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片恋SS  作者: 葉野りるは
鎌田公一編
10/10

おまけ

 御園生とのメールのやりとりは未だ続いている。

 藤宮くんがかなりヤキモチ妬き屋さんだと言うことを知ったから、もしかしたら続かないかもしれないと思っていた。でも、そんな不安は杞憂で、御園生は変わることなくメールの返事をくれていた。

 恋心と決別できたか、と訊かれたらちょっと怪しい。

 ほかに好きな子でもできれば別なんだろうけれど、うちの学校は男子校。そうそう出逢いなど転がっていないのだ。

 そんなある日、御園生からのメールに「大学に行っても弓道を続けるの?」という質問が書かれていた。

 弓道は好きだけど、サークルに入るかは不明。でも、続けていきたいものではあるかもしれない。

「サークルに入らなくても続けられるか……」

 隼人先輩の家が弓道場なのだ。

 そんなことを考えていれば、弓道部に入るきっかけとなった出来事を思い出す。

 それは入学した日のこと――。




 俺は地元の高校を避け、隣の県の私立高校を受験した。

 その名も私立海新高校しりつかいしんこうこう。このあたりではそれなりに名が通っている進学校。

 創立九十九周年と歴史ある学校で、そんな学校ならでは、というわけではないと思うけど「道」がつく部はかなり充実していた。

 弓道、剣道、柔道、合気道、書道――さらには古い男子校にも関わらず、華道部と茶道部もあることが意外だった。

 いや、別に茶道や華道を男がやるのはおかしいと思っているわけではなく、昔の日本男児ならばやりそうにないものに思えただけ。

 実のところ、自分が入ろうと思っていたのは茶道部だった。しかし、茶道部へ向かう途中、不運にも(?)弓道部の前を通りかかってしまったのだ。


 この学校は進学校と言われることもあり、勉強時間を確保するために色んなことを前倒しでする傾向にあるらしい。

 入学式の日ですら、午前では終わらなかった。もっと言うなら、入学式だからといって二年三年が休みになるということもない。

 その日のうちに新入生歓迎会までが執り行われる。

 入学式の流れから、三学年揃っての新入生歓迎会へと移行するのだ。

 保護者の見学は自由となっており、午前中は母親も体育館にいた。

 新入生歓迎会の主な内容は、生徒会より学校行事の紹介、委員会説明があり、あとは各部の部活動紹介など。

 なんというか、体のいい全体集会である。それらは生徒主体で進められ、教師の介入は一切なかった。

 これらを入学式当日に済ませてしまうのだから、「前倒し校」と言われても仕方がない気がする。

 午後には部活見学というものが組み込まれている。ここで間違ってはいけないのが、「自由参加」ではなく「強制参加」であること。

 さすがに保護者は午前中で帰される。

 弁当持参の入学式とはどんなものか、と思っていたが、こんなものだった。


 教室で弁当を食べたあと、新入生は気になる部の見学へ向かう。俺は部室棟の裏にあるという茶道室を目指して歩いていた。

 たくさんの部が呼び込みをしている中、ひとつの人垣が目に留まった。人垣ができているにも関わらず、呼び込みの声が聞こえてくるわけではない。

 何部だろう……?

