01-26 『タケヤ対拷問官(9) 燐銅』 2月1日
「タケヤ君。そろそろ訓練を終わりにしましょうか。左腕は戻しておきました」
正気に戻ったタケヤは、繋がったままの左腕を見て驚く。
「おぉ、魔法だ! さすが異世界! さっきの繰り返しも時間を操作する魔法とかそっち系ですか?」
「そういうことにしておいてもいいですが、タケヤ君が余所でアホなこと言って恥をかくのも可哀想なので、魔法じゃないと言っておきます。じゃあ何なんですか? とかは聞かないでくださいよ」
「判りました! なかなかエグイ訓練でしたが、かなり強くなった気がします!」
「ああ、それね。そこまで強くなってませんよ」
「え!」
「何度も殺されることにより、殺し方、殺し方の防ぎ方、殺さない手加減というものを貴方は知りました。
私からの攻撃を見続けて攻撃そのものも実感できたはずなんで、前よりはマシになってはいます。
でも実戦じゃ通用するレベルにはとてもとても。
そうですね。今の訓練は、方程式と答えは見せたが、解法の説明はなしって感じです」
「解法が重要なんじゃないですか!」
「大丈夫です、実戦を重ねれば伸びていきます」
「えーと、その実戦が鬼との殺し合いじゃ命がいくつあっても足りません」
そうか知らないのかと、拷問官は説明した。
「赤い革のコートの連中がいるでしょ? 村の境界ラインでうろついていれば、奴らが来ます。奴らと戦って経験を積みなさい。奴らはヒノデ村の連中を殺しません。さすがに命の危険を感じたら殺してもいいと命令されてますがね」
タケヤは納得してないようだった。
「コートの連中相手に通用しますかね?」
「通用するわけないでしょ。赤子の手をひねるように、簡単に取り押さえられます。
タケヤ君。そして考えるのです。どうして自分は簡単に取り押さえられたのか、どうすれば相手を倒せるのかを。何度も挑んで倒されて、考えて、戦闘に慣れるのです。人を殺せる道具を持ってのぶつかり合いでも、普段と同じ心拍数でいられるぐらいに」
タケヤは首をかしげる。
「うーん、どうかな。村長代理のおっしゃってることは判りますが、僕に出来るかなあ?」
「強制はしません。でもタケヤ君が戦えるようにならないと、次の鬼で村人は皆殺しですよ」
「え! どうしてです?」
「何言ってるんです、タケヤ君が戦えるようになって、村人に戦い方を教えるんですよ」
「それは無理だ! 村長代理が村人に戦闘訓練してくれるんじゃないんですか!」
「村人への訓練はします。ここへ来る途中に竹林が見えたので、竹槍の作り方と扱い方でも教えますかね。でもそれじゃ実戦では通用しない」
「それじゃ、村の人もコートの連中と、練習で戦って」
「無理です。私の訓練を受けたタケヤ君と違って、彼らは戦闘での、殺す殺されるという正解のパターンを知りません。コートの連中とやりあっても学び取る土台がないのです。天賦の才能をもった人が混ざってれば別ですか、そんな幸運に頼れないでしょ」
「でも、それは無茶だ! 誰か他の人にお願いしてくださいよ!」
言ってから、タケヤは考えた。
他の村人と自分、戦闘に関してどれだけの差があるのか。
「……違うか。人に押しつけてちゃいけないんだ」
「タケヤ君。貴方はたまにまともなことを言いますね。忠告しますが村人に指導できるようになっても、一朝一夕に村人を戦士には代えられません。三ヶ月の訓練は居ると覚えておきなさい。戦闘向きの村人のリストは滞在中に作っておきます。
でも、厄介な仕事を引き受けるとは、見直しました」
「そう思うなら、見直した褒美に何か戦闘に使える手ほどきを! あ、死なないヤツでお願いします! 肝心の黒剣での斬り方も教えて貰ってないですし!」
「いいでしょう、剣を貸してください」
タケヤから再び剣を受け取り、村長代理はタケヤに丸太を投げるように指示する。
タケヤはさっきまで自分の左腕だと思い込まされていた丸太を拾い、ぽいと村長代理に投げる。
ぶん。と風を斬る音をたて、剣は丸太を両断した。
丸太を拾い、タケヤは断面を見たが鋭利な刃物で両断したようにしかみえない。
「おぉ、見事に斬れてますね! 次の丸太を持ってきます!」
「要りません。それで終わりです」
「村長代理! 一回見ただけで覚えろって無茶すぎますよ! いいタイミングで、ちょっとまばたきしちゃってたし!」
「タケヤ君がマスターするまで、私に何千本の丸太を斬らせるつもりですか」
「でもですね、今の一回でで覚えろってのは」
「違いますよ、今の私のフォームで学べといってるのではありません、その丸太の切り口を観察して、自分で考えなさい」
