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片恋SS  作者: 葉野りるは
鎌田公一編
3/10

突然の再会

「最近、なんか憂い顔だね?」

 前の席に座るハルに言われた。

 ハルとは水野春みずのはる。高校の入学式当日に絡まれ、弓道部に連行された。

 半ば強引に入部させられ、以来なんとなくつるむようになった人間。二年次でクラスが同じになり、今は前後の席という位置関係。

「だから五月病だってば」

「……かまっちゃん、知ってる? 今月があと数日で終わるって。五月終わったら五月病って言葉も使えなくなるんだよ?」

「……それは困ったな」

「そうでしょうとも。そろそろ隼人先輩の言及もかわせなくなるよ?」

「それは非常に困ったな」

 隼人先輩とは滝口隼人たきぐちはやと先輩のこと。部の先輩で部長でもある。ハルの幼馴染でもあることから普段から良くしてもらっているものの、若干かまわれすぎな感が否めない。……いや、基本はものすごく面倒見のいい先輩なんだけど。

「ハル、悪い。今日部活休むわ」

「ええええっ!? そんなわかりやすく回避しなくてもよくないっ!?」

「いや……ちょっと、本当に自分をどうにか立て直さないとだめな気がするからさ。息抜きしてから塾行くわ」

「なんか悩みごと?」

「そういうわけでもない。あえて言うなら回想」

「はっ?」

「そういうことで、よろしく」

 俺はハルを置き去りにして教室を出た。


 駅までの上り坂を歩きながら、

「悩みごと――じゃないよなぁ……」

 ひとりぼやく。

 ただ過去の出来事を思い出しているだけ。さして多くもない会話の内容をエンドレスリピートで。

 俺はポケットから携帯を取り出し、受信したメールを表示させてはため息をつく。

 本当はわかってるんだ。なんでこんなにも引き摺っているのか……。

 先日、転送に転送を重ねたメールが届いた。内容は、彼女が超難関校と言われる私立藤宮学園に進学した、というもの。

 最近の噂はメールで回ってくるため、伝言ゲームよろしく、内容が二転三転してるとは思いがたい。けれど、一年遅れということと彼女の学力を鑑みても、藤宮は難しいんじゃないか、と思えば半信半疑にならざるを得ないわけで……。

 実際、自分の知り合いが見たというのなら信じられもした。けれど、しょせんは誰から回ってきたのかわからないようなメールだ。確かめようにも、本人に訊く手段は持たない。

 俺が知っている彼女のパーソナルデータは中学のとき止まり。つまりは氏名のほか、家の住所と電話番号しか知らないのだ。メールアドレスのひとつでも聞けていたらよかったのに。

 そんなことを五月中ずっと考えていた。

 なんて進展性のない悩み……。

「もはや、これ悩みって言わないし……」

 ひとり突っ込みして悲しくなる。

 そうこうしている間に駅に着いていた。

 電車に乗って塾のある藤倉駅まで移動する。

 藤倉駅に降り立ち、またなんとも言えない気分になった。

 駅構内に藤宮の制服を着た人がちらほらといたせいだ。

 もし、彼女が藤宮に通っているとしたら、この駅を利用していることになる。時間も時間だし、もしかしたら会えるかもしれない、なんて思ったのは一瞬のこと。

「無理無理。だいたいにして、本当かもわからないのに……」

 俺は軽く頭を振り、改札口を出た。

 いつもなら部活を一時間やってから早退させてもらうため、軽食を摂ったらすぐに塾へ向かうが、今日は部活に出ていないこともあり時間的余裕があった。先に腹ごしらえを済ませ、俺は普段は行かないデパートへ足を向けた。

