一日目その2 なんか女騎士を助けてもらった
「う、うう・・・」
女騎士がむせび泣いている。
すぐ傍には軍曹のオークが倒れている。
「お~い、大丈夫か?」
「ぐすん、大丈夫じゃない」
「そ、そうか」
うむ、どうしたものか。
「・・・ひ、ヒドいよぉ」
「まあ、元気だせよ」
「・・・ぐすん」
俺は倒れている軍曹に向き直り、軍曹の体をまさぐる。
何か金目のものを持っているかもしれない。
ふと女騎士が口を開く。
「貴様、強いのだな」
「ああ、見てたのか」
軍曹の体をまさぐっていると、何か袋が出てきた。
中をあけてみると、十数枚ほどの光るコイン。
金貨か?
「あれほどの筋力強化魔法を使える者は私の騎士団にもいないぞ。貴様本当に何者だ?」
「だから勇者って言ってるだろ。あとさっきのは筋力強化魔法じゃない」
「違うのか?」
「似てるけどな」
袋をひっくり返して、金貨を全部だした。
黄金色に輝く金貨。
俺は思わず「おお・・」と感動する。
俺は金貨を袋に戻し、袋ごとポケットに入れた。
「貴様、勇者と言ったな?魔王を倒すつもりなのか?」
「そうだ。それだけが目的でここに来た」
「ならば、共に行動しないか?実は私もなのだ」
仲間か。
俺は女神の言葉を思い出す。
仲間にしたほうがいいんだっけか。
「嫌だ」
「な、なぜだ!」
「いやあなたのワキガはちょっと・・・戦闘に支障がでる」
戦闘どころか生活に支障きたすわ。
「う、うう、や、やはり私の脇は、そんなに臭いか?」
「ああ臭い。臭み通り越して痛いくらいな」
「ヒ、ヒクヒク、今までこんなことはなかったのに」
「いやそれ絶対うそだろ」
その激臭で共同生活が送れるはずがない。
「ほ、本当なのだ。生まれてから一度も脇どころか体が臭いと言われたことがない。信じてくれ」
涙目になった女騎士が俺を見つめた。
女の子座りの形になっているので、自然と上目遣いになる。
かわいい。
顔も良く見ると綺麗で、美人だった。
「あ、やはりアレか」
「?」
「いや実は少し前に、あるキノコを食べたのだ。紫色でとてつもなくまずかったし、あれが原因に違いない、うん」
「それ毒キノコじゃね?」
女騎士が固まった。
「やはりか、やはりそうなのか!?ど、どうしよう!?死ぬのか、私は死ぬのか!?」
「だって紫色って絶対やばいだろ。これは死ぬな」
「嫌だ、死にたくない!頼む、助けてくれ!」
「わああ、寄るな臭い!お前さっき『くっ、殺せ!』とか覚悟してたくせに!」
「戦死は構わんが、毒キノコを食べてワキガになって死ぬなど恥ずかしすぎるだろう!」
「ハッ、自業自得だろうが。安心しろ、戦死も毒死も同じ死だ」
「戦死とワキガ死は別物だ!」
女騎士が自分の腰をまさぐり始めた。
「何をしてる?」
女騎士が腰からナイフを取り出した。
「どうせ死ぬならば、せめて自分で・・・」
おい、まさか!
