なんか女神に魔王討伐の仕事を押し付けられた
オッス、俺、斉藤 瞬。
アニメが大好きな落ちこぼれの高校二年生だ。
しかし、落ちこぼれであることは気にしていない。
俺にはアニメさえあれば他のことはどうでも良かった。
努力なんてする気は全く起きなかった。
彼女なんか欲しくもなかった。二次元嫁さえいればいい。
俺は今までこう思っていた。
俺は最底辺の職業を営みながらアニメの趣味に生きる人生を送るのだろうなと。
しかし、そんな人生は訪れなかった。
なぜなら、それはある一台のトラックによって叩き潰されたから。
そう、今から少し前のこと。
俺は下校帰りの途中だった。
考え事をしながら、下に俯いて歩いていた。
考え事とは当然アニメのことだ。
もちろん周りは一切見えておらず、気にもとめなかった。
ふと俺は、よく聞き慣れた摩擦音がどんどん近づいてくることに気がついた。
俺は前を見る。すると、
ライトの目を付けた機械的で大きな顔がそこにあった。
こっちみんな。
刹那、俺は意識を失った。
「・・・ん」
目を開ける。一面に白が広がる。
周りを見渡す。どこを見ても白。
景色が白しかないので、何も見えない。
まるで白い暗闇の中にいるようだ。
平衡感覚と背中の硬い感触から、俺は今仰向けになっていることに気がついた。
視覚以外を頼りに立ち上がる。
「・・・ここはどこだ?」
「ここはこの世とあの世の狭間です」
背後から声が聞こえ、俺は振り向いた。
「こんにちは。斉藤 瞬君」
メイドだ。メイドがいる。
「私はオーリエル・オストオーレ。女神です」
「いやメイドだろ」
思わず突っ込んでしまった。
「ああ、これですか?あなたに気に入ってもらえると思って」
女神と名乗ったメイドは、スカートのすそを両手で持ち上げてみせる。
ふむ。確かにかわいいな。このメイドがもし二次元だったら俺は恐らく発狂していただろう。
「・・・ところで、俺は死んだのか?」
「はい。あなたは居眠り運転のトラックに轢かれて全身を強く打って・・・即死でした」
交通事故のニュースみたいに状況報告すんな。
「そうか、俺は死んだのか・・・」
俺は死んだ。つまり、もうアニメは見られないのか。
いまだ見ていないアニメがあるのに。
続きが気になるアニメもあるのに。
これから放送されていく未知のアニメもあるのに。
そんな生前に未練でいっぱいの俺を見透かしたように女神は言う。
「ふふ。なんなら、生き返らせてあげてもいいですよ」
「えっ、マジ!?」
「ただし、元の世界ではなく、異世界ですけどね」
えっ、異世界?
「・・・一つ、質問いいか?」
「なんでしょう?」
「その異世界とやらに、アニメはあるのか?」
「・・・えっと、そのような文化があるのは地球だけで、異世界にはちょっと・・・」
「そんな世界、いらない!!!」
俺は憤怒する。
「アニメは俺のすべてなんだよ!人生なんだよ!アニメの無い世界なんて意味はない!
アニメの無い100年間よりも、アニメに生きる1時間のほうがはるかに価値がある!
だから頼む!元の世界に生き返らせてくれ!それがだめならせめて安らかに死なせてくれ!
俺にとってアニメの無い世界は地獄なんだ!だから・・・」
「違うな」
女神は今までにないくらい冷たい声で俺をさえぎった。
「・・・なにが違うと言うんだ?」
「ふふ。お気づきでないなら教えてあげましょう」
女神はそう言うと俺の周りをなぜか回り始めた。
女神が回りながらしゃべりだした。
「あなたにとってアニメは人生だとおっしゃいましたね?」
「ああ、言った」
「それが違うと言っているのです」
この女は何を言っている?
今までアニメ一色だった俺が、そしてこれからもそうだったであろう俺が、
どうしてアニメが嫌いということになるんだ?
「あなたは別にアニメが好きというわけじゃない」
「おいおい、お前女神なんだろ?なら俺のこと全部知ってるんじゃないのか?知ってんならそんな発言はでないよな?」
「そう。私はあなたの事は何でも分かる。だから言えるんじゃありませんか」
女神が立ち止まり、こちらに体を向けた。
「あなたは逃げてるだけ」
「・・・逃げてる?」
「はい。あなたは現実に嫌気がさして、アニメに篭っているだけです」
・・・何を言っている?
