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01-06 『アカガワ中隊長(4) (α-/β)ならα->λ変異なので問題なし』 4月3日

 コップの割れる音を聞きつけた隊員が天幕の外から現れた。

 隊員は慣れた動きで、さっと別のコップをアカガワの前に置き、立ち去る。


 アカガワは差し出された新しいコップを手荒につかみ、一口飲む。

 そしてテーブルの上に足を投げ出す。

 ブーツとテーブルがぶつかり鈍い音が響いた。


「だから、なんであんたたちと軍隊コントなんかやんなきゃならんのよ! そもそも、どうして、ここだけ軍隊式の編成になってる! 何だよ中隊長って! 偉いの?」


 副隊長が応えた。

「おぉ答えしますアァカガワ中隊長殿! ち中隊長は小隊長より偉く、大隊長よりは偉くないだなぁであります!」

「それぐらい、わかっとるわい! 中隊長はランクで言えばどのへんなの、副長?」

「副長ではなく副隊長であります!」


 アカガワは美しい赤髪をかきむしり考える。

 今までどれだけの任務をこなしてきただろうか。

 単純な任務もあれば、任務の意味が明かされないこともある。


 今回の任務はどれとも違う。

 任務において、明かされない部分を、わざわざ探る趣味などアカガワにはない。

 ヒノデ村に関する任務。全てを謎に包みたいならそれでいい。


 今回の任務は、明らかにされている部分の意味が不明だった。

 隠されたパーツがあるのは構わない。意味のないパーツの存在がアカガワをいらだたせる。

 中隊長だかなんだか知らないが、この任務、この任地だけがなぜ軍隊式なんだ。


 アカガワは言った。

「ヒノデ村潜入時、私の役職は分隊指揮班長だった。判る? セルのリーダー兼、一位の各分隊への指揮権を持つ戦闘班班長、向こうのキガシラと同じポジションで」

「はいであります! その潜入任務の功績でアカガワ班長は中隊長に抜擢されたであります!」

「そこがもう茶番だ。潜入工作でどんな手柄を立てても班長ごときが、中隊長かなんかだか知らないけど、指揮官に抜擢なんてされない」


 どこかの戦争で、戦争そのもを終結させるレベルの手柄をたてた雑兵が、お飾りの、総司令なり元帥職に抜擢ならありえるかもしれない。

 しかし自分の場合はそれには当てはまらない。任務はこなした。だがヒノデ村に関する根本的問題は何も解決していない。


 祭り上げられ、厄介な仕事を押しつけられたとしかアカガワには考えられなかった。

 そもそも、ヒノデ村に捕らわれてる村人と、軍隊ゴッコに付き合わされ自由を奪われてる自分がどれほど違うというのか。

 なぜ中隊長に祭り上げられたか、アカガワには思い当たるところがいくつかある。

「……もしかしてαの絶対数って少ないんじゃないの?」

「それは機密であります!」

 この軍隊モドキの構成員は例外なくαだ。それは資料で知っている。


 アカガワは言った。

「ふざけてるけど、口が軽いタイプじゃないな、オッサンは。副隊長の補佐官、中隊長命令だ、代わりに教えなさい。どうせあんたの方が私より活きのいい情報つかんでるんでしょ」


 命令に対して、従うべきかそうでないか、いちいち副隊長の顔色をうかがう補佐の態度は気に入らないが、この変なオッサンよりはこっちの兄さんの方が遙かにマシだとアカガワは思う。


「活きのいい情報かは怪しいです。でも他中隊の事務方との接触もありますから、そこそこは。でも、あくまで噂程度ですよ。おっと、ご質問ですね。αそのもはそこそこ居ます。ただα+は非α+、すなわちα-に比べて、かなり少ないと言われてます」


