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片恋SS  作者: 葉野りるは
鎌田公一編
7/10

学園祭03

 午後になり、御園生がクラスにいるという時間を目がけて移動した。

 ポケットには弓道場で用意したメモが入っている。

 名前書いた、携帯の番号書いた、メールアドレスは携帯のとパソコンの両方書いた。これで準備は万端……。

 何を言えなくてもこのメモさえ渡せたら、一方的ではあるけれど、つながりを得られる気がしていた。

 時間になり御園生のクラスへ行くと、長い列ができていた。

「結構繁盛してるじゃん」

 言いながら、ハルは試食に出されたクッキーを頬張る。十分ほど待って席へ案内されようというとき、

「かまっちゃん、あの子っ」

 ハルに言われて視線を移す。と、御園生が戻ってきたところだった。

「御園生、今戻ってきたの?」

 俺は御園生に訊いたつもりだったのに、ずい、と前に出てきたのは知らない美人だった。そして、後ろからやってきた男子も御園生の前に立つ。

「翠葉、こちらどちら様?」

 威圧感ビシバシの視線を向けられる。

 俺、さっきから御園生の友達に睨まれてばかりじゃないか?

 これはどうしたものか……。

「桃華さんっ、海斗くんっ。大丈夫だからっっっ」

 先ほどと同じように御園生が擁護してくれる。目の前ふたりの袖を引張って。

 その仕草がちょっとかわいすぎた。

「あのね、鎌田くんだけは大丈夫なの」

「……本当に?」

 男子が訊くと、御園生はコクコクと首を縦に振った。それでもふたりはあまりいい顔をせず、俺たちに警戒の目を向けてきた。

「私、少し話してからでもいいかな?」

 御園生が訊くと、

「いいけど、早くね?」

 美人が一言言い残し、俺を一瞥してから教室へ入っていった。

「かまっちゃん、俺たちも中で待ってるわ」

 隼人先輩に言われて、俺と御園生は廊下でふたりになった。

「何度もごめんね」

 申し訳なさそうに御園生が謝る。

「ううん」

 俺に向けられた視線はきついものだったけど、その目が御園生を向くととても優しいものに変化した。それっていうのは――。

「御園生、すごくいい友達がこの学校にいるみたいで、なんだか安心した」

 俺が言うのも変な感じだけど。

「うん……一年遅れたけど、この学校に来られて良かった」

 屈託のない笑顔を返される。

「俺も。……少しがんばって海新に行って良かったと思ってる。うちの中学っていうか、幸倉近辺ってなんか全体的に少し歪んだところがあったから……。そういうところには行きたくなかったんだよね」

 御園生がびっくりした顔をした。

「意外だった?」

 ちょっとだけおどけて肩を竦めて見せる。と、

「意外っていうか……同じようなことを考えてる人がいるとは思わなかったから……」

「そっか。そうだよね。……でも、この学校の人たちの反応見てると……。高校入ってから何かあった? ほら、以前街中で会ったときも一緒にいた人に牽制されたし」

 御園生が自分から中学の話をするとは思いがたい。けれど、何もなければあんな目で見られることはない気がした。それっていうのは何かがあったからなんじゃ……。

 そう思って訊いてみたけれど、御園生はどこか要領を得ない顔をしている。そして口を開いたかと思えば、

「私、鎌田くんと会ってる……? 街中で会ったのって……いつの話?」

 会った、と言ってもほんの数分の出来事だったし忘れられても仕方ない。

 そうは思うけど、ちょっとショックを受けた。

 やっぱり、自分は御園生にとっては記憶にも残らないような人間なのか、と。

「……五月の終わりだったかな? ウィステリアデパートの雑貨屋さんで会ったけど、覚えてない?」

 色んな感情を隠したくて笑みを添える。と、御園生はとても言いづらそうに口を開いた。

「鎌田くん、あのね、私……春からの記憶の一部をなくしてしまって……」

 ついさっき受けたショックとは違う衝撃を受ける。

 記憶がないって……何? そういうのって普通に起こるものなの?