 足を止め人垣に近づくと、弓道部のデモンストレーションが行われていた。

 人の視線は弓を持った袴姿の人に注がれていた。

 びっくりした。きれいすぎて……。

 顔がきれいとかそういう意味じゃない。イケメンの類ではあるけれど、そういう意味の「きれい」じゃなくて――。

 袴姿の人が動くたびに息を呑んだ。矢を放ったときには呼吸を忘れた。

 放たれた矢はすべて的中。

 その人が動くたびに、シュス、と衣擦れの音が聞こえ、その音が妙に厳かに思えた。

 一連の動作が終わると、ようやくその場が沸く。

「さっすが滝口先輩! 俺、海新に受かってマジ良かった! 入部してくるわっ」

 すぐ近くにいた三人組のうち、ひとりがタタタと走り出した。ほかにもぞろぞろと人が動き出す。

 タキグチセンパイ……。

 誰それ。俺の知らない名前。……当たり前だけど。

「有名な人なのかな?」

 首を傾げると、

「知らないの?」

 背後から声をかけられてびっくりした。

「そんな……幽霊でも見たような顔しないでよ。俺、生身。人間、生きてる人。OK?」

 声をかけてきた男子は真新しい制服に身を包んでいる。……ということは自分と同じ新入生なわけで、同級生なわけで、しかし知らない人なわけで……。

 入学したばかり、というよりは入学式当日の午後、さほど社交的な活動をしたわけでもない俺に友達がいるはずもなく――。

「俺、同じクラスの水野春」

 ……同じクラスだったのか。

「俺は……」

「同じクラスの鎌田くんっしょ?」

 なんで知ってるんだ? 確かにクラスで自己紹介は済んでいたけれど、カ行とマ行じゃ離れすぎている。席が前後左右だから覚えられた、というわけでもないだろうし、何より人に印象づけられるような自己紹介をした覚えもない。

「俺ね、記憶力いいんだ」

 にっ、と笑った顔が人懐っこくて犬みたいだった。

「あれ? 突っ込まないの?」

「何を?」

「うーわ……そこで何をって訊いちゃうんだ? かまっちゃんはからかっちゃいけない人だねぇ」

 のんびりとした口調でわけのわからないことを言う。

「は?」

「は? じゃないよ。そんな記憶力がいいんだってだけで信じないでよ。罪悪感感じちゃうじゃん。実際クラスだって違うのにさ」

 違う、のか……?

「これ、落としましたよーって話デス」

 見せられたのは配られたばかりの生徒手帳だった。

「昇降口で落としたの気づかずに行っちゃったからさ。あとを追ってきたんだ。さすがに入学初日に生徒手帳落としちゃまずいっしょ?」

 生徒手帳は胸ポケットに入れていた。それを昇降口で靴に履き替える際に落としたらしい。

 前かがみになったときに落としたのだろうか……。普通なら気づきそうなものを、なぜ気づかなかった自分……。

 思わずひとり突っ込みしたい気分に駆られつつ、親切な人に拾ってもらえてよかったと思った。

「ありがとう」

 受け取ろうとしたら手を引っ込められる。

「ブレザーの胸ポケットってさ、かがんだ拍子に落としやすいからやめたほうがいいよ?」

 言いながら、水野と名乗った男子は俺の生徒手帳で実演して見せる。正確には、地面に落ちる瞬間に生徒手帳をキャッチしたわけだけど……。

「……そうみたいだから、次からは胸ポケットはやめておく。入れるなら内ポケットにする」

 なんで俺は対応策まで話しているんだろう。

 疑問に思いつつも、それで返してもらえると思っていた。けれど――。

「あのさ、ものは相談なんだけど。コレ、返す代わりに一緒に弓道部に入らない?」

 ものは相談? 返す代わりに入部? この人、何言ってるんだろう。

「……水野くんだっけ?」

「そう、水野春。友達はたいていハルって呼ぶ」

「じゃぁ、ハルくん。それ、返してください」

「だから、弓道部に入ってくれたら返すってば」

 水野春はにこにこと笑ったままだ。誰かが俺たちを見ていたところで、俺が脅迫されているとは思いもしないだろう。

「ほら、かまっちゃん姿勢いいしさ。絶対に素質あると思うんだよね?」

 ちょっとだけ頭が痛くなる。

 出逢ってすぐに「かまっちゃん」と呼ばれていることにも違和感を覚えるし、さらには姿勢がいいからという理由だけで弓道部に誘われている現状はいかがなものか……。

 ペースを持っていかれすぎていることを危惧し、自分の意思をはっきりと伝えることにした。

「姿勢が良くても悪くても弓道部に入るつもりはないから」

「あれ? もしかしてもう部活決めてるの?」

「茶道部」

「えっ!? お茶が好きなのっ? 茶道って長時間正座だよっ!? 足、痺れるよ? それだったら弓道部にしようよ! お茶なら俺が淹れてあげるからさ!」

 全力で勧誘されていることはわかる。だが、若干話がおかしいことになってはいないだろうか……。

「ほら、やめておこうよ! 俺と一緒に弓道部にしよう」

 会ったばかりの、しかもよく知らない人に茶道部に入ろうと思った理由を話す気にはなれなかった。

 別に自分が茶道に興味があったわけじゃない。ただ、中学のときに好きになった子が――今も好きな子が、卒業文集の片隅に「お抹茶と和三盆が好き」と書いていたから……。

 それだけの理由で茶道部に入ろうと決めたのだから、考えてみればかなり邪な理由だと思う。でも、何かしらの共通点を持っていたかったんだ。

「俺ね、自分の入部は決まってるんだけど、オトモダチひとりは必ず連れてこいっていわれてるんだよね」

 俺は口をポカンと開ける。

 いったい誰に言われたんだ? それに俺たちは友達なのか?