「アニメが好きなのではなく、現実が嫌いなだけ。相対的にアニメのほうが好きと錯覚しているの」
・・・何を、言っている?
「現実に夢が持てずにあきらめてるから、アニメで妥協してる」
「違う!!!」
俺はなに感情的になっているんだ。
「なに感情的になっているのですか?それじゃまるで本当のこと言われて動揺してるみたいですね」
「う、うるさい!違うったら違う!」
「ふふ、強がっちゃって。いい加減、自分に正直になったらどうですか。プライドも恥ももうどうでもいいじゃない」
女神はゆっくりと俺に近づき始めた。
そして俺の目の前まで来ると、静かに腕を上げて
なんと俺をやさしく抱きしめた。
「な、何を!?」
「よしよし、今まで辛かったでしょう?私がその分癒してあげます」
耳元でささやかれる声がとても心地いい。
女神は少し体を離して、俺の顔を見る。
すると女神は、子供を見るような笑顔で笑った。
俺はドキッとした。
俺はそのやさしい笑顔を見て、この人は本当に女神なのだなと心から感じた。
女神が俺を再び抱きしめなおす。
突然、俺の目から涙が溢れてきた。
「な、なんで俺泣いてんだ・・・?」
「正直に言ってごらん?今まで押さえつけてきた心のうちを吐き出して」
「・・・お、俺は・・・」
そうだ。俺が・・・俺が欲しかったのは・・・
「俺が本当に欲しかったのは、これだったんだ・・・」
やっと気付いた。俺が求めていたもの。
「・・・お、俺はっ、ぬくもりが欲しかったんだ!愛情がっ、欲しかったんだ!
何のとりえもないし、イケメンでもない、こんな俺を好きになってくれる人が欲しかったんだ!
ただそれだけだったんだ!俺が良いって言ってくれる子がいてほしかった!
だが現実はどうだ!
女はどいつもこいつもイケメンが好きで俺の事なんか眼中にない奴らばっかじゃないか!
中身が大事っていったって、それは顔の良さが前提じゃないか!
ブサイクが何をやろうと何も意味ないんだよ・・・。女は振り向かないんだよ・・・。
二次元の女の子のほうがまだマシなんだよ・・・。う、うう・・・・」
俺はとても悲しくなって、女神の肩でむせび泣いていた。
女神が顔をこちらに向ける。
「そんな事はありませんよ。世の中はそのような人たちばかりではありません。あなたを愛してくれる人は必ずどこかにいます。少なくとも、ここに・・・」
女神がまたあの笑顔を見せる。
「お、おお・・・」
俺は女神を引き離し、地面に伏して土下座した。
「ありがとうございます!俺、女の人にこんなに優しくされたの初めてです。
これからは女神様と呼ばせてください!
あなたの元で働かせてください!言われたことはなんでもします!
女神様といたいのです!お願いします!」
「え、えっと、生き返らせる件は・・・」
「結構です!女神様がいない世界などまったくの無意味!」
「ハハ、さっきと同じようなこと言ってますね・・・」
女神は顔つきを真剣なものに変える。
「ごめんなさいね。それはだめです」
「ど、どうしてですかっ!?」
「私は女神。あなただけを愛することはできません。神は民に平等でなければならないのです。
新たな世界で、あなただけを愛す女性を見つけるのです。そして幸せになるのです。
私ではあなたを幸せにすることはできません。わかってくれますか?」
そうか、女神様は俺だけのものではないんだ。女神様が他の男に抱きつくのを見たら嫉妬心で発狂するだろうしな。
「・・・分かりました女神様」
「では、あなたは異世界に転生して新たな人生を送ってください。今度はアニメに生きるのではなく、恋愛に生きる人生を過ごすのです。女にモテるコツはどんな時も自分に自信を持つことです。そして、女に嫌われるリスクを負うことです。失敗する覚悟なしに、成功はありえません」
「はい。肝に銘じておきます」
「では、このままあなたを転生・・・と言いたいところなんですが・・・」
「?」
「実は今、転生先の世界のほとんどが魔王の支配下に置かれていて、もうすぐ世界征服されそうなんですよね・・・」
「・・・・・・・・・・」
・・・・・・・・・え?
「じゃあなんで生き返らすとか言ったの!?そんな世界に転生したら俺の人生間違いなく奴隷あるいは見せしめ処刑コースだよね!?あんた鬼?悪魔?今までのは全部化けの皮!?」
俺は女神にとてつもない憎悪が沸いて、思わず立ち上がった。
「ち、違うの!もちろん、そこで、そこんところを何とかしてから、瞬君を転生させるわ!」
「なら早くなんとかしてくださいよ」
「え、えっと、それが・・・なんとかするのは私じゃなくて・・・その・・・」
? なんだよ?
