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02 『2月1日村長  4月13日アカガワ中隊長』

 2月1日 ヒノデ村『炭焼き小屋』 村長


 それは完全な機械だったので、駆動していても、まったく音もせず熱も発しない。

 それがいつから動いているのか、村長は知らず、興味もなかった。

 ただ村長の前で機械は動き続ける。

 『炭焼き小屋』と呼ばれる施設にその機械はあり、村長はその機械の側に居る。

 機械は無音で動き続け、木炭を造り続けていた。


 まどろみながら村長は笑う。

 一流のプロをその道で出し抜く心地よさ。

 拷問官を騙すという行為の面白さはそこにある。

 私がさぞや困って、自分に泣きついたのだとヤツは思っているのだろう。

 そう、戦闘班の全滅は致命傷だ。

 

 村長は笑う。その脳の中でグルグルと読みと策略が巡る。


 困っている。が『困っているから拷問官に泣きつく』というのは真実ではない。

 真理の探究者のくせにそんなことも判っていない。


 『『『困っているから拷問官に泣きつく』という行為は村長が困っている時には行わない、すなわち村長は困っていない。困っていると見せかける為のトリックだ』と思わせるのが真の狙いである』


 ぐるり、ぐるり。さあ、それが総司令官殿に通用しているだろうか。



 4月13日 中隊内指令所 アカガワ


「アカガワ中隊長、報告書をお持ちしました!」

「おう、入れ」


 アカガワ中隊長の変な格好を見て、補佐は言った。

「何なんですか? その格好は」


 髪型、服装はいつもと同じである。ただ席に着くアカガワ中隊長は眼鏡をかけ、パイプをくわえていた。


 補佐は続けて言った。

「イメチェンですか。パイプをすって咳き込んで可愛い私をアピール的な」

「いかんなぁ、チミィ。その意地の悪い言い回し、ゴドー副隊長そっくりじゃないか。

 懐かしいねぇ、ゴドー副隊長。

 あんなに元気だったのに、まさか罰が当たって雷に打たれてよろめいて、ドブにはまった所に隕石がぶちあたって息絶え絶えの所を虎に食べられて死んじゃうなんて」

「……死んでませんよ、休暇取って他の中隊の知人と遊びに行ってるだけで」


 ゴドー副隊長休暇中につき、アカガワは中隊内に呼び戻されているが、やる気はない。


 パイプの煙をふかしながら、アカガワは補佐を観察する。

 補佐の様子は普段と変わらないが、時たま動きが止まった。


 アカガワは説明した。

「こないだ、睡眠中にふと気がつくと枕元にアノ拷問官が立っててだな」

「あらまあ。結構なお年に見えましたから、お亡くなりになりましたか。怖いですね」

「死んでないよ。生きてる本人が枕元にいたんだ」

「あらまあ。アカガワ中隊長に夜這いをかける人が居るんですか。怖いですね」

「……マジでゴドー副隊長みたいだからそういうの止めなさい」


 拷問官が遊びに来たとも考えられない。

「あ! なにか情報をバラしたんですか?」

「うん。たいした情報じゃない。キガシラを始末した時の技を見せてくれっていうから、燐銅逆蝋花を披露した。そしたら代わりに手品のタネをちょっと教えてくれた」

「それがパイプと眼鏡ですか?」

「そう。このパイプからでる煙ってのが特殊な薬品で、瞬間的な麻痺を引き起こすみたいだね。薄々勘付いてはいたんだけどな、拷問官のあのパイプは怪しいって」


「その眼鏡はなんですか?」

「度が強い眼鏡だ。普通の人はこれを掛けるとクラクラするんだが、私の場合は、例の顔面の特殊能力のせいで、すぐに慣れて素通しのガラスと変わらなくなる。

 でもこの薬が効いてると調整能力が落ちるのが判った。まあ、判ったからどうだって話だけど。

 薬効を無効化する方法を教えてくれなかったから、使い物にならんなこれ」


 遊んでるなら仕事してくださいよと思ったが、補佐は口にしない。

「そうですか。ところで第一から回ってきた、潜入工作員によるヒノデ村報告書をお持ちしました」

「第一?」

「失礼、第一中隊です」

「第一中隊が、第一。なら第二中隊は略して第二と呼んでるのか?」

「そうですよ」

「じゃあ、私らは略してなんて呼ばれてる」


 どう答えたものかと考えたが、上官の質問であるから真実を話すしかない。

「通称は、ゴドーさんとこですね。私は、他の中隊じゃゴドーさんとこの補佐と呼ばれてます。アカガワ中隊長はゴドーさんとこの中隊長です」


 かまわんかまわんと、アカガワは手を振る。

「それでいいよ、まさかゼロの連中とか呼ばれてるんじゃないかと思ってハラハラしただけだ」

 アカガワと補佐は二人で乾いた笑い声を上げた。


 補佐は机の上に書類を置く。

「これが報告書です」

「読んどけっての? 過去の報告書も読んだけど、ヒノデ村報告書って大層な名前で、中身は『ヒノデ村だより』でしょ。

 ヒノデ村じゃ山菜うどんがブームだとか、イノシシが芋を食い荒らしたとか、どうでもいい報告ばかりで」

「そりゃまあそうですが、些細なことが前触れになってる可能性もありまして」


 納得いかない表情で、アカガワはパイプをくゆらす。

「そうか! あの時のイノシシが! 山菜が! ってなる?」

「あぁ、中隊長が分析しろって話ではないですよ。大隊直属か第三の解析班がやりますんで。軽く目を通すだけで結構です。気になることがあればお知らせ願います」


 軽く目を通せと言われてもかなり分厚い報告書である

 アカガワはパラパラとめくる。ちらりと目に入る情報はあまり面白いものではなかった。イシガキ博士の技術提供により家屋の再建がはかどっているやら、出汁を混ぜ込んだタコヤキが好評とか、とても興味を引かれるものはない。


 読むか読まないかは、中隊長の判断であるので、補佐はそれ以上言わなかった。

 補佐は敬礼をして司令室を後にしようとした時、アカガワがケホケホと咳き込んだ。

 補佐はアカガワを指さし言った。

「可愛いアピール!」

「違う! これを見ろ!」


 咳き込みながらもアカガワは必死になって、報告書を補佐に見せる。

 開かれたページを補佐は読む。

「どうかしましたか? 人事ページですか。

 破壊された建造物の再建がほぼ終わったので、イシガキ博士の再建担当役が解除。って書いてますがそれがどうか?」


「違う、その下だ! 村長に任命されて新しい戦闘班班長にタケヤ君が就任してるぞ!」

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