 相変わらず犬っぽい水野をまじまじと見ていると、

「ほら、さっきヒーローみたくバシバシ的に矢を中ててた人」

 指差す先には袴姿の人がいた。

「え?」

「デモンストレーションやってた人。滝口隼人センパイっつって、同じ中学であり、道場の先輩でもあるんだ。インハイ入賞者だから学校説明のパンフにも載ってたんだけど見なかった? 実はさ、家が近所なんだ。あの人、一見穏やかそうに見えるけど結構強引で、入部時にはトモダチ連れてこいって言われてんの」

 自分のことを棚に上げてため息をつく水野春に、「強引」って意味では君も十分素質があるよ、と教えてあげたくなる。

 生徒手帳を間に押し問答を繰り広げていると、噂の主がやってきた。

「よう、ハル! 口説き中か?」

「そうなんですよぉ。これがまたつれなくて……。センパイの口説きテクでどうにかしてください」

「ハル、これ以上俺に貸しを作ってどうするつもり? そろそろ返済の目処を立ててほしいもんだね」

「そんなこと言わずにー……。でも、彼、鎌田公一くんって言うんですけど、姿勢いいでしょう?」

「ふむ……気をつけっ!」

 掛け声に思わず姿勢を正す。と、センパイは頭から爪先までスキャンするようにじっと観察していた。

「確かに姿勢はいいね」

 言ったあと、「ちょっと失礼」と一言断りを入れて俺の身体をペタペタと触り始めた。ゾワッとした感覚に身を引く。

「ちょっ……何するんですかっ」

「筋肉スキャン?」

 疑問符つきの答えのあと、

「筋肉の付き方もいい感じ。見た目ほどひょろっこくないな。腕にも足にも程よい筋肉がついてる」

 俺の反応なんか気にも留めず、

「鎌田くんか。じゃぁ、かまっちゃんだな。よし、君、うちの部員になろうか!」

「はあああ!?」

「ハルっ、連行っ!」

「イェッサー!」

 滝口先輩は俺の手を引き、水野春は動くまいとしている俺の背をグイグイ押し、あれよあれよと弓道場へ押し込められ入部手続きをされてしまった。

 そう、俺はほかの部を一切見学することなく、茶道部にたどりつく前に弓道部員にされてしまったのだ。

 帰宅時に思ったこと。

 水野春は生徒手帳を取引材料には使ったものの、一応俺の意見は訊いてくれていた。けれど、滝口先輩にいたっては一度も尋ねられなかったな、と……。

 このあたりが、水野春に先輩が「強引」と言われるゆえんなのかもしれない。

 そんな成り行きで入った部ではあるものの、弓道というのはなかなかいい選択だったのかもしれない(実際には「選ぶ」という意識は皆無だったわけだけど)。

 中学でやっていた剣道に必要とされる瞬発力や俊敏さは必要ない。どちらかというならは速筋よりも遅筋を使うスポーツ。でも、根本にある神経の集中や「気」の扱いは通ずる部分があるように思えた。

 しかし、茶道部に入らなかった時点で俺は彼女との接点を確実に失った気もしていた。

 それがどうしたことか……。

 入学して一年ちょっと経った頃に偶然再会した。そして半年以上かけてようやく連絡が取れるようになり、玉砕したあともこうやって文通のようなメール交換を続けている。

「……人生何が起こるかなんてわからないものだな」

 今は御園生を間に挟んだ関係だけど、もし俺が藤宮の医学部に合格すれば、藤宮くんとだって友達になれるかもしれない。

 そしたら、彼を誘ってみようか。「隼人先輩の家の道場へ行ってみない?」と。

 そんな日を楽しみに、俺は今日も勉強に励む――。

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