「待て、早まるな!シリアス展開だけは許さないぞ!」
「シ、シリアス展開だと?何をわけの分からないことを、いいから離せ!」
俺は左手が使えないので、右手だけでナイフを掴む。
そして女騎士の手からナイフを引き離した。
「くっ、騎士の誇りがあるうちに死ぬことも許さないというのか」
「・・・・・・・・・・・・」
「怪しい格好と思ってはいたが、やはり人ではなかったか。この人間の皮を被った悪魔め」
「・・・・・・・・・・・・」
「鬼!悪魔!!」
「・・・・・・・・・・・・」
きれいな女騎士のお姉さんに罵られるのって、なんかいいな。
なんだか目覚めそうになった俺は口を開く。
「まあ待てよ。まだ死ぬと決まったわけじゃない。ひょっとしたら万に一の確立で生き残るかもしれない」
「そんな奇跡に希望を持てというのか?あんなに紫色で毒々しいキノコを食べたというのに、助かるわけがない!」
じゃあ何で食べたんだよ。
「とりあえず医者に診てもらえよ。話はそれからだ」
「くっ、分かった、一応診てもらってから死ぬとしよう」
「もし毒きのこだったら、俺が安らかに死なせてやる。墓もちゃんと立ててやるからな」
「ほ、本当か?良ければ私のことをずっと覚えていてほしい。私という人間が魔王討伐を目指し、志半ばで死んでしまったことを。誰かに忘れられたまま一人で死ぬのは、怖いのだ」
「分かった。お前という勇敢な女騎士がいたことは絶対に忘れない。俺が魔王を倒した後には、お前の生き様を世間に伝えよう」
「そうか。お前のような戦士に看取ってもらえるとは、私は幸せだ」
「・・・・・・・そろそろ行こうか」
「ああ、と言いたいところなのだが・・・」
なんだよ。
「空腹で体に力が入らないのだ。すまないが運んでくれ。実は私はもう三日も何も食べてない」
「いや毒キノコ食っただろ」
「あんなもの食べ物ではない、嘔吐物だ、嘔吐物」
俺はしゃがんで、女騎士に背を差し出す。
「すまないな。私は重いぞ、鎧脱ぐか?」
「いやいい」
「さすがだな」
あなたの体臭がさらにキツくなりそうだからな。
女騎士が俺に身を預けた。
俺はそれを確認すると、立ち上がる。
「さっきはその、済まなかったな、悪魔とか言ってしまって・・・」
「いいって」
俺も女神に同じこと言ったしな。人のことは言えん。
それに、あなたのようなお姉さんに言われるのは、嬉しかった。
「んじゃ、行くか」
「ああ」
俺は再び、この森の中を走り出した。
体のあちこちに枝や草が当たるが、それをもろともせず走る。
俺は走り続けた。
「おい、そっちじゃないぞ」
「どっちだ?」
「こっちだ」
女騎士が方向を指差す。
「って俺たちが来た方向じゃねえか!早く言えよ!」
「あまりにも早かったものでな。言うの忘れてた」
俺たちは来た道をまた走りだした。
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しばらく走り続けると、だんだん木の密集度が落ちてきた。
「もう近いぞ」
森の密度が下がり、空から差し込む光が多くなる。
やがて俺たちは開けた土地に出た。
俺たちは立ち止まって周りを見渡す。
あたりには小麦畑が広がり、その上にヨーロッパ風の民家が乗っている。
木がところどころに生えており、小道も走っている。
山がその周囲を取り囲むようにして立っていた。
田舎の盆地だ。
俺は畑仕事をしている一人のじいさんを見つけた。
近くまで駆け寄り、話しかける。
「あのー、すみませーん」
じいさんが振り向く。
「なんだ」
「この辺りに医者っていますか?この人毒キノコ食べちゃって」
「それならあの赤い屋根の家にいる娘を訪ねるといい」
「あ、どうもありがとうございました」
俺はその家を訪ねた。
鍵がかかっていなかったので、そのまま入る。
中では、大量のビンが周囲を埋め尽くしていた。
いろんな色の中身があって、実にカラフルだ。
「あ、お客さんですか?」
横を見ると、二十代と思われる若い女が出てきた。