 驚いたままに御園生の顔を見ていた。でも、嘘を言っているようにも冗談を言っているようにも見えない。ひどく狼狽しているようにすら見える。

「御園生、大丈夫……?」

「あ、大丈夫っ。普段の生活に支障が出るようなものではないし、病気とかそういうのでもないの」

 慌てて否定するけど、記憶がないってどんな感じだろう。

「そっか」などと相槌を打ったものの、ふと思う。

 ……ん? 記憶がない? ということは――。

「もしかして、俺がそのときに付き合ってほしいって言ったのも……忘れて、るのかな……?」

 なんで今そんなことを言ったのかは不明。でも、やっぱり知っててほしかったんだと思う。

 自分が御園生のことを好きなことを。以前、そういう意味で言ったということを。

 御園生は再び驚いた顔をして俺を見上げた。そして、小さく「ごめんなさい……」と謝った。

「いや、記憶ってなくそうと思ってなくせるものじゃないと思うし、どこか抜けてる御園生だから、記憶をなくしてなくても忘れられてたかもしれないし」

 それは御園生を擁護したというよりも、自己擁護。

「現にそのときも、付き合ってって言ったら『今日だよね?』って、結構見当違いな返事されたし。俺も偶然会えたことに舞い上がってたから、言い方が悪かったっていうのもあるんだけど……」

 少し気まずさを感じながら笑みを添える。

 どうしよう、ここからどんなふうに会話を続けたらいいんだろう。

 頭の中をひっくり返してみるけど、すぐに出てくる話題なんてそうそうなかった。

「さっきは隼人先輩が急に告るからびっくりしたよ……。でも、いい加減な人じゃないし、すごく尊敬できる先輩」

 先輩のことを褒めてどうする……。

 今だろ、今。今メモ用紙を渡せばいい。

 そうは思うのに、俺の口は違う言葉を紡ぐ。それも、聞き取ってもらえるのかわからないような早口で。

「それはさておき……高校に入ってから何かあった? 中学の人間にやな思いさせられたとか……」

 御園生の顔を覗き込むと、

「……あのね、インターハイの予選が幸倉運動公園であったでしょう? そのときにね……」

 話の途中で御園生の表情が止まり、ドサ、とその場に倒れた。

「御園生っ!? 御園生大丈夫っ!? ねぇ、御園生っ!?」

 声をかけても反応がない。すぐに受付にいた人間が教室内に声をかけてくれた。

「海斗っ、翠ちゃん倒れたっ」

「はっ!?」

 声が聞こえてすぐ、さっきの美人と男子が出てきた。

「翠葉っ!?」

 美人が御園生の頭を自分の膝に乗せ、顔を軽くペチペチと叩いて呼びかけるも反応はない。

「おまえ何したんだよっ」

 男子に胸倉を掴まれた。ひどく乱雑に壁に押し付けられる。

 でも、俺はとくに何をしたわけでもなくて……。

 何も言えないでいると、受付にいた女子が止めに入ってくれた。

「海斗、放してあげてっ。たぶんその人のせいじゃないっ。翠ちゃん別に怖がってなかったし、普通に話してただけっ」

「マジで……?」

 手の力が緩み、へなへなと壁伝いにしゃがみこむ。

 御園生はというと、まだその場に倒れたままだった。

「海斗、そんなことをする暇があるなら翠葉を保健室に運んで。私は教室離れられないから残るけど……」

 美人が俺に視線を定めた。

「あなた、申し訳ないのだけど海斗と一緒に保健室へ行ってもらえるかしら? 倒れたときの詳細が必要になると思うの」

「……わかった」

「一緒に来ている人たちには私から伝えておきます」

 背の高い男子が御園生を抱え上げ、

「悪い、道開けて」

 言いながら歩きだした。

 走りはしない。でも、人ごみの中をでき得る限り早くに切り抜けようとしているのがわかった。

 俺は校内マップを広げ保健室の場所を確認すると、

「俺が前歩くよ」

 言って、彼の前へ出た。

「でも保健室の場所知らないだろ?」

「校内マップでチェックした。階段下りたら右だろ?」

「……そう。悪い、頼むわ」

 一階には展示教室も何もないため、二階に比べると格段に空いていた。

「御園生……今もこんなふうによく倒れるの?」

「……こんなふうに意識を失うことはそんなにない。そうならないように自分でかなり気をつけてるし、周りの人間もストッパーになってるから。……中学では?」

「割としょっちゅう倒れてたな……」

「で……? あんたはそれを見て見ぬ振りしてきた人間?」

 掴み掛かられたときとは違う目。恐ろしく冷ややかな目で見下された。

 俺のほうが身長が低いから、とかそういうことではなく、人間として見下されたような気がした。

「御園生は中学でのことを君たちに話してるんだね」

「まぁね。友達だから?」

 ちょっときつい一言だった。

 きっと、御園生が彼らを「友達」と呼ぶほどの場所に自分はいない。

「……少なくとも、自分の前で御園生が具合悪そうにしているのを見て見ぬ振りをしたことはないけれど、御園生が苦しんでいることを誰に言えたわけでもない、という意味では『見て見ぬ振りしてきた人間』かもしれない」

 隣を歩く彼は歩く速度は緩めずに、じっと俺を見ていた。

「……翠葉の言葉を信じるよ」

「え……?」

「鎌田くんだけは大丈夫。翠葉、そう言ったろ?」

 言った。けど……。

「翠葉、ダメな人間の前では本当にダメで、俯くし身体をカチコチに固まらせる」

 それは中学のときと同じ……?