 理由は、駅構内に貼られていたポスターが目を引いたから。

 なんてことはない。夏を目前にデパート全体で「涼フェア」なるものを開催しているという。

 ポスターには「涼」を感じられるようなアイテムがセンス良く鏤ちりばめられており、その内のひとつにセンサーが働いた。

 彼女の使う筆記用具についていたマークがポスターに刻印されていたのだ。

 雑貨店の名前はウィステリアガーデン。

 何か目的があって寄ったわけではないし、まさかそこで彼女と再会するとは思いもしなかった。


 ショップに入り、片っ端から棚に並ぶものを眺めていった。そして、目についたものに手をのばしたとき、人の手とぶつかった。

「ごめんなさいっ」

 発せられた声に耳を疑い、まさかと思いながら手の主を見る。と、藤宮学園の制服を着た彼女が立っていた。

 中学のときと何も変わらない。髪が一段と長くなっていること以外は何も変化はなく、華奢で倒れてしまいそうな女の子――御園生翠葉みそのうすいはが立っていた。

 一気に心拍数が上がる。

 あの噂、本当だったんだ……。

「御園生?」

 あまりにも信じられなくて、名前を口にしながら疑問符をつけてしまう。

 御園生は、「え?」と不思議そうに俺を見上げ、視線が交わって数秒で「あ……」と口を動かした。

 黒目がちな目が、さらに開かれた瞬間だった。

「それ、藤宮の制服……。噂では聞いてたんだ。留年して藤宮に通ってるって。……良かったね」

 なんかもっと気の利いた言葉をとは思うのに、こんな言葉しか出てこなかった。

「うん、そうなの。鎌田くんは……その制服、海新高校?」

「うん」

「……学校、どう?」

 御園生から疑問を投げかけられるとは思いもしなくて、俺は一気に舞い上がる。

「それなり、かな? 入りたくて入った高校だけど、勉強はやっぱりついていくのに四苦八苦」

 平静を装い、苦笑しながら正直なところを答えると、御園生が笑った。とても自然に。中学のときにはめったに見られなかった笑顔で。

「そうなんだ? 私も変わらないよ」

 色々と話したいことがあるのになかなか言葉にはならなくて、この機会を逃したらもうあとがない気がして、気づけば俺はこんなことを口走っていた。

「御園生っ、付き合ってほしい。一日でもいいからっ」

 言うと同時に身体から汗が噴き出した。顔が赤いとかそういう次元じゃない。身体中が沸騰しそうだった。

 彼女は困惑気味に口を開く。

「あの……一日って今日だよね?」

 あれ? 俺、なんて言った? 一日が今日って何……?

 クエスチョンマークが駆け巡る俺の頭の中など知らない彼女は、申し訳なさそうな顔をして言葉を続けた。

「あのね、今日は人と一緒に来ていて、その人を待っているところなの。だから……今日は無理で……。ごめんね?」

 俺の言い方も悪かったんだと思う。でも、これはちょっと回答が斜め上に行きすぎ。

 たぶん、間違いなく俺の気持ちは伝わっていない。それだけはよくわかる。

 そういう意味じゃなくて、と説明をしようとしたとき、知らない声が割り込んだ。

「翠葉ちゃんごめんね? ……あれ? 友達?」

 男――声も表情も穏やかだが、明らかに眼差しが険しい。

 見るからに色男。同性の俺から見てもイケメンすぎる。そして、どう見ても学生ではないことがうかがえた。

「秋斗さんっ。あのっ……鎌田くんは大丈夫なの。普通の人。ほかの中学の同級生とは全然違う人だから」

 彼女が慌てて俺の前に立ち擁護してくれた。――けど、なんだか複雑な気分。

「普通の人」「同級生」。何も間違ってない。それ以上でもそれ以下でもない。

 きっと彼女の中では「友達」ですらないんだろうな、と察しがついてしまった。

 イケメンヤローは彼女の言葉を鵜呑みにしたようで、「あ、そうなの?」と纏う雰囲気を改めた。

「今、一日付き合ってほしいって言われたんですけど……。さすがに静さんとの約束をずらすわけにはいかないから……」

 彼女は口にしつつ、俺に「ごめんなさい」の視線を向けた。そして、彼女の言葉を継ぐように、

「鎌田くんだっけ? 悪いね。このあと、彼女はちょっと外せない用があるんだ」

 イケメンヤローはにっこりと笑った。にっこり笑ってるんだけど、俺には牽制としか取れなくて……。

 イケメンで大人で、俺がどうにも太刀打ちできないような相手。

 彼女とこのイケメンがどんな関係かは知らないけれど、思い切り敗北感を味わった。もっと言うなら、人としてのレベルを思い知らされたというか……。

 俺には全然なくてイケメンがたっぷり持っているもの。それは、「余裕」だと思う。

 悟った瞬間、俺は情けなく逃げるようにその場を走り去った。

 走ってショップを飛び出し、俺の心に残ったのは空虚感だった。塾に行っても虚無感半端なくて、それは翌日学校に行っても部活に出ても拭うことはできなかった。


 それから一週間して、ハルに改めて突っ込まれた。

「で、何? いい加減白状しちゃいなよ。もう五月病じゃ通らないよ」

 あの翌日もハルに突っ込まれたけど、俺は五月病という理由を駆使して免れていた。しかし、昨日で五月が終わってしまったため、これといった逃げ道がなくなった。

「俺、そんな塞いでるように見える?」

 少しでもいいから話を逸らせないものかと試みる。と、

「だってさぁ……かまっちゃんわかりやすいんだもん。沈んでるでしょ?」

 沈んでる……?

 まぁ確かに……。あんなイケメンと御園生が一緒にいるところを見てしまったら、それはへこむというもの。だけど、指摘されるほどに沈んだ顔はしていないつもりだった。

 頬をつねってみたり引張ってみたりする。と、

「ちょっと、何やってんの?」

 言われて、「え?」と思う。

「沈んでるって、アレだってば、あーれっ」

 ハルが指差したのは的だった。

「あ……」

「まったく……色々ダメダメじゃないですか。だいたいにしてね、視線が落ちてるから矢がうまく飛ばないの」

 グサリ、と胸を刺された気分。

 ハルの指摘はもっともだ。ここのところ全く矢が的中しないのはそんな理由だったのか、と思い知る。

「なんかあったんでしょ? そろそろ白状しちゃいなよ」

「何かあった……といえばあったけど、何がどうした、というわけではなくて――」

「それは何かあったわけですなぁ」

「っ……!?」

 いつ現れたっ!? どこから湧いて出たっ!?

 そんな視線を向ける俺の肩に、隼人先輩が腕を絡めた。

 あまりにも驚きすぎて、もはや俺の口から日本語など出てはこない。

「さ、すべて語って楽になってしまえ」

 まるで仙人のように笑みを浮かべた隼人先輩に便乗し、

「そうだよそうだよ、ヒミツは守るよ!」

 ハルがにっこりと天使のよう笑みを浮かべ、悪魔のような囁きを口にする。

 ここ一年で学んだ。こうなったらこのふたりからは逃れられない。

 俺は致し方なく落ち込んでいる理由を話すことにした。

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