泣かせた、だと!? 野郎、想像以上のゲスだったか……!」
周りの自らを責める言葉が、牙助を我に帰らせる。
羞恥で牙助の頬が少し紅潮した。
自分の中で昂っていた熱が引いていくのを感じながら、牙助はゆっくりと腰を下ろす。
「佐十君、女の子を泣かせるのは良くない。謝ってくるんだ」
「……何様だよお前」
横からの生意気な台詞に辛うじてそう返した牙助だったが、頭の中はまだ熾火のように燻る苛立ちと、遥に対する疑問符で埋め尽くされていた。
「こういう時にそういうのは関係無いだろう、行け。君、本当に男か?」
───お前の方こそ関係無いだろ、魔人種が。
その言葉は、既のところで呑み込んだ。
それを言ったら、何かに負けるような気がしたのだ。
「うるせー……」
小さくそう呟いて、牙助は机の上に突っ伏した。
閉じた瞼の裏で思い出された遥の後ろ姿。
その顔の横に光るものがあったような気がして、牙助は余計に気分が悪くなった。
それから授業が始まっても、遥は戻ってこなかった。
主人公=謎×ぼっち×ガリ勉×少コミュ障×チビ
憐れすぎる………