01-22 『タケヤ対拷問官(5) 矯正』 2月1日
ほぼ世間話であるタケヤとの会話。
この程度で尻尾を出すような甘い相手ではないのか。それともすべては私の考えすぎなのか。
タケヤは言った。
「時間があるようでしたら、イシガキ博士にも剣の解説をしてあげてください。
あの人なら村長代理の説明も理解出来ると思います」
「どうですかな。この世界においても、物質の高階化は異質の技術ですよ」
「でもイシガキ博士は博士ですからね! あれ、イシガキ博士って何の博士なんだろう? 自称してるだけだったりして」
イシガキ博士とは食堂で遭遇し、言葉をかわした。
「いえ、彼は科学者であり博士ですよ。
タケヤ君の世界では、絶滅状態の大域科学者にして万能博士、それがイシガキ博士です」
拷問官と万能博士、その意志はほぼ同じだ。ただ手法が違う。イシガキ博士のやり方では人生はあまりに短く、闇に埋まる真実はあまりに多い。
「つまりイシガキ博士は物知りの凄い人でいいんですか?」
「間違ってはいませんね。本人に聞けばよいのに」
「最近、イシガキ博士は忙しくて、あんまり遊んでくれないんですよ。
年明けすぐに、食堂でイシガキ博士が木綿ラーメンの話をしたら、村の人の顔色が変わって、火事の再建現場の責任者にされちゃって。
うどんとかラーメンとか、この村は麺類に呪縛されてるんでしょうか」
「木綿ラーメン? モーメントとラーメンですか」
「なんですか、それ?」
「建築構造の話ですな。説明しましょうか?」
「いえ結構です! ところでさっきから眼がチカチカするんですがなんでだろう」
「パイプの煙が目に染みましたか」
「そういうのとちょっと違うんですよね」
異変に気がつかない不自然さを消すための言葉か。
どちらにしろ、そろそろ潮時だろう。
今までの会話、挙動の観察で判断すれば、タケヤは完璧な普通のとぼけた学生だ。
呑気な会話の間に尻尾を出せば、手荒いまねをせずにすんだのに、残念だかしかたがない。
無理矢理にでも三十一桁を引き釣り出す。
「タケヤ君。剣の使い方を教えてあげましょう」
「おぉ! ありがとうございます」
「剣は返しますね。私が手ほどきする前に、しばらく剣を振るってもらえますか。素振りでも、丸太に当てても構いません。それでアナタに向いた使い方を考えます」
私から剣を受け取り、距離を取ってタケヤは素振りを始めた。
両手で上段に構えて振り下ろし、中段からのなぎ払い。
腰の入らないフラフラした動き、戦闘訓練を受けた経験がないのは誰の目にもあきらかだ。
しばしの時間が経つ。
「だいたい判りました。すぐ返しますんでもう一度、その黒剣を貸してください」
タケヤから剣を受け取り、説明を始める。
「タケヤ君。グリップが長めにとってあるんで、勘違いしたんでしょうが黒剣は基本的に片手持ちです」
「おー、そうなんですか」
彼の呑気な笑顔はいつまで続くか。
「仮にも刃物なんで攻撃は片手で、速度を乗せて斬る感じで、相手の武器を受ける時には両手で持って力負けしないようにします」
「なるほど!」
「防御術は前提である攻撃知識がないと覚えられないんで省略します」
「はい! とりあえずぶった斬れればいいです!」
「判りました。ただ残念ですがタケヤ君。あなたはこの剣を両手で持つ癖がついています」
「ですかね。どうしても剣道のイメージがあって。困ったな、癖の矯正には時間がかかりますか?」
「いえ、そんな癖はすぐ直ります」
「どれぐらいで直りますか? 一〇分ぐらいかな」
思わず笑ってしまった。つられてタケヤも笑う。笑いながらタケヤは言った。
「癖がそんな短期間で直るわけないですよね」
「はっはっは。一秒もかかりません」
「え?」
「タケヤ君は右利きかな」
「そうですけど、一秒もかからないって、どういうことです?」
無駄話で時間を潰す前に、丁度よくタケヤの硬直が来た。そしてことはなされた。タケヤには何が起きたか認識できない。
「剣を返しますよタケヤ君」
タケヤの右手に向かって黒剣を差し出す。ぽかんとしながらもタケヤは黒剣を受け取る。
「あの、一秒もかからないって」
「もう直しました。タケヤ君。アナタの左腕は、私がその黒剣で切り落としました」
私は地面に転がる棒状の物を拾い上げる。
タケヤは絶叫した。
さあ出て来い、三十一桁。




