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01-21 『タケヤ対拷問官(4) ゆっくりと燃える黒い炎の剣』 2月1日

 取り決めでは、村人から求められない情報の提供は禁じられていたが、この程度は構わないだろう。

 私の意思で、ヒノデ村の形を変えてはいけない。

 この取り決めの目的はそこにある。簡易な水車や風車でも作れば生産性が向上するとは思ったが、村人の要請が無い限り、製造方法を教えるわけにはいかない。

 しかし黒い剣の情報提供には意味が無い。この村で黒い剣は作れない。


「おぉ! さすが村長代理、この変な剣の使い方を御存知ですか!」


 剣の練習をしていたのだ、剣の情報に食いつくのは当然である。

 ……という見方が出来る。


 食いつかないならば、それなりの理由がいる。


 タケヤは、剣の情報を知りたかったのか。

 三十一桁は、食いつかない理由で私が不信感を覚える危険を避け、食いつくことにより私を誤魔化そうとしているのか。今はまだどちらかは判らない。


 パイプをくゆらす。

 煙が流れる。

 室内ではないので煙は散るが、タケヤとの距離は近い。このまま風がないようならば問題はないだろう。

 ヒノデ村へ入る時の持ち込み制限により、ろくな『葉』が用意出来なかった。強い香りに目立つ煙。

 対象が手練れならすぐに手の内はバレるだろうが、相手はタケヤである。

 あるいはタケヤとして自然なふるまいを強いられている三十一桁だ。

 

 もっとも、タケヤにこの煙そのものが通用しない可能性はある。


 さらに危険なのは、煙は通用していないのに、三十一桁が煙に捕らわれている演技をする可能性だ。


 さて、どう転ぶか。


 しばらくは普通に剣の解説をするしかない。

「タケヤ君。剣を貸してください」


 傘の取っ手のように曲がっている、杖の持ち手を左腕にかけ、右手を空けると、タケヤは何の疑問も持たぬ様子で剣を渡す。


 ずしりと来るが、それは重心位置による錯覚でそれほど重くない。

「この剣でどうやって斬るか判りますか?」

「判らないです。イシガキ博士も言ってるように、その剣に刃はないでしょ、刃物じゃないじゃないですか!」

「刃は付いてるんですよ。ただし、普通の刃物とは違います。

 もっともこれは刃物じゃないと言っても差し支えないですが」


 ほうほうと素直にタケヤは私の話をきいている。武器を渡し、丸腰になっている危険には考えが及んでいない、あるいは及んでいないそぶりだ。


「そうですねタケヤ君。判りやすく説明すると、これはでっかいヤスリだと思ってください」

「おぉ、やはりそうですか、そんな気はしていました。普通のヤスリみたいにその平べった面でこするんじゃなくて、厚み、剣だったら刃が付いてる部分で斬るんですか?」


「基本はそうです。ヤスリのザラザラに相当する部分を、この剣においては刃と呼んでます。幅の面にもザラザラがあるんで使い方は色々ありますが」


 今のところ、タケヤはただの素直な生徒にしか見えない。

 そして今、一秒にも遙かに満たない、わずかな硬直がタケヤに見られた。

 煙の効果だ。タケヤに煙は通用する。

 本人はまばたきの時間に見たぬ硬直に違和感を覚えていない。

 意図的に行われる演技の可能性は、本来はない。

 だが相手は三十一桁である。油断はできない。


 タケヤは言った。

「そこまではいいんですよ! アカガワさんや、キガシラさんみたいに、使い方に習熟したら剣のように扱えるんでしょ?」

「そうです。癖が強いんで独学で習得は無理でしょうね」

「いやいやいや。村長代理! 僕の疑問はそこじゃないんです。そもそもなんでそんな面倒な武器をわざわざ使ってるんです? 剣として使うなら剣でいいじゃないですか?」


「はい、そうです」

「はい?」


「通常の剣を選ぶ人も多いです。

 そうですね、怪我を負った状況を想定しましょうか。

 普通の剣なら、負傷で追い込まれていても、腕さえ振り回せれば刃物として扱えますよね。当たるかどうかは別問題として。

 ところがこのでかいヤスリは、扱うのが難しいのですよ。

 ある程度の余力がない状況では、ただの鈍器として使うしかありません。

 並の剣は、当てればどうにかなりますが、コイツはしかるべき当て方をしないとただの鈍器です」


「それじゃ意味がない! いやそれでも使う意味があるのかな?」


 ほどよく抜けた表情。与えられた知識を受け入れるだけでなく、知識を元に思考する姿。たしかに教師の視点からみれば、教える相手として、そそられる生徒だ。


「簡単に覚えられるって感じじゃないしなぁ、製造コストが安いとかですか?」

「コストは普通の剣より割高です。でもメンテナンスフリーなんですよ、この黒い剣は」

「あぁ、確かに刃こぼれはしなさそうですね」


 予想した間違った答えに、生徒が辿り着く姿はどうしてこんなに微笑ましいのだろうか。

「普通の刃よりはマシですが、これだって刃こぼれはします。ザラザラがツルツルになりますし、強い力で叩かれれば傷だって付きます」

「んー、判りませんね。壊れにくい、メンテナンスが簡単ってのとメンテナンスフリーは同じ意味ですか?」

「違います」

「だったら判らないです」


 会話の間、タケヤは何度か硬直した。本当にわずかな時間だが回数が増えれば、タケヤも軽い違和感を感じ始めるだろう。


「この剣はですねタケヤ君。再生するんですよ」

「再生!」

「……念の為に言っておきますが、二つに折れたり、木っ端微塵になっても元に戻るとかじゃないですからね。傷やら磨耗した刃が元の状態になるってだけで。

 この上底下底に浮かぶ対数螺旋はその、再生能力、自己相似性の表れでして」


「あれ? 黒い剣って精密機器なんですか? 再生するなら元の状態を記憶してなきゃいけないし、自己相似性による再生と成長を区切る制御機構も必要でしょ?」

「……柄にもなく鋭いことを言いましたねタケヤ君。

 結論から言いますと、これはこういう風にデザインされた物質で機械の類いではありません。

 大気中のある物質と反応して、完成状態に素早く再結晶化。別の物資との反応なので化合の方が適切でしょうか」

「えーと、単純なとこを聞きましょう。この黒い剣ってなんで出来ているんですか?」


「その質問が無意味なんですよタケヤ君。物質の高階化技術により完璧にコントロールされたデザイン物質ですから」

「物質の高階化ですって!」

「理解出来ましたか?」


「意味は判らないですが、凄いことぐらい判ります!」

「それ、全然判ってないじゃないですか」

「村長代理もお忙しいと思うので、実用的な部分の話にしましょう! 無限に再生可能なわけじゃないですよね?」

「それはそうです。武器に関して、どれぐらい使えるか一般的な使用量を出すのは難しいですねえ。

 ただ、再生能力の限界に近づいたら、剣の色が黒からサビのような赤色になります」


「サビですか?」

「そう。サビ。酸化です。判りますか」

「サビが酸化なのぐらい知ってますよ! 急激な酸化が燃焼でしょ」


「それは失礼。ならばこの黒い剣の正式な名称も理解できますね」

「どんな名前なんです?」

「『ゆっくりと燃える黒い炎のつるぎ』これが剣の正式名称です」

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