「その・・・瞬君、てゆーか・・・うん」
俺はさらに女神への憎悪を高めた。
「はあああ!?そんなのおめーの仕事だろうが!!なに何の力もない一般人に仕事押し付けてんだよ!
お前がやれお前が!」
「無理無理無理!魔王軍の奴ら怖いし気持ち悪いし!もし捕まったりしたら私何されるかわかんないし!」
「捕まって犯されとけこのへタレ女神!」
「ヒ、ヒドい!さっき私の下で働くって言ったくせに!」
「お前が断ったんだろうが!!」
なんで俺はこいつの下で働こうなどと思ったのだろうか?
へタレ女神が俺にすがりつく。
「お願いお願い瞬様お願い!私の代わりに魔王倒しに行って!」
「そもそも俺が行っても犬死にするだけだろ!」
「お願いお願いこれ以上ないチート魔法あげるからお願い!」
「そんな魔法あるならお前が行けばいいだろ!手を離せ!」
「嫌いや絶対イヤ!なんでも、なんでもしますからお願い!」
な、なんでもだと?
「・・・オイ、その言葉の意味分かって言ってんのか?」
「う、うん。文字通りなんでもする。だからお願い!」
「本末転倒じゃねーか!魔王軍よりもヒドいことしてやるぞオイ!」
「い、いいよ。瞬君になら私何されてもいい・・・」
「えっ、そ、そうか・・・」
こ、こいつ心に響くようなことを言うな。
「ああ、もう分かったよ」
「じゃあ、お願い聞いてくれるの?」
「ああ。魔王だろうがなんだろうが倒しにいってやるよ」
俺の了承の言葉を聞いたへタレ女神はすぐさま土下座し「ありがとうございます」と何度も連呼している。
さっきの逆だな。女神の威厳はどこに行った。
それにしても俺が良くて魔王軍がだめって、一体魔王軍の奴らはどんなグロテスクな姿をしているのだろうか。
「ああもういいから、さっき言ってたチート魔法ってのくれ」
「はい、いいですよ。えっと、五つありますけど、どれがいいですか?」
へタレ女神が立ち上がり、ある一枚の紙を見せた。
その紙にはこう書いてあった。
第一魔法 『死』の魔法
第二魔法 『活力』の魔法
第三魔法 『怯え』の魔法
第四魔法 『命』の魔法
第五魔法 『魅力』の魔法
「ふむ。じゃ全部で」
「それはだめ!これは私の宝なんだから!一個あげるだけでも辛いのに、全部とか絶対だめ!」
「出し惜しみしてる場合かよ!こっちは命張るんだぞ!万全の体制で臨ませろや!」
「駄目だめ絶対ダメ!だめったらだめ!」
「さっきから駄目駄目ばっかいいやがってエロいんだよ!」
「うわキモっ何考えてるのこの変態っ!!」
「あっそ。あーなんかやる気起きなくなちゃったなー。眠たくなってきたなー」
「!! ごめんなさいさっきのは嘘です許してくださいでも魔法ひとつだけってのはホント譲れません勘弁してくださいお願いします!」
本当に折れないなコイツ。
「どの魔法も単体でクソチートなんで一つで十分すぎるんです!だから一つで許して!」
「分かった分かったじゃあ何でもいいから一つくれ」
へタレ女神が「やった!」と大喜びする。俺はその笑顔に苛立ちを覚えつつも出発の準備をする。
「で、魔王を倒すだけでいいんだな?」
「はい。魔王軍は魔王の魔力だけを動力としてるので、魔王が死ねば勝手に魔王軍も消えます。あ、あと、あげる魔法は『活力』の魔法にしました。これが一番使いやすい魔法です」
活力の魔法か。元気がでてめちゃめちゃ速く動けたりするのだろうか。
「じゃあ、異世界に転送しますね。ご武運をお祈りしています」
「うむ」
「あ、あとそれから・・・」
「なんだ?」
「・・・いってらっしゃいませ、ご主人様❤」
・・・・気が抜けるなあ。だがまあかわいいから許す。
俺の体が突如光りだし、視界が黄金色に包まれる。
「あ、言い忘れてました。魔王の完全世界征服までおおよそあと1週間なんで、その前に倒しちゃってくださいね」
俺はその言葉を理解しないうちに、魔王を倒すために異世界へと飛ばされた。