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01-04 『アカガワ中隊長(2) 美しすぎるヤマンバ』 4月3日

「アカガワ中隊長殿! 御到着お待ちしておりました! ……相変わらず犬にはモテまくりでありますな!」

 副隊長はアカガワに敬礼する隊員たちをかきわけ、彼女の前に姿を現した。おくれて補佐が続く。

 アカガワは怒鳴る。

「犬には、とはなんだ! 犬には、とは! さっさっと、この馬鹿犬たちをどうにかしろ!」


 でかいのから小さいのから中くらいのまで、犬たちは赤いコートを羽織るアカガワの周りで大騒ぎしてる。

 我慢の限界に達したアカガワは、キャンキャン吠えつつグルグル回る犬の群れの中の一匹を蹴り上げ、続いて馬鹿でかい声の副隊長も蹴り上げる。


 犬の方は、前足と腹の間にゆっくりと足を差し込み、優しく持ち上げ、ふわりと放り投げる感じの蹴りだった。

 それに対して、副隊長に放たれた蹴りは、軸足を地面に突き刺し全身の回転をコンパクトにまとめ上げ、この馬鹿の尾てい骨よ粉塵に帰せ! とばかりの鋭い蹴りだった。


「きゃー!」

 黄色い叫びをあげたのはケツを蹴り上げられた副隊長ではない。

 渾身の蹴りでわずかに崩れたアカガワの隙を見逃さず、この可哀想な人間の顔をペロペロしてあげようと犬たちが飛びかかった。

 いや、半分の犬たちは「面白そうだから僕も足でぶん投げて!」とアカガワに飛びかかっている。

 態勢を崩したアカガワはそのまま転び、ワンワンキャンキャンと大騒ぎする犬の群れに沈んでいく。


 副隊長は、尾てい骨をさすりながら激痛をこらえていた。

 あまりの大騒ぎを見かねた補佐は副隊長に尋ねる。


「えーと、あのですね副隊長。中隊長殿をお助けした方が良いのではないでしょうか?」

 補佐は大きな鞄を担ぎ直し、アカガワを助けようと手を伸ばしたが、副隊長は片手で制す。


「まあ、待て。面白いから、できる限り引っ張るぞ!」

 アカガワの顔を無事に舐められ、そのまま舐め続ける犬。

 顔を舐める隙間がないので、仕方なくアカガワの髪を舐めている犬。

 当初の目的を忘れて、周りの仲間が楽しそうだからワンワン吠える犬。

 よく判らないけど、転んだアカガワの体の上で飛び跳ねる犬。


 しばし犬たちの楽しそうな鳴き声だけが周囲に広がる。

 犬は楽しいだろうが、周囲で敬礼をしながら状況を見守る隊員はかなりつらい。

 中隊長の惨状を笑うに笑えない隊員の顔はひきつるばかりだった。


 恐ろしく長い数十秒が過ぎた頃、犬の喧噪に殺気が混ざった。

 副隊長が真顔になる。

「む! ……いかん、中隊長の殺気が、我が輩に向けられた! やばい! ぶった斬られる! ええぃやむを得ん、貴様たち何をしておるか! さっさと中隊長殿をお助けしろ!」



 補佐は考える。

 副隊長の中隊長に対する、あの態度はなんなんであろうか?


 年端もいかぬ小娘が上官として赴任、叩き上げである中年の副隊長はそれが気に入らず、アカガワ中隊長をいじめる。

 これだけの話なのかもしれないが少し不自然ではある。


 副隊長は部下の信頼も厚く、誰かをいじめて喜ぶタイプの男ではないからだ。

 いや、中隊長に対する副隊長の態度は、いじめより、おちょくりに近い。


 下手をしたら、この中隊内で一番年少者であるアカガワである。美人だとは思うが、反感を買うタイプの美人だ。

 自分より若い上官というだけで、隊員から理不尽な反感を買う可能性は高い。

 そうなる前に、あえて自分が憎まれ役になることによって、若いアカガワへの風当たりを減らそうという考えなのだろうか。


 あれだけ盛大におちょくられたら、アカガワへの反発より同情の方が、中隊内では強くなる。

 こちらの方があり得そうだ。


 アカガワが、隊のために身を尽くすタイプだったら、それで丸く収まったかもしれない。適当なところで、副隊長はおちょくりをやめ、二人は和解。

 副隊長との軋轢を乗り越えた若い指揮官の下、中隊は一致団結、めでたしめでたしというシナリオだ。


 ところが、アカガワに中隊長としてのやる気はまったく見えない。

 不真面目、不精とかではなく中隊内において自分のやるべきことはないと、その聡明さで一発で見抜いてしまったようだ。


 この中隊は副隊長一人でも完璧に回せる。


 かくてアカガワ中隊長は指揮所はおろか、基地内に居ることもほぼなく、森やら山の中で気ままに暮らしている。


 『そこのオッサンが、めでたくドブにはまって死にでもしたら、お祝いに花火でも打ち上げてちょうだい。その時には戻るから。私が戻るまでは、そこの補佐が適当に指揮で。

 一応定例報告だけはするように。面倒だから月例報告書でいいよ。月末には監視拠点のどこかで狼煙を上げるから三時間以内に報告書を持ってくること』

 これが赴任二日目で出された、中隊長からの命令であった。

 この指示の後、こちらからの連絡用に使うと、基地内の鷹を一匹引き連れて中隊長は森に消えた。

 いきなり連れて行っても絶対にその鷹は慣れませんから! そう叫びアカガワにすがりつき飼育係は訴えたが、お構いなしだった。


 その後は、月に一、二回基地に顔を出す程度である。

 顔を出す前には鷹を伝書鳩代わりに使い連絡が入った。

 手土産に鹿やらイノシシの肉を持参し、森に帰る時は……違った、引き続き森に出向く時は、代わりに基地内の酒やら塩胡椒、釣り糸や短剣を持ち出す。


 鷹を手懐けた手腕に飼育係は驚愕し、あの人は何者なんですか? と呟いたがそれに答えられる者は隊にはいなかった。


 鷹やら手土産の件を考慮し、副隊長は中隊長の為に「美しすぎるヤマンバ」という、オッサンが思いつきそうな二つ名を考え、中隊に流行らせようとしたが、これは全く広まらなかった。

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