「この人毒キノコ食べちゃったみたいで、一応診てくれませんか」
「毒きのこですね。きのこの特徴は・・くさい!」
店員の女が鼻は押さえた。
「う、うう・・ぐすん」
「あ、鼻押さえるの言うの忘れてました」
「きのこ・・激臭・・まさか・・」
「どういうきのこなんですか?」
店員の女が答えた。
「これは・・・ドクヤクサダケですね」
「『ドク』だと!私はもう死ぬしかないのか・・・」
「お前の最期は、俺が見届けてやるからな」
店員の女が俺たちを見ながら苦笑する。
「貴様、何がおかしい!私が死ぬのがそんなに嬉しいか!」
「あ、すみません!でも、ドクヤクサダケは無害なきのこなので、死んだりはしませんよ」
「えっ、そうなのか?」
「はい。その毒々しい見た目とあまりにもまずい味から、これは毒に違いないと考えられてつけられたらしいですよ」
「そうか、私、生きられるのか・・」
女騎士の目から、大粒の涙が溢れ出した。
その濡れた顔を俺の肩に押し付ける。
「良かったな。毒キノコじゃなくて」
「私、怖かった、覚悟していたつもりだったが、内心震えていた」
女騎士が俺の上でわなわなと震えている。
いくら気高き女騎士とはいえ、中身は可憐な乙女。
自分の怯えた心を、騎士にふさわしく律してきたのだろう。
「ええと、じゃあ消臭薬持ってきますね」
そういうと、店員の女は奥に入っていく。
俺は泣いている女騎士の頭を右手でそっと撫でた。
しばらくすると、店員が白い液体の入ったグラスを持って戻ってきた。
「これを飲んでください。一晩もすれば匂いは出なくなります」
「分かった」
女騎士がグラスを手に取り、一口飲んだ。
「う、にがくてまずい・・」
「がんばってください。薬は苦いものです」
女騎士は覚悟を決めて、グラスをひっくり返した。
辛そうな顔をしながら、ごくごくと飲み込んでいく。
なんかエロい。
白い液体を飲み干し、咳き込みながら息をする女騎士。
「ゴホッ、ゴホッ」
「だ、大丈夫ですか?」
「問題ない」
「では、体についた匂いを落としましょう。お風呂貸しますのでこちらに」
「そ、それは嬉しいが・・・その前に・・」
「?」
「何か食べるものをくれ・・・死にそうだ」
俺が付け加える。
「この人三日も何も食べてなくて、きのこを除いて」
「分かりました、すぐに持ってきますね。それまでそちらに腰を下ろしてください」
「すみません。こんな人のためにいろいろしてもらって」
「いえいえ」
店員が再び奥に戻り、俺は横にあった椅子に女騎士を腰掛けさせた。
すぐに店員がパンと白い液体の入ったグラスを持って戻ってきた。
店員がそれらを女騎士に差し出す。
「ま、また飲めというのか?こんなまずい物を」
「違いますよ、これは牛乳です」
「牛の乳か」
女騎士は先に牛乳のグラスを手に取ると、すばやく口につけてグラスをひっくり返した。
ごくごくと、今度はとてもおいしそうに牛乳を飲み込む。
さっきは嫌そうにしてたくせに、今はこんなに嬉しそうに飲みやがって。
女騎士が牛乳を飲み干した。
「お前、そこまで堕ちたか」
「何のことだ?」
「いやなんでもない」
女騎士が続けてパンにかぶりつく。
「む、噛み切れん・・そうだ牛乳、ハッ、全部飲んでしまった・・」
「お前バカだろ」
「ははは・・おかわり持ってきますね」
また店員が戻る。
「くっ、これしき、噛み千切ってみせる・・!」
女騎士は悪戦苦闘していた。
すぐに店員が牛乳を持って戻ってくる。
女騎士が牛乳を受け取り、パンを牛乳でやわらかくして食べる。
もぐもぐととてもおいしそうに食べる。
完食した。
「よし、元気が沸いてきたぞ。魔王でも何でも倒してやる!行くぞ勇者!」
「あ、あの、お風呂は・・・」
「あ、はい」
「ではこちらに」
女騎士は店員に連れられて外に出る。
「覗くなよ。覗いたら殺すぞ」
「分かってるよ」
そういうと女騎士と店員は姿を消した。
ここにただ一人残される俺。
窓を見ると、既に日は落ちかけ、暗くなり始めていた。
もう夕方かよ。
この調子で一週間って間に合うのか。