タケヤはもう一度丸太の断面を見る。特に変わった所は見受けられない。
「普通の切り口ですよ?」
村長代理は笑う。
「あとで、鉈を使った切り口と比較してみなさい」
タケヤはあまり納得していない。
「まあ、村長代理がそうおっしゃるなら我慢しますが、もう少し他にはないでしょうか?」
「……軽く上から言われてる気がして、少々イラッとしましたが、許しましょう。最後のアドバイスですよ。タケヤ君、貴方の剣の扱い方にはやはり変な癖がありますね。両手持ちの癖以外ですよ。何か思い当たりますか?」
「あー、イタチさんとアカガワさんの突きが凄かったから、真似した感じになってるかもしれません」
タケヤの説明に村長代理は納得した。
「突きですか。黒剣の技法では燐銅と呼ばれています」
「そうなんですか、特にアカガワさんの突きが凄かったです」
覚醒している鬼を一撃で葬りさったのだ、一流の突きであったのだろうと村長代理は考えた。
「燐銅を見せてあげましょう。技の形を認識したら、そこに寄って変な癖になってないか自覚できるでしょう」
「お願いします!」
村長代理は黒剣を構え、突きを放つ。明らかに異質な風切り音が響く。
「どうです、タケヤ君のように肩が少し浮くのはこの動きを無意識に真似しているからですね」
村長代理の説明を受けてもタケヤは納得していない。
村長代理は尋ねた。
「どうしました、タケヤ君」
「いや、別にいいです」
「……気になるじゃないですか」
「はい。アカガワさんの突きはもっと速かったです」
村長代理は笑った。
「はっはっ。これは失礼。鬼を屠る渾身の一撃を、こんなパイプ持って腕に杖をかけて放った燐銅と比較させられたらタケヤ君も困りますね」
パイプと杖を切り株の上に置き、村長代理は剣を構える。
そして燐銅は放たれた。先刻の風切り音を越える、キンとした音が轟く。
「こんなもんですかね、タケヤ君。実戦で使える突きの速度はこれが上限でしょう」
タケヤの眉間には皺が寄っている。
「やっぱり、アカガワさんの突きの方が速かったですね。いえ、村長代理の燐銅も充分速いと思います。イタチさんの突きはそれぐらいだったし、気にしないでください!」
村長代理の口元がピクリとする。
「イタチって、アカガワに殺されたキガシラに殺されたヤツじゃないですか。私の燐銅がその程度だとでも?」
「いえいえ、そんなつもりは!」
大人げなかったと村長代理は反省した。
「忘れてましたよタケヤ君。アカガワは鬼を初手で葬りさる為に、捨て身の燐銅で仕掛けたんでしょうな。今の私の燐銅より速く、しかし技の後に隙ができると」
「そうなんですか! じゃあ、村長代理の燐銅がアカガワさんの燐銅より遅くても仕方ないですね!」
無言で村長代理は、帽子とスーツの上着を切り株の上に置き、ネクタイを緩める。
軽く困った顔でタケヤは言った。
「なんか気に障っちゃいました? 戦い方も知らなかった素人の言うこと何で、あんまり気にしないでくださいね」
「……戦闘の素人が見ても歴然の差があるってことじゃないですか。
勘違いしないでくださいね、タケヤ君。私は怒ってはいません。アカガワの燐銅がどの程度の速さだったか興味を持っただけです。
捨て身の一撃ならこれぐらいの速度でしょ!」
何かに衝突していない物質が、こんな音をたてられるのかという異音をまき散らし燐銅は放たれた。
「おぉ、凄いです村長代理! もうちょっとです!」
「これより速いっておかしいでしょうが! あ、そうか。アカガワは燐銅用にカスタマイズされた自分の黒剣でも使って」
「違います。アカガワさんは自分用の黒剣を使ってません。その黒剣を使ってました」
*
村長代理は何度も燐銅を放ち、数十分が経過していた。
村長代理はぜいぜいと息を吐き、言った。
「判りました。ともかく今はアカガワの燐銅について考えるのは止めましょう。タケヤ君、ありがとう。剣は返します」
結局タケヤの口から、アカガワの燐銅より速いという言葉はきかれなかった。
タケヤは喜ぶ。
「いやあ、勉強になりましたよ、村長代理! 燐銅ってこうやって撃つんですね!」
村長代理の燐銅を数十回見て、真似をしているだけにしては結構様になっている燐銅をタケヤは放った。
ニッコリと笑う、村長代理の笑顔はゆっくりと悪鬼の表情になっていく。
「……タケヤ君。あなた、もしかして自分がマスターする為に、わざと私に何度も燐銅を撃たせましたか?」
ガタガタ震えながらタケヤは首を横に振る。
「滅相もありません! 誤解です誤解です!」