 自分がαの中の、さらにα+であるとアカガワは知っていた。

「なるほど。だいたい裏が判った。レアなα+の私は、わざわざ呼び出されて、潜入任務なんていう厄介な仕事を押しつけられ、そのまま中隊長に祭り上げ留め置かれてるのか。

 そういやキガシラって結局なんだったの? おっと、おとぼけはなしだからオッサンは黙って。補佐、現状で本部はどう考えてる? 噂で構わん」


「β->λ(ラムダ)変異説が出て騒然としましたが、キガシラは偽性βのα-だったようです。(α-/β)ならα->λ変異なので問題なしの現状維持。ってとこですかね」


 アカガワは考える。

「でも偽性βなんて者が存在して、それがヒノデ村に混ざってたら、この任務の根本が崩壊だ」

「そう思わせるのが、あの『村長』の狙いだとマスターは」

 副隊長が怒鳴る。

「補佐! 言葉に気をつけろ!」

 この怒鳴りは今までのふざけた大声とは違うとアカガワは判断した。

 副隊長は何かを知っている。そしてそれを隠している。その秘密がどこに繋がるか、アカガワは薄々気がつく。


 ヒノデ村の茶番。これがマスター絡みなのは周知の事実だ。それを今更何故とりつくろう? くだらなく、とてつもなく厄介。その意味は。


 補佐は言い直した。

「失礼、『総司令官』は、『村長』が、こちらにそう思わせて対ヒノデ村戦術を揺るがせる狙いがあると判断してるようですよ、中隊長殿」

「じゃあ何? 村長はキガシラが、その偽性βとかで鬼になる可能性も知ってたとでも?」

「ありえます。ただ総司令官筋は、村長はβと判断されるデータの中で閾値ギリギリの特異な者を選んだだけで、鬼化までは予測できてはいないと」


 ずずずとコップの中身をすすりアカガワは言った。

「おとぼけ村の村長なんて気にもしてなかったけど、村長もただ者じゃなさそうか。潜入した時に面ぐらい拝んどきゃよかった。

 ……で、オトボケ副隊長、あんた何を知ってる?」


 答えるはずがないのは判っていた。

「ハッ! 滅相もございません! αとかβとかλとかγ(ガンマ)なんて言われても、難しそうでオジサン全く判らないであります!」


 これは失言だろう。意地悪くアカガワは笑う。

「γなんて一言も口にしてない」

 副隊長も笑う。

「ハッハッハ、こいつは一本取られましたにゃあ」


 キィ! と怒りを偽の怒りで覆い隠し、アカガワはさっきと同じようにコップを投げる。先刻は右手で、今回は左手で。

 副隊長も同じく、コップを叩き割ろうと剣の柄に手を伸ばし、残像も残さず異形の剣が鞘から放たれる。

 が、今回のコップの投げつけは怒りに任せて行われたものではない。

 アカガワも自分の剣に右手を伸ばし、抜刀する。

 

 ジュイ

 

 アカガワの剣が副隊長の剣先を押さえ、異形の剣同士がぶつかる嫌な音が響く。

 副隊長の剣は押さえられ、コップの軌道を遮ることが出来ない。


 勝った。

 勝利の笑みがアカガワの顔に浮かび、副隊長の顔には驚きの表情が浮かぶ。


 コップが回転しながら宙を行く。


 副隊長の驚きの表情が、ゆっくりと崩れ、笑顔に変わる。


 ん?

 

 アカガワは剣に重みを感じた。副隊長の剣はアカガワの剣に触れたまま反転している。 副隊長に剣先を押さえられた。

 それは判る。だが無意味だ。

 互いに押さえ合う剣先、主導権を奪ったところで、ここからコップを止める速度の斬撃は放てない。もうコップは副隊長の顔面にぶち当たる寸前だ。


 ひょいと自分にぶつかる寸前のコップを空いている左手で受け止め、副隊長はアカガワにコップを投げ返す。


 げ!


 アカガワは副隊長と同じように、コップを左手で受け止めようとした。

 だが、押さえられた剣先を副隊長に跳ね上げられ、剣を握る右手が左手の動きを阻害する。


 スコンと間抜けな音をたて、コップはアカガワの鼻に命中しそのまま地面に落ちて砕け散る。

 副隊長は言った。

「呑気な森暮らしで鈍りましたな中隊長。人間相手にそんな安易なトラップは通用しませんぜ。まったく先が思いやられる」


 小さいコップとはいえ、結構痛い。アカガワは鼻の頭を押さえながら怒鳴る。

「おかしいだろうが! どこの世界に中隊長にコップ投げつける副隊長が居るんだよ! 軍隊ゴッコで押し通すならちゃんとやれや!」


 コップの割れる音を聞きつけた先刻の隊員が、再びコップを持って天幕の中に現れる。 アカガワはその隊員にも怒鳴る。

「一個じゃ足らん! 中身なんか入れなくていいからコップを二十個ばかり持って来い!」

 副隊長は言った。

「よろしい、そちらがその気なら受けて立ちましょう」

 とっくの昔に剣は鞘の中である。

 いかなるコップでも受け止めるべく、副隊長は両手をユラユラと隙なく動かす。


 補佐が割って入る。

「二人とも止めてくださいよ! 妙にレベルの高い無意味な争いは! あ、キミ。コップは持ってこなくていいから、アカガワ中隊長殿の鼻の頭に貼る絆創膏を持ってきて。

 ……中隊長、なにしに司令部に来たんですか?」

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