「掴みかかって悪かった、ごめん……」

「いや……なんか安心した。御園生の周りにいい友達がたくさんいるって知れて」

「……君、お人よしって言われない?」

「……さぁ、どうだろう? 因みに、俺は鎌田、鎌田公一かまたきみかず

「俺は藤宮海斗。海斗って呼んで」

 彼は人懐こい顔でニッ、と笑った。


 保健室に入ると、藤宮くんそっくりの校医に出迎えられた。

「湊ちゃん、翠葉が倒れた」

「倒れたときの状況は?」

「鎌田くん、お願い」

 お願いって言われても……。

「話している途中で突然……」

 それ以上に話せることはない。

「倒れる直前の会話内容を訊いてもいいかしら?」

 倒れる直前……?

「……インハイの予選が幸倉運動公園であったって話をしている最中に倒れました」

「それは翠葉が口にした話? それとも君が口にした話?」

「話の流れで、中学の人間に何か嫌な思いをさせられたか訊いたんです。そしたら、インハイ予選の話を始めて、すぐに倒れました」

 すると、校医は舌打ちをし、海斗くんも苦い顔をした。

「あの、何か……?」

「いえ、なんでもないわ。血圧も脈拍も体温も、何も悪いものはないから少ししたら気がつくでしょう。それまでは休ませる」

 言うと、御園生が寝ている場所のカーテンを引いて出てくる。

「鎌田くん、翠葉に何かメモ残してってくれない?」

「え?」

「……たぶん、翠葉、気がついたときに鎌田くんのことすごく気にすると思う。だから――」

「……じゃ、これ。もともと御園生に渡そうと思って持ってたものなんだ」

 言って、ポケットの中にあったメモ用紙を取り出す。

 そのメモを目にした彼はすぐに折りたたみ、

「湊ちゃん、彼の個人情報なので取り扱いよろしく」

「わかった。預かるわ」

 俺たちは騒がしい校内の唯一静かな保健室をあとにした。

「じゃ、鎌田くんはうちのクラスでケーキを食べてってね」

「え?」

「え? じゃないよ。食べに来てくれたんでしょ? 翠葉いないけど、しっかり投票してってよね」

 彼は滑るように走り出した。すれ違う人に自分のクラスを宣伝しながら。

「元気だなぁ……」

 ハルのノリとは違うけど、見るからにお山の大将系。

 明るくてクラスの中心人物っぽそう……。人を惹きつけて止まない何かを持っている人間。俺とは全然違うタイプ。

 二階に戻ってくると、受付にいた女子がすぐに声をかけてくれた。

「桃華っ、さっきの人!」

 俺はさっきの美人に案内されて先輩たちの席へと向かった。

 席に着くと、

「さっきは海斗がごめんなさい。ちょっと頭に血が上りやすいの」

「いや、さっき海斗くんから直接謝られたし」

「こちら、メニューです」

「どれがお勧めかな?」

「私はリンゴの姫タルトが好きです」

「じゃ、それでお願いします」

 美人さんが下がると、席に着いていたみんなに詰め寄られる。

「大丈夫だったの!?」

「あ……うん、どうかな。保健室に運んだけどまだ意識は戻ってないし……」

「メモは渡せたっ!?」

 ハルに訊かれて、かくかくしかじかでメモを預けてきたことを伝える。と、

「最後の最後までかまっちゃんらしいなぁ……」

 隼人先輩にため息をつかれた。

「でも、俺の連絡先とかまっちゃんの連絡先が手元にあれば、何かしら連絡はしてもらえるんじゃないかな? すごくちゃんとした子に見えたから」

 先輩はニコリと笑い、運ばれてきた姫タルトにザクリとフォークを突き刺し、一口で半分くらいを食いちぎった。

「センパイ、それ俺の……」

「俺、このくらいの働きはしたと思うんだけど?」

 なんとも隼人先輩らしい事後報告的な請求と、半ば強引な報酬回収をされた。

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